睦月@玄霧藩国様からのご依頼品


ここは玄霧藩国の整備テント。
「営業中」と大きくかかれた天幕の中で、整備士アイドレスを着用した猫達が人気技族であるイクを取り囲んで、にゃーにゃーと大いに盛り上がっていた。その声はどこかキャッキャッとしたものに聞こえる。
「イクさん笠原に行くって聞いたにゃ」
「にゃー、黄色い人呼ぶのかにゃー」
石像のように固まるイクの目の前で、目をキラキラさせた猫が両手を合わせてウットリと言った。その横では頬赤く染めた猫が大いに頷いている。
「当たり前にゃー デートにゃ」
「デート…あまずっぱいにゃ」
もはやイクは暑くも無いのに変な汗を流しながら、意識はどこか遠くへ飛びかけていた。両手で頬を押さえてウットリした猫の一言に、イクはあぎゃあ、と奇声を発して突っ伏す。
「きっと、おしゃれして行くにゃー」
「え。や、ふくは、クコ民服で!」
「国民服じゃ色気が足りないにゃー、のーさつできないにゃー」
国民服とは玄霧藩国で一般的な実用性を重視した作業着兼、普段着である。のーさつって!とグルグルしながら思考停止したイクに、尚もにゃーにゃーと群がる猫達。小柄なイクはもふもふに埋もれて、もはやおさげの先しか見えない有様である。
「こらこら、あんまりからかうんじゃない」「そうにゃー」
 猫達が見あげると、そこには猫野和錆が機材を抱えて立っていた。相方の猫がその肩に乗っている。イクは助っ人の登場に、う、うええええん、と彼の足にしがみ付いた。
「よしよし」
「家族愛だって言ってるのに!」
「うむ…そうだね」
鼻水をすすりながら言うイクに、和錆はシーズ・スターせつないなあ、それ・・・等と思いながら無限に優しい顔で頷いた。大好きは恋じゃないといけないのかー、と言いながら和錆の足にくっ付いては離れないイク。和錆は機材をよいしょ、と置くと、パンパンと手を叩いて猫達を作業に戻らせた。
「というか、デートだと僕が耐えられないんですが」
ギャラリーが居なくなって落ち着いたのか、和錆の足から離れてパタリと倒れるイク。こうして様々な思いが渦巻きつつも初デートに向かう事になったのだった。




そして、デート当日。
時刻は夕方、よく晴れた日の傾いた陽の光が、寄せて返す波に映り、デートとしては中々の風情である。
「耐えられるか耐えられないかの耐久勝負、行きます」
赤毛のおさげを潮風に揺らしながら、イクは小さい背をピンと伸ばし、拳を握り締めた。ちなみにしっかり国民服を着用している。デート前の意気込みにしてはちょっと間違っている気がしなくもないが、本人は真剣そのものである。そしてその横には、何故かデートだというのに和錆の姿がいた。和錆本人も何で俺が、という顔である。
「でばがめ扱いされたら帰ろう…」
「いやー!いていて!ごめん!」
遠い目をして呟いた和錆をイクが必死に引き止める。あまりの必死さに、和錆は何だかかわいそうな気持ちになって、でばがめは任せろ!等とおどけた調子でサッと高性能双眼鏡を取り出して見せた。
「隠蔽しててね!」
一人では心細いのだろう。不安そうに言うイクに頷いて、和錆は得意の隠蔽能力を駆使して近くに隠れる。こうして見守ろうという計画である。



一方その頃
シーズ・スターは鏡の前で難しい顔をしていた。鏡の前でネクタイを何度も結びなおしている。ふと、鏡を見る自分の顔があまりに真剣なので、苦笑を漏らした。
(張り切り過ぎたか…。)
鏡に映った自分の姿を前に、そんな事を考えながら少し目を細めた。選んだのは、いかにもデート用という感じのおしゃれなダブルのスーツだった。

まだ子供だとは思っている。しかし、以前から自分に好意を持ってくれていた事は十分知っていたし、今回はデートのお誘いだ。少しくらい期待しても良いのだろうか、と思ってしまう。そんな自分の気持ちに気付いて、シーズは表情を隠すと、待ち合わせ場所へと向かった。



待ち合わせの港。
チラチラ心細げに和錆が隠蔽で隠れている所を見ながら、イクは緊張で四角くなっていた。そんな様子を望遠レンズごしに見て何だかかわいそうな気持ちになる和錆。ちなみに和錆の肩にいつも乗っている猫も一緒である。…と、そこへダブルのスーツで決めたシーズがやって来た。倍率を上げながら、和錆は控えめに呟く。
和錆「あれほどドレスきていけといったのに…」猫「ある意味イクさんも頑固にゃ」
イクはシーズの思わぬ登場に内心うああああ、と悲鳴を上げながら、尻尾があったらピーンと立ってしまうだろう程に緊張しまくっていた。
「いや、えーと、なんか大人ですね」
緊張した末にイクの口からでたのは、そんな一言だった。
「なんだ、その面白い顔は」
(子供に何を期待しているんだ、俺は…。)
シーズは内心自分に苦笑しながら、表情を変えずにイクを見た。国民服姿で、あの頃と少しも変わらない。
「いや、なんでもない、なんでもない…なんでもないです」
「病院ならあっちだ。なんなら病院にいくか?」
なんでもない、と言いながらも、なんでもなさそうでも無いイクの様子に、シーズは、デートはいくら何でも焦りすぎたかと思いながら、思わずそう提案する。
「病院…あそこの匂い…大好き」
病院は、病院の匂いはイクにとっては彼を思い出す匂いだった。ドクトル・デス。ふざけた言動、濃い薬の匂い、イクを傷つけない為、近よらせなかった男。イクの目に熱いものがこみ上げそうになる。
「あれ、なんか涙でる」
シーズは、イクを抱きしめようと思わず伸ばした手を止めて、表情を隠した。
「まあ、その壊れた顔は直したほうがいい」
「整形してこいって!?」
シーズの乙女に対して失礼すぎる一言に、思わず涙がひっこんだイクは、だがその言葉に頷いた。
「うん、でも近くまで行きたい」
-懐かしい匂いがするから
シーズは、目を細めてイクに腕を出した。ポーカーフェイスを装いながら、これくらい許されて良いだろうと思う。デートという事で呼ばれたわけだし、と内心で言い訳する。
「う、えーと、噛み付けと…ちがうね。うん」
イクは出された腕の意味に気付いたものの、照れ隠しに誤魔化そうとして、やめた。デートだし…そう思い、必死に恥か死と戦いながら、両手でシーズの腕を持つのが精一杯だった。
 シーズは、そんな彼女の行動に意外そうに見た。
(子供に何を期待してるんだ俺は…。)
内心自分に苦笑しながら、彼女の頭を撫でると、手を引いてあるきだす。
「むーーーー」
「幼いことは悪い事じゃない」
明らかに子供扱いをされて頬を膨らませるイク。
彼女の様子を横目に見ながら、シーズは思いのほか優しい声で言った。
「な!別に、幼くは!!」
藩国ではこれでも猫や子供達の面倒をみるくらいお姉さんなのに。
不満げに口を尖らせるイクに、シーズは足を止めた。
「いや、いろいろ知らない点では押さないけども」
じっと見つめるシーズに、言葉尻を頼りないものにしながら視線を泳がせるイク。
シーズは身を屈めて、彼女の顔を覗き込んだ。近づく顔、その距離あと5センチ、息も当たりそうな程間近に迫っていた。
「な、な、なんもついてないよ!」
カチカチに固まりながら、噛み付かんばかりに威嚇する様子は毛を逆立てた猫のようで、シーズは笑って、イクの頭をぽんぽんと叩いく。
「デートはやめだ」
(早すぎたんだ。俺は何をやっている。)
「あ、あのね!デートとか、よくわからないんだ正直!!」
「一緒にいて話したかっただけなんだ!」
まだ毛を逆立てながらも、イクは混乱気味の頭で必死に伝えたい言葉を再構成していた。背伸びして爪先立ちしてのデートだっただけに、すでに頭はオーバーヒートしていた。
「そ、それは、名前がどうであろうと」
-デスの事は大好きだけど、恋とかよくわからないから
「別に続けていいよね」
「どうぞ」
「…うん、ありがとう」
イクの言葉の意味に気付いて、シーズは眩しそうに目を細めた。そして表情を隠す。
「だが言っておくが、それは勘違いだ」
あの頃の俺はすべてが嘘で演技だった。いや、そうでなかったものも一つだけあるが…。今の俺とはあまりにも違いすぎる。
「急ぐことは無い」
「むう」
イクは、否定された気持ちで唇を噛み締めた。わかっているのに遠ざけようとする。
「いや、急ぐ急がないじゃない。僕は思うんだ」
「あなたはおなじにおいがする」
デスと同じ匂いが。病院の匂いでも無い、もっと本質的なもの。でも言葉で言うにはむずかしい。
「それで?」
シーズは表情を隠したまま、事務的に訪ねた。そうしないと色んなものが隠せそうになかったからだ。
「帰ってきてほしい」
イクの目には大粒の涙が盛り上がり、次から次へととめどなく溢れ始めていた。
帰ってきて欲しい。
「どこに?」
シーズは目を伏せた。きっと、泣き顔を見てしまったら、抑えきれないだろうと思った。相手の気持ちが思い違いでも、自分をとめられる自信がなかった。
「ぼくらのとこ、かぞくのとこ…かぞく…」
帰ってきて欲しい。この人はデスだ。そう確信しているのに、どうして遠ざけようとするのか。イクは泣きながら、上手く言葉にできないかわり、シーズの腕をぎゅっと掴む。シーズは抱きしめたい衝動と戦いながら、イクの頭をそっと撫でた。
「だから、人違いだ。本物はきっと、どこかにいる」
(俺はあの頃とは違う。)
声が乱れないことを祈りながら、シーズは言った。
「めのまえに、そのなかに」
デスがいるはず
「ねえ、何でこの涙は出るの。僕はそんなに間違ってるの」
どうしてデスだって言ってくれないんだろう。帰ってきてくれないんだろう。わかっているのに。涙で顔をぐちゃぐちゃにしながらイクは必死だった。ちゃんと伝えたかった。
「見知らぬ男を似てるからって家にひきずりこんで。それで幸せなのか?」
ポーカーフェイスを装う男の顔をじっと見る。見た目は確かにそんなに似ていない。というか、そもそも化粧をしていたから…。でも、僕にはわかる。その心は彼と同じだ。
「別人だ。悪い冗談はよせ」
(俺はあの頃と違うんだ。)
イクの視線に、感情が表れないように表情を凍らせて、シーズは自分に言い聞かせるように言う。そんな顔で見られると、期待してしまいそうになる自分を呪った。
「変わることは、あって当たり前で、でも変わらないものもあって」
(見た目は変わったけど…)
「その二つが、ぼくには」
シーズはイクに顔を近づけた。怖がらせてやるつもりだった。さっきのように猫みたいに威嚇してくればいいと思った。声が平静に聞こえることを祈る。
「だから別人だろ言っている」
イクはじっとシーズを見つめた。シーズの中に彼と同じ魂を見るように。そして、思わずその頬へ手をやったのだった。
昔のように。
(駄目だ。)
「う!」
緊張したイクの声、シーズは気が付くと唇を奪っていた自分を恥じた。
「な、な、なーーーーーー!!」
「ほら、こんな悪いことをする奴は別人だ」
混乱気味のイク、悪い事をしたと心底後悔しながら、表情を消して遠ざけようとする。
「ま、ま、まえからす、するし!」
(親愛のキスは、だけど…)
「いじわるなとこも、へんにきをつかうとこも!」
(嘘をつくところも、自分を遠ざけようとするところも)

シーズは努めて平静を装いながら、彼女の頭を優しく撫でた。
そして、二度とくるな、と言い残してと姿を消す。


少しだけ期待してしまう自分と戦いながら。



一方その頃、一部始終を見守っていた和錆は双眼鏡を下ろした。
何だかお父さんの気持ちである。
「なんだ、そのどこまでも優しそうな顔は」
その顔を見た相方の猫が、頬に軽い猫パンチする。
追跡も考えたが、出来そうに無かった。
和錆はイクに何と言葉をかけようかと頭を巡らせながら、隠れていた茂みから身を起こすのだった。


作品への一言コメント

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  • 当時の和錆君(猫が本体なのか人が本体なのか謎のまま)の無限に優しい顔を思い出します。いまだ全く理解できてないところをきれいに読み解いてくださってまして、やはりすごいと思いました まる  本当にありがとうございました。それにしても猫君、すごいいい味・・・ -- イク@玄霧藩国 (2008-03-31 02:01:11)
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引渡し日:2007/03/24


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最終更新:2008年03月31日 02:01