小鳥遊@芥辺境藩国様からのご依頼品


その日、小鳥遊は王都の中心にある大通りを歩いていた。
道路沿いに出店が立ち並び、軽食や細工物の売り買いがされていた。よく見ればバナナの叩き売りなんかもある。
休日ということもあり、通りは人であふれ活気に満ちていた。
その様子を見てうん、今日も異常なしと小鳥遊はつぶやいた。
第七世界からニューワールドへ介入できる機会はごく限られている。
国の様子を知ることもままならないため、こうして人々の笑顔を直接に見ることができるのは嬉しいことだった。
そんな街の日常をひとしきり眺め、小鳥遊は待ち合わせの場所へと歩き出した。

大通りからは少しばかりはずれた場所にある喫茶店へ入る。
そこはとても静かな場所で、大通りにあった騒々しさが少しも感じられなかった。
まるで扉をへだてて別の空間に迷い込んでしまったかのような錯覚を感じさせた。
砂避けのフードを外し、店内を見回す。
店内に客はほとんどおらず、片手で足りるほどしかいない。
探していた相手はすぐに見つかった。

「お久しぶりです。瀧川さん、萌さん」

奥のテーブル席にすわっていた二人に声をかける。
「よう。久しぶり」
瀧川が手を上げて挨拶を返す。
ついで、チビの相手をしていた萌は手を止め、軽く会釈を返した。
「チビくんもお久しぶり」
そう言って笑いかけると、チビはにこーと笑った。

チビの手には紙飛行機があった。
そして石津の手元には折りかけの紙飛行機がひとつ。
どうやら待っている間、折り紙で遊んでいたらしかった。
「飛行機、好きだって聞いたから」
そういいながらチビの頭をなでる。
そこに暖かいなにかを感じて、小鳥遊はなんだか嬉しくなった。

「それじゃ、今日はよろしく頼むな」
「あ、はい。まかせてください」
そう言って瀧川はチビを抱き上げ、バケツリレーよろしく小鳥遊が受けとった。
不思議そうに抱かれるチビを見て瀧川は微笑み、くしゃくしゃと頭をなでた。
「このにーちゃんがな、お前を飛行機に乗っけてくれるんだってさ」
「ひこーき!?」
とたんに目を輝かせたチビを抱えてのぞきこみながら、小鳥遊は付け加えた。
「といっても、蒼天じゃなくてセスナだけどね。遊覧飛行っていうんだよ」
「せすな……?」

小鳥遊はなんと言って説明するか迷ったが、ややあって、まぁ見たほうがはやいかなとつぶやいた。


/*/


「チビくん、これがセスナだよ」

喫茶店を出発した小鳥遊とチビは、飛行場の滑走路へとやってきていた。
そこには一機の軽飛行機がエンジンをふかしながら待っていた。
チビと一緒に空の旅を楽しめるようにと事前に手配してあった機体だ。
「……でも、なんでこんなに古いんだろう」
その機体を見て、小鳥遊はついそう言ってしまった。
控えめに言って、見た目があまりよろしくないのだった。

新品のセスナを限界ギリギリまで酷使し続け、40年ほどの時を経てこうなりました、と言われても信じられそうな感じだった。
はげかけた塗装や微妙にまがったプロペラがボロさを助長している。
分解して鍋で煮込んだらさぞ良いダシがとれるだろう。
べつに最新型を用意しろとは言わないが、こうもあからさまに古い機体を出されては文句のひとつも言いたくなるというものだ。

「ボロですまんかったのぅ、お若いの」

唐突に声をかけられて振り向くと、そこにはひなびた老人が立っていた。
使い古しのゴーグルとフライトジャケットを身につけていたが、腰はまがり、杖をついていた。
よく見ればぷるぷる震えている。

「えぇと、パイロットの方ですか?」
「さよう。わしがこのクイーンジョーカー2世号のパイロットじゃ」
小鳥遊が名前ついてに突っ込むべきか定年退職について議論すべきか迷っているうちに、老人はさっさとセスナの中へと乗り込んで行った。
「外見はまぁアレだが、中はそれほどひどくないぞい」
老人のその言葉に一抹の不安を感じながら、セスナの中へと乗り込んだ。


/*/


内装は、外装以上にひどいものだった。

中を歩きまわると床がギシギシと軋み、穴があきそうだった。
よく見たら端のほうにあいた穴を補修したあとを見つけた。
シートは壊れたのか取り外されており、座る場所すらなかった。
窓のガラスには亀裂が入っていて、少し強めに押したら割れてしまいそうだった。

そんな状態にもかかわらずセスナは空を飛んでいた。
意外にも整備はきちんとされているようだった。
ちなみに小鳥遊が乗車拒否しなかったのは、降りるよりはやく発進してしまったからだ。
拒否しなかったのではなく、できなかったのだった。
唯一の救いはチビがすこぶる上機嫌であることだった。
なにが気に入ったのか小鳥遊にはまったく理解できなかったが。
『あー、右手に見えるのが、かの有名な大山銀山じゃ』
老人がスピーカーを使って観光ガイドよろしく解説を始める。
普通に声が届く距離にいることは向こうも知っているはずだが、なにか意図があるのだろうか。
『で、向こうに見えるのが……』
「……?」
唐突に老人の解説が止まる。
いぶかしみながら操縦席まで歩いていくと

「………Zzz」
老人はとても気持ちよさそうに、寝ていた。

がくん、と機首が下を向く。
角度は90度近くまで傾き、地面へと真っ逆さまに落ちてゆく。
「ちょ、死ぬーーーー!?」
反射的に操縦桿を引き起こす。
地面すれすれで態勢を立て直した。
砂丘の砂が舞い飛び散る。
「おぉ、すまんのぅ」
目が覚めた老人へふたたび操縦桿をあけ渡す。
「なんで寝てるんですか!なんで寝てるんですか!」
「年のせいか、最近はいくら寝ても寝足りんでのぅ」
半泣きの小鳥遊に向かって老人はにべもなくそう言った。

ふと後ろの座席(があったあたり)を見ると、チビは手を叩いて嬉しそうに笑っていた。
どうやら今のジェットコースターダイヴが気にいったらしい。
喜んでもらえるのは嬉しいような気もするが、内容が内容だけに複雑な気持ちだった。

「………Zzz」

ふたたび機首が下を向く。
角度は90度近くまで傾き、地面へと真っ逆さまに落ちてゆく。
「またーーーーー!?」
反射的に操縦桿を引き起こす。
またもや地面すれすれで態勢を立て直した。
ちょっとこすった気がした。

そうして老人のいびきと、小鳥遊の絶叫と、チビの笑い声がループすること6回。
飛行場へと帰還したセスナから降り立ったのは、やたらと楽しそうなチビと、眠そうな老人と、真っ白に燃え尽きた小鳥遊だった。
その後、小鳥遊が飛行機恐怖症になったかどうかは、さだかではない。





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引渡し日:2008/10/06


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最終更新:2008年10月06日 01:46