花陵@詩歌藩国様からのご依頼品

 足に伝わるぴりぴりとした痛み、がちゃがちゃとなる空の弁当箱、もう暮れなずんで、赤の中に黄も混じる海の色も、花陵には目にも耳にも一切合切入っていなかった、ただ目の前の、ヤガミだけに神経がいっていた。

 素人目にも決まったヤガミは、帽子の角度を気にしているようだ。
 ハーケンや、がちゃがちゃとサックの横に着いたコップ、腰の辺りに見えるロープなどから、そのまま男性誌のカタログに載せても通るだろう。

「えーと、準備は完璧ですね」
 ほめ言葉か、皮肉なのか、ぽろっとおもわず言葉がこぼれた。
 ほめ言葉として受け取ったらしい、ヤガミは角度をびしっと決めると、少し楽しそうに行き先を聞いてきた。
「どこへいくんだ?」
「えーと、千歳岩、千尋岩、千尋岩です。すっごく景色のいいところらしいんです、そこにいきたいです!」
 舌が絡まった、緊張してるのか、あわあわと言葉がわいてくる。
「島の最南端にあるんです、景色のいいところだし、鯨もみられるんですよ」
 最南端の辺りでヤガミが少し頭をうごかした、頭の中で大体の距離を測ってるらしい
「結構歩きそうだが、大丈夫か?」
 言われてみると、不安になる。
 履いてきたのは学校指定の運動靴だが、大丈夫なのか。
 紐はがっちりと結んだと思うが、引っかかってほどけるかもしれない、ガムテープをはっておいたほうがいいだろうか。
 荷物を下ろしてみようかと思うと、ヤガミがこっちを見ていた
「重いならもってやろうか」
 ヤガミが手を出してくれる、うれしくなった
「じゃあ、少しだけお願いします」

 ぱぱっと、荷物を纏め直しているヤガミが優しくて、冷たい風も気にならなかった。

 大股で、歩くヤガミに負けないように元気よくあるく、荷物の中でも、重たい物はほとんどヤガミが持ったが、花陵は弁当だけは、自分で持つと言った
「これぐらいは、もたないと!」
 気づかってもらえてうれしいから、弁当ぐらいは自分で持たないと
 元気よく言う花陵のセリフに、少し変な顔になったヤガミ、これぐらいは気を遣う内に入るんだろうか? 不思議そうなヤガミの顔を読みとって
「入ります、入ります、うれしいです」
 ぜんぜん気づいてないヤガミは、変な奴だというと、行くかと歩き出した。
 元気よく後を追う
「ゆっくり景色を見ながら行きましょう、亜熱帯の植物を見るのは初めてです」
 言われて初めて、ヤガミは、辺りを見回した。
 ただ青矢、緑だけの場所に色々な色があることに気づく、実をつけた白いカズラ、いくつもの玉がつながったようになっているハラカメ、目をこらさなくてもすぐに色々な生き物が目に入る。
 なるほど
「俺の目は節穴だな、言われるまで気がつかなかった」

 ずいぶんと歩いていたが、さっきのトンネルは格別だった、暗さはもとより響く音が耳にいたいし、後ろから走ってきた車が排気ガスをバンバン出して、少し咳き込んだ。

 山まできて、車、しかも古い奴っていうのは何なんだろう? 濃いめにつけた手羽先の軟骨をこりこりと砕きながら花陵は考えた、でもすぐに棚に上げた。
 今は休暇で、ヤガミとハイキングだ、その事は後で考えよう。一緒に手をつないでうちに帰る、帰るまではヤガミにも仕事を忘れさせるぐらいの楽しいハイキングにしたい

 綺麗にお手ふきで手を拭いて弁当箱に詰める、手づかみの上に自然に優しい。
 感心するヤガミと一緒に沈み行く夕日を見る。
 真っ赤な夕日が、鮮やかな赤を使って沈んでいる船を船員たちの涙で染めているようで、言い出せない気持ちが満ちてくる。
 涙を拭かないままに、夕日を静かに見つめるヤガミに、花陵はいった。
「海に沈む、夕日だねー。また、一緒に見ようね。これから、何度も一緒に見ようね。」
 ヤガミの微笑みが、夕日で染まる
「なんどもか…」
 ヤガミが赤く染まっていく、なんだかそれが悲しくて、それを吹き飛ばすような大きな声をだした
「そう!何度も、よ!ここ、重要! 試験に出るから、覚えとかないと!」
「そうか、何度もか」
 声に出すたびにヤガミが遠ざかっていく気がする 
「うん。何度も。一杯、見るの。そして、一杯手も繋ごう、ね。」
 ヤガミの顔が遠い気がする、夕日の赤が強くなっていく
「まるで、愛の告白だな」
「そのつもりで、言っているのよ!」
 海の冷たい風が吹いていく、花陵はヤガミの目が海よりも深い色に染まっていくような気がして、じっと見つめていた。
「本気、だからね」
 唇がうごいているような気がする
「嘘だったら傷つきそうだ」
 声が優しい、そんな声を出さないでほしい、本当になんて聞き返さないでほしい
「私は、声に出して言うと、ちゃんとその通りになる。って、思っている。」
「そうか」
 ヤガミが立ち上がった、少し首をあげて、目を絶対にはなさい、今話したらきっと逃げてしまう。

「俺はそう思わない」
 声だけが優しいから、それに惹かれないようにじっと目を見つめる
「思いは隠すものだ。そちらのほうが、傷つかない」
 絶対にそんなことはない、体の中から熱がわいてくる、海の冷えた風を吹き飛ばす。
 暖かい光と、少しの怒りのこもったそういう暖かさが。
 ヤガミを包む冷たい風を吹き飛ばすように、体の底から声が出る
「傷ついても、いい。言った方が、いい。」
「俺はそこまで素直になれない」
 素直じゃない、わがままだ、分かっていてもココは引けない
 何も言わずにヤガミが背を向ける、岩から降りて歩き出す。
 まって、急いで後を追う。動き出すと、さっきまでの悲しい気持ちが薄れてくる
「約束、手をつないで帰る約束!」
 走る、ヤガミの側まで一気に
「ドキドキしたよ!」
 ヤガミは立って待っていた。
「一緒に、帰ろう。そして、また一緒に、夕日も朝日も見るの。」
「約束は出来ないが。帰り道は、送るよ」
 ぐっと、ヤガミの前まで立つと腕を大きく振って、元気よく見えるように手を出す
「約束は、出来ない。のは、残念だけど、また、会いにくるから! 帰り道だけでも、一緒に」
 花陵が差し出した手をみたヤガミはああと、返事をすると優しく手をつかんだ
 二人並んで歩き出す
「でもまあ、一番怖いのは俺かもな」
 ふふんとすましして花陵はぎゅーと、手をつかんだ
「怖いのは、私。ヤガミが、すぐにどこかいってしまう」
 逆行に隠れて、ヤガミの顔は見えなかったけど、手が少し痛そうだった

作品への一言コメント

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  • 嘉納さん、SSありがとうございました!やっぱりSS読んで、色が浮かぶのっていいですねー。そして…嘉納さんのSSだと、私が乙女に見える!ちょっと、恥ずかしい。しかも、「ガムテープをはっておいたほうがいいだろうか。」って、私のやりそうな事とか、「古い車って誰のだろう?」って思いつつも、即スルーしたのがバレてるし(笑)それも、うれしいです。ありがとうございましたー! -- 花陵@詩歌藩国 (2007-12-09 16:14:29)
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最終更新:2007年12月09日 16:14