時雨@FVB様からのご依頼品
【タイトル:宇宙(そら)の宝石】
その瞳は、いつも私を映していた。
貴方の瞳に私が映るのが嬉しかった。
でもそれを貴方には教えない。
だって…
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「…貴方はいつも真摯な眼差しをなさっているのね」
「え…?なんかおっしゃいましたか?」
「なんでもありません」
ふい、とそっぽをむく愛らしい女性。姿見はしっかりした言動に反する、少女のように更に愛らしかった。
彼女-エステルはほんの少し、チラっと男性-時雨を見た。ほんの少し目の端で。
そしてそれを時雨に悟られる前に、廊下の先にあるドアの方を向いて言った。
「私はもう一戦してまいります」
「あ、でしたら僕も…」
「貴方は一休みなさったらいかがですか?」
少しジト目で青年-時雨を見るその瞳は、何度か時雨に見せたジト目の中で1番、柔らかいものだった。
肩で息をしている時雨をその場に残し、戦闘ルームへと消えていった。
ふわり、と身体が浮く。
懐かしい無重量の感覚。今日一日ずっと体感してきた。
戦闘開始のカウントダウン。
瞬きをした次の瞬間、さきほど時雨に見せた柔らかい眼差しは隠された。
それは日常だった。
戦うことが。
艦に乗ることが。
宇宙に瞬く光は直線を描き、私達を未来へ誘う道。
その先に同胞が自分自身が倒れようとも、目指す未来はある。
スタートから4秒。
最後のトリガーを引いた瞬間。
空間にぽつりと浮かぶ一粒の透明な真珠。
-私は今、虚無を追い掛けているの?-
艦を離れ、見知らぬ土地、異文化、周りに見馴れた戦友もいない。
「…あ…ぁ…私は…」
無重量が解除され、床に着地すると共に、空を舞う透明な真珠も床に落ち、割れる。
「私は…」
さっき、何を思ったの…?
この虚無感は何…?
先程まで、余裕の笑みさえ浮かべていたエステルは、肩で息をしていた。
ルームから出れず、動かずにいると、不意にドアが開く。
ビクリと、身体をあからさまに揺らしたエステルを”それ”が抱きしめた。
「何か、あったのですか!?」
「な…ちょ…ぇ…」
外部モニターから戦闘ルームの様子を見ていた時雨は、エステルの小さな変化を読み取っていた。
ゲームが終わったにも関わらず、なかなか出てこないエステルが心配になり、戦闘ルームへ駆け込んできたのだった。
力強く自分の肩を抱く時雨に、びっくりしたエステル。
想像よりも、時雨のその腕の力がはるかに強くて、殊更にびっくりする。
「いったい…なんですっ…!?」
「泣いているように、見れたから…」
「っ!!?」
的を射られ、さらに驚くエステル。
彼女なりに抵抗を試みた。
「泣いてなど、おりません!」
「…うん…」
「ほら、ごらんなさい!どこにも涙の跡など…」
見てごらんなさい、と時雨に目元を見せるため、顔を上げた瞬間。
慈しむように自分を見詰める時雨の目と、合ってしまった。
「…ぁ…」
「泣かないでください。あなたに泣かれたら、僕はどうしたらいいのか解らなくなる…」
「な、泣いてなどいないとっ…」
意地を張るエステルをさらに強く抱きしめる時雨。
「さっきの言葉、嘘偽りありませんから。必ず、僕があなたを宇宙へお連れします…」
「でも…私は一人…」
「一人じゃない。僕がいます。だから…泣かないでください」
「泣いてなど、いないと、言っています」
「そうでしたね…すみません」
素直の謝り、そっと身体を離そうとした時雨だったが、その肩が-見るからに小さなその肩が、抱きしめたとき、想像よりさらに細くて。
強く抱きしめてしまったら、きっと自分がこの身体を壊してしまいそうで離れようとしたが、僅かに震える小さな身体に気付いた時雨は、少し力を弱めるだけにした。
少しでも彼女を支えたい。無意識に、しかし強く想ったからだった。
しばらく、そうやって抱き合っていた二人。
ふとエステルが我に返る。
「あ、あの…」
か細く訴えるこえに、時雨も我に返ると、そっとエステルを離した。ほんの少し、名残惜しそうに。
「お腹、空きませんか?」
時雨は照れながら、エステルに聞いた。
先程、2人の間に流れた切ない空気が嘘のようだ。
「飯、食いに行きましょう」
「今日はおはしを使うのかしら?」
「ええっと、そうですね。何がいいですか?」
ちょっと困った顔で頭をかく時雨の仕種に、胸の中でクスリと笑いつつ、胸を張ってエステルは言った。
「あら、おはしでも私、大丈夫ですわよ!あれから練習したんですから!」
「では、美味しい和食を食べに行きましょうか」
誇らしげに胸を張るエステルはとても愛らしい。
時雨は柔らかく自然にこぼれる笑みを見せると、エスエルをエスコートして食事へと向かった。
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貴方の表情が最近、違う気がする。
なんだか暖かい。
それは意識して微笑んでいるの?ねぇ。
それとも私に映る貴方が変わったのかしら?
それって…
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時雨はあの時、微かに見えた透明な真珠を思い出していた。
(あれはきっと…)
エステルの涙を見た。
美しく空を舞う真珠。
それは美しく儚く、切なげな宝石。
(綺麗だった、けど僕はもう、あの宝石を見たくない)
嬉しい涙なら見たい。
けど、あれは違う。
切ないだけの宝石ならいらない。
「僕は、貴方の為に強くなりたい」
呟く時雨の手にはレーザー銃。
程なくして、無重量空間となり、身体が浮く。
参謀である自分に銃など、少し似合わないと思っていた。
それでも、たった一つ、守りたい想いを見付けた。
それは宝石であり、共に行きたいと想った、たった一人の女性のため。
「せめて、貴方だけは、僕のこの手で守りたい」
そう呟いた時雨の瞳の先は、宇宙を捉えていた。
廊下のソファに座るエステルの目は怒っていた。
「まったく…まぬけです!よくもまぁ、これで私を守ると大口が叩けたものですわ」
「ありがとうございます」
まだぶつぶつと呟きながら、エステルは時雨の肘に絆創膏を貼っていた。
少し難しい顔をしたエステル。時雨の腕を覗き込み、満足したのかペチ、と小さく腕を叩いた。
「私がびっくりしました。声をかけたらいきなりこけるんですもの」
「あはは、すみません……」
苦笑いをして曖昧に答える時雨。
戦闘ルームで一人模擬戦闘をしていた時雨は、自分の限界に気付かず、オーバーワークで足腰がガクガクのところにエステルがやってきて、二人で驚いた。
そして、エステルに近寄ろうとして、時雨は足がもつれてこけてしまったのだった。
気恥ずかしくて、エステルの手当てをしてもらった肘をさする時雨。
「慣れないことはするもんじゃないですね…」
「…いきなりたくさんしても、距離はいきなりは縮みません!」
「え…」
そっぽを向きながら、頬を少し赤らめたエステルはそっと言った。
全てに気付いているわけではない。でも、時雨の想いをほんの少し読み取ったエステルは時雨の無理に気付いた。
「貴方に戦闘実践の才能がないことはわかりました。では貴方の持てる才能で私の横に立ちなさい」
その言葉を聴いた時雨は目を見開き、エステルの横顔を見つめた。
時雨の視線は感じていたが、顔を背けたまま続ける。
「貴方が無理をしても、私と共に宇宙へ行くなど、無理だと言っているのです」
「貴方という人は…」
「なんです、文句でもっ…」
むっとして時雨に向きなおしたエステルは、しかし時雨の表情を見て固まった。
優しく微笑む時雨の表情に、目を奪われてしまったのだ。
「わ、私は一戦してきます!」
時雨の表情に目を奪われたのが恥ずかしかったエステルはソファを勢い良く立ち上がると、奥の戦闘ルームへと消えていった。
そんなエステルの後ろ姿を、さらに笑みを満面に浮かべて見ていた時雨。
その表情にエステルはさておき、時雨本人も気付いていなかった。
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自分の気持ちがわからない。
でも、貴方の笑顔を見ると、なぜこんなにドキドキするのか解らない。
いえ、今は、わからなくてもいい…
【終わり】
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引渡し日:2008/09/11
最終更新:2008年09月11日 07:40