二人の復讐者


“…テンカワ・アキト”
“…ホシノ・ルリ”

「ッ…………!」
 午前六時。放送で告知される死亡者の名前を聞きながら、男は激しい怒りの眼差しを見せていた。
 馬鹿げている。この狂った殺し合いを主催した仮面野郎も、その殺し合いに乗った奴らも。
 そんな馬鹿げた奴等のおかげで、大切な仲間を失った。
 ……守る事が、出来なかった。
 支給された機体が戦闘向けでなかった事など、言い訳にしかなりはしない。
 機体の特性を完全に引き出す事が出来ていたならば、怒りに駆られて判断を誤る事がなければ、仲間を守る事は出来ていたはずだ。
 それを理解しているからこそ、イサム・ダイソンは怒りを抑える事が出来なかった。
 他の誰でもない、自分自身に。

「……マギー、何か異常があればすぐ知らせてくれ」
『おまかせ』
 もう二度と、仲間を死なせたりはしない。その決意を胸に抱き、イサムはD-3を進ませる。
 駆逐艦級の情報収集能力を持つとまで言われるD-3である。
 情報戦に限って言えば、それに匹敵する機体は極めて数が限られる。
 確かに火力こそ高くはないが、この機体は決して弱い訳ではない。
 機体の特性に合わせた運用を行えさえすれば、非常に強力な機体となりえるのだ。
「闇雲に突っ込むだけじゃ、こいつの力は引き出せねえ……」
 アムロ・レイとの戦いは、確かに敗北に終わってしまった。
 だが、だからこそ彼は感情に任せた突撃など無意味である事を知らされたのだ。
 ……皮肉な事だが、仲間の死と無様な敗北は、イサム・ダイソンを精神的に成長させていた。

 十二時間毎の死亡告知。それに知った名前が無い事を確認して、ヒイロ・ユイは安堵を覚える。
 トウマ・カノウにクォヴレー・ゴードン。
 機動兵器を用いた殺し合いが行われている中で、明らかな“はずれ”を掴まされた二人組。
 再会を誓い合いはしたが、お互いに生きて再び会える可能性が低い事は理解していた。
 二人が戦う力を持たないのであれば、それは尚の事である。
 たとえ自分に戦う意思が無かったとしても、敵にとっては関係無い。格好の獲物として、一方的に倒されてしまうだけだ。
 それが、戦い。この非情な世界で行われている、狂ったゲームのシステムであった。
 ……怒りを覚える。
 この狂った殺し合いを主催した仮面の男に、ヒイロは憤りを覚えていた。
 何故、戦わせる――?
 平和に生きたいと願う人間を、どうして殺し合いに巻き込もうとする――?
 理解出来なかった。このような殺し合いを始めた連中の目的が、ヒイロには理解出来なかった。
 だが、これだけは分かっている。
 たとえどのような目的があったとしても、この狂った殺し合いを認める訳にはいかない。
 意味無き殺戮に手を染める者を、そのままにしてはおけないのだと。

 だからこそ、ヒイロは仇討ちを誓った。
 この愚かな殺し合いに巻き込まれてしまった、多くの罪無き命たち。
 彼らを守り抜く為にも、戦う事を彼は誓った。

 ……だが、前途は険しいと言わざるを得ないだろう。
 これまで倒れた二十四人を除いて、残る生存者は四十人以上。
 その中に、どれだけの殺戮者が潜んでいるかは定かでないのだ。
 これまでにも自分以外の参加者を何度か見掛けはした。
 だが、それが殺し合いに乗っているかどうかは、機体を見ただけでは分からないのだ。
 ならば、どのようにして……。

「そこの機体、動くな!」
「…………!」
 やおら響き渡った男の声に、ヒイロ・ユイは驚愕する。
 ECSによって不可視化を行い、完璧な隠業を遂げていたはずの自機。
 それに銃の照準が合わされているのだと、ヒイロは自分の置かれている状況を理解した。
 センサーに視線を移すと、背後に機体の反応が一つ。何らかの手段でレーダーを誤魔化し、接近を果たしていたらしい。
 あの機体――電子戦用の機体か――!
 レドーム状の頭部から相手の機体特性を悟り、ヒイロは内心で舌打ちする。
 ECSによる隠業は確かに優秀ではあるが、完全無欠とは言い難い。
 情報収集能力に特化した機体ならば、機体の居場所を特定する事も不可能ではなかった。
「……何が望みだ」
「安心しな。お前に戦う気が無いんだったら、こっちも手出しする気は無い。ただ、聞きたい事があるだけだ」
「聞きたい事だと?」
「一つ目の、赤い機動兵器を捜している。心当たりがあれば教えてほしい」
 男の言葉に思い浮かぶ、かつて出会った無差別攻撃を仕掛ける機体。
「赤い……そうか、奴の事か……」
 その姿を思い出し、ヒイロは微かに呟きを洩らす。
 自分の耳にさえ辛うじて届くような、本当に小さな呟き声。
「知っているのか!?」
 だが、それすら相手の機体は拾っていた。
「……ああ。昨日、無差別攻撃を仕掛けてきた。俺は逃げ出す事が出来たが、何人かは奴に殺されたようだ。
 場所はE-5、第一回放送後の出来事だ。交渉を行ってくる事も無く、一方的に攻撃を仕掛けてきた」
 D-3の情報収集能力に改めて舌を巻きながらも、ヒイロは知り得る情報を話す。
 隠す意味の無い情報だ。こちらの知っている事を話した所で、自分にデメリットは生じない。
「くっ……あの野郎、俺達を襲ってくる前にも同じような事を……」
 その表情に苦渋を浮かべ、イサムは苦々しげに呟く。
 その呟きを聞いて、ヒイロは男の目的を理解する。
 自分と同じ、仇討ち。
「……仲間を、やられたのか」
「…………」
 沈黙が問いに対する答えだった。

「……俺も、一つ聞きたい事がある」
 重い沈黙の空気を破ったのはヒイロだった。
「聞きたい事?」
「アルマナ・ティクヴァーという女を殺した参加者だ。もし心当たりがあれば、教えてくれ」
「……知り合い、だったのか?」
「いや、顔も知らない」
「知らない……?」
「ああ。だが、俺は約束した。仇は、俺が討ってやると」
「……そう、か」
 弱々しく、呟きを洩らす。
 自分だけではない。
 この愚かな殺し合いが行われる中、死者の為に戦おうとしている人間。
 それが自分だけではないのだと知って、イサム・ダイソンはヒイロ・ユイに共感を覚えていた。
 向こうの詳しい事情は知らない。だが、これだけは分かっている。
 この男と殺し合う理由は無い。
「質問の答えだが、俺に心当たりは無い。ただ、あの赤い奴は相当な数の戦いをこなしてたみたいだからな。
 その女を殺してたとしても、おかしくはないと思っている」
「…………」
 その可能性は、ヒイロも考慮してはいた。
 無差別な攻撃を受けた中に、アルマナ・ティクヴァーが含まれていた可能性は低くない。
 だが、もしそうだったとするならば――

(今の俺に、奴を倒す事が出来るのか……?)
 勝算は低いと言わざるを得ない。
 彼本来の機体であるゼロを使う事が出来るならともかく、この機体――M9では分が悪過ぎる。
 火力、機動力、射程距離、行動範囲、全ての面で奴は自分の上を行っている。
 たった一つだけ勝っていると思われる点を挙げるなら、ECSによるステルス程度のものだろう。
 正面からの突破は不可能。奇襲を仕掛けたとしても、こちらの装備で倒し切れる保障は無い。
 空に逃げられる事まで考えれば、勝率は更に低くなる。
 単独での撃破は困難と言って良いだろう。
 ……相打ち覚悟の特攻を行う気は無い。自分は、生きなければならないのだ。
 生きて、還らなければならないのだ。
 だから戦うと言うのならば、必ず生き延びなければならない。
 ならば、どうする――?
 どうすればいい――?
「悪かったな、引き止めたりして」
 ……構えた銃を下ろしながら、イサムはヒイロにそう言った。
 そして、もう用は済んだとばかりに、その場から機体を移動させ――

「……待て。一つ、話しがある」
 ようとしたのだが、それをヒイロは呼び止めた。
「……何だよ。まだ俺に何か用でも……」
「もし、その赤い機体を討つのなら、協力しても構わない」
「なんだと……?」
「お前の言うように、あの赤い機体が仇なら、俺は奴を倒さなければならない。
 だが、奴は強い。俺だけの力では、倒し切れる保障は無い。そして、それはお前も同じ事のはずだ」
「くっ……」
 ヒイロの言葉に、イサムは敗北の記憶を思い出す。
 リフターを装備した状態のD-3でさえ、奴には力が及ばなかったのだ。
 次に戦ったとしても、勝てる見込みなどありはしない。
「俺の見た所、お前の機体は情報戦仕様の機体だ。戦闘力は低い。違うか?」
「……いや、違わねえ」
「目的は同じだ。そして、奴相手には荷が重過ぎると思っているのもな。
 なら、力を合わせた方が合理的なはずだ」
「それ、は……」
「会ったばかりの人間を信用出来ない事はわかる。だが、それでも奴に単独で戦いを挑むよりはマシなはずだ」
「…………」
 ……わかって、いる。
 悔しいが、この男の言う事は実に正しい。
 ならば……。

「……オーケイ、手ぇ組もうじゃねぇか」
 他の人間を私怨に巻き込みたくはなかった。だが、あの赤い機体を倒す為に、手段は選んでいられない。
 そして、この男にもまた戦わなければならない理由がある。
「話は決まったな。なら行くぞ。こうしている間にも、奴がまた他の参加者を襲っているかもしれない」
「ああ……」
 もう、奴に殺させはしない。
 その誓いを無言の内に、二人の復讐者は歩き出す。
 そう、悲しみの連鎖を止めるために……。



【イサム・ダイソン 搭乗機体:ドラグナー3型(機甲戦記ドラグナー)
 パイロット状況:健康(一晩経って冷静さを取り戻した)
 機体状況:リフター大破 装甲に無数の傷(機体の運用には支障なし)
 現在位置:G-4
 第一行動方針:アムロ・レイ、ヴィンデル・マウザーの打倒
 第二行動方針:アルマナ・ティクヴァー殺害犯の発見及び打倒
 第三行動方針:アクセル・アルマー、木原マサキとの合流
 最終行動方針:ユーゼス打倒】

【ヒイロ・ユイ 搭乗機体:M9<ガーンズバック>
 パイロット状態:健康
 機体状況:装甲表面が一部融解
 現在位置:G-4
 第一行動方針:トウマの代わりにアルマナの仇打ち
 第二行動方針:アムロ・レイの打倒
 最終行動方針:トウマ、クォヴレーと合流。及び最後まで生き残る】

【二日目 10:25】





前回 第153話「二人の復讐者」 次回
第152話「決意 投下順 第154話「Zの鼓動
第163話「水面下の情景Ⅲ 時系列順 第171話「涙、枯れ果てた後に

前回 登場人物追跡 次回
第126話「噛み締める無力 イサム・ダイソン 第167話「死力戦場
第122話「仇の約束 ヒイロ・ユイ 第177話「集う者たち~宴の準備~


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最終更新:2008年05月30日 16:22