久珂あゆみ@FEG様からのご依頼品
”私を育てていたのも人間だったわ。100年くらいだけどね”
「そうなんですか……! 人間の寿命だと、そうですね。100年くらいですね。一緒にいられるのは」
微笑みながら難しい顔をするという器用なことをする彼女に対し、巨龍が微かに微笑む。それでも少し多くないだろうかと思ったのは内緒だ。
”かわいいんだけど、弱いのよね”
龍はそんな彼女の姿に、どこか懐かしい影を重ねながら静かに告げた。
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空を翔る無数の影。
龍だ。それぞれが百メートルを越える体躯を持った龍が、その広い背中に数人の人間たちを乗せて空を所狭しと飛んでいた。
不思議なことに音はない。翼もはためかせていないのだから当然といえば当然だが、風を切る音さえも立てずに飛翔するその姿はどこか幻想的なものがあった。龍という段階で幻想的であると突っ込んではいけない。
「ウォータ、ウォータ」
その龍たち中でも取り分け巨大な龍の身体に乗った少女が足元へ語りかける。彼女がいるのは巨龍、ウォータの頭部だ。声を聞いた龍が、蒼穹のように青い瞳をぎょろりと動かし、少女へ向けた。
”どうしたの?”
体岩肌のように巨大でごつごつとした威圧感のある厳格な巨躯とはうって変わり、柔らかな声が少女の頭に直接響く。包むような、優しい声だ。
「今どの辺り?」
龍の頭の上で四つん這いになりながら少女が問いかける。
”もうすぐ北と南の国境付近よ”
ウォータは正面に広がる山脈を見て答えた。頭の上に乗る少女の頬が緩む。
「……久しぶりだね、こっちに行くの」
嬉しそうでありながら、どこか疲れた色を顔に浮かべながら少女が呟く。彼女が今向かっている方向、彼女の生まれた土地へ帰るのはゆうに3年ぶりのことだ。
”戦争が続いていたからね。まったく、人間は愚かしい……”
「えへへ。返す言葉もないです」
恥ずかしそうに頭を掻きながら、無邪気な笑顔で少女が言う。その笑顔に、ウォータはため息のようなものを吐き出しながら優しい瞳を彼女へ向けた。その戦争が彼女を故郷から遠ざけていたというのに……・
壁があるわけでもないのになにかと障害になる国境というものがなければいいのだ、とウォータは思う。戦争は人間がいれば必ず起きてしまうものなのだ。
愚かしいことではあるが、そこで人間がいなくなればいいと思わないのがウォータの優しさであり、甘さだった。人間とともに時間を過ごしすぎたのかもしれない。
「わあ……。綺麗なお日様」
雲を抜け、山の向こうへと沈み始めた真っ赤な太陽を見て少女が感嘆の声を漏らす。なんとも暢気なものだ。
しかし、それを見ているとどこか落ち着く。何故だろうか。やはり人間と一緒にいすぎたからだろうか。
「ねえウォータ」
夕焼けに白い肌を赤く染めながら少女が呟く。考えに没頭していたウォータがその声ではっと視線を彼女へ向けた。
「ずっと一緒にいようね」
そんなことは不可能だ。人間と龍の間には、国境以上に広い溝である寿命というものが立ち塞がる。
それでも笑顔で言う彼女に、ウォータもまた峻厳な表情を微かに緩めて応えた。
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”そろそろいくわ”
巨大な翼を大地と水平に広げたまま、龍が静かに告げる。
「お元気で。高貴な種族のかた。お目にかかれて光栄です」
「お気をつけて。またお会いできれば嬉しいです」
見送りとして手を振るあゆみに応えるように、竜が口を開く。
2人を乗せた空飛ぶ箒は名残惜しそうに飛ぶと、ふわりと離れた。高度が下がる。直後、龍は足からジェットを吹きながら加速し、一瞬でその巨体を消した。
その日、60m/sという一瞬の暴風が、幾千幾億年振りに大地を震撼させた。
「すごい体験でした!」
微笑むあゆみ。今後も彼女といるとこういう想定外の事が起きるのだろうか。
そう思って晋太郎もまた、くるくる廻る箒を立て直しながら嬉しそうに笑った。
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引渡し日:2008/07/27
最終更新:2008年07月27日 16:56