瀬戸口まつり@ヲチ藩国様からのご依頼品


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古く、懐かしい音がする。
昔より変わることのない音色、軽やかな響きが。

その響きの中に駆ける音が混ざる。
少女の、軽い足音。短い吐息も艶やかに、頬を紅潮させ走る。

手には大きな風呂敷包み。中からはふわりと良い香り。
一人分とは思えぬ量を抱えて、少女はひた走る。

“先輩”

胸の鼓動は、高鳴りは、決して走っているが故ではないだろう。

“いらっしゃいますか? ”

頬の赤らみは、熱さは、決して駆けているが故ではないだろう。

愛し恋しと気は急くばかり。
彼の人探して、脚はただ速さを増すばかり。
気がつけば、学舎を離れ、彼の足取りを彷徨い歩く始末。
手にした重さだけが、ただ想いを増すばかり。
心のざわめきは激しさを増し、息苦しいまでに胸締め付ける。

朧な記憶を頼りに歩けば、そこは古いアパルトメント。
終ぞ開かれなかった扉の前に立ち、鉄の扉を一つ二つと叩く。
返事は返らず、代わりに返るは空しく響く叩く音。
間違えたかと一縷の望みをかけて顔を上げ、主の名前を探す。
しかし、かけられていた名札には名前はそこになく、ここに最早人は帰らぬという意思だけがある。
それを知り、じわりと込み上げるのは驚愕か、悲嘆か。

“どうしよう”

どくんと胸が強く鳴った。
ここに来て感じるのは、恋慕の情よりも不安であった。否、恋慕故に不安を感じるのか。
いてもたってもいられず、慌てて駆け出す。
何処へ、何処へ行こうというのか。
ただ、彼との想い出をなぞるように、彼の残り香を探し、島を駆け巡る。

息を切らせて、脚をとめれば、そこは公園。
しかし、公の園とは名ばかりの焼け野原と化しており、どこかおぞましい気配を放っていた。
言わば、ありありと死を感じられる場所と成り果てていた。

ぞわり、と。
悪寒めいたものが足元から這い上がる。
惨状の怖気に宛てられたか、足が小さく震えた。
瓦礫から無惨に突き出た真っ黒い腕が、こちらを誘うように固まっていた。
嫌悪感を掻きたてる“それ”からは目をそらす事が出来ず、ただ魅入られたように視線を外せなかった。

“なにこれ”

直後――“それ”が跳ねた。
蛭の様な動きをもって大きく跳躍すると、首目掛けてその手が大きく開かれる。
白い首筋に炭化した指を突き立てる。

“……!”

酸素の供給が断たれ、直に視界が重くなり始める。
遠くなる意識の中で、何とか引き剥がそうと遮二無二に掻き毟るが、それは叶うことはなかった。

“先輩……”

指先からの痛みさえ茫洋としたものとなり、つきやままつりという少女は意識を闇に手放した――

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暗い暗い闇の中、肌の上を何かが這いずり回る悪寒。
服を千切られ、肌も露に。見せしめの如く、吊るされた自分に無数の黒い腕が殺到する。
幾つもの爪が引き裂き、傷つけ――ゆっくりと殺されていく悪夢。
だが、そんな自分を醒めた目で見ていた。

(死んじゃったかな……)

死んだ後も意識はあるのだろうか?
ふと、そんなことを考える余裕すら何故かあった。
自分のことなど、どうでもよかった。
ただ、先輩に最期に逢えなかった方が、はるかに無念だった。
泪が零れそうになった。

“……!”

直後、視界が一気に明るくなる。
あまりの強烈な閃光に、眩しくて目を開けてられなくなった。
その光の中に誰かの影が見えた。
その影は冷たい目で見下ろしていた。

「せんぱい……」

夢見心地で呟く。
それとも、これは本当に夢なのではないだろうか?
だが、視界が光に慣れてくれば、学校の医務室だという事がわかった。
どうやら、死んではいなかったらしい。

「私、公園で首を絞められて……」

心細げに呟き、男――瀬戸口を見る。
服装は、かつての制服ではなかった。

「……知ってる。下手を打ったな」

泪が込み上げてくる。
零れそうになった泪を、必死で我慢する。
彼の前で泣くのは、いやだった。

「助けてくださったんですか?」

まさか、と思う。
でも、そうとしか思えなかった。
心臓が、何かに締め付けられたように苦しくなる。

「少しでも感謝しているなら、もう、俺には近づくな。俺を調べるな。俺の名前を忘れろ」

突き放す言葉。繰り返される拒絶。
言葉少なく背を向ける。

「や、そんな…! なぜ!?」

焦燥。こみ上げる焦りが、体を跳ね上げさせる。
男は待たない。一歩たりとも。ただ歩いてゆくのみ。分かれるように。

「待って!」

追いかける。足はしかし、ついてこない。
体が崩れる、視界が暗くなる。
だが、諦めることなどできようか。進む、進む、ただ前に。

「先輩待って! 調べたり、してません!私!」

ドアにしがみつくようにして、よろよろと立つ。
場所さえ忘れて、叫ぶ。
手が届かないなら、せめて声で届けなければ――

「先輩が好きなだけです! どうして!?」

声が虚ろに響く。
誰もいない、何処にもいない。
すみれ色の瞳の男は待たずに行ってしまった。

「瀬戸口さん! せとぐちたかゆきー! ばかー!」

へたりこむ。足から力が抜ける。
ただ、彼の名を叫んだ。叫んで叫んで、ついでに罵倒もした。
そうでもしないと、心が折れそうだった。

涙が、あふれた。

零れた水滴が床の上で跳ねる。砕け散る。
彼との関係も、ここまでだろうか。
この涙の様に砕けて、何事も無かったかのように消えてしまうのだろうか。

いやだ。
ここまで来て、いやだ。

そう思うと、体が軽くなった。
立ち上がり、外へ飛び出し、時計を見る。
まだ時間は有る。今から走れば島を出る船に間に合う。
彼に、まだ会える!

「瀬戸口さん! せとぐちさん!」

馬鹿みたいに叫びながら駆け回る。
だが、その姿は美しい。諦めを否定して、最後まで駆ける乙女の姿があった。

「ののみさーん! ブータ先生ー!」

息を切らせて、港へと辿り着く
叫びながら走れば、それは当たり前のことだ。
だが、その無策無謀さを哀れんで、天がチャンスを与えたか。
否――乙女の純情が、そうさせたのだろう。



――彼は、そこにいた。



「瀬戸口さん! 待ってくださいお願い」

その背中に縋りつく。
息をするのもやっとの有様で、男にしがみつく。
掠れるような声で、言葉を紡いだ。

「何も聞きません おいていかないで」
「どなたですか」
「つきやままつりです。貴方を好きな! ただそれだけで貴方に会いに来た!」

体面など取り繕っていられない。
自分の全てを伝えたい。わかってほしい。知ってほしい。自分のことを。
……自分が、どれだけ貴方を好きなのかを。

「お願い。なかったことにしないで! やっとお話しできて……どれだけ嬉しかったか。
 本当にただそれだけなの。お願い……」

心配そうに少女が、傍で見つめている。
おろおろと男女の喧嘩に戸惑っているようにもみえる。

「ご、ごめんね… ののみさん 心配させて」

それを見た男は、冷たく、できるだけ冷たくいう。

「嘘をつけよ」
「嘘じゃない。何が嘘なんですか」

真っ直ぐに見る。真っ直ぐに、真っ直ぐに。
しかし、彼の姿がはっきりと見えない。
気付けば、泪で視界は濡れていた。涙がとまらない、とめることなどできない。

「嘘なんかありません。何に誓ってもいい」

答えない。
時さえも止まったように、息苦しい時間が続く。
瀬戸口の眼も、また凍ったように感情が止まっている。
どうとも思っていない、そんな眼だった。

その時を破ったのは、船の汽笛。
響く低い音が、別れの合図となる。

「いや!」

絶望に押しつぶされそうになって叫ぶ。
最早、何を言っているのか判らない。
口から出た言葉は、自分でも驚くほどの言葉だった。

「疑われるくらいなら殺して!」

言い直しはできない。なによりも間違うことなき本音だ。
疑われて生きるぐらいなら、死んだ方がましだった。

「隆之さん!」

彼はどう思っただろうか、自分の命を人質に脅すように迫る女を見て――

「大時代だな」

その答えは単純明快にして残酷、ただ笑うだけ。

「なんといわれてもいいです。それしかないから。心しか――言葉を信じてもらえないなら。だから……」
「たかちゃん」

幼子が言葉を繋げる。
咎めるように男、瀬戸口を見る。めーなのよ、と今にも言いそうだ。

「スパイじゃなきゃなんなんだ?」

視線に耐えかね、しばらくの間を置いてから口を開く。
仕方なく、という瀬戸口の素振り。
ののみがいうから、仕方なく――

「なにって 何ですか」

――仕方なく聞くも、相手はわかっていない。
溜息をつく瀬戸口。
判ってはいたが、やっぱりか――男の態度からはそういう気配が滲み出ていた。

「じゃあ せめてお話しさせてください お願いします」
「手紙でも送ってくれ。そのうち見る」
「いや」
「いくぞ、ののみ」

ののみの手を引き、歩き出す。
話は終ったといわんばかりに。

「瀬戸口さん! お願い。せめて私の声で聞いて」

振り返らない。
振り返る必要も無い。
だから、歩くのを止めて、立ち止まる。

「10秒だ」

背中越しで十分だ。

「私、他の世界から来ました。瀬戸口さんたちと違うところ」

3秒の躊躇い。
その数秒を取り戻すように、必死に言葉を重ねる。
伝えたい、伝わって欲しい、伝われ!

「貴方に会いたくて。それで…やっと会えるようになって」

急に不安になってきた。
そうだ。自分は特別でもなんでもない、ただの――

「た、ただの女の子です」

ただの女の子にしか過ぎない……

「瀬戸口さんが好き。それだけで――世界を越えてきた」
「へえ」

心臓が潰れる程、というのはこういうのだろうか。
息が出来ない、勢いが無くなる。

「私の力じゃないけど…」

それは決定的な間違い。
最後の希望を手放したと、誰が知ろうか。

でもこれしかないから。
それ以上のことなんかない――

……男はその言葉を最後まで背中で聞いていた。
答えすらなく、ただ、少女の手を引いて、遠い国へと旅立った――



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製作:セタ・ロスティフンケ・フシミ@伏見藩国
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最終更新:2008年05月05日 13:04