玄霧弦耶@玄霧藩国様からのご依頼品


 何の前フリもないが、私は美少女が好きだ。
気の強そうな瞳を持つ美少女も、穏やかな雰囲気を纏った美少女も、等しく好きだ。
え?玄霧?そういえばそんな知り合いもいた気がする。
美少女じゃないけど、……まぁ、嫌いじゃない。

 さておき。
そう、そんなことはどうだっていい。

 今私の目の前にいる少女は、美少女であると呼ぶに相応しいものだった。
憂いを帯びて伏せられた目に、青白くも見える陶器のような肌。
緩やかに流れ落ちる服から細い腕を出し、長い睫毛の一本一本を揺らす姿に、口がぽかんと開いた。
間抜けに見えるか、と思って少し照れる。

『………。』

 私がここにいることが意外だとでも言うように目を見開いていた美少女が、はにかむように笑った。
ここが高い塔の部屋で、入口には鍵をかけていたことだとか。
眠る前には間違いなくコガと私しか部屋にいなかったことだとか。
美少女が透けていて、足が地面から少し離れていることだとかは、それだけでどうでもよくなった。

「わ、私、玄霧火焔! そっちは?」
『………。』

 月明りの差し込むところに座っていた美少女は困ったように笑って首を傾げる。
秘密主義者なのも、ミステリアスな魅力に繋がる。
風も無いのにひらひらと袖を揺らし、鼻をひくひくと動かしている美少女は、小動物のように見えた。

 内心で悶える私の前で、不意に浮かび上がった美少女が私の腕の中に飛び込んできた。
浮いていてもなお頭一つ分ほど低い高さの彼女の頭が、胸の近くを漂う。
微笑みをたたえて顔を上げた美少女に、私は背中に回そうとしていた腕を慌てて戻した。

『玄霧藩王の、匂いがします。』
「…………え?」

 うっすらと微笑んだまま、美少女はとんでもないことを言った。
服は洗濯しているし、風呂にだって当然入っている。
そもそも玄霧に会うのは久し振りなわけで、石鹸だって普段よりいいものを、ってそうじゃなくて!
 口をしきりに開け閉めして混乱する私に気付いているのかいないのか、またしてもふわりと浮かんで美少女は私から離れていった。
斜め後ろで溜息をついたコガを少し睨んで、自分の顔を叩く。
温度の高くなった頬に掌が触れて、気持ちよかった。

『藩王の、お知り合いの方?』
「……。」

 耳障りのいい声で美少女が笑う。ここで頷いておけばよかったと、後悔した。

『それとも、王妃様?』
「な…、」

 美少女の問いに、一瞬で頭に血が集まった。
聞こえなかったわけもないのに、聞こえなかった振りをしたコガが、遠くを見ている。
くすくすと笑う美少女を、少しだけうらめしいと思った。

「違う! 断じて違う!」
『ええ、そうですね。』
「だからー!」

 言い訳のつもりで放った言葉は、まともな意味を持たない音となって口から出ていく。
私の身体が後ろに傾いたのを見て、楽しげに笑っていた美少女が慌ててひらひらした袖ごと腕を伸ばした。
私の腕を掴んだ美少女の腕は触れた感触もなくすり抜けて、私はコガの背中に落ちる。
自分の手を見て悲しそうな顔をする美少女に、背後からコガが目を細める気配がした。

「……。」
『………。』

 ぱちぱちと瞬く間に、見上げた美少女の顔が歪む。
透き通った身体がますます薄くなったように見えて、慌てて肩を掴んだ。
肩をすり抜けて、腕が落ちる。

 胸の高さで止まった腕は、事故だ。役得だなんて思ってない。

『……どうしても、藩王に一目お会いしたくて。』

 美少女の顔が悲しげに笑うのを見て、玄霧との関係を聞くことは出来なかった。
……そもそも、玄霧がこんな美少女と知り合いだとは思えないし。

「……会う?」

 美少女があまりにも悲しそうで、ほとんど無意識に言葉が出た。
美少女の瞳が、驚きと期待に揺れる。
後ろでゆるく首を振るコガを黙殺して、私は歯を見せて笑った。


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「ごめんなさい、わがままを言ってしまって。」

 窓にはめ込まれた分厚いガラスに映る私が頭を下げる。
声も私、服装は美少女。不思議な感じがした。

『いいって。』

 五感はしっかりしているのに身体が思うように動かないという感覚は新鮮だ。
笑って言ったつもりが、ガラスに映る顔は申し訳なさそうな、内気そうな顔をしていた。

『うおー、気持ち悪い!』
「えっ、ええっ!?」
『あ、ごめんごめん。』

 つい洩らした感想に、私が泣きそうな顔をする。
こんな顔にもなれるのか、と少し感心した。
 ゆとりのある布は私の身体が着てもまだ余裕があるらしく、ひらひらと流れては石の床に落ちていく。
何度も何度も美少女が髪に櫛をいれたおかげで下ろした髪も同じように流れ、また嘆息する。

『こんなにあったんだ。』
「えぇ、火焔さんも使ってくださいね。」

 私の髪について洩らしたはずの感想を、美少女は櫛やらを取り出した箱のことだと思ったようで、微妙に食い違う返事をされた。
美少女に言われて寝台の下から引きずり出した箱は、歴史を感じさせる色々なものが詰まっている。
美少女がやたら細かい細工の髪飾りを取り出して、私につけた。

 途端に、鼓動が早くなった。

『……楽しみ?』
「はいっ。」

 私の身体でドキドキしながら、私の顔で頬を赤らめた美少女が答えるのを聞いて、何となくモヤモヤした。

 箱から取り出した私には見覚えもないような楽器を、美少女は始めはたどたどしく、次第に滑らかに奏でていく。
窓から見える空が、少しずつ色を変えていく。
そういえば昨夜は、美少女と話していてろくに眠れなかった。
思い出せば急に睡魔もやってくるようで、うとうとと頭が揺れる。

『…………眠い、玄霧が来たら起こして…、』
「か、火焔さん?火焔さんっ?!」

 ガラスに映る涙目の私と、美少女の奏でる楽器の音を感じながら、私の意識はゆっくりと沈んでいった。




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最終更新:2008年04月13日 13:52