日向美弥@紅葉国さんからのご依頼品
スケート場でデート
うららかな日差しの差し込む街角。
待ち合わせ場所に現れた日向を見てむ~む~…もとい美弥は思わず息をのんだ。
常のような彼がハードボイルドだと信じる所のスーツにソフト帽、よれたシャツ、という三点セットではなかったからだ。
誂えたものらしい三つ揃いは彼の身体にフィットしてしなやかな動きを際だたせていたし、深夜の様な深い青色のシャツはのりがきいてぱりっとしている。
そしていつもは風に吹かれるまま靡く銀髪が、整髪料できっちりと後ろになでつけられていた。
髪に遮られない分より透徹して見える月色の瞳がオールバックの髪型と相まってワイルドさを際だたせている。
日向は気負ったところもなく美弥への花束を肩に軽く担ぎ、微笑みを浮かべた。
「こんにちは」
「似合っているじゃないか。美弥」
思わず駆け寄った美弥に対するさり気ない一言。それだけで美弥は耳の先まで真っ赤になった。
今日のデートのために誂えた淡い桜色をしたワンピース。今日の陽気にぴったりな軽快な装い。
それを褒められたのはもちろんだが、日向がごく親しく自分の名前を呼んでくれたこと。それだけで美弥はいっぱいの幸福感で満たされた。
いや、まだデートは始まったばかりなのだが。
「ありがとう……」
思わず下を向いてもじもじとする美弥に微笑むと日向は肩に乗せていた花束を胸の前に掲げた。
「花を持って歩く?
それとも、俺に持たせる?」
「持って歩きたいです!」
美弥が即答すると、日向はすっと滑らかに膝を折り、美弥の前に花束を捧げた。
ぽーっとした顔で受け取る美弥。普段は割にぶっきらぼうなところがある彼だから、こういうシチュエーションを用意されると嬉しさを通り越して思考停止してしまいそうだった。
感極まった様子の美弥を見詰めていた日向はあー、とか短く言った後オールバックの髪に手をやってすたすたと歩き始めた。
慌てて思考復帰した美弥が隣に並んで覗き込むと、照れ臭げな笑みの余韻が唇の端に残っていた。どうやら照れ臭さも我慢の限界だったらしい。
思わず可愛いかも、と笑みをもらして美弥は右手に抱えた花束に鼻先を埋めた。ほのかに香る甘い芳香と鮮やかな彩り。
この花束の一本一本の選択から彼の思いやりが伝わってくるようだった。
「マチネでもいいんだが。
ま、たまには俺らしくなくても、いいかとは思っている」
「どっちでも、玄ノ丈さんは素敵です」
彼が見る映画はどんなだろう。香港ノワール?やっぱりハードボイルドな探偵もの?
ちょっと日向の日常を想像して美弥が微笑むと、日向はやっぱりうー、とか短く言った後頭をかいた。
この辺りは彼の見知った通りらしく、淀みのない足取りで常設のスケート場へと歩みを進めた。
中にはいると途端に気温が低くなったのを感じる。外の陽気に慣れ、上気した肌にはちょっと寒いかも知れない。
どうも美弥が事前にした春物の洋服を披露するので余り暑くないところで、というリクエストを日向は律儀に覚えていてこの場所を選択したらしかった。
まあ半分くらいは暑いところの苦手な彼の趣味かも知れないが。
「見ているか?それとも一緒に?」
「何度かすべったことはあるから、一緒に」
美弥がそう言うと日向は頷いてカウンターからスケート靴を借り出した。
女性用の小さな方を美弥に手渡す。
「はき方はわかるか?」
「わかりますよー、さすがに」
リンクの端にかけて美弥が靴を履き終えると日向は微笑んで手を差し出した。リンクの上に立っているのに軽々とした動きで美弥の手を取って立ち上がらせる。
そのまま後ろも見ずに滑らかに滑っていく。そして数m滑ったところで日向はぱっと美弥の手を放した。
思わずにゃー!とか心の叫びを上げた美弥はあたふたとしつつ必死で日向の方へと滑っていこうとする。
日向は笑いながら小さく手を叩いては小刻みにステップして緩い円弧を描いて下がっていく。不慣れな美弥は中々追いつけない。
「どうした?」
美弥が余りに必死な表情だったので日向は心持ちスピードを殺して優しく言った。後ろに目が付いているようにリンクを滑る他の客を華麗に避けている。
「手をつないだままでいたいなって…」
それを聞いてスケート経験の浅い美弥をコーチするつもりだったのだがちょっと考え直して日向は急に立ち止った。
自然と後を追っていた美弥をその胸に受け止める形になる。柔らかく、勢いを殺してまた後ろ向きのまま滑っていく。
「上出来だ」
「にゃああ…」
胸の中で真っ赤になった美弥に快活に笑い声を上げると、額に落ちかかる髪を指先で避けた。
視線を合わせて微笑む。
「いじわるしたな。じゃ、普通にすべるか?」
「はい!
今度は手を離さないでくださいね」
「いいとも」
日向は優しく答えると美弥の手の平を包み込むように握って緩やかに滑り出す。
「この速度なら、なんとか」
「?」
「んと、うれしいなって」
腕を引いて近寄り。
「ああ。近すぎたか?」
照れ笑いする美弥に寄り添い。
「ううん、これくらいで…」
「OK」
眼差しを注いで微笑む。
美弥が微笑み返すと少し目元が赤らんだ。
「照れるな」
「ええと、でも近い方がうれしいから」
ぴたりと歩調を合わせて二人の距離が更に縮まる。
「さすがに滑りにくいですよー」
「それもそうか」
短く答えると再びぱっと手を放し、一人で優雅に滑り始める。
途端に他の女性客が追随し始める。
「わーん、極端すぎ」
「ははは」
快活に笑いながらひらりひらりと舞う様に滑っていく日向。
美弥は必死の思いで追いすがりその手を取った。
「捕まったな」
「もう…」
腕を回して抱き締めると日向も抱き返して髪に顔を埋めた。
周囲がやっかみまじりの声を上げるが、もう美弥の耳には届いていない。
「何度でもつかまえますもん」
「いい度胸だ」
「誰かさんのおかげで」
囁きを交わしながらターン。弧を描いて。滑らかに。
腕を重ねて眼差しはお互いに注いだまま。
何時しか周囲の声は感嘆の溜息に変わり、銀盤の上を舞う二人に称賛と憧れの眼差しが贈られるのだった。
気が付けばリンクの周囲に人の輪ができて、中央は二人だけの舞台へ。時ならぬオンステージになっていた。
日向はそれに気付いて笑うと美弥を抱き寄せ、耳元で『上出来だ』と囁いた。
幸福感と照れでぼうっとした美弥は、日向の腕の中で身を任せたまま、飽かず銀盤の上での舞踊に没頭するのだった。
周囲から見れば、銀髪に白衣の貴公子と太陽色の髪に春色のドレスを纏った妖精の舞に見えたことだろう。
春の日を言祝ぐ、それは甘くて幸せな踊り。
作品への一言コメント
感想などをお寄せ下さい。(名前の入力は無しでも可能です)
- 生ログも相当甘かった自覚ありますが、それと比較しても甘い!甘すぎる…! いやものすごくうれしいです=□○_ ありがとうございます -- 日向美弥@紅葉国 (2008-10-03 16:23:07)
引渡し日:2008/08/20
最終更新:2008年10月03日 16:23