その身に背負うものは


暗闇の中、ライトに照らされて浮かぶ巨大ロボットのコックピット。
パイロットシートには誰のものともわからない大量の血痕がべっとりと付いており、
その座席はまるで処刑や拷問に使う器具のように不気味にうつる。
G-5エリアに放置された機体、
グルンガストを発見したクォヴレー、トウマ、イキマの三人はこの血まみれのコックピットの前で思案に暮れていた。
発見した直後、まず三人が行ったのは機体の損傷チェックである。
胸部装甲がかなり傷ついていたが致命的ではない。
そしてメインカメラはオシャカになっていたが、サブカメラが何とか生きていた。
トウマの話によれば、このグルンガストは空陸それぞれの移動形態に変形可能な上、並の戦艦以上の火力と装甲を併せ持つ機体らしい。
それが本当なら、是非とも戦力として運用したいところだ。
クォヴレーのブライガーは強力だが、その他の機体といえばバイクと大型車両しかないのだから。
だがそこで問題になるのが乗り換えルールだ。
腹の立つ話だが機体を乗り換える際、前に乗っていたパイロットが死亡、
または他の機体に乗り換えていなければ自分の首輪が爆発してしまう。
そしてこの状況。
今のクォヴレー達にそれを確認する術はない。よってこのまま乗り込んだ場合、即首輪が爆発する可能性があるということ。
かといって捨てていくには今の戦力状況ではあまりに惜しい。さてどうするか。

そもそも何故ここにこの機体が放置されているのか――いやそれは問題ではない。
追求すべき問題は…
「……なぜここに死体が無いのかということだ」
クォヴレーの呟きに二人がうなずいた。
メインカメラをやられ、パイロットの座席には致命傷としか思えない大量の血痕。
戦いに敗れて死んだということは容易に想像できる。ならば何故?
「まだ生きていて外に出たんじゃないのか?ほら、血の跡が外に続いてる」
トウマが指さしたコックピットのハッチには、確かにべっとりと血が付着していた。
「ならば何故この近くに死体がないんだ?この大量の出血を見る限り、生存していたとしても遠くへ行くのは不可能だ。
しかもそんな怪我で歩くくらいなら、この機体……グルンガストに乗ったほうがはるかに速い」
「そうか…」

「戦いの勝者が死体を持ち去った……というのはどうだ?」
今度はイキマの意見を考察してみる。
確かにその可能性は考えられる……というか一番妥当だ。
「そんなもんどうするんだよ。何かの役に立つのか?」
トウマの質問にクォヴレーとイキマの二人は顔を見合わせる。
互いの意見が同じであると目で確かめ、クォヴレーが口を開いた。
「首輪を解析するためだ。死体の首を切り取ってな」
「……」
ごくりとのどを鳴らし顔をしかめるトウマ。
「んなこと……」
否定したい気持ちはわかる。だが、ここに着てからの体験でトウマも思い知っていたためか、その言葉の先は続かなかった。
『それ』をやってのける人間がこの殺し合いに参加している。
この狂気の沙汰に巻き込まれても理性を失わず、それでいながら外道な真似を平然とやってのける人間が。
はじめは友好的に近づき、戦力としてあてにならないと知るや殺しにかかってきた、木原マサキのような人間ならやりかねない。



「ともかくそれなら乗り換えるのに問題はないわけだろう?」
イキマの言うとおり、それならなんら問題はない。しかしこの推理に確たる証拠はないのもまた事実だ。
例え99%の確率で正しいとしても、残り1%で外れてしまえば、その時失うのは自分の命である。
クォヴレーはその旨をイキマに伝え、この機体は無視するよう提案した。
もしG-6で首輪が外せれば何の不安要素もなく運用できるとも。
しかしイキマはその案に納得せず、自分が乗ると主張してゆずろうとしない
「それこそ確証のない話だ。目的地に付くまでの間、問答無用で攻撃される可能性だってゼロではない。
 それにブライガーは今、100%の力を発揮できないらしいではないか。
 そんなことでこれから先、強力な機体を敵に回すことになればどうなる?
 それを考えれば、ここは多少リスクを負っても、戦力増強のチャンスを逃したくはない」
「首輪が爆発して死んだら、何もかも終わりだぞ。分かっているのか?」
「……今ここで俺が死んでも、戦力的に何の問題もなかろう。
むしろ司馬遷次郎と交渉するにあたって、無駄な障害が無くなるかもしれんぞ」
その言葉を聞いたトウマの表情が変わった。怒気を含んだ声を抑えようともせず、今にも詰め寄らんばかりだ。
「てめえ……何のつもりだ?」
「俺はあの男に会うことになってから、ずっと考えていたことがある。
俺が元いた世界で、奴や鋼鉄ジーグと幾度も戦ったことにどんな意味があったのかと。
ここに来るまで俺は、人間というものを虫けらのようにしか考えてこなかった。
忠誠を誓った我が国の為に、奴らを滅ぼすことに疑問を抱くこともなかった」
そこで言葉を区切り、イキマは二人の顔を順番に見渡した。そして続ける。
「だがここに来て俺はアルマナ、ジョシュア、そしてお前達に会って知った。
人間も思い悩み、笑い、悲しむ……我々と同じだと」
「だったら!」
「だが、だからといって俺の今までの戦いが間違っていたということではない!
 我が邪魔大王国が失ったかつての栄光を取り戻す為に、忠誠を誓った女王ヒミカ様の為に、俺が戦わなければならんことに変わりはない。
俺は邪魔大王国の将……己の都合だけで今まで背負ってきた全てを捨てるには、それはやはり重過ぎるのだ」
トウマもクォヴレーも何も言えなかった。イキマの世界について、部外者に過ぎない二人がどうこう言える筋はどこにもない。
三人の沈黙が場を支配する。
そして――
「……それでどうするつもりなんだ」
ピシリと音を立てそうな程に張り詰めた空気を、クォヴレーがつとめて冷静な声で切り払った。
イキマは重く抑えた声でそれに答える。
「遷次郎に脱出するまでの一時停戦を申し込む。それは変わらん。
 それを受ければよし、拒否されたなら……俺はこのグループを抜け、別行動をとる。
 俺さえいなければ、奴も脱出に向けた協力体制を組むことを拒む理由は無くなるだろう」
「抜けてどうするんだよ!何かあてがあるわけでもないんだろ?」
「確かにな。だが木原マサキという男や剣鉄也、白い羽の機体に乗った女を見つけて倒せれば、お前たちへのアシストにもなる。
 それに……お前たちが脱出方法をみつけ、ユーゼスを倒すまで生き延びていれば、俺も生きて戻ることができるかもしれん。
 そのためにもグルンガストは必要だ。今言ったこともギャリィウィルではお話にならんだろうしな」



「…………バカヤロウ」
トウマが力なく吐き捨て、クォヴレーに向き直った。
「好きなようにやらせてやろうぜ。こいつの眼は見たことがある。
 何があっても引かないって決めた頑固親父の眼だ……バランみたいな、な」
「そうか……わかった。好きにすればいい」
「すまん」
イキマのその言葉は短く、だがそこに込められた感情はクォヴレーにもはっきりと伝わった。
「自殺志願者に謝られたところで何にもならん。生き残れ。
 それができたら俺たちに一発ずつ殴らせろ」
「……分かった」
ほんの少しだけ、イキマは口元をゆがめた。笑った……のかもしれない。

結果として、グルンガストに乗ったイキマの首輪が爆発することはなかった。
その代わりとして、イキマは二発の強烈な鉄拳を顔面にくらう事になったが。
「推理どおりだな!ビクビクさせやがって!」
「ああ、無事でよかった」
本当はクォヴレー達の推理とはまるでかけ離れた事実があったのだが、彼らがそれを知るはずもなく。


現在、トウマとクォヴレーはブライガーで見張りをしながら休憩を取っている。
その間にイキマはグルンガストの計器、センサー類のチェックや変形の慣らし運転を行っていた。
「特に問題はなし。メインカメラの破損も、センサーとサブカメラで何とか補えるな……」
作業を終わらせて時計を見ると、クォヴレーが決めた出発時間まで、まだ少しある。
見張りは彼らがやってくれている。少し休もう。
イキマはシートに体を預けた。シートの血は完全に乾いている。
ゆっくり伸びをして天井部のモニターを仰いだ。

トウマ、クォヴレー、ジョシュア、セレーナ、リュウセイ。

思いは巡る。
もしここから脱出し、元の世界に返ることに成功すれば、かれらとは二度と会うことはないだろう。
――いや、それでいい。
人間どもを討ち果たし、邪魔大王国に勝利と栄光を。それが自分の使命なのだから。
自分は人間の敵なのだから。
ここに来てから人間と接し理解を深めたのは確かだが、元の世界で同じことができるとは思えない。
邪魔大王国の目的は、失った国土を取り戻すこと。今は人間の土地でも、元々は我々が住んでいた場所。
拠るべき土地を失い、地底に隠れ住む屈辱を再び受け入れることなどできようか。
だからといって、「ここは元々、我々の土地だから出て行け」と言われていうことを聞く者がいるわけがない。
戦うしかないのだ。
話し合いが行われるとしても、それは互いが血を流し闘争に疲れ果てた末の妥協の産物だ。
おそらく遷次郎は自分と協力などしないだろう。鋼鉄ジーグが死んだ今、できることなら死んでほしいとすら考えているかもしれない。
だからこそ賭けに出た。
己の命を天に預け、そして生き残り力を得た。

(邪魔大王国の将として再びあなた様の下で戦う為に。ヒミカ様が俺に力を与えてくださった)

この力で脱出の障害となるものを討ち果たす。
遷次郎に協力を拒まれれば、クォヴレー達に協力することはできないだろう。
だから他にできる事をするだけだ。
イキマは一人、決意を固める。司馬遷次郎の意識がすでに消滅しているとは知る由もなく。



【反逆の牙組・共通思考】
○剣鉄也、木原マサキ、ディス・アストラナガン、ラミア・ラヴレスを特に警戒
○ガイキングの持つ力(DG細胞)が空間操作と関係があると推測
○ディス・アストラナガンがガイキングの力(DG細胞)と同種のものと推測
○剣鉄也らの背後の力(デビルガンダム)が空間操作装置と関係があると推測
○空間操作装置の存在を認識。D-3、E-7の地下に設置されていると推測
○C-4、C-7の地下通路、及び蒼い渦を認識。空間操作装置と関係があると推測
○アルテリオン、スカーレットモビルのパイロットが首輪の解析を試みていることを認識
 ただしパイロットの詳細については不明
○木原マサキの本性を認識
○ラミア・ラヴレスがジョーカーであることを認識
○再合流の予定時間は翌朝5時、場所はE-5橋付近

【クォヴレー・ゴードン 搭乗機体:ブライガー(銀河旋風ブライガー)
 パイロット状態:良好、リョウトの憎悪に対し危惧。
 機体状況:良好
 現在位置:G-5
 第一行動方針:G-6基地へ向かい、首輪の解析をしているアルテリオン・スカーレットモビルのパイロットと接触
 第二行動指針:ヒイロと合流、主催者打倒の為の仲間を探す
 第三行動方針:なんとか記憶を取り戻したい(ディス・アストラナガンとの接触)
 最終行動方針:ユーゼスを倒す
 備考1:本来4人乗りのブライガーを単独で操縦するため、性能を100%引き出すのは困難。主に攻撃面に支障
 備考2:ブライカノン使用不可
 備考3:ブライシンクロンのタイムリミット、あと14~15時間前後
 備考4:ブライスター及びブライガーは最高マッハ25で飛行可能。
     ただしマッハ5以上で首輪に警告メッセージ。30秒後に爆発。スピードを落とせば元に戻ります】


【トウマ・カノウ 搭乗機体:ブライガー(銀河旋風ブライガー)
 パイロット状態:良好、怪我は手当て済み
 機体状況:良好
 現在位置:G-5
 第一行動方針:G-6基地へ向かい、首輪の解析をしているアルテリオン・スカーレットモビルのパイロットと接触
 第二行動指針:ヒイロと合流、及び主催者打倒の為の仲間を探す
 最終行動方針:ユーゼスを倒す
 備考1:副司令変装セットを一式、ベーゴマ爆弾を2個、メジャーを一つ所持
 備考2:ブライガーの操縦はクォヴレーに任せる
 備考3:ワルキューレは現在ブライガーに搭載されている】

【イキマ 搭乗機体:グルンガスト(バンプレストオリジナル)
 パイロット状況:戦闘でのダメージあり、応急手当済み。リョウトの憎悪に対し危惧。
 機体状況:小破、メインカメラ破損。コックピットの血は宗介のものです。
 現在位置:G-5
 第一行動方針:G-6基地へ向かい、首輪の解析をしているアルテリオン・スカーレットモビルのパイロットと接触
 第二行動方針:司馬遷次郎と和解できなければ、グループを抜ける。
 第三行動方針:主催者打倒の為の仲間を探す
 最終行動方針:仲間と共に主催者を打倒する】

【三日目1:00】





前回 第232話「その身に背負うものは」 次回
第231話「目覚め 投下順 第233話「ツキヨニサラバ
第229話「嵐の前の… 時系列順 第233話「ツキヨニサラバ

前回 登場人物追跡 次回
第230話「銀河旋風速度制限 クォヴレー・ゴードン 第235話「東方不敗は死なず
第230話「銀河旋風速度制限 トウマ・カノウ 第235話「東方不敗は死なず
第230話「銀河旋風速度制限 イキマ 第235話「東方不敗は死なず


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最終更新:2008年06月02日 17:22