銀河旋風速度制限


大きな月が草原を照らしている。
その横に巨大戦艦が浮かんでいなければ、名月といって差し支えないだろう。
時折、風が草木を揺らして、その音が波の様にあたり一帯に染み渡っていく。
その中で草原の真ん中にうずくまる男が一人。
「あ~、快便快便」
トイレットペーパー代わりに使った広葉樹の葉を捨て、トウマ・カノウは立ち上がる。
手を洗う水がないので、ズボンの尻の部分で手をゴシゴシと擦った。
『トウマ、終わったら早く戻って来い』
トウマのそばに置かれたワルキューレの通信機から、仲間の声が聞こえた。
彼らはここから100メートル程離れた場所に機体を止めて待機している。
「ったく、仕方ないだろうが」
リュウセイ達と別れ、地図の南端に当たる部分にワープしてからすぐのことだ。
トイレに行きたい。
トウマがそう言った瞬間、仲間たちは非難を口に出すことはなかった。
その分、表情のほうにありありと「緊張感がない」、「早くしろ」などといった本音が漏れていたが。
「こんなもん、生理現象なんだから非難される覚えはないぜ。
だいたい、あいつらやリュウセイとかセレーナだってみんな同じだろ。
ここに来てから二日間も、出ないほうがおかしいんだよ。
そもそも機体にトイレぐらい付けろっての。
…待てよ、セレーナ?…いやいやトウマ・カノウ、変なことを考えるな。
セレーナのあのスーツって、トイレの時は全部脱がなきゃいけないの?とか彼女に失礼だ。
だいたいお前にはミナキという心に決めた女が…」
『おいトウマ』
炸裂する妄想癖にストップをかけたのはクォヴレーからの通信だった。
素っ頓狂な声を上げそうになるのを堪えて、何とか取り繕った返事を返す。
「…何だ?」
『今、お前を待ってる間にブライガーの機能を色々と調べていて分かった事がある。
このことでお前たちに相談したい事があるから、ブライガーの中に来てくれ。イキマもな』
そして、トウマの返事を待たずに通信は切られてしまった。
「何なんだよ、いったい…ま、行ってみりゃわかるか」
ワルキューレに跨り、アクセルを開けてギアを踏む。
飛び出すような加速で走り出すと、仲間達との距離を見る見るうちに縮めていく。
いいバイクだ。ここが巨大ロボットが跋扈する殺し合いの場でなければの話だが。
トウマの吐いた、やれやれといわんばかりのため息が風の中に消えていった。


ブライガーにワルキューレを格納してからコックピットへ向かう。イキマは先に来ていたようだ。
操縦席に座るクォヴレーはトウマの姿を見るなり、さっそく話を始めた。
「待っていたぞ。早速だが、このブライガーはどうやら単独での大気圏への突入、離脱が可能らしい。
おそらく本来は惑星間移動するための宇宙船の形態がメインなんだろう。
自動車は地上、ロボットは戦闘用といった具合だ」
そこまでハイテクならトイレぐらい付けろとトウマは心の中でツッコミを入れた。
クォヴレーの説明は続く。
「大気圏離脱のための出力をスピードに換算すると、時速25000km以上…
つまりマッハ20を超える速度が出せるということになる」
は?…マッハ20?いまいちピンとこない。
「俺たちのいるこのフィールドを一周するなら一分だ」
言葉がない。今までチンタラ移動していたのがアホらしくなる。
「ならば俺のギャリィウィルをブライガーに担いでもらって飛べば、G-6まですぐということだな」
イキマのいうとおりだ。ブライガーには24時間のタイムリミットがある。急ぐに越したことはない。
「…待てよ。宇宙船ってブライスターのことだよな。じゃあ、あの形態でもマッハ20で飛べるのか?」
そうでなければ宇宙船としては機能しないだろう。
トウマは脳裏に浮かんだ疑問をクォヴレーにぶつけた。
「そうだな…初めて変形した時、高速で逃げる鬼のロボットを楽々と追いかけることができたからな。
音速の壁は間違いなく超えていたはずだ。可能性は高い。
あの時はジョシュアが奴に捕らわれていたからな。
下手に近づくことはせずに、ただ追いかけることしかできなかったが…」
もしフルパワーなら――。
これは当たりだ。ブライスターならタイムリミットも無い。逃げに徹すれば誰も追いつけないだろう。
移動手段としても有効性はとてつもなく高い。
「だがこれは推測だ。ユーゼスが何か制限を設けている可能性もある。試してみないことには分からん」
だから何故マニュアルを捨てたのかと。今さら言うことでもないのかもしれないが。


「方向よし。周囲に敵影らしきものもなし。準備はいいぞ」
地図とモニターを見比べながら確認作業を行うイキマ。
「では発進だ」
クォヴレーの声とともにブライガーは飛び立った。
見る見るうちに周りの景色が後方へスクロールしていく。
「マッハ1…2…3…ここまでは順調だ。次で一気にフルパワーで飛ぶぞ」
「なあ、このまま加速したらG‐6なんか、あっという間に通り過ぎちまわないか?」
「ならUターンすればいいだけだ。これなら戻るのに大して時間もかからんだろう」
トウマの疑問にイキマが答えた。
「そういうことだな…こいつの性能を試しておくいい機会だ。行くぞ、しっかり捕まってろ!」
景色が溶ける。
急加速のGに対して身構えてみたものの、たいした衝撃も無い。
よほど高性能な慣性制御装置が働いているのか、つくづくトンデモなロボットだ。
「すげえもんだな」
もはや芸も無く感心するしかない。
耳障りなアラームのような音が聞こえたのはその時だった。
何だ?どこか計器の異常か。
耳を澄ますと…何やら襟元から聞こえてくる。


「首輪が鳴ってるぞ!!」


見ればイキマもクォヴレーも同様だ。
首輪のランプが赤く点滅し、三人分のアラームがコックピット内に鳴り響く。
「イキマ、どうなってる!禁止エリアにでも入ったか!?」
「そんなはずはない!近づいてすらいないはずだ!」
「なら、何で!」
三人の頭の中が疑問符で埋め尽くされる。
何故。
何で。何が。
それを吹き飛ばしたのは、首輪から聞こえてきた音声。
まるで留守番電話のメッセージのように事務的な、どこかで聞いたような女の声だった。
「制限速度をオーバーしているでございますです。直ちにスピードを落としませんと首輪が爆発しちゃったりしますですことよ」




「…何ィィィィィィ!!??」
「おいクォヴレー、ブレーキ!!」
「…わかってるっ!」


現在ブライガーは空中で静止している。
スピードを落としたことで首輪のアラームも止まった。
…なんだかひどく疲れた気がする。だいたいこんな仕掛けでなくとも、最初から動力部分にリミッターでも取り付ければいいだろう。
このブライガー、変形の事といい操縦方法といい、支給した者に悪意があるとしか思えない。
いや、この殺し合いをやらせる時点で悪意云々の次元ではないのだろうが。
「…なあクォヴレー」
「……何だ」
「あのユーゼスってやつ、お前に相当恨みがあるんじゃないのか」
「なんとなく心当たりがある気はするが…俺は記憶がない」
「それを言うなら記憶にないだろ。…間違っちゃいないけどよ」
「そうだな…」
そろって苦笑い。

「さて…どこだここは。イキマ、分かるか?」
「少し待ってくれ…G‐5あたりだな。少し北にずれて通り過ぎたようだ。…ん?何かいるぞ!」
問答無用の敵か、それとも戦いは避けられる相手か。
夜の闇のせいではっきりしない。
かなりサイズは大きいが、いきなり攻撃をしてこないあたり話は通じそうだ。
「っていうか、動かないぞ…?」
トウマの言うとおり、よく見てみると仰向けに倒れたままで、ぴくりとも動かない。
通信で呼びかけても返事はない。
「パイロットは死んだのかもしれないな。近づいてみよう」
クォヴレーはブライガーでゆっくりと用心深く近づいていく。
あの機体そのものの損傷は軽微のようだ。
ならばパイロットは何故反応しないのか。
余程打ち所が悪かったのか…実は生きていて不意打ちを狙っているのか。
肉眼で確認できる距離まで接近する。
するとコックピットのハッチが開いたままだ。
中に人は…いない。
「どうやら無人のようだな。…トウマ?」
「こいつは…」
トウマはその機体を知っていた。正確にはその系譜に連なる機体をだが。
それはかつて憧れたゼンガー・ゾンボルトが駆った機体。
トウマと共に戦うことはなかったが、守るべきもののために望まぬ戦いにあえて身を投じた少女の機体。
そのプロトタイプたる存在――超闘士グルンガスト。



【反逆の牙組・共通思考】
○剣鉄也、木原マサキ、ディス・アストラナガン、ラミア・ラヴレスを特に警戒
○ガイキングの持つ力(DG細胞)が空間操作と関係があると推測
○ディス・アストラナガンがガイキングの力(DG細胞)と同種のものと推測
○剣鉄也らの背後の力(デビルガンダム)が空間操作装置と関係があると推測
○空間操作装置の存在を認識。D-3、E-7の地下に設置されていると推測
○C-4、C-7の地下通路、及び蒼い渦を認識。空間操作装置と関係があると推測
○アルテリオン、スカーレットモビルのパイロットが首輪の解析を試みていることを認識
 ただしパイロットの詳細については不明
○木原マサキの本性を認識
○ラミア・ラヴレスがジョーカーであることを認識
○再合流の予定時間は翌朝5時、場所はE-5橋付近

【クォヴレー・ゴードン 搭乗機体:ブライガー(銀河旋風ブライガー)
 パイロット状態:やや精神的に疲労、リョウトの憎悪に対し危惧。
 機体状況:良好
 現在位置:G-5
 第一行動方針:G-6基地へ向かい、首輪の解析をしているアルテリオン・スカーレットモビルのパイロットと接触
 第二行動指針:ヒイロと合流、主催者打倒の為の仲間を探す
 第三行動方針:なんとか記憶を取り戻したい(ディス・アストラナガンとの接触)
 最終行動方針:ユーゼスを倒す
 備考1:本来4人乗りのブライガーを単独で操縦するため、性能を100%引き出すのは困難。主に攻撃面に支障
 備考2:ブライカノン使用不可
 備考3:ブライシンクロンのタイムリミット、あと16~17時間前後
 備考4:ブライスター及びブライガーは最高マッハ25で飛行可能。
     ただしマッハ5以上で首輪に警告メッセージ。30秒後に爆発。スピードを落とせば元に戻ります】


【トウマ・カノウ 搭乗機体:ブライガー(銀河旋風ブライガー)
 パイロット状態:やや精神的に疲労、怪我は手当て済み
 機体状況:良好
 現在位置:G-5
 第一行動方針:G-6基地へ向かい、首輪の解析をしているアルテリオン・スカーレットモビルのパイロットと接触
 第二行動指針:ヒイロと合流、及び主催者打倒の為の仲間を探す
 最終行動方針:ユーゼスを倒す
 備考1:副司令変装セットを一式、ベーゴマ爆弾を2個、メジャーを一つ所持
 備考2:ブライガーの操縦はクォヴレーに任せる
 備考3:ワルキューレは現在ブライガーに搭載されている】

【イキマ 搭乗機体:ギャリィウィル(戦闘メカ ザブングル)
 パイロット状況:戦闘でのダメージあり、応急手当済み。リョウトの憎悪に対し危惧。
 機体状況:良好
 現在位置:G-5
 第一行動方針:G-6基地へ向かい、首輪の解析をしているアルテリオン・スカーレットモビルのパイロットと接触
 第二行動方針:司馬遷次郎と和解し、己の心に決着をつける
 第三行動方針:主催者打倒の為の仲間を探す
 最終行動方針:仲間と共に主催者を打倒する】

【二日目23:00】





前回 第230話「銀河旋風速度制限」 次回
第229話「嵐の前の… 投下順 第231話「目覚め
第225話「閃光 時系列順 第229話「嵐の前の…

前回 登場人物追跡 次回
第220話「希望という名の泥沼 クォヴレー・ゴードン 第232話「その身に背負うものは
第220話「希望という名の泥沼 トウマ・カノウ 第232話「その身に背負うものは
第220話「希望という名の泥沼 イキマ 第232話「その身に背負うものは


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最終更新:2008年06月02日 17:15