アポロ@玄霧藩国さんからのご依頼品
もふもふ――それはふかふかの最上級である。
もふもふ――それは天が授けた至福の時である。
もふもふ――それは絶対的な正義である。
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森の緑も赤く染まり、風の向くまま自由に落葉し始めた変革の季節、秋。
太陽も水平線に沈み、古ぼけた神社は暗闇に沈む……はずなのだが。神社の境内はそれとは裏腹に、眩い光源が赤々と照らしだしていた。
鉄板の上で油の跳ねる音。人々の喧騒。どこかで始まった祭囃子。様々な音が神社に響き渡る。
いわゆるひとつの縁日と言う奴が今日、この神社では行われていた。最近一週間の5割は縁日をやっているような気がしないまでもないが、まあ、面白おかしく騒げるということはいいことのはずだ。
その騒がしさからから若干離れた人気のない、ついでに言えば人目もない場所に彼らは居た。
城島月子と香川優斗である。
彼らはどこからともなく集まってきた猫の群れの中に、並んで腰を屈めていた。
その様子を猫と一緒に呼び寄せられていた猫野和錆が遠巻きから見ているとはまるで気づいていないようだ。香川のほうは普通にスルーしている気がしないまでもないのだが。
月子は猫を相手に戯れ、香川はそれを見ながら優しく微笑んでいる。
まるで兄妹に間違われそうな光景でもあるが、別に彼らは兄妹ではない。
実際この日の彼らは何故か兄妹という設定で現れたりして一部に波紋を呼んだりしたのだが、実際そうであってもなんら問題なく見える辺り相変わらず反則である香川優斗。
その2人から若干離れた暗がりの草むらが微かに揺れた。
香川がそれに気づいて視線を向けると、純白の巨体が彼の視界に入った。芝村英吏が愛雷電、クイーンオブハートだ。
「大きい……キレイな雷電だ……。失礼、挨拶が遅れました、香川さん。猫野和錆と申します」
それにつられて和錆が2人の輪に加わるべく現れる。どうでもいいが出てくるチャンスをうかがっていたようだ。
「聞いてます。よろしく」
「ごめんなさい。本日は本当にありがとうございます」
和錆は挨拶のあと、月子には聞こえないように小声で香川に耳打ちする。
どうやら月子のことがいろいろ心配で仕方なかったようだ。
「いえいえ」本当に深刻そうな和錆に香川は小さく笑い、そのままの嬉しそうな顔でクイーンの出てきた暗がりに視線を向けた。「来た」
瞬間、げらげらと笑いながら電光石火の速さで懐に手を入れる。
M92F。通称M9とも呼ばれる米軍が正式採用しているオートマチックのハンドガンが彼の手の中で踊った。音もなく照準を暗がりに定め……
なんの躊躇いもなく引き金を引く。花火のような銃声が空気を裂いた。
慌てて月子をかばいに飛んだ和錆の隣で、香川の頬が裂け、血が流れる。
香川はそのまま表情を崩すことなく、嬉しそうに微笑みながら銃を向けた方向、拳銃を構えて立つ英吏へ駆け出した。
銃声を聞いて危機回避モードに入った面々が、何とか止めようと2人の間に飛び込む。
しかし、彼らをなんと言うことなく華麗に交わしながら、2人はがっしりと抱き合った。背景に薔薇が見えなくもない。
見ていた面々の思考が、事態を飲み込むために停止した。
「久しぶりだな」
「先輩こそ」
そんな光景を完全に無視しながら、2人がげらげらと笑う。そのあたりでやっと事態を全員が飲み込めたようだった。
背景でつまり2人はそういう仲なんだと極論付けられていたりするが、おそらく聞こえていないだろう。というか実際あってもさほど問題なさそうに見えてしまう香川はやはり反則である。
「ところで、そこのお嬢さんは新しい恋人か?」
香川が壮大にずっこける。ついでに和錆がうろたえる。
「僕がもてるなら、英吏さんは恋人5人も6人もいますよ」
和錆の動揺を知ってか知らずか、香川は立ち上がると憮然とした表情で言った。2人そろってげらげらと笑い始める。
そろそろこの2人は刺されても文句を言えないんじゃないかと思わなくもないんだが。モテナイ男を代表して筆者が舌打ちしておこう。ちっ。
「こ、この子にさわっても?」
やや離れたところで2人を見ていた月子が控えめに尋ねる。言葉とは裏腹に、その身体は今にも飛びつきたくてうずうずしているようにも見えた。
「いいですよね。先輩」
「いいぞ。クイーン」
自らの相棒に視線を向けながら英吏が微笑む。
主の言葉を受け、クイーンが境内の石畳へその巨体を静かに伏せた。
それを見るや否や月子は嬉しそうに白銀の身体に飛び込み、白い体毛へその顔をうずめる。
ばふっ、といかにも柔らかそうな音。ぬいぐるみ好きには堪らない感触である。
まるで保護者のように月子の隣に立つ和錆が「よかったね」と語りかけたりしているが、聞こえていないように一心不乱にクイーンの身体をもふもふとしていた。
周囲の空気が和んでいく。流石もふもふ。恐るべしもふもふ。
これでオーマと休戦できたりしないかなと思ったりしてみるが、それがあったら参謀はいらない子である。
「英吏さん、私もクイーンにさわっていいですか? あとこれ、食べるかな……?」
串から外した焼き鳥をのせた皿を胸の前に持ちながらアポロが尋ねる。
英吏は何も言わずに静かに微笑んだ。構わないという事だろう。
皿をクイーンの前に置くと、月子の隣にアポロも飛び込んだ。クイーンの身体がそれをぼふっ、と受け止める。
まるで子供のようなはしゃぎようである。月子と並べるとまるで姉妹のようにも見えた。
「香川さん、ラムネ、どうですか?」
その2人と1匹を香川の隣で見つめていた猫野が苦笑する。
どうやら月子に渡すつもりで居たようだが、渡すタイミングをなくしてしまったらしい。
「いいですね」
それを察したのか、それともつられたのか。香川は苦笑しながらそれを受け取った。
祭囃子の音が次第に小さくなり、喧騒がだんだん遠ざかっていく。
今日の縁日も、終わりが近づいているようだった。
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作品への一言コメント
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- こちらでの感想が遅れて申し訳ございません!個人的に書いて欲しい場面をキッチリ書いていただけて本望です!英吏さんや香川さんのなかよし具合や月子さんの可愛い所を楽しませていただきましたー。…そして、そうですよね、あの二人、指されても文句言えないですよね(まがお -- アポロ (2008-07-02 06:15:38)
引渡し日:
最終更新:2008年07月02日 06:15