コール・ポー@芥辺境藩国様からのご依頼品



/*隠すまでもなく*/


 場所は喫茶店である。人の少ない店内で、ほとんど真ん中といっていい位置にある席にヤガミは座っている。彼は先ほど注文したコーヒーをのんびりと飲んでいた。どこか、楽しそうな雰囲気がある。
 より雰囲気に敏感な者ならば「いや、あれは何かを期待している感じだと思うね」と言ったかもしれない。
 やがてそのお楽しみの正体がやってくる。喫茶店に入ってきたのは一人の女性だ。緊張気味なのか、少し背を丸めてきょろきょろしている。小心者なのかもしれない。別段寒いわけでもないのに手をこすっている姿はそわそわしているとしか言いようがない。もしも背丈がこの半分くらいだったなら、実に可愛らしい少女といった風情である。
 やがて彼女は、ヤガミを見つけて近づいていった。ととと。足音静かに。しかし全身でそわそわした雰囲気をまき散らしているので、気配もへったくれもあった物ではない。
「こ、こ、こんにちは!です。 ヤガミさんー」
「いよう」
 霧原涼がやってきたことに目を止めて、彼は面を上げた。そして、機嫌良さそうな笑みの表情を、端から見ればわざとらしいくらいに崩した。目を丸くして驚いたような顔をする。
「なんだ、また大きいのか」
 ――ちなみに霧原は、様々な事情の果てに成人女性の姿をとっているが、元を正せば小柄な少年であった。詳しい経緯はログを参照するしか、ない。
 が、無論のこと。参照するまでもなく本人の脳裏にはその記憶がしっかりと刻まれている。彼女は顔を真っ赤にすると、腕をあたふたさせながら声を上げた。
「お、大きいのとか言わないでくださいっ。どっちもおんなじ人です、です」
「はいはい」
 やけに力強く繰り返す。それに笑いながら応じながら、賑やかだなと、ヤガミは思った。
 しかしこちらが笑ったのがふまんなのか、彼女は頬をふくらませた。それでも笑顔なので、怒っているのかわかっているのか判然としない。動作がいちいち小動物っぽいと言うのか……なんとなく、その頬をつついてやりたい衝動に駆られつつ、ヤガミは笑みを浮かべて言葉を待った。
「と、椅子。座ってもいいですか? 今日はごそうだんごとがあります。ます…。」
「いいぞ」
「え、えとですね」ちょこんと隣に座りながら霧原。「名前、変えてもいいよって、きょか、みたいなものいただいたのです。前回」
「覚えてる」
 むろん、忘れられるはずもない。こちらだって驚いたのだ。最後の最後に、突然キスをされたのだから。
 後で聞いたところ唇にケーキがついていたらしいのだが、それならそれで他の手があったと思う。たとえば、文字通り手を使うとか。
 ……。
 いやその。言い訳をしないで言うならば、あれはあれで捨てがたいのだが。
 うん。やっぱり捨てがたい。
「あ、あああああ、ありがとうございます。です!」霧原は目をぐるぐるさせながら言った。「そ、それで。名前、考えていたのですが、こう、一人だと良い案がおもいうかばなくて」
「じゃ、改名はなしだ」
 からかい混じりに言う。そしてもう一口コーヒーを飲もうとして、ヤガミは動きを止めた。
 目の前で、霧原が硬直している。つついたら固い音がしそうな固まり具合であった。
「そ、それで。それで、ご相談、しようかとーとー…」
 消え入りそうな声で言う霧原を見て、からかいすぎたか? と考える。肩身狭そうに体を縮こまらせて自信無さそうにしているのは、なんとも小動物っぽい。ヤガミの脳裏を小柄な姿の霧原がよぎっていった。
「かわいいな」
「か、勝手に変えたら失礼と思って、め、め、めいっぱい考えていたですのにー!」
 必死になっている霧原。それをヤガミは微笑み混じりで見つめ、
「お前がかわいい」
 と言った。
 が、何が気に入らないのか、彼女はさらにぐらぐら体を揺らしながら続けた。
「お、おまっ おまえじゃなくて、涼です。っていうか、ヤガミさんのほうがかっこいいですもん!」
 ……。
 照れるな。
 ちなみに、かっこういいと言われた事に照れたのか、名前で言う事に照れているのかは謎である。
「涼か。涼ー」
「は、はい!涼、です!」
 ぱっと手を挙げる霧原。が、すぐに何かに気付いたらしく、
「て、わーん! 違いますー ごそうだんしたいのですー」
 ばんばんばんとテーブルを叩くそぶりを見せながら言った。ヤガミは優しく笑いながら「何でもいいぞ」と言う。
 実際、今なら何を言われても聞いてやりたいと思えた。勿論、少しくらいは悪戯をするかもしれないが。まあ、それはそれで。
「な、なんでもいい、ですか…」
 頭がさらにヒートアップしているらしく、彼女はぐらんぐらん体を揺らしている。「ヤガミさんがこーゆうのがいい、ってないですか? ち、ちなみに!わたしは、お、おおおおおおそろいのところがある、なまえが、いい、です!」
「いいぞ。結婚か?」
 それなら願ったりかなったりだ。よし、なら服と、ドレスと。日取りを決めて、ああそうだ。誰を招待するか。場所は……まあ候補を決めておこう。一瞬で構築されていく結婚風景。霧原は思いきりのけぞって狼狽えている。
「冗談だ。本気にするな」
 そう、今の台詞が冗談である。がまあ、こう言った方が彼女は落ち着くだろうとヤガミは思った。
「じゅ、純粋なこころを もてあそばないでほしいのです」
「純粋になんなんだ?」
 あ、固まった。
「け、けけけけけけ、結婚は、そ、そりゃ憧れるであります。純粋に! ヤ、ヤガミさんすきなので!」
「いいぞ?」
「い、い、い、いいのですか…?」
 勿論。ヤガミは笑っている。
「そ、その表情は…ど、どどどどどちらの、にこにこ、ですか。ヤ、ヤガミさんーー」
「もちろん。YESの笑顔だな」
 間髪いれずに答えた。すると、ぼん、と音が聞こえてきそうなくらい一気に彼女の顔が真っ赤になった。混乱も行きすぎると硬直するらしく、今や石のように固まっていた。
 悪戯心というなの蛇が鎌首をもたげる。いつぞやのお返しをしたくなった。今なら簡単に唇を奪えそうだ。と、思いきや深呼吸を始める霧原を見て、ヤガミは機会を逸したことを理解した。
「で、名前か」
「は、はい。名前、です!」
 二秒ほど考えてヤガミは言った。
「ポーだな。シルヴァ・ポーだ」
「わ! か、かわいい。のです!」
「OK。ではこれからおれはシルヴァだ」
 こくこく頷きながら霧原はシルヴァさん、と繰り返す。二度ほど繰り返したところでシルヴァは口を挟んだ。
「で、お前は?」
「ん、んんー  シルヴァさんと、おんなじところがある名前、だめですか?」
「なんとか・ポーだろ?」
「なんとか、、なんとかー。 今のままじゃ、しまらないなまえですもんね…」
「お涼・ポー」
 再び固まる霧原。
「な、なぜその名前をー。だ、だめ!それだけは、だめです!」
「海鷲はだめか」ふむ、と唸るヤガミ。「じゃあ、リアティでもいいぞ」
「あ、”ポー”さんがだめなんじゃなくて、”お涼”が駄目なんです、ええ」
「じゃ、改名はなしだ」
「か、かんがえる!」
 速攻だった。しかしその後の言葉を考えていなかったらしく、口をぱくぱくさせながらなんとか「ので、もすこし、まって、く、ださい…」と言った時にはさらに数秒時間が経っていた。
 そしてしばらくして、彼女は言った。
「りょう、のまんまだとアレなので、こーる。コール、とか。ど、どうでしょう」
「コール・ポー?」
「へ、へん。でしょうか?ですか?」
「じゃ、それでいくか。コール・ポー」
「は、はい! シルヴァさん! 今日から。コ、コール。です!」
 嬉しそうに笑むコールを見る。
 今度は機会は逃さない。
 シルヴァは顔をよせて、コールにキスした。

 この日、彼女はどれだけ紅茶を飲んでも気分を落ち着けることはできなかった。



作品への一言コメント

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  • SSの作成ありがとうございました!とっても楽しく拝見させていただきました。…SSを何度も読ませていただいたのですが、、何度読んでも緊張が蘇ってまいります@@笑 -- コール・ポー@芥辺境藩国 (2008-08-26 13:34:51)
  • 彼はきっとそんなあなたを見て、優しく笑みを浮かべていると思います。 -- 黒霧@星鋼京 (2008-08-26 23:36:19)
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引渡し日:2008/09/04


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最終更新:2008年09月04日 14:46