小鳥遊@芥辺境藩国さんからのご依頼品


――――彼は撃墜王になるよ。




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どこまでも続くような、青く澄んだ空だった。

芥辺境空軍 王立航空師団 第一飛行中隊隊長であるところの瀧川はそんな空が好きだった。
とりわけ飛行機で飛び回っている時の空を好いていた。
どうせ死ぬなら空がいいなと、瀧川は飛行場の屋上で昼寝しながらそう考える。
その場所こそが自分の生きる場所だと考えていた。


ジェットエンジンのノイズが聞こえる。
ちらりと音のするほうに目を向ければ蒼天・夕型が白い雲を引きながら飛び立っていくところだった。
蒼天を一回り小さくしたボディに鮮やかなオレンジのラインが輝いている。
あの飛び方は第三飛行隊のケリィだなと当たりをつける。
第三飛行隊の30分後には第一飛行隊の、つまりは自分の順番がくるはずだったが、瀧川はあと10分だけ休憩してから行くことにした。

『第一飛行隊の瀧川中尉、すぐに六番格納庫へお越しください』

アナウンスを聞き終える前に、瀧川は枕代わりにしていた両手を耳栓代わりへと変えて目をつむった。

それから5分ほどした頃、屋上へ入るための扉がキック一発で蹴り開けられた。
瀧川は昼寝の邪魔が入らないよう、扉に鍵を三個ほど取り付けていたが、それらはあっさりと白旗を上げ、侵入者に屈服してしまった。

入ってきたのは通信士として勤務している女性将校だった。名をラウラという。
黒を基調とした士官服に身を包み、胸の前で抱くように分厚いバインダーを持っている。
他に目につく特徴としては、背が低かった。
瀧川もそれほど長身ではなかったが、それよりもさらに頭ひとつ分は小さい。
正規の軍服を着ていなければ、どこからか迷い込んだ近所の子供かと勘違いしそうなほどだった。

屋上をぐるりとねめまわし、端のほうで寝転んでいる瀧川を発見。そのままつかつかと歩みよる。
不機嫌そうに覗き込む通信士。

瀧川は両手で耳をふさいだまま、器用に眠りこけていた。
額に青筋を浮かべるラウラ。
気持ち良さそうに寝入っている瀧川の顔面を、手に持ったバインダーで殴打する。
よく見れば、角で叩いていない分だけ優しいといえるかもしれない。
「いた、いたい!なんだなんだ?」
頬をさすりながらようやく瀧川は起き上がった。目の前にいる見知った顔にとりあえず語りかける。
「おー、どうした?怒った顔して」
へらへらと笑いながらそう言った。
「行方不明の中尉を探してたんです!」
どれだけあやまったって許しませんからねと、その瞳が語っていた。
「あーそっかそっか、あっはっは。いやー、わるい」
悪びれない笑顔で、むしれさわやかさすら感じられる顔でそう言った。
ぶちっ、となにかが切れる音。
無言のまま、バインダーで再度攻撃を仕掛ける管制官。今度は容赦なく角を使った。
「いたい、いたいって。いやすまん、俺が悪かったから」
瀧川、5秒で敗北を認める。が、なぜか嬉しそう。

じつはこのおかっぱ髪の女性を、瀧川はたいそう気に入っていた。
以前、瀧川に憧れて軍に入りましたと真っ赤な顔で告白された折り、彼は爆笑しながらそういうのは幼年学校を卒業してからおいでとからかったところ、グーで殴り飛ばされたことがあった。
なんのことはない、彼女はその低い背と裏腹に瀧川よりひとつ年上だった。
当然のむくいと言えよう。

当時、すでに芥辺境藩の撃墜王と呼ばれていた彼に好意をよせる女性は少なくなかったが、平手ですらない握りこぶしで思いきりブン殴ったのは彼女だけだった。
それから瀧川は彼女になにかとちょっかいを出すようになるのだが、理由は誰にもわからなかった。

瀧川があやまった後もラウラの怒りはおさまらず、しばらく一方的なバインダーアタックが続いた。
ややあって、肩で息をしつつも落ち着きを取り戻す。
色々と諦めたように溜め息をついて、真面目な顔で瀧川を見つめる。

「そろそろ出撃のお時間です。敵、なりそこないとの距離は2航路までせまっています」
「あぁ、もうそんなとこまで来てるのか」
ラウラから視線をはずし、空を見上げる瀧川。
どこまでも続くような、青く澄んだ空だった。
この空の先におぞましいバケモノがひしめいているとは、到底思えないほどに。
ふいにフェンスに近づいていく瀧川。器用に上へ昇った。
「あ、あぶないですよ!」
「大丈夫、大丈夫」
上手にバランスをとりながら、反転。ラウラを見下ろす。
「なぁ、こんどハイマイルまで遊びに行かないか」
「……は?」
「だから、デートしよう」

聞いた瞬間、彼女の頭の中から今まで考えていたこと、すなわち『どうやってこのバカをハンガーまで連れていこうか』とか『だいたい勤務中に昼寝だなんてどうかしてるんじゃないの』とか『あぁ、こんな怒ってばっかりいたら嫌われるんじゃないかな』とかがすべて消し飛んだ。
ついでにバインダーも取り落とした。
「え、わた、ぇ、はい、って、えぇ?」
顔を真っ赤で、口を開くが言葉が出ない。具体的には『え?今なんて言ったんですか?』と『私でいいんですか?』と『ハイマイルってすごく高いんじゃ』を同時に言葉にしようとして失敗している。

それを見てどこか嬉しそうに、瀧川は苦笑した。
「生きて帰ってこれたら、デートしよう」
それを聞いてラウラは一瞬ひるんだ。
いつもそうだ。
瀧川は出撃が近づくと、なぜかひどく優しくなる。

それでもすぐに怒ったような表情に戻すと
「ぜったい、帰ってきてください。約束やぶったら、中尉は女たらしだって言いふらしてやるんだから」
うつむいて、それ以上は言葉にできなかった。くちを開けば泣いてしまいそうだった。

それを聞いて嬉しそうに瀧川は笑った。
「こりゃ是が非でも帰ってこなくちゃならなくなったな」


瀧川には空戦の才能があった。
父親は人型戦車乗りだったが、息子にもその血は流れているとみえ、幼い頃から戦闘機をまるで手足のように自在に操った。

瀧川には経験があった。
天領との交通の要所であった芥辺境藩国は、歴史上いくたびもの防衛戦を繰り返しており、弱冠19歳という若さですでに多くの実戦を経験していた。

だが、瀧川はそのどちらをも頼りにはしていなかった。
彼が最後の最後に必要になるだろうと考えていたのは、帰りを待ってくれている人との約束だった。
のちに彼は多くを救い、また多くを殺すこととなるが、最後に頼るものはいつもそれだった。
長く続く戦いの日々にあってなお、瀧川は彼女との約束だけはついぞたがえることはなかった。

今はまだ、ただのパイロットと通信士でしかない二人の関係に変化が訪れるのは、これより3年後のことになる。


「ま、そろそろ行ってくる。後続のやつらにもすぐに上がるよう伝えてくれ」
それだけ言って、ひょい、とフェンスから飛び降りた。
4階建ての飛行場とはいえ、地面まではいくらの距離もない。
吹き付けるような風を受けながら、真っ逆さまに落下していく。
だが、瀧川はあわてることなく目を閉じて小さくつぶやいた。

スタンダップ、蒼天号。

瞬間、第六倉庫が派手に吹き飛ぶ。
爆風の中からあらわれたのは、蒼天によく似た戦闘機だった。緊急展開用ブースターを切り離している。
その機体は狙いをさだめるように身をひるがえすと、細く鋭く加速に入った。
地面スレスレで瀧川をキャッチ。上昇を始める。
空へと昇りゆく中で、蒼天号は形を変えはじめた。
腕を生やし、脚を延ばし、ついには人の型を成す。
RB形態へ移行した蒼天号は、絶対物理防壁を展開すると同時に最大加速を開始。
白く、長い飛行機雲を残して空の彼方へと消えていった。

ラウラは瀧川の無事を祈るべきか、それとも整備長に謝罪をしに行くべきかすごく悩んだが、とりあえずハンガーまで走ることにした。


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Ending rank C

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引渡し日:2008/09/10


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最終更新:2008年09月10日 03:57