風野緋璃@天領様からのご依頼品



愛は尊い。愛は痛い。愛は悲しい。     -E・ハガネスキー

NWの北の果て、北海島。
キノウツンという今は大荒れの国から伸びる道路を、一人の男が歩いていた。
その足は昨日を振り返らず今日だけを踏みしめ、その瞳は今ではない明日を見つめている。
普通ならば一笑されるだけのそんな言葉が、その男にはあった。
そしておもむろにポケットに突っ込んでいた手を抜くと、男は声を発した。
「グワ」

ペンギンさんフィーブルへ行く

ぺた、ぺたと足音を立てながら探偵は歩く。
空を見れば行く先には黒い雲が見える。普通ならば気にも止めない、そんな小さなものであった。
が、探偵は苦い顔をした。彼にはそれがどんなものかは嫌というほど判っていたのである。
「せっかちな奴だ」
それだけ呟くと、探偵は再び歩き出す。
足の裏で石を踏んでも眉一つ動かさず、少し顔をしかめるだけで彼は暑いアスファルトを歩いていった。

いつからか長い髪を二つに結わえた少女が、探偵の横を共に歩き始める。
実体も無く、影も無い少女を探偵は黙って一緒に連れて行く。
「たんていさんはどこにいくの」
「待ち合わせだ」
「だれと?」
「古い馴染みを待たせてる」
そう言った後、探偵は帽子に手をやって目深に被ってからこう付け足した。
「あと、怒るときに泣くよりも笑う方を選ぶ女も一人待たせてるな」
「たいへんだね」
「違うな。大変というのはそんなことじゃあない」
ぺたぺたと歩く音が道路に響く。
「大変というのは。いつも同じで何も変わらない日々を過ごし続けることだ」
「それってどこがたいへんなの」
「幸せは大変と変わらないということだ。銃弾に身を晒し、自分の命を秤に賭けるのは」
くい、と帽子に手をやって角度を直した。
「ハードボイルドだ」
「やせがまん?」
首を傾げて聞く少女の問いに、探偵は答えず歩みを進める。
煙草をコートから取り出そうとして、やめた。禁煙の日だったのを思い出したのかもしれない。
代わりにまた、苦い顔をした。

砂漠の国から砂漠だけの道を過ぎ、砂漠のある国へと足を踏み入れた。
名をフィーブルという。
渓谷の上から見るフィーブル藩国は表面上平和に見える。
この時期のNWといえばある魔術師の策略によって全国的に被害と騒動が広がっている時期であり、フィーブル藩国も例外ではない。
情報ではそこかしこで暴動が起きており、かなりの被害が出ているはずであった。
探偵は煙草を取り出してライターを探そうとして、腕に染みがあることに気づいた。
裂けて血がにじんでいる。どこかで傷ついていたようだ。
探偵は顔をしかめると煙草の代わりにポケットからスキットルを取り出し、中身を傷口に吹きかけた

その後、街を歩いている間の事を探偵は語らない。
問われても「言う必要があるのか」と返して取り合わなかった。
ただ、その日。確かにフィーブル藩国の騒動は瞬間的にではあったとしても騒ぎはなかった。

ぺたぺたと探偵は歩いている。
街を抜けた先には建物が一つ。小さな小さな教会があった。
扉の向こうから、騒ぎ声と気配を感じる。彼の招待した男は先に来ているようだった。
「律儀な奴だ」
いつの間にかあの少女の姿はなかった。どこかに行ったのであろう。
そんな事を思いながら、扉に手をかける。
(待たせるのは性に合わん。どんな相手でもな)
ぎい、と音を立てて扉が開く。
入口に立っていた不肖の弟子と極悪人の魔術師が振り返る。
「師匠、頼みますよ、こんな日くらいはじめから弟子を投下してください…」

一つの教会でこの物語は一旦幕を閉じる。

「変っていなくて、嬉しいわ。また戦いましょう。どうせ我らが勝つけれど、それでもあがく貴方が好きだから」

「我が神に誓え。哀れな人の子。哀れな光の神」

呪いと

「俺は神じゃない。探偵だ。光でもない。悪党が嫌いなだけだ」

信念と

「私とこの人が哀れかどうか、それは自分で決めます。私の誓いは、既にこの人に済ませてある。永久に、同じ道を歩むと。
決まった結末なんかない。そんなもの、私は信じない。私が愛すのは光なんかじゃない。ただそこに居る、一人の男」

そして愛の言葉。

ここより神々と、さばきのとりを名乗る探偵と、その巫女の物語は新たなページとなる。
敵よりのささやかなる花火は、新たなる風雲の始まりである。



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最終更新:2008年10月09日 00:52