蒼のあおひと@海法よけ藩国様からのご依頼品


薔薇とチョコと甘い時間




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 2008年2月14日。
 蒼のあおひと邸。夜。
 ようやく三つ子ちゃん達を寝かしつけたあおひとはその寝顔にちょんちょんちょん、と小さく口付けして静かに子供部屋のドアを閉めた。
 リビングでテンダイスの記事に目を通していた夫、忠孝の横に座る。
 その後ろ手には今夜、彼に渡すために内緒で用意した小箱が綺麗にラッピングされて握られている。
「ふぅ…ようやく寝ついてくれました」
「まあ、まだ生まれたばかりですから。夜・昼がわからないんですよ。
お疲れ様」
 端末から目を離して慈愛に満ちた瞳で妻を見つめると忠孝は優しくその肩を抱き寄せた。一番大事な一言を忘れずに付け足す。
「大好きですよ」
「忠孝さんとの子供だと思うと愛しさしかわいてこないんですけれどねー」
 お疲れ様なんて、と笑ってあおひとはその肩に頭を預けた。
 愛しい夫と、三つ子ちゃん達に囲まれた生活。これ以上の幸せがあるだろうか。
 忠孝は、やはり奥さんには敵いませんね。と内心で呟くと後ろ手に隠していた一輪の小さな薔薇をあおひとの前に差し出した。
 先手を打たれて驚いたようにその薔薇を受け取るあおひと。
 この夫婦、企むこともよく似ていた。
「え、えっと、これは…?」
「バレンタインです。まあ、その、ささやかですけど」
「う、嬉しいです、大事にします!!あ、あとでコサージュとかにしよう…!」
 喜びで頬を紅潮させたあおひとをそっと抱き締める忠孝。
「嬉しいです」
「わ、私だってすっごく嬉しいです!あぁ、どうしましょう…凄く嬉しい…幸せ…」
 瞳を潤ませて抱き返したあおひとは、後ろ手に持っていた小箱を差し出した。
「あ、あの、私からもこれ…お口に合うか分かりませんけれど、その、甘さも控えめにしたので…」
 先程のあおひとを再現したように驚いた表情で小箱を受け取った忠孝は、包みを開いてみて感心したように眼鏡を押し上げた。
「これは…かわったものですね」
「最初はくずまんじゅうを作ろうと思ったんですけれど、やっぱりバレンタインだしって思って…中に生チョコをいれてみたんです。
 初めて作ったのでその、形もよくないし、おいしいかどうかもわからないんですが…」
 あおひとは少し自信なさげにそう言って小さくなったが、忠孝は半透明の葛に包まれた生チョコを一つ口にして感嘆した。
「いえ。いいですね。
幸せです」
 あおひとの思いのこもった葛チョコはその人となりを表したように、外側は滑らかでしっとりとして、口溶けたチョコレートが控えめな甘さの後にほのかな苦みの余韻を残す。
「私も、幸せです……」
 忠孝の心からの賛美を受けてあおひとは今度は感激で瞳を潤ませた。
 愛しい人に手作りを美味しいと言って食べて貰える幸せ。手に火傷をして作った甲斐があったというもの。
 もう一つ食べようか、しかしもったいな気も、とチョコを名残惜しそうに見ながら忠孝はベタな質問をした。
「ちなみに生チョコとはなんですか?」
「えっと、チョコレートを溶かすときに生クリームと混ぜるんです」
「え」
 短く声をもらした忠孝は新たな知識の地平の入り口に立った思いでまじまじと手の中の小箱に収まったチョコを見つめた。
「知りませんでした…」
「やわらかくて、美味しいんです。あ、じゃあこれが生チョコ初体験なんですね!」
 忠孝に初めてを一つ上げてあおひとはにこにこ嬉しそう。
「そういうのが売ってあるのは知ってたんですが。生っててっきりつくりたてとか、そういうのだと…」
「私も最初はそう思ってたんですよ!初めてお菓子の本を見たときは衝撃でした」
 旦那様はこういう変なところで世事に疎いのが可愛らしい。あおひとは思わず忠孝に抱きついてぎゅーっとした。
 それにしても同じような思考経路を辿る辺りこの夫婦はやはり侮れない。
「だって、あのおいしい生チョコを家で、しかも凄く簡単に作れちゃうんですもん」
「家で?」
「そうですよ?生クリームとチョコレートさえあれば、すっごく簡単に」
 今度こそ驚愕した声を上げてあおひとの顔を見つめる忠孝。
 これほどまでの一品が自宅で、しかもお手軽に…。
 その刹那、忠孝の胸を去来した想いの数々を言葉にするのは難しい。彼は端的にこう述べるのが精一杯だった。
「世の中は不思議で一杯ですね……」
「特にお料理は不思議というか…魔法でいっぱいだと思います」
「なるほど」
 ならば奥さんは幸せの魔法を使わせたら世界一の魔法使いですね。忠孝は心で呟いて納得したようには笑うと、もう一個チョコを食べてあおひとに抱きついた。
 この胸に満ちた幸福を他に表す手だてを見付けられなかった。
「ほへ?………えへへー、ぎゅー」
 ちょっと驚いてから嬉しそうに抱きついて頬を寄せてすりすりするあおひと。
 忠孝は愛おしさを込めて囁く。
「かわいかったので抱きつきました」
「っ?!
 か、可愛いのは私じゃなくて忠孝さんだと思います!」
 紅潮した顔を見せないように忠孝の肩に顔を埋めるあおひと。
「私の奥さんが一番です。
 顔を見せてください。僕のあおひと」:
「う、うぅ…こういう時にそういう言い方ってずるいです…私、僕のとか言われるのとか名前言われるのにすっごい弱いのに…」
 細い顎に添えられた指に導かれるように耳の先まで染めながら顔を上げるあおひと。
 いつだって、彼の指には抗えない不思議な力があるのだ。
「忠孝さんはずるいですよ…性格も、雰囲気も、話し方も、顔も、体も、手も、目も、声も、全部が私の好みなんですもん…」
 忠孝はわずか仰向かせたその顔にじっと眼差しを注いだ。震えるか細い睫毛。潤んで深い色を落とす瞳。薔薇色に染まった唇。一つ一つのあおひとを愛おしく感じる場所を。
 そしてそのどれもが彼の胸を熱く震わせるのを再確認すると万感を込めて静かに唇を重ねた。
「今は機嫌よさそうだ」
「え、えっと…私、そんなに機嫌悪そうでしたか…?」
 忠孝の静かな声に口づけを返しながらの問い。
「今日は、なんとなく。
 最初に名前を呼ぶタイミングが、少し遅かったんで」
「うぅ…忠孝さんはなんでもお見通しなんですね…」
 唇を離して恥ずかしそうにあおひとがうつむくと忠孝は不思議そうな顔をした。
「?
 僕はかなり鈍いほうですよ」
「それは私がわかりやすすぎなんですか…?確かに単純な自信はありますけれど…でも、忠孝さんにはいつも見抜かれてる気がします」
「そうですか?」
「そうですよ…私の体調がおかしいって見抜いたり、機嫌を見抜いた……」
 恥ずかしそうにぎゅっと抱き締めてくるあおひとに忠孝はなんでもないように答えて抱き返した。
「まあでも、一番貴方を考えている自信はあります」
「あ、あんまりドキドキさせないでください…もう、すっごい心臓ドキドキいってます…」
 それはつまるところ互いを常に想っているというだけのことなのだが。それこそが幸せの魔法の正体である。
 恥ずかしそうに胸にもたれかかったあおひと抱き留めて、忠孝はその背中をゆっくりと優しく叩いている。
 その仕草は三つ子ちゃんをあやして安らかな眠りに導くのに良く似ていた。そしてやはり同じように優しく告げる。
「大好きです」
「私も、すっごくすーっごく大好きです…愛してます。
 忠孝さんが愛しすぎて…胸がいっぱいで、おかしくなっちゃいそうです…」
 大きな手の温もりに安らぎが満ちてきて、あおひとは顔を上げると小さく口づけた。
「はい。
 僕も幸せです」
「……うぅ……何を言えばいいのか分からないです…言葉が出てこない…」
「何も言わないでも」
 こうすれば伝わります。忠孝は指をからませて言葉もなく伝えた。
 少しぎこちない動きで指を絡めまめむるあおひと。
 忠孝は微笑んで手の平を密着させた。
「好きです。あおひと。愛しています」
「はい…私もです、忠孝さん…」
 手の平に負った火傷の痛みで微かに強張った笑顔を忠孝は見逃さなかった。壊れ物を扱うように優しくあおひとの手を取ると赤く跡を残した火傷を見付けた。
「これは?」
「……そ、その…葛を包むときにちょっと…出来立ての葛は熱いので…。
 そ、そんなに酷くもないですし、水ぶくれにもなってないから平気ですよ?」
 自分の失敗で忠孝を心配させたかも、と申し訳なさそうにあおひとが告げると、忠孝は無言でその手の平を押し頂き、口付ける様に優しく舌を這わせた。
 熱い吐息と不定形の塊が火傷を撫でる度にその部分がぴりぴりとした痛みを訴えてくる。
「いっ……た、ただたか、さん…?」
 あおひとは痛みに時折手を震わせるが、傷を癒したいという気持ちと愛おしさに促されるまま忠孝の無言の奉仕は続く。
 どのくらいそうしていたのか、不思議と痛みが気にならなくなり、あおひとは優しく忠孝の頬に触れた。
「ほんとに、大丈夫ですよ…これくらい、平気です」
「すぐにアロエをはりますよ。まっててください」
 忠孝はさすがにちょっと恥ずかしくなってきたのか、顔を隠すように眼鏡を何度も押し上げながら立ち上がって庭のアロエを取りに行く。
 もとい、行こうとしてあおひとに抱き留められた。
「………だいじょぶです。だから、ぎゅーしてください」
「……はい」
 こうなれば忠孝には否応もない。首に手を回してくるあおひとを大事そうに抱き締める。
「……ありがとうございます…」
「中々離れたくないものですね」
「はい。ずっとぎゅーしてたくなりますね…あと、キスも、好きです」
 ついばむようなあおひとの口付け。忠孝は笑うとはい、と言って優しく口付けを返した。
「えへへー…こうしてるだけで、火傷もなおっちゃいそうです」
「昔、戦場を泥だらけに走っていたのが夢のようです」
「私を、離したくなくなっちゃいました?」
「いやですよ」
 小首を傾げたあおひとに忠孝は即答した。無論、その真逆である。
「こんないいものを。誰が。死んでも離しません」
「…私も、離しません。意外とよくばりで、ワガママなんですから。
 それに、私は死んでも、忠孝さんのものですから」
「はい」
 忠孝は心の底から嬉しそうな笑みを浮かべてそう言うとしっかりとあおひとを抱き締めた。
 数え切れない抱擁と口付け。これはこの先何度交わしても決して飽きることはないのだろう。確信を胸に深く刻みつけて忠孝は再びあおひとに慈愛を込めた視線を注いで微笑んだ。
 薔薇とチョコレートに彩られた二人の甘い夜が、ゆっくりと溶けていく。

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拙文:ナニワアームズ商藩国 久遠寺 那由他


おまけ
このままでは何だか悔しいので歌を作りました。
『昼間のパパは~ ひと味違う~ 昼間のパパはぁ~ ガーター着用だぜ~』
朗らかに歌いましょう。


作品への一言コメント

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  • チョコは甘さ控えめなのにログは激甘甘甘甘い~とはこれ如何に!!?
あおひとさんちは角砂糖で出来ているんだ、きっとそうなんだ!
うわ~ん。。゛(ノ><)ノ
今回もたっぷりもだえさせていただきました。コヂソウサマデシタ…=□○_
    • 久遠寺 那由他@ナニワアームズ商藩国 (2008-07-12 19:10:26)
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製作:
久遠寺 那由他@ナニワアームズ商藩国
http://cgi.members.interq.or.jp/emerald/ugen/ssc-board38/c-board.cgi?cmd=one;no=1286;id=UP_ita


引渡し日:2008/07/12


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最終更新:2008年07月12日 19:12