ある土曜日の深夜、午前1時頃……草木も眠るウシミツどき……
笹本夕貴は洞沢希美香を誘って商店街に来ていた。
と言っても夜も明るい繁華街のようなものではなく、人っ子ひとりいないアーケード街に。
夜11時頃にアパートに赴いた夕貴は、希美香の部屋の窓に小石を当てて呼んだのだ。
深夜の散歩。寝ようとしていた所に、突然の呼び出し。
子供の心を残す者なら、これでワクワクしない人間はいない。

「お散歩なら、次は牧場とか教会のある林の方面とか……行きませんですか?」
と言う希美香を、悪戯っぽい表情で見返す夕貴。
「確かに散歩なら、あたしも自然の多いとこの方が好きなんだけどさ」
にかっと笑い、四次元ポケットからステッキのような道具を取り出した。
軽快な電子音と共に、ステッキを向けられた店のシャッターが次々と開き、明かりがともってゆく。
「『オキテテヨカッタ』!」
これほどストレートな名前も珍しい、夕貴がかなり欲しかった道具のひとつ。
店としての機能が昼間と変わらず行われ、商店街はあっという間に明るくなった。
「うわあっ……!」
希美香の感動の声が、いまや色々な音の満ちたアーケード街に響く。
夕貴は、その希美香の笑顔を見つめてニコニコと微笑んでいた。
「す、すごいです!センパイ、これ、どうやって……!」
言葉がうまく出てこない希美香。
その唇に人差し指を当て、夕貴は片目をとじて言った。
「今夜は、いつも頑張ってる希美香ちゃんにごほうび。ちょっとした夢、見せたげるよ」


「~……セ、センパイっ……」
希美香の頬は赤く染まり、感動のあまり目も潤んでいる。
満面の笑顔は崩れない。
その笑顔プラス八重歯のコンボに悩殺されかけつつ、夕貴は希美香の手を取って走り出した。
「きゃ、センパイ!?」
「行くよ、希美香ちゃん」

ちょっと古くさいゲームセンターで、2人でモグラ叩きやエアホッケーに興じる。
運動神経のにぶい夕貴は一度として希美香に勝てなかった。
とどめのD・D・Rで体力を使い果たし、希美香から缶ジュースを受け取って苦笑い。
「へへ……」
「あははっ、センパイ、運動不足ですよー」
差し出した希美香の方は息も乱れておらず、笑って夕貴の手を取り立ち上がらせた。

洋服屋も若干古く、流行商品は無かったが、希美香には派手な服は似合わない。
夏物の中から、薄い水色のブラウスと白いキュロットスカートを選んで試着させてみる。
「ど、どうですですか?」
「……似合うねえ。可愛いよ。あ、店員さん、これください」
慌てて止めようとした希美香だが、値段を聞いてびっくり。
「え、こ、こんなに安くていいのですか!?」
「んっふっふ、そうだよ。だから遠慮しないで受け取って」
オキテテヨカッタを使って開店させた商店では、夜間割引で9割引き。理屈はわからないが。


夢……まさに夕貴の言った通り、夢の中のような雰囲気を希美香は感じていた。
が。
幸せな時間は、突然の悲鳴で壊される。
「……センパイ、今の」
「あっちから、かな?」
商店街から、少し離れた団地方面……公園への道。
2人はパン屋と床屋の間の細い道に入り、悲鳴の出所を探した。

「嫌、嫌です!できませんっ!」
「アナタに選択の余地は無いの!手間をかけさせないで頂戴!」
あ。と、夕貴は思わず口の中で呟いた。
この前裏通りで不良女子高生から助けた、あの薄幸の少女が……また、何かあったのだろうか。
スーツを着た成人女性、そのままビジネス街に行っても溶け込みそうな美女に腕を掴まれている。
「アナタの身柄を受け取る事はもう決まってたの、今更なにを言い訳しても変わらないのよ!」
……むう。
断片的でよくわからないが、もしかしてこの前、不良女子高生からこの子を受け取るはずだった売人
なのだろうか、この美女は。
「セ、センパイ、どうするですか」
希美香が夕貴に囁く。
今現在この2人は公園の植え込みの陰に隠れて様子をうかがっている。
「どうするって言っても、助けるに決まってるじゃない♪」
夕貴はニッと笑うと、植え込みの陰から出て……


チャララッチャ~チャ チャラッチャッチャ チャラッチャッチャ~チャララ♪
『!?』
その場に居た全員の目が、公園の時計に向いた。
どこぞのヒーローショーで使われるような――今時はもう使われないような古くさい――音楽が、
真夜中の公園に響き渡ったのである。
小さな時計の上にすっくと立つ人影。
白い陶器の仮面で目元を隠し、
「……オペラ座の怪人みたいだな……ってか鼻と口全開だけど」
ひとつにまとめた長い髪を風になびかせ、
「……なんか見覚えあるんだよね、あの髪の縛り方」
和風の衣装に身を包み、
「……神主の服だよなあ、アレ……何やってんだ、綾城兄」

「な、な、何なの?アナタは!?」
とりあえず一番先に反応したのは悪役っぽい美女。
「天が知る、地が知る、人が知る、悪事を働く世の闇よ……私の名は、神社仮面!」
「(センス悪っ!)」
もうすでに気付いてる夕貴と希美香は、心の中で同時にツッコミを入れた。
しかし、ノリがいいのか、ついて行けてないのか、美女の方は律儀にも付き合っている。
「誰だか知らないけど……何の用なの!?」
「知れたこと、幼き少女の自由意志を無下に踏みにじるその所業、許すわけには参りません!とう!」
すとっ。


華麗に着地を決めた綾城兄、彼方は、ふと見回した視線の先に夕貴の姿を認めた。
えらくびっくりした様子で目をそらす。
……きっと後で色んなツッコミを受けまくることだろう。
頬に一筋の汗をたらしつつも、ひとまず目の前の状況をなんとかしなければ、と向き直る彼方。
――ちなみに、ヒーロー的な音楽はまだ続いていた。
「彼女を離しておあげなさい。いかなる理由が有るにせよ、人の身柄を拘束する事は法律上……」
「お、お断りよ!」
話を聞く気は無い。
「……鬼火!」
「きゃああああ!?」
彼方が袖をひとふりすると、3つのひとだまのようなものがその女性の手の甲や靴を焦がした。
その正体、夕貴だけが思い当たる。
「(『つめあわせオバケ』だな、あれは)」
知らなければドラ○もんの道具などというものに思い当たる人間がいるとも思えない。
これは魔法のようにしか見えないだろう。
案の定、少女を置いて恐慌状態のまま走って行く。
ピン、と何かがひらめいた夕貴、彼方と目を合わす。
長年の付き合いというやつで彼方も肯き、そして夕貴はウィンクで返すと女性の方を追いかけた。
少女を気遣う彼方の声を背中に聞きつつ……

「『分身ハンマー』!」


「はぁっ、はぁっ、はぁっ……」
鬼火から逃れてもまだ混乱しつつ数百メートル走ったせいで、スーツがかなり乱れている。
わけのわからないものへの恐怖。
その恐怖に怯える美女の前に。
夕貴は、ホラー映画の狩人のように立ちはだかった。
「……!?」
「さて、お仕置きの時間と行こうか」

分身夕貴は、希美香の傍に帰っていた。
彼方が少女を送っていくのを見届けると、気が抜けたように希美香に微笑みかける。
「なんか、ただ遊ぶだけのつもりだったけど凄いもの見ちゃったね」
「でも、楽しかったですよ」
希美香はまた笑って八重歯を見せてくれた。
「じゃ……また暇な時に遊ぼう、希美香ちゃん」
「はいです!」
と、唐突に希美香の額に軽くキスをする夕貴。
驚く希美香の手を取って、夕貴は並んで歩きだした。
希美香のはにかんだ笑みを見ながら、満足げに帰路につく。

他人のために幸せな時間を作り出す……
己の欲求に正直に動く……
どちらも夕貴の持つ本質。どちらも等しく夕貴である。


「あんた、今までにもあんな子を『売って』たわけ?」
「なっ、何よ!?アナタもさっきの男の仲間!?」
おお、良かったな綾城兄。ちゃんと男扱いされてるぞ。
「質問してるのはあたし。で?力の無い弱い人間を食い物にしてたの?」
夕貴が一歩近づいた。
その美女は思わず後ずさる。
「私はそれが仕事だもの、まさか正義の味方でも気取ってるつもり!?」
「まさか。あたしは女の子が好きなだけだよ」
「……は?」
何を言ってるんだろう、という顔で夕貴を見た。
「だから!あたしに手折られる予定のつぼみ達を、若芽達を摘むのは許せないんでね!」
「何よそれは!?」
悲鳴に近い声を上げる。気持ちはわからなくもない。
とーっても自分勝手な意見であるからして。
「あーと確かこういう時にいい言葉があったっけ、そう……『あたしが嫌いな連中にたまたま悪党が
 多いだけ』なんだな。あたしはあたし、それだけの事。んでもって、あんたはあたしの許容できる
 範囲を超えてる。だから」
そして夕貴の手が『取り寄せバッグ』に伸びた。
「きゃああああっ!?」
いきなりの感覚に悲鳴を上げる美女。
一瞬の後……夕貴の手には、自分が今まで履いていたはずのショーツが握られていた。
「お仕置き♪」


まずは四次元ポケットから『アンケーター』を取り出す。
「な、何なのその機械……どこから……痛!」
髪の毛を『カミぬきミラー』で1本頂いてインプット。
「さて……じゃあ色々と喋ってもらおうかな」
夕貴は目の前の悪人よりも余程悪役っぽい笑みを浮かべた。

「まず、恋人とか配偶者はいるの?」
「なっ……なんでそんな事に答えなくちゃ」
『恋人は無し。でも、時々男に抱かれる事はあるわ』
機械からの声を聞いて表情を凍りつかせる。
そちらに顔を向けると、紛れも無く自分の顔が写っていた。
「ふーん、じゃあ処女ってわけじゃないんだ……一番最近抱かれたのはいつ?」
『昨夜。近くのAホテルで』
自分の声で答える。
「な、なんなの、なんなのよこれは!?どこで調べたの!?」
その美女はパニックになりかけるが、夕貴は意に介さず。
「何号室?それと詳しい時間も教えて」
『510号室、だいたい午後11時ごろかしら』
ふむふむ、と頷く夕貴は手元で何か機械をいじっている。
我慢の限界に達し、夕貴に向かって殴りかかるが……
「……残念、あたしの方が早い」
「え!?」


自分に何が起こったのか理解する前に、いや、理解していても、体が行動を起こす。
「あっ……嫌だ、もっと優しくして……ぁン」
まるで誰かに後ろから抱きしめられているかのように、体がゆがむ。
スーツ越しでもはっきりとわかるくらいに胸が浮き出て、誰かに揉まれているように形を変える。
「な、何!?」
「ん?まあ、あんたが昨夜やってた事を再現してもらおっかな~ってね」
夕貴は手に持っているコントローラを弄ぶ。
本人に現場を再現してもらう『本人ビデオ』だが、これは夕貴の手で改良してある。
あまりに時間がかかる場合は、本人はやって来ないのだ。
だから今、彼女だけが昨夜の情事をなぞる事になる。

「あっ……いいわよ、入れて。ほら…………――や、やめてよ!とめてっ!」
「いい具合に濡れて来たねえ」
夕貴はビデオカメラを持って、彼女の秘所を撮影している。
無論取り寄せバッグで取り寄せたのだ。
さっきから彼女は昨夜のシーンを忠実に再現しつつ、シーンの合間に夕貴に文句を言っている。
「は、入ってくるぅ……」
彼女の秘所に男根が挿入されたのだろう、膣壁をかきわけて奥に入ってゆく……
何もない空間が、彼女のナカを満たす。
「うわあ……これ結構凄いかも……丸見えだし」
「そ、そんな事言わないでっ!」
笹本夕貴、言葉責めの才能もあるかも知れない。


「ひっ!ひんっ!うあっ!」
四つんばいの姿勢で、突き上げられている感覚を受ける彼女。
だが、撮影している夕貴から見れば、自分から腰を激しく振っているようにしか見えない。
何も無いのに、異物の挿入もしていないのに、1人だけでよがっている。
「…………」
これは、いい。
下着だけ取り去ったのがいい具合に、淫靡さをかもし出している。
「イっ……イクっ!イッ、ちゃ、ああっ!っ、っ、っ!」
ぷしゅっ……
カメラのレンズに、潮がかかった。

ちょっと息をふきかけてみるとか、悪戯しても良かったかも知れない。
まあ、いい。あたしはこういう性格悪い人間と体を重ねるほど飢えちゃいないし。
それにしても。
「ねえ、昨夜って何回ヤったの?」
『5回よ』
アンケーターの彼女からの返答を聞いて、現在の彼女を見る。
正常位で、後背位で、騎乗位で、乱れる彼女。
それも、1人で。
「まだ若いんだねえ……」
過去をなぞると同時に、現在の路上という場所のスパイスが効いているのか、もう数回イっていた。
アスファルトは雨でも降ったかのようにびしょびしょ。


「んじゃ、帰るか……」
アンケーター他もろもろの道具を四次元ポケットにしまい、最後に『ワスレンボー』を出す。
「あたしと綾城兄の記憶消すには、40分くらい前かな」
そして夕貴は後ろから彼女に歩み寄り……

5回ヤったというからには、あと1時間くらいはあのままだろう。
誰かに発見されなきゃいいがね、と呟き、夕貴は自宅への『どこでもドア』をくぐった。
この性欲を、悪魔ベルにおさめてもらうために……


そして、翌日。
「おーい綾城兄、昨夜はお疲れー」
ニヤニヤと笑いつつ、綾城家に来た夕貴はさっそく彼方をからかい始めた。
「あの音楽ってロ○サガ3の怪傑ロビ○のテーマだろ?よくあんなん見つけて来たよな」
「……」
彼方は沈黙して答えない。
「でもあんな所に出くわしてよく冷静に対処できたよな。あ、『タンマウォッチ』でも使ったん?」
「いえ、あれは『ヤジウマアンテナ』を使って予知したのです。町内の事件くらいなら……」
……おいおい……町内の事件を予知して正義の味方とは……凄いぞ綾城兄。色々な意味で。
「でもさ」
夕貴は彼方の肩に手を置く。
「変装するならもう少し工夫しろよ」


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最終更新:2007年06月15日 22:54