No.218 神室想真@紅葉国様からのご依頼品


千葉昇、という男がいる。
眉目秀麗才色兼備文武両道。その万能成功要素は、【美形】。
天は二物を与えず、という言葉を疑いたくなるような完璧な兄である。
弱点といえば、血の繋がらない妹である千葉奈穂を天使ではないのかと思うほどに愛し、妹愛しさのあまりへたれたことくらいであろうか。

さておき。
パーフェクトブラザー千葉昇は、地の色にはとても見えない、しかしその髪質と性格からは染めたとも考えにくい赤い髪を風になびかせて立っていた。
背景には人気の少ない浜辺があつらえたように広がっている。
時折長い睫毛や高い鼻にかかる髪を物憂げに落とす動きも含めて、千葉は絵になった。

難点といえば、彼の眼前に広がる怪しいほどに黒い林(時々微妙に動く)くらいのものである。

腕を広げる慈母のように膨れ上がる林。
神の怒りを乗せた暗雲のように暗くなる空。
そのどちらもが大量の黒い虫の集合だということを、彼は知りすぎるほど知っていた。
滑るような動作で懐から携帯を取り出す千葉。
昔、同じ虫が家に出た時の妹の反応を思い出して、少し笑う。
あの時は、奈穂を怖がらせないように新聞紙を使ったな。だが今は、

「ICBM…」
「キック」
「あ」

作戦の指示を出そうとして不吉な言葉を聞いた気がした時には、既に千葉は黒い木に顔からぶつかっていた。
やはり不吉な、肢の関節が高速で動いているような音が鮮明に聞こえる気がする。
途方もなく不吉な、玉葱の腐ったような臭いがする気がする。
表情を変えずにずれた眼鏡を指で押し、再び指示を出そうとして手の中に携帯が無いことに気付き、千葉は己が慌てていたことを知った。
異常なほどにゆっくりと時間が流れ、羽と羽が――もちろんやわらかな鳥類のそれではない――擦れあうような音を聞く。
風もなく、林が、動く。

「お兄ちゃん、お兄ちゃん、あれが、あの怖い虫が出たの!」

記憶の中の幼い妹が、涙声で訴える。

───奈穂。………僕は、───

黒い虫に囲まれ、黒い虫に囲まれた己が妹に愛されなくなることを想像して、千葉昇は少し気絶した。



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最終更新:2008年02月23日 20:15