嘉納@海法よけ藩国からのご依頼品


 小笠原――太陽が沈んで僅かに茜を残した夜の下で男が二人、思い人達を待っている。

「純子さん、まだかなー」
「スイトピーさん……来てくれるかなぁ」

 今宵は十三夜。 満月は過ぎたが美しさは変わらぬ月を思い人と共に見ようと、男達は座って空を見上げていた。
 そこに、歩いて来たのは一人の女性。 赤い髪の男を見て、常に変わらぬ笑みを浮かべた目尻を緩める。 それだけで、彼女にとってその赤髪の男がどのような存在か、分かるだろう。

「どうも、こんばんはー」
「おひさー、純子さん」

 その彼が、立ち上がって純子と呼んだ彼女の側へと駆け寄れば、自分に駆け寄った男に、ただ、微笑む。 もう一人の男はと言えば、うっとりとしたような顔で緩やかに息を吐き出した。

「あああ、純子さん良いなあ。癒される。それはまさに渇いて荒んだ心を潤すオアシスーーは、いかん、口から漏れた」

 その発言を聞いた赤髪の男が嫌そうな顔をすると、手の甲を上にしてその相方に振る。 まあ、近寄るな、という事だろう。

「しっしっし、よるな劉っち、空気が減る」
「今日こそはお月見です。十三夜ですから満月じゃ……うるせーこのファンキー嘉納」

 本気で嫌がるような言葉ではない、まるで悪童達がじゃれあうような言葉の応酬は、この二人の関係が分かるようなものだった。 彼らは、御互いに『悪友』と言える位置にあるのだろう。
 そうして『劉っち』と呼ばれたの男が、軽く咳払いをすると、もう一度空を見上げた。

「まあ、欠けてる月も風情があります」
「リベンジらしいよ」

 軽く鼻の頭を掻きながら言った男に、にやりと笑って嘉納は、純子の手を握って、相方が呼んだ筈の少女が来ていないか周囲を見る。  だが、彼女の姿は、まだ無かった。

「でも、スイトピーさんは?」
「既に印象は最悪ですからね。来てくれない可能性の方が高い」
「じゃあ、探すか」
「良いのか? 時間減るぜ?」

 少し諦めたように、劉っち――比嘉劉輝の声が、僅かに悲しげに響く。 さもあらん、彼が以前かの思い人に与えた印象は、言う通りに最悪のものであったからだ。
 そんな話を嘉納の背から聞きながら、純子が何も言わずに振り向く。 それに気付いて、話していた彼ら二人も振り向けば、その視線の先に現れたのは、話題の主――スイトピー・アキメネス・シンフォリカルプスだった。

「こ、こんばんは……」

 彼の顔を見た瞬間から、うんざりとした顔でため息すら吐き出すような有様の彼女。 それを見た瞬間、劉輝の身体が緊張で強張り、ひたすらに頭を下げる。

「ごめんなさい、いや本当にすいませんでした。 無理に召喚なんかしてしまってすいません。 反省してます」
「今度はなによ……」
「にゃにゃにゃ、お月見リベンジだそうな」

 僅かに相方をからかうような口調も含みながら、嘉納が彼女へと声をかければ、スイトピーは目をそらして、頬をほんのりと赤くした。 どうも、照れているらしい。

 その視線は、湯気が出る程に耳まで朱色に染めて慌てる劉輝を横目に置き、微笑む純子を見る。 哀れむように表情を僅かに暗くしたその顔に冷静になった彼は、緩んでいた顔を引き締めて背を正した。

「その件についてもスイトピーさんに相談したいんです。 とりあえず、移動しながら話しましょうか」

 ――――その話の発端は、以前にまでさかのぼる。
 彼ら4人で月見をしようと団子やプリンやらを作ったことがあったのだが、その中で見せた純子の行動は、スイトピーからしてみれば『異常』としか思えぬ事ばかりであった。
 その後、耐えきれなくなった彼女が、端的に言えば『変だ。 病院につれていったほうがいい』、と忠告をしたのである。
 その後、嘉納と失望したスイトピーが出て行ってしまうという事になったのだが、医者に見せてみれば『異常はない』、との診断結果が下ったのである。

 歩きながら、小声でその結論を劉輝が語れば、薬物中毒の可能性を呟いたスイトピーに軽く首を振る。 聞きはしなかったものの、何も言われなかったのだ。 その可能性は低いだろう。

「あんまり言いたくないけど、知能指数は?」
「まだ触れていないですが、可能性はあります。 動きがどうにも“何も知らない”ように見える節はありますので」
「教えられてないみたいな感じはありますが、うーん……」

 明るい口調で純子と手を握って雑談を交わしながら、なるたけ聞こえないように嘉納が返答をする。 なかなか器用なものだ、流石ニューワールドの大国、海法よけ藩国の摂政である。

「後は――彼女はかなり重要な家の生まれで、命を狙われた事もある、と」

 声を潜めて、うっそりと劉輝が呟く。 情報が足りず、何故命を狙われたかも分からない、と。 事実、嘉納と純子の見合いの席で受けた襲撃の規模は、いささか尋常ではない規模であった。

「嘉納が調べ始めていますが、どうにも……かといって、本人に対して下手にストレスをかける事も出来ません。無理に聞き出そうとすれば色々とまずいでしょうし」
「結構な敵でしたね、部隊にヘリまで投入してましたし」

 状況的に言えば、千日手だろう。
 実際、救出劇を演じた嘉納ですら、彼らがどこの所属なのかまでは突き止めていないのだから仕方が無いといえども、問題的に言えば、何も解決していないのと同じなのだから。
その言葉に眉をひそめて、首を振りながらスイトピーは、大きく溜め息をつく。

「うーん。 こんな男と付き合うなんて」
「すいません……ってなんで僕が謝ってるんだ」
「心底反論したいですけど、いまは流しましょう――てか、お前にいわれたくねえー!!」

 何故か素で謝る劉輝に、チョップの一撃を喰らわせる嘉納、さらに謝る劉輝という、どこかギャグな風景を他所に、スイトピーが軽く肩をすくめる。

「男から見たらある意味理想の女かもしれないけれど」
「なんすか、それ。ありえねー」
「理想の女性は、活力に溢れてる女性ですよね」

 彼女がそう呟くと男二人、顔を派手にしかめてみせた。 『理想の女』の一言に余程刺激されたらしい。 冷たい顔で言うスイトピーに、真顔でさらりと言う劉輝。 顔をしかめたままの嘉納という、どこか珍妙な風景。

「自分の思い通りになる女」
「――嘉納、俺達がなんでダメダメなのかちょっと分かった気がしたぜ」
「けっ、てかんじですね。 女性に限った話じゃないけど、そんなのは私は認めませんにゃ――て、俺まで巻き込むなー!」

 それでも純子は、そんなやりとりを相変わらず笑いながら、嘉納の手を握って歩いていた。


 たんぽぽ。
 第五世界・小笠原の象徴である、天体望遠鏡である。
 その頂上は天体望遠鏡だけあって周囲よりは高く、月見の舞台としては最適であろうと、彼らは足を向けたのであるが、登り口が見つからない。
 ぐるぐると周囲を見て回る劉輝と同じく探しまわるスイトピー、そして悩む嘉納を横に、純子は彼の袖を引いた。
 塔に、50メートル程のループバーが連なった梯子が埋め込まれていたようで、それを見つけた、ということらしい。

「どこか昇れそうな場所……あ、見つかりました?」
「ふっ、純子さんが発見したぜ、あそこだ!」

 指差す方向を見ながら、彼女が嘉納の横顔を見つめる。 その微笑みは変わらぬままだ。

「じゃあ、嘉納さん。 昇りましょうか」
「どうぞどうぞ、僕はみんなの安全のために最後に上るんで」
「……俺と昇るんだ、今すぐに」

 その一言に、劉輝がにっこりと目が笑っていない笑顔で普段から持っているリボルバーを嘉納に向ける。 今すぐ発砲しそうな彼に軽いため息を吐いたスイトピーの『自分が最後に登る』の発言で、取りあえず刃物漫才――と言っていいのだろうか、これは――は、終わった。

「う、じゃあ、スイトピーさん、純子さんお願いします」
「よし、それじゃあ1番のりぃ!」
「あああ、楽しみがー! こ、この借りはいつか返すからな、劉っち!」

 軽く頭を下げているその隙に劉輝が梯子へ取り付いたのを見て、嘉納が少し悔しそうな顔をする。 まるで子供のやりとりだ。 だが、それができる間柄なのは、良い事なのだろう。
 全員が梯子を上り、そのまま、屋上近くの傘の一つに辿り着いた矢先、一番乗りであった彼の顔が、途端に暗い顔になった途端、カタカタと震え出し、しっかりと壁を掴むという、情けない姿になる。

「とっても、重要な事を忘れてました。僕高い所は駄目だ」

 三番目に上がって来た純子に手を貸している嘉納がそんな姿を見て、この世の救いを見たような、何処か眇めたような目で見ながら口角を僅かに上げた。

「け、結構風強い……み、みなさんは大丈夫ですかー?」

 劉輝のそんな姿にはおかまいなしに、純子は下を面白そうに見つめていたり、嘉納は嘉納で『楽しそうでよかった』だのと思いながら手を繋いだりしている。

「スイトピーさんも高いところ大丈夫なんですか?」
「まあ。 エルダニアほど怖くはないわね」
「……俺だけか、俺だけなのか」


 膝を震わせながら、ちらりと彼女を見た劉輝がぼやきながら、情けなさそうに目を伏せた。

「おおー、きれいだあー」

 見上げた先には、十三夜の麗しくも僅かに欠けた月が輝いていた。 その美しさは、満月とそう変わらない。

「エルダニア―――は、確か、火星の地名だったはず。 都市船ですか?」
「嵐の街よ。 秒速70mの風が吹いている」
「エルダニアストーム、ですか。 年中台風だな。 なるほど、それに比べれば――ってうぉ、揺れた!?」

 エルダニアストームは、第六世界の火星の住人達が海の底で住まう理由となった嵐だ。 確かにそれを考えれば、この高さなどさして怖くもないだろう。

「く、くそう、月どころじゃない! 落ち付け、深呼吸だ。 新婚号で大気圏突破した事を考えれば……」

 がっちり壁を掴み、動揺しながらも何事かをぶつぶつと呟いている劉輝。 その向こう側では、純子は四つんばいになりながら、いつもの笑みで月を見ていた。

「火星、行ってみたいですか?」
「ええ」
「じゃあ、行きましょう。この嘉納、純子さんが望むなら、七つの世界の果てにでも」
「ええ」

  飽きずに上を見ながら答えた彼女に、嘉納は柔らかに頬を緩ませて幸せそうに微笑むと、宇宙へどう行くか、と思案を巡らす事にした。 愛する人の為なら、人はどこまでも努力する事は出来るものである――多分。

「嘉納は、時々的を得てるような微妙に澄ました事を言うなあ」

 劉輝が小さく呟いたその独り言は風に溶けたが、ふと時計を見れば、この月夜に居られる時間ももうすぐ終わりという事を示している。 

「スイトピーさん、今日はありがとうございました。 もしよかったら、これから純子さんと、友達になってくれたりしたら、うれしいような……」

 時間が押していると告げられた嘉納が、スイトピーへ小声ではあるものの礼を言えば、その当人は彼を引っ張った。 どこか真剣なその様子に顔を引き締めた彼は、何事かと耳を寄せれば。

「意外に二人だけなら、ちゃんとした受け答え、あるんじゃないの?」
「――盲点でした。 じゃあ、やっぱりアレは政治家の関係者がされるという、相手に一切反応しないことで隙を見せない対応という奴ですかね?」
「分からない。 分からないけど。 たまにまともなのは、たしかよ。今はそれに賭けるしか」

 かぶりを振って、少し弱い口調で答えた彼女が目を伏せる。 聡明なる彼女とて、分からない事は確かにある。 だが、彼女が親身に心を砕いてくれる事は、嘉納に取っては嬉しい事だっただろう。

「ありがとうございます、純子さんのために心を砕いてもらえて。 やってみます」

 嘉納が頭を下げるのを見ながら、彼女が少し視線をずらして、その先の純子を見つめる。 彼女は先程と変わらず、月をまっすぐに見上げている。

「あの子が、かわいそうに見えるから」
「かわいそうです、俺もそう思います。ぼかぁ、お姉さんっこなので、かわいそうなのはイヤです、女性が」
「それなら、大丈夫そうね」

 真剣な声と表情に、スイトピーは大きく満足そうに頷いて、笑った。 そうして、隅で壁をがっしりと掴みながら、震えてへたり込んでいる劉輝へと声をかける。 

「降りるわよ。 そんな状態じゃ、月見もなにもあったものじゃないでしょう」
「は、はーい。 うう、人型戦車かWDがあればなんとかなるのに……」
「うわ、手懐けられてるなー」

 殆ど涙目になっていた彼は、天の声でも聞いたように彼女を見ると、そのまま階段へと降りて行った様子を見て、毒気が抜けたように呟いて純子の横に座る。

「純子さんー」

 軽く肩をつつけば、丁度視線が綺麗に合って、御互いが御互いを見つめる。 二人っきりで見つめあうという、どこか恋人を思わせる空気に照れたように嘉納が空を見上げた。
 空気に耐えきれなかったらしい。

「あの、えーと、と、とりあえず宇宙ステーションまでならすぐにでも!」
「無理をなさらないでも」

 その言葉に目を少し細めて、微笑んだ。 普段浮かべている微笑みとは微妙に違うそれは、二人きりだからこそ見せる特別の笑みなのだろう。 

「う、うー、すいません、貧乏人で。 摂政なのにー」

 頭を抱えて、何度も謝るのを見ながら彼女は、いつもの微笑みを、僅かに苦笑に変えて零す。
 十三夜の月は何も言わず、恋人未満な彼らに柔らかな光を投げかけていた。



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引渡し日:2008/04/11


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最終更新:2008年04月11日 15:30