SW-M@ビギナーズ王国様からのご依頼品
マイトのお見舞い
2007/12/15 1:05版
*
10月も末だというのに小笠原は今日も暑いくらいの陽気だ。
SW-Mは夏そのままの太陽に手をかざして見上げ眼を細めると、ポニーテールを揺らして小さな病院のロビーへと入った。
ひんやりとした空気が後れ毛のかかる首筋に心地良い。
SW-Mはそれだけで何だか今日は良いことがありそうな気がして、元気よく目当ての病室を探した。
彼女の今日の目的はオーキ・マイトのお見舞い。
先だって共に戦った戦闘で負傷した彼の事をSW-Mはいたく気にかけていた。どれだけこちらが近付こうとしても同じ距離を取って離れていこうとする、まるで月のような少年。
それでも彼女は心底諦めない。歩き続ければ月にだっていつかは手が届く。
見上げれば何時だって月はそこにいてくれる。
それを知っているから。
「マイトの病室はどこかなー」
小さな病院は病室も少ない。三階に上がって廊下を折れると、すぐに303号室という表示の下に彼の名前を見付けた。
どうやら個室になっているらしい。
ふと気付いて廊下に面した手洗い場にとって返し、念入りに手を洗う。
再びドアの前に立って軽く深呼吸、明るく声をかけてみた。
「マイトー、入っていいかな?」
返事はない。SW-Mは内心首を傾げた。
最後に見掛けたときはそれほどの重傷じゃなかったし、ドアの前には面会謝絶を告げる札も出ていない。
SW-Mは暫し思案すると同じ階にあったナースステーションへ歩みを進めた。そもそも面会が可能なのかをまず聞くべきだった。
(順序が逆だったなぁ)
内心で反省しつつ、ナースステーションに入るとなにやら書き物をしていた看護士が顔を上げて声をかけてきた。
「こんにちは」
「こんにちはー。スミマセン、お尋ねしたいことがあるんですけれど」
「なんでしょう」
「303号室の患者さんに面会したいんですが、大丈夫でしょうか?その、症状とか」
「ああ。マイトくん?」
看護士はそう言うとSW-Mに微笑んだ。何だか意味深長な笑顔だった。
「大丈夫ですよ。面会時間内でしたら入室していただいて結構です。ふふふ」
「じゃあ行ってみます。ありがとうございました。あ、誰か面会に来てたりします?」
「いいえ」
看護士はなぜだかにこにこ、というかにやにやしてこちらを見ている。
SW-Mはその笑顔に気圧されるようにぺこりとお辞儀するとナースステーションを後にした。
律儀にもう一度手洗いを済ませてから病室のドアをノックする。今度は許可をもらってあるので返事を待たずそっとドアを開けた。
「大丈夫って言ってたし、失礼しまーす」
それでも自分に言い訳するように呟きながらドアを開いた瞬間、蜘蛛の子を散らすように複数の看護士達が逃げていった。
SW-Mは思わず吹き出しながらさっと、身をかわした。自分の横をすり抜けたり窓からベランダへダイブしたり地に潜ったりした看護士達の起こした一陣の風にポニーテールを揺らす。
どうやら女性達に対するマイト人気はここでも健在らしい、と思わず感心してしまう。
普通なら自分が気にかけている男性に異性(時には同性)が近付けば内心穏やかならざるべきだが、そういった感想が湧いてこないのが彼女らしい特質と言って良かった。
後ろ手にドアを閉めたSW-Mにマイトは微かに顔を赤らめると無事な方の手を上げて挨拶した。
「・・・やあ」
「こんにちは・・・・・・げ、元気そうだね」
マイトは頬を一生懸命手で拭いている。
SW-Mはベッドの側へ歩み寄りながらそれとなくマイトの様子を観察した。今は照れているからかも知れないが、顔色は良いし、動作にぎこちない感じはない。
普通傷病者は大なり小なり影があるがマイトに限ってそれは全くないようで、お仕着せの質素な病院着を着てはいてもほとんど普段通りの彼に見えた。
安心しつつベッドの近くにあった、逃げていった看護士が倒したらしい円いパイプ椅子を起こして腰掛ける。
「いや、それほどでも。ああ、でもまたすぐに、迷宮にいけるって」
「迷宮にいけるって、そんなに傷軽かったの?腕がこうぷらーんってしてたと思ったけど」
実際骨折はしているようだった。腕と足は無骨なギプスで覆われている。
凄惨だった先の戦闘を思い起こして眉根を寄せたSW-Mにマイトはなんでもないように頷いた。
「うん」
「・・・いや、見る限り全治ンヶ月にしか見えないよ」
「医者の腕がいいし。ある程度になったら戦いながら治すよ」
「戦いながらって・・・んー、今回も死に掛けたのに、そんなに迷宮に行きたいの?」
「強い敵がいるんだ」
そう言うとマイトは軽く微笑んで窓の外へ遠くを見通すような視線を投げかけた。
看護士が逃げる際に開け放たれた窓からは微かに風か吹き込んでいて、薄いカーテンをそっとゆらしている。
SW-Mは同じ方向を眺めながらぽつりと続けた。
「・・・なるほど、そりゃ行きたいよね」
しょうがないなーという感じで微笑む。
マイトの目的はただ一つ、強くなること。そしてその手段として彼は自分を高めてくれるような、『強い敵』を常に求めている。それがよく解っているから、微笑むしかなかった。
「うん。それにここじゃ、心も安らげないし」
「心もっていうと・・・さっきの?」
マイトはにっこり笑った。何か彼らしくない不透明な笑顔だ。
「なんのこと?」
「・・・あ、頬に拭き残しが」
「え。嘘」
SW-Mのブラフに簡単に引っかかったマイトはまた頬を手でゴシゴシし始める。なんだか弟の悪戯を見付けた姉の心境でSW-Mはポケットからハンカチを取り出し、そっとマイトの頬を拭った。
少し汗ばんだ滑らかな頬からハンカチへ、薄く紅の色が移った。
「・・・顔を拭くなら鏡でも見ながらか、人にやってもらいなさいな。ほら、じっとして」
「・・・ありがとう。
助けてくれたんだよね。それもありがとう。もう少しいい死にかたができそうだから」
「んー、礼には及ばないよ。まぁ、もう20分早ければこうなる前に助けられたと思うと、反省しなきゃって思うし」
ポケットにハンカチをしまいながら少し前の自分の行動を思い出し、SW-Mは苦笑する。
本当に、まっすぐ病室に入っていれば良かった。
「それに、いい死に方って、もう死ぬ気なの?」
マイトは微笑んでいる。謎をかけるように。
「死にたくはないけど。でもまあ、強くなることは死に近づくことだね」
「・・・難儀な話だね」
「そうかな。僕はこちらのほうが、難儀だと思うけど」
マイトはこちらを見ている。怪我している鷹が、SW-Mを気遣うようだ。
本当は気遣われなくてはいけないのは自分だろうに。
「ごめんね。僕は、あやまらないといけない」
「なんで?」
「ずっと、僕のことを嫌ってると思っていたから。ごめん」
マイトはベッドに横たわったまま微かに首を曲げて礼をした。
SW-Mはナイナイ、と顔の前で手を左右にぱたぱた振った。
つい最近になって自分がマイトの嫌がることをしていたと気付かされた。その彼に謝られてしまうと立つ瀬がない。
「ああ、そのことか。いいよいいよ。そういうことをしてた私も悪かったし」
「ありがとう」
「ケンカじゃないけど、喧嘩両成敗ってとこで水に流さない?」
「ありがとう」
再び礼を言ってマイトは微笑んだ。彼女のイメージする、これがマイトの笑顔、という透明な微笑み。
何だか今日はマイトに沢山お礼を言われている気がする。それに今気が付いたけど、マイトと二人きりだ。つまり笑顔を独り占めしている。
「うん。じゃあこの話はこれでおしまい!私も気にしない」
マイトは初めてSW-Mに、本当の意味で微笑んだ。
(おお、うれしいなぁ)
SW-M は心の中で歓喜の声を上げてマイトと一緒ににっこりと笑い合った。
日差しの下の向日葵のように。
微笑み合う二人とも、透明な笑顔だった。
優しい風が、カーテンを揺らした。
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拙文:久遠寺 那由他@ナニワアームズ商藩国
一読者としても楽しいお仕事でした。
マイトとの仲が進展するよう、祈っております。
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最終更新:2007年12月15日 07:28