瀬戸口まつり@ヲチ藩国様からのご依頼品


『蓮華畑へ三人で』

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 宰相府藩国と呼ばれる藩国がある。
わんわん帝國の宰相シロが治める土地であり、NWにおける帝國の象徴ともいえる藩国である。

 宰相府藩国の中心部には帝國の栄華を象徴するかのように水の塔がそびえ立っており、その一基で国内のすべての治水を司り、その地下には春・秋・冬の四季が宿る庭園が、地上の繁栄を守るように建設され、そのどれもが国外からの観光地として機能していた。
 とりわけ、春の園と呼ばれている地下庭園は、その優美さから人気のスポットになっており、家族や恋人同士の憩いの場ともなっていた。

 舞い散る桜が吹雪く様はどの世界でも、儚くも美しく、雄大に感じられるのは変わらなかった。

 そんな桜の木の下で、小さな女の子の小さなツインテールが上下にせわしなく動いていた。
背伸びを駆使して、枝の先に力強く咲いている花を、出来るだけ近くで見ようとしているのである。
隣では父親が女の子の自分の小ささに対するささいな反抗に苦笑いしていた。
桜の小枝が風に揺れるたびに、女の子は一生懸命背伸びをして、枝に近づこうとしていた。

 三つの地下庭園は宰相府の地下に建設されているが、見上げると太陽が変わらず輝いている。
空には雲がのんびりと浮かんでいて、風にたなびくその様子は地上の世界と何ら変わりがない。
しかも、時間の移ろいがあり、時間帯によって庭園の姿が変わるこの技術も、わんわん帝國が誇るものとして他では真似することは出来ないと物語っている。

 昼間の暖かい木漏れ日をうけながら、お手製の弁当が一杯詰まったバスケットを少し重そうに両手で持って桜の木まで歩く。
本当の親子のように木の下で遊ぶ二人の姿を見つけて、嬉しさから少しだけスピードを上げる。
バスケットの中の弁当が崩れないように小走りするのは中々大変だったが、まつりは少しでも早く二人の顔を見たくて仕方がなかった。

 「こんにちは。ののみさん、ずいぶんお久しぶりです。」

まつりの声を聞いて、桜の木を一生懸命見ていたののみがくるっと可愛く振り返る。
そのままテトテトとまつりの近くに寄って、桜を見ていた時とはまた別の笑顔でまつりを見上げる。

 「うん。おひさしぶり?」

元気そうなののみの姿に自然に笑みがこぼれ、思わず顔がほころぶ。
まだ、"久しぶり"という言葉を知らないらしく、子どもらしい純粋な返事にキチンと目を見て答える。

 「えへへ。お元気そうですね。最後にお顔を見てからずいぶん経ったから、お久しぶり。」
 「うん。」
 「よかったな。また会えて。」
 「うんっ。」

 会えた嬉しさを体いっぱいで伝えようとののみはまつりに抱きついた。
受け止めるとバスケットが盛大に揺れそうになって、そのまま体とののみごとクルッと一回転する。
「ぎゅー。」とお互いに言いながら、まつりは空いた手でののみの背中を優しく包む。
嬉しそうに笑っているののみをキチンと体で感じながら、隣に立っていた高之に声をかける。

 「高之さんも、まざります?」
 「そうだな。」

少しおどけるように言った後、高之も含めて3人でぎゅっと抱きあった。
3人の体温がそれぞれ違うように体で感じられて、それが何となく嬉しくて3人して嬉しそうに笑う。

 存在を確かめ合った後、右手のバスケットがそろそろ辛くなってきたので、お昼の提案をした。
ここのところずっと、外に出るときはそれなりの量の弁当を作っている。
自分の作ったものを食べてもらえることが嬉しいのもあるが、こうやって囲んで食べていると安心感を覚えのである。

 「美味しいといいけど。」
 「いいな。」「わーい。」
 「桜でないところで食べるか。」
 「ふえ?」

 高之の提案にののみは不思議そうに見上げる。
桜の木の下ではいけない理由が分からない、と疑問符をつけて眼差しを二人に向ける。

 ののみは疑問が多い。
本来、ののみの年なら小学校に通っているはずなのだが、訳あって学校には通っていない。
その代わり絵本などをよく読むが、逆に言えば絵本程度の知識しか持つことが出来ないでいる。
だが、ののみの周りの大人はののみの疑問にしっかりと答え、そのおかげでののみは色んなことを覚えることが出来ている。
普段は一緒にいる時間が長い高之が答えているのだが、今回はまつりがののみの疑問に答えた。

 「桜は降って来ちゃいますからね。」
 「そだな。」

ののみはまつりの回答に心得た表情になり、なるほどと首を大きく縦に振った。
とりわけ疑問の回答に対するののみの動作は自然と大きくなりがちである。
それが小さな彼女なりの教えてくれたことに対する礼儀なのであるが、本人も気がつかない所で行なっているので、ただ単に可愛いだけである。

 「蓮華の園もあるらしいですよ。」
 「れんげー。」
 「私も蓮華大好き。行きましょうか。」

 にこっと笑いあった後、ののみは蓮華の園のある南の地区の方へスキップを始めた。
時折、後ろを振り返っては高之と並んで歩いているまつりの顔を見ては、またスキップで先に歩く。
まつりが目が合ったときには、くるっと回転してスキップをするので、表情を窺うことができない。
まつりとしてはバスケットさえなかったら一緒にスキップでもしたかったが、そうもいかないのでののみが転ばないことだけが心配になった。

 「どうしたの?転ばないでね。」
 「うれしいなあ。うれしいなあ。」

小湖から園と園を分けるように流れる小川に掛けられた橋の上で、ののみが楽しそうにはしゃぐ。
橋の真ん中辺りになると蓮華の園の"霞む風車"の頭が見えて、「わああ、ゆらゆらしてる。」と目を大きくさせて、その風景に見入っている。

 もしかしたら、桜の木の下で一生懸命花を見ようとしていたのも、まつりに会える嬉しい気持ちが体から溢れていたせいかもしれない。
そう思うと、ののみのその言葉に思わず微笑みがこぼれた。

 橋を渡りきるとすぐ、蓮華の蜜の甘い香りが風に乗ってかすかに感じられた。
まだ遠目に見えるだけなのに、そこに広がる花の絨毯に思わず寝転びたくなる衝動に駆られる。
蓮華はそれぞれ色ごとにグラデーションが出るように配置されていて、その景色は真上から見るともっと美しいだろうと思った。

 「高之さん。ののみさんにはお話したんですか?」
 「何を?」
 「え、だから。結婚とか、一緒に住むとか。・・・・・・三人で。」
 「いや、まだ。」
 「いっしょ?」

 ののみはまつりの"一緒"という言葉を聞きつけて、またまつり達のところまでよって来た。
笑顔でまつりを見上げて、「なになに?」と好奇の視線で話の内容を促している。
一瞬、言っていいのかと高之の方に視線を移すと、高之はののみという子に自信を持っていると、強くうなずいた。
その表情と仕草に"自分から言ってもの意味なのに"と内心苦笑しつつ、ののみに視線を落としてゆっくりと言い聞かせた。

 「大丈夫。隠すことは、何もない。」
 「ええ。えっと。」
 「私と高之さんは結婚することになりました。」
 「ののみさんも一緒に、三人で暮らしたいな、って。」
 「ふえ?たかちゃんと?」
 「まつりちゃんと?」

 ののみはいつも、まつりと高之と一緒に外に遊びに行くのことが大好きだった。
まつりが居れるときはそんなに多くないから、結婚とか家族になるとかは全く思いもしなかった。
それはまだののみが愛は知っていても、恋愛という概念を知らなかったせいだったかもしれなかったが、とりあえず三人一緒に居れることが純粋に嬉しかった。
だから、一つ一つ確かめるように、まつりの目を見つめながらゆっくりと聞き返した。

まつりも、ののみの目をちゃんと見つめ返して、真剣に言葉を返した。
高之はののみの大切な家族だから、ののみの承諾もきちんと得なければ、二人がどれほど好きでも結婚はしないつもりだった。

 「そう。」
 「ののみさんと。」
 「うん。」
 「いいよ。」

ののみのその言葉に、まつりは顔を綻ばせて高之に振り返った。
高之は、だから言っただろうという顔で優しく頷き返した。
蓮華畑に続く小道に運ばれてくる蓮華草の香りに、何故か少しだけ目頭が熱くなった気がした。

ただののみは、すぐに下を向いて何か考えごとをしている風だった。

 「ののみね。施設ではおねえさんだったんだ・・・。」
 「おねえさんになれるのかなあ?」
 「な、なれると思いますよ。たぶん、いいお姉さんに。」
 「いやあの。」
 「ふえ?」

高之とまつりはお互いに顔を見つめあったまま動きが止まった。
ののみはそのまま顔を傾けて、どうしたんだろうと二人を見上げた。

 「いいえ、いいのいいの。ご飯食べるところ探しましょう。」
 「そうだな。」

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高之とまつりは互いにくすっと笑って、蓮華畑に続く園へのゲートをくぐった。
運ばれてくる蓮華の香りに包まれて、三人一緒に手を繋いで。






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コメント

三人が蓮華畑に行くまでを風景を想像しつつ書かせていただきました。
余力があれば、家族として初めて三人のランチをと思っていたのですが・・・。(汗)
一杯家族は名言です。(笑)
ご依頼、ありがとうございました。



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引渡し日:2008/10/12


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最終更新:2008年10月12日 16:32