教室の黒板の上部、教室備え付けのスピーカーよりチャイムが鳴る。

 「お昼だ!お腹すいた!」

 きみこの叫びに続けとばかりに
 「わーい、しゅうしょーのかねっ♪」「ふぃ~ 終わった終わった」「うにゃあ、昼休みー
ごはんだごはんだー!」

 と教室が学生の昼休み特有の喧騒に沸き立ち始める。

 その騒ぎの中、きみこの眼前を横切って二列前の「芝村舞」に近寄る影がある。女性のような
顔つきにして、真っ青な髪。「青の厚志」その人である。

 「お昼だね」
 「ふむ。そなたは決まったことしか言わぬな」

 厚志を見たきみこは、心臓ばくばくである。この女性、厚志が大好きであり、同じクラスにな
れた時はガッツポーズをしたという噂も聞く。その憧れの人が居るのである。知らず知らずの内に
顔が少し赤い。

 だが、ふと我に返り昼ごはんの相棒を探し始める。ファン心理はファン心理。まずは腹ごしらえ。
やるべきことを弁えている。

 「うん。僕はそういうところが、自分で気に入っている。毎日おはようと言うんだ。いいことだろ?」
 「そうかも知れぬ。 わかった。すぐ行く」

 だが、その視線は二人を見つめたまま。一緒にお昼を食べたいけど、二人の邪魔をしたら殺されるの
では? 厚志のことが好きなだけあって、その怖さも良く知っている。でも、一緒に…あー、命あって
物種だよね。うー。

 その横では、結城由羅の視線がきみこと厚志たちを行ったり来たりしていた

 「舞、こっち。みんなも」

 独り言を繰り返すきみこに届く、厚志の優しい声。見ると、何時の間にか机がくっつけられている。
その上に厚志がどこから取り出したものやら、白いテーブルクロスを風にはためかせるように広げる。
その様はまるで白鳥の羽ばたきのよう。

 そして次に取り出すは磨き上げられた食器類。良く手入れされた食器は小笠原の陽気な太陽光を弾き
返し、光っている。

 その様に驚く一同。何よりきみこにとって嬉しかったことは、厚志が自分を勘定に入れてくれていた
こと。ああ、気にしてくれていたんだ。そして、料理好きの自分にとっては至極の味を誇ると言う厚志
の手料理を食べられるのは感涙ものである。

 「今日の料理のメインはローストビーフだよ。まず前菜はアスパラの冷たいスープだ」
 「大げさなやつだ」
 「わーい!ありがとう!何かお手伝いして良いですか?」

 声を掛けた二人に優しく微笑み、厚志は言う。

 「食事に努力を払うのは、主夫の第一歩だ。僕はそう思っている。ありがとう。きみこさん。でも今日
はちゃんと座ってて」

 他の皆も手伝おうとするが、厚志は毅然と、だが優しさに溢れた声で「今日のお昼は。僕が全部を決め
る。誰にも文句は言わせない」と言い放つ。

 「はい!」

 ………手料理のみならず、給仕まで。予想外の幸運に、更に上気するきみこ。せめて厚志の好意に応え
ようと姿勢を正す為に座り直し、厚志の一挙手一投足を見守る。

 椅子の角度にまで注意しだす厚志に、舞が難しい顔をしだす。しかし、場の空気を壊すこともないだ
ろうと、その表情のまま黙り込んだ。

 /*/

 しばらくしてテーブルのセットが終ると、厚志は窓を開け外にも料理を並べ始めた。続々と鳥たち、
猫たち、ネコリスたちが集まってくる。その様子を見ようとする一同の頬を小笠原のまだ少し涼しい
風が撫でてゆく。

 「うわあ!なんてステキなお客さまかしら!」

 きみこをはじめ、皆がゲストに沸き立つ中、舞は大好きな猫に興奮して顔を赤らめている。

 その中、軽く打たれる手の音に、皆の視線が厚志に集まる。

 「今日は、舞の誕生日なんだ。だからお祝いをしよう」

 厚志がその台詞を照れながら言い終わる前に、盛大な音を立て椅子が一つ、ぶっ倒れる。倒れたのは
勿論、芝村舞その人である。

 「そなたはそんなもののためにこれだけやったのか!」
 「そうだ。僕は必要ならなんでもする。一人を祝うためなら。」

 皆が心配する中、凄い勢いで舞は立ち上がると怒鳴りだす。だが、平然と厚志は言い放ち、皆は舞への
祝福を投げ掛ける。

 きみこも舞に「本当に愛されてますね!幸せですね♪」、厚志には「一緒に祝わせてくれてありがと
う。とても嬉しいです。舞さん、お誕生日おめでとうございます!」と声を掛ける。

 これ以上にないぐらいに顔を真っ赤にし、机に突っ伏す舞。この人物、とことん色恋沙汰が苦手であ
る。

 ………わ、忘れていた。この男はこういう男だった。そう思うが後の祭りである。

 「さ、みんなで食べよう」

 爽やかな厚志の笑みと共に食事が始まる。実はこれが一年前から準備されたものと知り、驚く一同。

 「努力は嫌いだ。恥だから」
 「え。努力は恥なんですか?」
 「努力は恥だ。だが何もしないよりはいい。きみこ。我らの考え方だ」
 「さ、そんなことは忘れて食べてよ。結構自信あるんだ。ただこの一撃のために。準備してきたから」
 「そう言われるなら。わーい!お祝いお祝い!いただきまーす!」

 厚志たちとの会話に何か深いものを感じつつ、食事を味わうことに決める。見ると、並んで猫と犬と、
ネコリスとヤドカリと鳥が食べている。穏やかな時間が小笠原に流れ始める。

 「お料理いただきます。ああ…おいしい…」

 料理が一撃かぁ、と思いつつ口に含んだそれは極上の味わい。スプーンより広がる魅惑の楽園。

 そして厚志はサラダの為に手でレタスをちぎり始める。勿論、きみこはその一挙手一投足を見逃す
まいと見つめ続ける。

 「美味しいなあ。ぜひとも作り方を教わりたいわ…そりゃこんなに美味しいのは作れないだろう
けど…」
 「別に、ここまでしなくても」

 ふと、呟く舞の顔を見ると辟易した顔をしている。

 「どこがイヤなの!?」

 そして、厚志は涙目で舞に訴えかける。きみこを始め、二人以外吹き出す寸前である。

 「良いというか。やりすぎだ。誕生日など。そなたが祝えばいいだけの話だ。他になにがいる。
だいたい……(少し優しく)私が先に死んだ時、そなたはどうするのだ」

 その言葉に厚志は滂沱の涙を浮かべる。戸惑う舞。

 「舞が死んだら生きていけない。世界滅ぼして僕も死ぬ」

 エプロンで顔を隠しつつ、とんでもないことを言い放つ厚志。勿論、一同仰天である。厚志なら
それが出来る実力があるのは周知の通り。冗談にならん、である。

 それを見て、舞は嘆息一つ。語りかける。

 「世界を滅ぼすな。世界は世界のものだ。そなたのものでも私のものでもない」
 「だって……」

 厚志が泣きながら舞の説教を受けて始めたその時、島鍋 玖日の首にブータが爪を突き立てていた。
それに気付き、ブータを抱える相羽錯耶。

 そして、事態の変化はこれだけに留まらなかった。不用意に厚志と舞の会話に割り込んだリワマヒ
国摂政 東 恭一郎はいつの間にか狙撃兵に狙われ、リワマヒ国も軍隊に侵入されていた。

  「狙撃!東さん!!」「軍ー!!!!」「 きゃー!」

 皆の騒ぎに舞は何が起ったかを把握。また、嘆息一つと共に、自らが伴侶に選びし者の名を呼ぶ。

 「だから、やりすぎだ。そなたはなんでも、力で抑えようとする。魔王にでもなるきか? それとも
人に文句をいい、監視を続けるような者になるのか?」
 「でも心配なんだ……」

 そう言う厚志の顔は泣き濡れている。

 「青の厚志。そなたがなりたいものは、なんだ?」
 「お嫁さん……」

 その発言にきみこが思い浮かべるのは、エプロン姿の新妻である。うん、あっちゃんはやはりヒロイ
ンだと心中で頷く。

 「ならば、もう少し穏便にせよ。血で濡れているのはどうかと思うぞ」

 何やら難しい表情で穏やかに言う舞。嫁は自分ではないか、と根本的矛盾に悩んでいる様子。

 「分かった。すぐ無力化絶技の開発をする。ガスも開発させるよ」

 鼻をかみつつ応える厚志に舞は凍って遠い目をした。皆もぽかーんとしている。もう、どこから突っ
こむべきか困るというのは、こういうことである。

 いち早く正気に戻った舞は立ち上がり、厚志を見上げる。身長で負けているのが恨めしい。

 「そなたはー!!」

 身長の怒りも手伝い、全力で厚志の頬を引っ張る。厚志が何か言っているが無視。こちらの言葉を
まともに理解しないのだ。こちらが理解してやる義理もない。

 きみこを始め一同、何が何やらで呆然としているのみだ。

 「普通に祝え。私は特別だが、祝うのは普通でよい。それが芝村だ。誰よりも誇り高い」
 「ひゃい……」

 窓の外で犬と猫とヤドカリとネコリスと鳥と山羊が並んで、様子を伺っているのに気付き、よう
やく舞は手を離す。

 「私はサラダを食べる。厚志。そなたの手作りが良い」
 「うん。すぐ作る」

 改めて自分がすぐには死ねないと確認しつつ、皆へも食事を促す舞。

 きみこは舞に惚れ惚れしつつ、ブータに膝の上に乗ってもらえないか頼んでみる。

 「わーい!ありがとうございます!ぎゅ。」

 ブータの抱き心地は気持ちよく、温かい。しかし、皆も待っているので、きみこは礼を言いブー
タを順番待ちの人の下へと送り出す。

 /*/

 食事は順調に進み、最後の一撃として厚志が繰り出せし最終兵器はなんとシュークリーム!

 「わーシュークリームだ!」

 きみこたちが驚く中、舞は苦笑を浮かべる。実は彼女の中では最近、エクレアがブームであった。
だが、先のような騒ぎを厚志が起こすなら、一生シュークリーム好きとして生きなければなるまい
とそう考えたのだ。

 「おいしい? 舞」
 「ああ、おいしい」

 ………まぁ、おいしいのには違いない。望みすぎるのは贅沢と言うものだ。そう想い、厚志に微
笑む舞を見て、皆は幸せな気分に浸ったのでした。

 そして、最後は勿論。

 「ごちそうさまでした!」

    おしまい


作品への一言コメント

感想などをお寄せ下さい。(名前の入力は無しでも可能です)
名前:
コメント:




引渡し日:2007/


counter: -
yesterday: -

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

最終更新:2007年09月25日 12:03