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ビジネスホテルの一室で、コナンは携帯を取り、公衆電話からの電話に出た。

「もしもし」
「もしもし、コナン君?」
「佐藤刑事?」

コナンの声には、驚きの響きがあった。

「この件は私が目暮警部から任されたんだけど、工藤新一君と連絡取れるかしら?」
「う、うん、今、ちょっと出かけてて、すぐ帰るからお部屋で待っててって、お部屋の番号は…」

  *  *  *

「コナン君」
「えへへー」

部屋のドアを開けた美和子は、コナンの出迎えを受けた。

「あのね、新一兄ちゃん、買い物でちょっと近くのコンビニに行ってるから。
今電話したからすぐに戻って来るって」
「そう、分かったわ」

コナンがそのまま美和子をシングルの部屋に招き入れ、お茶を入れる。

「じゃあ、僕お邪魔だから、下で博士達と約束してるんだ。
新一兄ちゃん、電話した時こっちに戻る途中だったから、すぐに来ると思うから」
「そう、分かったわ」

  *  *  *

「佐藤刑事が来たの?」

美和子のいる部屋を出て、同じ階の別の部屋に滑り込んだコナンに、
携帯で報告を受けていた哀が聞き返した。

「ああ、重い鞄抱えてな。とにかく急がないと、待たせる訳にはいかねーからよ」

言って、コナンはぎゅっと掌を握る。

「わりーな、付き合わせて。電話じゃ埒があかねーからよ」
「絶対に無理しちゃ駄目よ。怪奇現象を見せるなんてもっての他なんだから」
「分かってるよ、俺だってこれ以上事態をややこしくしたくねーからよ」

コナンは、笑みを浮かべてバスルームに姿を消す。

  *  *  *

「新一だと?」

「スパイ衛星」モニターを眺め、俺様は呟いた。
この道具は怪しまれる危険性が若干あるため使い方に気を付けなければならなかったが、
佐藤美和子の定期点検にはいい頃合いだった。
無論、警視庁の更衣室も入浴も一切の聖域を認める事無く、
「神さまプール」と「ウルトラストップウォッチ」を使って
「ソノウソホント」で作った媚薬を就寝前の飲物に一垂らしした上での生態観察を入念に記録した。
その甲斐あってか、食い付いたのは予想外の大物だったらしい。
これは、今まで英邁なる俺様としては当然の事として完璧であった筈の深謀遠慮の数々。
その中で唯一残っていた、この俺様に僅かにでも疑念を感じさせるクソ生意気な隙間。
それが今、塞がる時が来たのかも知れない。
ネ申 に選ばれた者の運は違うものだ。自覚しつつ俺様は改めて
「どこでもドア」と「ウルトラストップウォッチ」、「偵察衛星」の準備を万端整える。

  *  *  *

「工藤です」

ドアをノックした相手をチェーン越しに確認した美和子が、新一を部屋に招き入れた。


「お呼び立てしておいて、申し訳ございません。
僕が目暮警部にお願いしておいた件、でいいんですよね?」
「ええ、その件よ」

二人は、取りあえず応接セットのテーブルを挟んで向かい合い、着席する。

「本物かよ…」

その横で、「石ころぼうし」と「四次元若葉マーク」を着用して部屋に入り込んでいた俺様は、
テーブルのすぐ側で新一の顔を覗き込みながら呟いていた。
確かに、顔も声も、俺様がリサーチした工藤新一そのもの。
取りあえず、「ウルトラストップウォッチ」で今一度時間を止め、
今なすべき事、そのためだけにこの鋭敏なる頭脳をフル回転させる。

そして、時間停止を解除する。

「ああ、すいません」

備え付けの小さな湯飲みに、美和子が二人分の茶を入れて来る。

俺様は、一つ頷き、この二人を「きょうじき」で静止同然の姿にする。

「あーあー、今、俺が触れている湯飲みの中の茶には強力な媚薬成分が含まれている。
じわじわと効いてきて、男が欲しくて欲しくてたまらなくなり性的な刺激に極度に敏感になる
媚薬成分が含まれていると言う事を覚えておいていただきたい」

一度「石ころぼうし」を外し、「ソノウソホント」を装着して、
既にザマミロに憔悴した女刑事の湯飲みを掴んで宣言した俺様は、
改めて「石ころぼうし」を被り直し「ソノウソホント」を外し「フワフワオビ」を身にまとう。
部屋の天井近くで「きょうじき」の時間設定を元に戻した俺様が
まず最初に行う事は、既に剥いたらなかなかに旨そうなバディは視認済みの牝刑事の
首の部分に近いブラウスの歪みを上から丹念に観察する事である。

  *  *  *

「目暮警部は緊急の用で来る事が出来なくなった、と、言うより、一課の大半もその行方すら把握していない。
その事態に備えて、目暮警部は私にこの事を託していた」
「…監察ですね?…」

新一の言葉に、美和子は頷く。

「“逃げ三矢”の事件に続いて榎本梓さんの事件でも、警視庁捜査一課は後れを取った」
「情報漏洩の疑い、ですか」

新一の言葉に、美和子は小さく頷く。

「まず“逃げ三矢”は何者なんですか?佐藤刑事はどう考えてるんですか?」
「“逃げ三矢”は毛利小五郎。全ての証拠がその事を物語っている。
そんな事、私だって信じたくないけど、刑事としてそれ以外の答えはもうあり得ない」
「全ての証拠、ですか?」
「ええ。ほとんどの“逃げ三矢”事件で共通して採取された精液のDNA型が
科警研初め複数の研究機関でも最高レベルの精度で一致した。
一連の“逃げ三矢”事件では、ほとんどのケースで鑑定の追試に耐え得る量の精液が採取されている」
「それで毛利探偵が犯人でない可能性は、天文学的な偶然で真犯人とDNA型が一致したか
生き別れた一卵性双生児か密造されたクローンが犯人、そう言う事ですか?」
「そう言う事になるわね。でも、証拠はそれだけじゃない。毛利探偵の自宅からスーベニアも押収されている」
「一体、何を持って帰ってたんですか?」

コメカミにじっとりと汗を感じながら新一が尋ねる。
ジャック・ザ・リッパーのリバーしかり、サイコ・キラー事件でよく使われる言葉。
報道には出ていないと言う事は、到底大っぴらには出せないものか、捜査側の切り札か、
どちらにしろ起訴前にそれに触れる事は、美和子の本気、新一への期待を伺わせるもの。

「陰毛、毛根付きの。
ジッパー付きのパケ袋に入れて、事件の日付とマル害の名をサインペンで書いたシールが貼られてた。
大半のマル害のものがあった、採取可能なマル害全員分と言った方が正確ね。
鑑定の結果、シールの名前と中身は全て一致した。マル害の供述からもそれは伺える。
パケ袋の指紋も筆跡も全て毛利探偵本人のものだった」
「完璧な、物証ですね」

新一の静かな口調からは、呆れとも諦めともとれる感情が滲む。

「自宅を含む毛利探偵事務所からはパケ入りの覚醒剤も押収されてる。
本人の指紋付きのパケで、“逃げ三矢”事件の複数の現場で採取されたものと薬物指紋が一致してる。
最後の事件では犯行状況を録画したデジタルビデオカメラや映像データも現行犯で車内から押収。
新潟が情報を出し渋ってる中でも、確実な情報としてここまで上がって来てる」
「毛利探偵の供述は?」
「否認してるって、一切身に覚えは無いと」
「アリバイは?」

「依頼された事件の調査をしていた、そう言ってる。
確かに、調査依頼を受けて報告書も提出されてる。
だから、新潟県警も、その供述を入手した警視庁の捜査本部も裏を取った。
その結果は惨憺たるものだったわ。毛利探偵の供述通りだと、
尾行対象者と一緒に休業中の店で食事をして記録上来客ゼロのシネコンで映画を見て
交通事故渋滞や電車事故をガン無視して
何の偽装もなく幹線道路をレンタカーで通行しながらNシステムに一切撮影される事なく移動した事になる」
「と、すると、報告書は別人が?」
「“逃げ三矢”事件の捜査本部はそう見てるわね。
アリバイ偽装のために、別人に調査をさせて毛利探偵が報告書を作成したと。
でも、その事も毛利探偵は何一つ認めようとしない。あくまで自分が調査をしたと言い張ってる。
新潟県警も相当頭に来てるみたい」
「組織的犯行、共犯者ですか…」
「毛利探偵が乗っていたとして新潟県警が押収した車からは塚本数美の指紋があちこちから発見された。
それだけじゃない、新潟県警が毛利探偵事務所から押収した薬物や吸引器具の中からも
塚本数美の指紋付きのものが発見されてる。
県警は単独で毛利探偵の事務所や自宅、妃弁護士の所までガサ掛けた上に
新潟地検が鑑別所の塚本数美の事情聴取を行っている」
「それで、塚本先輩は?」

美和子は首を振る。

「相変わらず分からない分からないばかりで支離滅裂、話にならなかったみたい。
塚本数美が“逃げ三矢”事件に深く関わるのは
時間的にも無理があるからこの事はまだ表に出てないけど、時間の問題ね。
塚本数美に関する新潟県警新潟地検の動き、私たちには全然伝わって来なかった。
彼らがどんな証拠を押さえていたかさえも」
「榎本梓さんの事件でも、実行犯殺しは新潟主導、完全に警視庁外しで進行していますね」
「ええ。あの事件の実行犯は、
以前からああやって女性をレイプしてそれを撮影して裏ビデオで売り捌いていたグループだった。
だけど、榎本さんの事件に就いては、リーダーが上から言われて
下の人間にも金を渡して榎本さんを狙って実行した事。逮捕されたメンバーはそう供述してる」
「狙いは梓さんだったんですか?」
「とにかく、次の指示があるまで身柄をさらって撮影していればいい、
どういう経緯で梓さんを狙ったのかについては逮捕された実行犯は知らない、そう言う話だったみたい。
こっちでも相当締め上げたんだけど、結局鍵を握っているリーダーは死体で揚がって、
リーダーを殺した容疑、正確には死体遺棄で東京と大阪の暴力団組員が逮捕された」
「東京の組員を上げたのは新潟ですね?」

「ええ、そうよ、東京に乗り込んできて組事務所にガサ入れして身柄引っ張ってった。
新潟県警は早くに海に沈められた犯行車両を確保して、
そこからNシステムを頼りにしたローラー作戦で殺害の実行現場も確保した。マカロフの銃弾や薬莢、
サイレンサー代わりのペットボトルの残骸、血痕、みんなそのまま放り出されていた。
そして、殺害現場や死体遺棄現場周辺を中心に、目撃供述Nシステム防犯カメラ総動員して、
まずは犯行車両の運転手らしき画像と
殺されたマル害が半ゲソで所属してた組の構成員のリスト付き合わせてマル被を割り出した。一課の常道ね」
「でも、噛んだ場所は東京だった」
「こっちには一言の挨拶も無しにね、東京の組事務所ガサ入れして引っ張って行ったわ。
それで、マル被の自宅から封筒に入ったピン札が見付かって、そこから大阪の組員の指紋が出た。
犯行車両の画像に映っていた共犯者とその組員の顔が一致して、
死体遺棄の容疑で大阪から新潟に引き渡されて背後関係は大阪の四課中心で洗ってる」
「供述は?」

新一の問いに、美和子は首を横に振る。

「取りあえず死体遺棄容疑で身柄取ってるけど、二人とも完全に容疑を否認してるみたい。
私が知ってる限りでも、犯行車両で二つの現場周辺をうろついてた事は証拠が出てるから
容疑否認でも起訴は出来るけど、そこから先に進まなくなる」
「東京と大阪、前から付き合いはあったんですか?」
「実行犯が撮影していたレイプ映像を裏ビデオ、DVDとして流すルート、
関西ルートで流れている裏ビデオの流通に二人とも関わっていた、それは確かなんだけど…」
「東京と大阪が殺しの合同作戦、ですか」
「そこなのよ。確かに流通ルートには乗ってるんだけど、この二人にそれだけの接点があるのかと言えば、
こっちの組対(組織犯罪対策)も大阪の四課も正直首を傾げてる。
だから、もっと他に関わっていた人間がいるんじゃないかって
東京でも大阪でも洗い直してる所だけど、マル被の二人は頑として口を割らない。
新潟は死体遺棄の次は殺しで再逮捕してギリギリまで締め上げるでしょうけど、
今の所、この二人から先は上にも横にも出て来ていない」
「梓さんに使われた覚醒剤」

新一の言葉に、美和子は静かに新一を見る。
元々、美和子が初めて新一に出会った時の状況を考えればどのルートの情報か、驚くには当たらない。
切れ者二人がその事を了解するのに言葉は要らなかった。

「確かに、あれは一時期大阪を中心に流通したもの。
強力な上に値段が異常に安くて大量にバラ撒かれたから、危機感を持った大阪府警とキンマ、
近畿厚生局麻薬取締部が専従チーム作って捜査に当たったけど、
扱っていたディーラー連中こそ根こそぎ挙げる事は出来てもそこから先の出所は丸で分からなかった」
「立件出来ないにしても、情報すら掴んでいない、そういう事ですか?」

「信じられないけどそう言う事よ。府警もキンマも東京への流入で捜査に加わった警視庁本部の組対も、
どう言うルートでディーラーに流れたか、それが全く分からない、そう言っている内にピタッと止まった。
物証も出なかったし、挙げられたディーラー連中は飲み屋で知り合った知らない男との取引だって。
もちろん、大阪の取り調べのハードな事はB関係なら誰でも知ってる事だけど、
それでもそれ以上の供述は最後まで出て来なかった。
闇の世界も嫉妬の世界。あれだけのシャブを流して日銭を稼げば、どこかから噂だけでも漏れそうなものだし、
大阪での捜査は徹底して行われたから情報だけでも取れるのが普通なんだけど。
結局、あのシャブは扱っていたディーラーが根こそぎ挙げられて、
それ以降薬物指紋でヒットする押収物は出て来なくて、バイヤーやジャンキー、
まあ、半分以上イコールだけど、その世界では、あのネタがあるって言うネタで
最底辺レベルの詐欺事件や刃傷沙汰が頻発してた始末。
そうしたら今回、こんな事件で突然出て来たんだから、大阪も何とか警視庁本部からの情報を取ろうとしてる。
もっと言うと、そう、このシャブが、裏ビデオだけではない二つの組織を繋ぐ接点、
その可能性も当然考えてる」
「“逃げ三矢”で出て来たシャブとは違うんですね?」
「別物よ、薬物指紋が一致しなかった。梓さんの事件で出て来たシャブは、
これまでのパターンから見てかなり独特の部分があるとは聞いてるけど…」
「塚本先輩の事件、あれはコカイン、フリーベースでしたね」
「毛利探偵の所から、押収されたわ」
「そうですか…」
「ええ。塚本数美の所から押収されたものと毛利探偵の所から押収されたもの、
精密鑑定の結果、同じルートで加工されたものであると考えて矛盾はない。そう言う結論が出てる」
「つまり、毛利探偵が塚本先輩に、フリーベースを流した。そう言う事ですか?」

新一の言葉は、一つ一つ落ち着いて、それだけに、そこに秘められた思いが突き刺さるものがあった。

「そう見るのが自然ね。車や器具、パケに残された指紋や毛髪、唾液、
物証に照らしても、接点があったのは確か」
「その点の供述は?」

新一の質問に、美和子は首を横に振る。

「塚本さんの調べは組対五課中心だけど支離滅裂で話にならない。
ただ、毛利探偵との関係は否定してる。場合によっては認める事もあるけど、
話の脈絡が無くてまともな供述にならないって。
毛利探偵に至っては、ハッキリ言ってそんな小娘の事件にかかずり合ってる暇は無いって状況よ」
「新潟県警、ですか。あっちはあくまで“逃げ三矢”優先と言う事ですね?」
「ええ」
「佐藤刑事は、目暮警部は、この事件には触る事が出来ないんですね?」

しかし、ここに来た以上、新一は確かめない訳にはいかない。時間がない。
酷な問いに、美和子は頷いた。

「毛利小五郎との関係を疑われてる、そう言う事ですか」
「ええ、特に私たちは近すぎた、捜査一課でも目暮班は完全に捜査を外されてる。
特に新潟県警は警視庁自体を全く信用してない。
元々、“逃げ三矢”事件は警察庁でもその扱いに頭を痛めていた。
当初は新潟で十件以上の事件が起きた後、関東各県で事件が頻発した。
各県警のバラバラの捜査を一本化するために合同捜査本部を設置するにしても、
一件二件発生して又別の県に移動されるどの県に設置すればいいのかが分からない。
一番数が多い新潟県警はその後事件がピタッと止まった上に、
そこまでの事件を摘発出来なかった事で警察庁からは冷ややかな視線を浴びていた。
実力的に主導権を握る事が出来る警視庁は東京都内で事件自体が発生していなかった。
それが、東京都内で続け様に事件が発生したから、
警察庁は警視庁に合同捜査本部を設置してそこに指揮権を一本化しようとした。
それに抵抗を示していたのは新潟県警、それを認めたら、この事件は全て警視庁の事件になる。
新潟県警は負け組として確定してしまうってね。縄張り根性以上の感情が彼らにはあった。
そして、今回ホンボシと見られる身柄を取って、それが警視庁に連なる人脈だった。
普通だったら、新潟県警が警察庁に正面から、なんてあり得ないんだけど、
新潟県警はハッキリ言ってこの事件で上から下までキレてるし、
警察庁も実際に新潟に身柄を取られて二番候補の警視庁がこの状態で、だと強くは言えない。
だから新潟は止められない。自分達で全部上げる、そのために、新潟で抱えてる事件全部新潟で再逮捕して
徹底的に毛利さんを締め上げる、余所に渡す前に全部事件を固めるつもりみたい」
「単純計算すると、一件に就き二十何日が…」
「優に半年は超える。もちろん、再逮捕もそこまでいったら裁判官も通すかどうか微妙だけど。
既に毛利探偵は弁護人の申立で勾留場所を留置所から拘置所に移されてる」
「報復の恐れですか。三件目は現職の警察官の娘、大物政治家の関係者が二件、
北陸でも大物の組長の孫やその筋とも関わりの深い業界の大物の身内…」
「新潟での再逮捕が終わるまで毛利探偵が生きていられるかどうか、冗談じゃなくそう見られてる」
「やっぱり最後の事件も…」
「最後の事件の被害者、女性警察官だった。
(学校)学校出たての19歳。これからだった。しかも、両親共に警察官。
母親は交通畑で結婚退職、父親は今は所轄の署長に収まってるけど、
少し前までは新潟の殺しの現場を取り仕切ってた一課の大物。
これからだったのに、彼女が悪いんじゃないのに、彼女は今でも…
…捕まえられなかった事、屈した事…ずっとずっと自分を…
19歳の女性に、まだ女の子と言ってもいい。
絶対に挙げる。誰が被害者であろうと、警察官なら誰でもそう考える。
梓さんの事件だって、私達の捜査が、もう少しあそこに網の目を絞っていれば、こんな事、
梓さんもう少しでもいい状態で…もしかしたら、事前に情報を…」

警察はもちろん、政財界、闇社会、地方とは言え、それだけのものを敵に回している“逃げ三矢”。
身内をやられて、それも生き地獄の様な目に遭わされて黙っていられるものではない。
密室性、人間関係の濃密な地方だからこそ危険な事もある。
その上、どんなに積み上げても死刑にならないと言うのならば、
大金を積んででも檻の中に、そう言う事にもなりかねない。
そして、その矛先は、共犯者と目されている警視庁にも及ぶ。担当者だった美和子はその矢面に立たされる。
だが、そんな事よりも何よりも、この惨い事件を自ら担当していて、「でも、それが出来ない」
その言葉が喉まで出かかっている事、「でも、それが出来ない」新一にはその事が痛い程伝わって来る。

「工藤君の言う通り、私達はこの捜査に関わる事は出来ない。
今までもなぜここまで“逃げ三矢”が逃げ切って犯行を重ねる事が出来たか、
誰もがまさかと思い、同時にもしやと疑いを否定出来なかった
その事で、特に新潟県警はずっと煮え湯を飲まされて来た。私達もなんだけどね…」

美和子が、引き裂かれそうな思い、それを決して理解されない苦しみに満ちた辛い笑みを浮かべた。

「…それを裏付けるかの様な毛利探偵の逮捕で、
新潟県警初め“逃げ三矢”事件を抱える他の県警からも不信の声が上がってる。
私も個人的な伝手で何とか情報手に入れてるんだけど、さっきも言った通り監察官も動き出してる。
“逃げ三矢”事件に続いて榎本梓さんの事件もこの結果。私達は結果が全てだから…
工藤君も毛利探偵とは決して他人ではない、そう見られている」

美和子は、「何れは親子」と言う言葉はここでは憚り、心の中で静かに笑みを浮かべる。
その筈だった。誰もがそう思っていた。そして今、本当は最も必要な事。蘭にとってはそうである。
その事は痛い程分かっていても、捜査一課の刑事として、
今まで何度もこうした生々しい、本来本人には責任のない所にまで及ぶ不条理を見て来た美和子には、
今、若い新一にそれを、その重過ぎる言葉を押し付ける事などとても出来ない。

「工藤君も分かってるからこう言うやり方してるんだろうけど、
この状況で下手に接触すると、私はもちろん工藤君や蘭さんにまで本格的に調査が行く。
刑事として肩入れが過ぎるのかも知れないけど、それでも、これ以上苦しめたくないから」

テーブルの上で手を組んでうなだれる美和子を前に、新一は監察官の動きを考える。
美和子の話から、ドタキャンした目暮は確実に監察官の調べを受けている。
“逃げ三矢”と榎本梓事件を扱っていた美和子もターゲットの筈だが、
美和子の警視庁内外の人脈を考えると、監察官と言えど下手に触るのは危険だと想像が付く。
沈黙に沈む二人の頭上には、「つづきをヨロシク」で固定された「あいあいパラソル」が、
「かたづけラッカー」で視界から消去されつつ浮上していた。