SW-M@ビギナーズ王国様からのご依頼品
マイトのお見舞い その2
*
前回のお見舞いから数日後。
SW-Mは少しドキドキして病院にやって来た。
数日前は何だか良い雰囲気で別れたので今日の展開はちょっと期待が持てる。
上機嫌で足取りも軽く病院のロビーに入ると、何だか院内は常になく騒がしい。看護士や医師が総出で廊下を駆け回っていた。
手洗いをしてこの前と同じ病室に入るが、中には誰もいない。
「マイトー、マイトーって、あれ?どうしたんだろう」
再び廊下に出て小首を傾げて考える。
何だか厭な予感がする。
そう言えばこの前別れ際何か不吉なことを言っていたような・・・。
冷や汗を流すSW-Mの横を先日マイトの病室で見掛けた看護士の一人が彼の名を呼びながら駆け去っていった。
どうやら悪い予感は的中、マイトが脱走したらしい。
(少し日を空けただけでかい!)
思わず虚空に向かってびしっ、とツッコミを入れる。直後に肩を落とし溜息をついて呟いた。
「えー?あの子脱走したのー?」
やられた。この前の今日でもう脱走するとは思ってもみなかった。
一瞬の逡巡の後、SW-Mは再び病院の外へとポニーテールを揺らして駆け出した。こういうときは動きやすい整備士の服を着ていて良かったと思う。
スカートの裾を気にしていたら全力で走るなんて出来ない。というか、例えスカートでもこの状況なら全力で走るんだけれども。
これだけの人数が探している以上、病院の中にはもう居ないだろう。数百mを直感的に走りながら周囲を見回す。
拍子抜けするくらいマイトはすぐに見付かった。
「マイトー、見ぃつけた」
そこは病院からさほど離れていない小さな公園だった。伸び放題の芝生の上に直接座り込んだマイトは、遠目に見てもそれと解るほど息が荒い。
それでいて、小鳥を指に乗せて優しく微笑んでいる。この前といい、自分の有様と行いが噛み合っていないのが彼らしいといえば彼らしい。
近寄るにつれてマイトの様子が解った。腕や足には包帯が残っているし、この前は気付かなかった負傷があるのか病院着の腹部から少し血がにじんでいる。
「マイト・・・大丈夫?じゃ、ないよね」
「こんにちは・・・」
SW-Mが近付くとマイトの指先にとまっていた小鳥が逃げた。飛び去った方向を二人で同時に見上げてマイトが荒い息をつきながら挨拶を返した。
何だか酷い状態なのに彼の態度は普段通りだ。
「こんにちは・・・鳥、逃げちゃったね・・・ごめん」
「いいよ。別に」
「そう。・・・ここに居るって事は自主退院?」
「ううん。もう少し居ないと駄目だね。残念ながら」
一応は治療を受ける意志があるらしい。
SW-Mはあまりマイトを刺激しないように微妙な距離を保って芝生に腰を下ろした。
「もう少しどころか、大分居ないと駄目だよ。その傷じゃ・・・そんなに、あそこは嫌だった?」
「女性、苦手なんだ」
(おおい、現地妻量産機)
再び内心でツッコミを入れてふと気付く、なんのことはない、自分もその中の一人である。
苦笑してかぶりを振る。
「ってことは、私も苦手かい?」
「ごめん・・・」
「んー、そのごめんが逃げ出したことに対してなら、私に言うことじゃないね。お医者さんに言いなさいな」
マイトは苦笑した。そうじゃなくて、という感じだ。どうやらSW-Mが苦手そうだった。
「心は、休みたいんだ」
「・・・まぁ、あんな状態じゃ誰でもそう思うか。で、今は休まってる?」
SW-Mはこの前の病室での騒ぎを思い出した。マイトの心情を慮るにほとんど精神的拷問に近い。それでは治る傷も治らないだろう。
彼女の質問にマイトは自分自身の心を測りかねるようにふと視線を落として黙り込んだ。
暫しの沈黙の後、視線を上げてぽつりと答える。
「・・・まあまあ」
「まあままか・・・まだ休みたい?」
「そうだね。血が止まるまでは。退屈なら、近くに雑貨屋があるよ。先週の雑誌も置いてある。場所は・・・。
あっちの角をまがってすぐ」
公園の外を指さすマイトにSW-Mは呆れたようにナイナイ、と手を振った。ここに至るまで散々繰り返してきた遣り取りだ。
「いやいや、退屈とかじゃなくて、ここに居たらすぐ見つかるんじゃないかなって思ったんだけど」
「大丈夫だよ。人間の目は、万能じゃない」
「私はすぐ見つけられたよ?」
灯台もと暗しというのかなーと思いつつ不思議そうに自分を指さしたSW-Mにマイトは首を横に振って答えた。
「前に一度、僕を探していたからね。パターンを体が覚えているんだと思う」
「そんなもんなのかな・・・まぁ、いいや。じゃあ、雑貨屋に行ってくるよ。
のど乾いたし。何か欲しいものはある?」
SW-Mは軽く腕組みして首を傾げると立ち上がって服に付いた芝生を払った。
考えてみればマイトを短時間で探索できる能力、というのは結構すごいことなのだが。
「ううん。何かのんで傷口から出ると、よくないし・・・」
「あはは、まぁ、そうだよね。あ、服とか雑誌とかでもいいけど?」
マイトは気怠げに首を振って答えると目をつぶった。
「分かった。じゃあ、行ってくるから、ここに居てね」
もう言葉を発するのもきついのかマイトは力無く頷く。立ちあがって背を向けかけたSW-Mは取って返すとマイトの前に膝をつき、病院着の前を開いて腹部の傷を改めた。
SW-M自身に医療の知識はないが戦場で何度も負傷者を目にしている。マイトの状態を知るのに最善で最速の方法をとっさに選んでいた。
「・・・マイト?」
マイトは息が荒い。露わになる引き締まった身体。その腹部に巻かれた包帯にべったりと鮮血がにじみ出ていた。
SW-Mの顔からさっ、と血の気が引く。
「っ!マイト、マイト?!」
肩を揺すってから軽く二、三度頬を叩くが、マイトは目を閉じて荒く息をするだけで反応がない。
これはかなり深刻だ。SW-Mは一瞬で次の判断を下した。マイドの腕を抱えて肩の下に身体を入れ、何とか立ちあがらせようとする。
しかし一見痩身で背も大して違わないはずの彼の身体は、力が抜けてまるで不定形の石になったようで、SW-Mの筋力ではとても動かせそうになかった。
鍛え上げられた鋼の肉体が今は徒となっている。
「っうう、運べない。マイト、待っててね、すぐ人呼んでくるから!」
SW-Mは更にめまぐるしく頭を回転させて判断を下す。
この公園から病院まで概ね400m、全力で走って戻るよりは病院に直接連絡して救急車を走らせた方が断然早い。
素早く目を公園内に走らせると奇跡的に隅の方に今では滅多に見掛けなくなった緑色の公衆電話がぽつんと立っていた。
駆け寄って緊急用の赤ボタンを押し、コール音が鳴るのももどかしく救急隊員に最寄りの病院から救急車を出してくれるよう現在地を知らせる。
幸か不幸か、マイトの脱走騒ぎで病院中が行方を捜している最中だから文字通りすっ飛んでくるだろう。
通報を済ませてマイトの元へ駆け戻る。芝生に横たわったマイトは薄く目を開けてSW-Mをみつめた。
「残念だな・・・」
痛そうに顔をゆがめてぽつりとそう言った。
SW-Mは半分泣きそうになりながらも気丈に持っていたタオルやハンカチを総動員してマイトの腹部に強く押し当てて止血を試みる。
彼女の知識では今はこれが精一杯だ。
「何言ってるの!心を休めて体が死んじゃ意味ないでしょう!」
「心のほうが、いつも大事なんだよ」
荒い息の下でそう言ってあの時のように透明に微笑むマイトにSW-Mは唇を強くかみしめた。
(本当にそう思うんなら、私を置いてどっかに行こうとしないでよ)
自分が傷付く度に心を痛めるものが至近にいるというのに、マイトの言葉はナイフのように純粋で残酷だ。
薄れていく命の灯火を肌で感じながら1秒1秒をじりじりとやり過ごす彼女の背後から出し抜けに声がかかったのはその時だった。
「マイト、マイトではないですか!?」
「え?だれ?」
そこに立っていたのは黒衣に包んだ美形の人物だった。森国人の魔法使いのようなその人物をSW-Mは知っている。
短い遣り取りのあと彼女はマイトをその人物に託した。最早一刻の猶予もない。
マイトの命を救ってくれるならそれが悪魔だろうが構いはしない。 例えその対価がなんであろうとも。
何かくどくどと話しているその人物を無視してマイトに顔を寄せて囁く。
「マイト・・・その、病院には上手いこと言っとくから。
それと、まぁ、迷宮行くときは無茶しないでね。また助けるのは嫌だからね。
・・・どうせなら助けられたいし」
最後にボソッと付け加えたSW-Mにマイトは力強く頷いてくれた。
「分かった。必ず」
マイトの言葉を最後にその場から姿を消した3人を虚空に見送って、SW-Mは胸の前でぎゅっと手を握りしめた。
今はその手の中にある血濡れたハンカチやタオルだったものだけが彼の存在の証。
それでも彼女は心底諦めはしない。
目を閉じればいつでも月はそこにいてくれる。
目を見開いてきびすを返したSW-Mは公園の出口へ向かって歩きながら派手にサイレンを鳴らして到着した救急車から、わらわら降りてくる医師や看護師や救急隊員にどう言い訳するかを考えた。
実際、こちらは手間が要りそうだった。
それでも、月に手を伸ばすよりは遙かに楽だろう。
小さく頷いてSW-Mは口を開いた
「あー、わざわざ来ていただいてなんですが、彼、急に親戚の病院に転院することにしたそうで・・・」
小笠原の空は今日も青い。
伸びていく飛行機雲の先、遠い翼ががきら、と輝いた。
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最終更新:2007年12月24日 13:30