631
③『近藤先生と話すのって緊張しない?』

差し出したノートを見て、隆が首を傾げる。
「何、びびってんだよ。そりゃ確かに少し恐いけど、聞けないほどじゃないだろ?」

(まぁ、そうだけど……)

近藤先生は厳しいけれど、いい先生だというのは知ってる。
昨日は茶道室まで連れてってくれたし、親切にしてもらった。
でも、なんというか威厳のある風貌に圧倒されてしまい、少し苦手なのだ。

『そうだね。明日、聞いてみようかな』
「もし不安なら、俺もついてってやるよ」
『うん、助かるよ』
「それと、チハルが起きたら一度聞いてみたほうがいいかもな。
鏡について何か思い出せそうだったし、手がかりになるかもしれないぜ」
私は、横に座らせたチハルを撫でながら頷いた。

夕食が終わり、私が片付けをしようと食器を持って立ち上がる。
すると、また隆がやってきて横から食器を取り上げられてしまった。

「まだ顔色が悪いし、無理すんなって言ってるだろ……ったく」
そう言われて、またしてもキッチンから追い出されてしまった。
仕方がないので、お風呂の用意をしに行く。
お風呂の用意が終わって、リビングに戻ってくると隆が自分の持ってきたスポーツバッグを漁っていた。

『どうしたの?』
「あー……んー」
隆にしては珍しく口ごもる。

『お腹でも痛くなった?』
「なんでそうなるんだよ!?」
『胃腸薬でも探してるのかと思って。救急箱、出す?』
「……違うって。なぁ、おばさんって今日、いつ帰ってくるんだ?」
隆の問いに私はペンを走らせた。
『かなり遅くなると思うよ。先に寝ていてくださいって手紙に書いてあったから』
「そうか……」
『ホント、どうしたの?』
「なんだかなー。ほら、今までは春樹が居たからよかったけど、よく考えてみたら二人きりじゃないか、俺達。
やっぱり俺の家に戻ろうかと思ったんだよ」
漁る手を止めることなく、隆は呟く。

(さっきから、妙に優しくしてくれてると思ったら……そんなこと気にしてたのね)

①笑い飛ばす
②『意識しすぎだよ』
③『私一人じゃ、不安だよ』

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③『私一人じゃ、不安だよ』

熊谷さんにやられた身体の痛みを思い出し、思わず身がすくんでしまう。
あれは、生まれて初めて体感する恐怖だった。

「そうか。今日、お前は組織から襲われたんだったな。確かに不安か……。そりゃ、そばに居てやらなくちゃな」

私は『うん』と頷いて、隆を見る。
隆はスポーツバッグを閉めると、私に向き直りながら口を開いた。

「そういや、襲われた時はどんな状況だったんだ? 思い出すのが恐かったらいいけど、よかったら教えてくれよ」

私は言われた通り、ケーキ屋の出来事を簡単にノートに書いていく。
言葉で説明するより簡潔に書いたつもりだったけれど、2ページに及んでしまった。

「ふーん。熊谷って男のミストは、すぐ人に取り憑く事が出来るのか。それはちょっと面倒だな。
憑く前だと簡単に消せるけど、憑いてしまうと、かなりの力を使わないと消滅できないからな」

説明こそしなかったけれど、隆のことを能無しの術者と言った熊谷さんは、きっと組織の中でも相当の実力者なのだろう。
もし、チハルが居なかったら香織ちゃんも私もどうなっていたか分からない。

「しかし、そんな状況でよく長谷川も無事だったよな。後ここだ、チハルにお願いしたって書いてるけど、そんな暇なかっただろう。
どうやったんだ?」
隆は書いてある文字を指差し、不思議そうに尋ねてくる。

『チハルって人の感情や思っている事が少し分かるみたいでしょ? だから、
心の中で「ぬいぐるみのまま、黒いザラッとしてるのをやっつけて」って、お願いしながらチハルの入ってた鞄を開けたんだよ。
机の下なら、小さなぬいぐるみが動いても、気付かれずに済むかなーと思って』

「しっかし、お前って意外と神経図太いんだな。俺はてっきり、何も出来ずにオロオロするもんだと思ってたぜ」
『それって、褒めてるの? けなしてるの?』

簡単なイラストで、怒った顔を描いてみせる。それを見た隆が笑って答えた。

「褒めてんだよ。いや、見直したってところかな」
『とにかく、香織ちゃんを助けなきゃと思って必死だったんだよ。もう手は震えるし、すごく恐かったんだから』

「だけどなぁ、まだ長谷川からミストを完全に外してないのに…倒れたからって無防備に近づくのはただのアホだぞ」

(たしかに、反論できない……)
そんな風に考えていると、持っていたペンを突然、隆に取り上げられてしまった。
そして、汚い字で『お前らしいけど』と書いて、すぐにその字を塗りつぶしてしまった。

①『どうして塗りつぶすの?』
②『ありがと、隆』
③『ところで…声のこと、学校でどう誤魔化せばいいと思う?』

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①『どうして塗りつぶすの?』

隆が塗りつぶした字を透かして見るけど、もう何が書いてあるか読めなくなっている。
そんな私の様子を見ていた隆が、ペンを突き出してきた。

「お前が図に乗るといけないからな」
『乗らないよ』
私は受け取ったペンを走らせて訴える。
「分かってんのか? どう考えても、今回は運が良かっただけだぞ」

(確かに……)

「とにかく、今回みたいな行動をしていたら、次は声だけじゃ済まない。
組織も本腰を入れてきたみたいだし、今までみたいな訳にはいかなくなってきたって事だ」

(今までみたいにはいかない、か)

ふと、放送室で会話を盗み聞きした、一郎君と水野先生の会話を思い出す。
あの時、今までは一郎君と修二君が組織を牽制していたように聞こえた。
それが反故になった以上、何を仕掛けられてもおかしくない事態なのだろう。

『一郎君と修二君って何者なんだろう…』
「俺が知るかよ。お前の方が詳しいんじゃないのか」
『うん。まぁ』
「宗像兄弟が何かを隠しているのは間違いないけどな」
『だけど、二人はきっと教えてくれないだろうし……。もう少し、情報があればいいんだけどなぁ』
「あの美波って人なら教えてくれそうじゃないか?」
『多分、美波さん……あと周防さんも、二人とも知らないと思う。修二君とは初対面っぽかったんだ』
「それなら、冬馬先輩ってヤツはどうだ?」
『顔見知り程度らしいよ。詳しくは知らないんじゃないかな』
「水野じゃ、敵の懐に入っていくようなもんだしな……」

私たちが考えているだけでは、真相はわかりそうにない。
腕を組んだり、頭を抱えてみても、やっぱり良い考えは出てこなかった。

「なぁ」
隆が突然、私に話しかけてきた。
『何?』
「俺の中のヤツなら知ってるかもしれないな」
『武君のこと?』
「今も俺の中に居るらしいけどな。その武ってヤツ、手紙で色々知ってそうな書き方だったからさ」
『でも……自由に出てこれないって言ってたよ』
「試したことはあるのか? もしかしたら、お前が頼めば出てくるかもしれないぜ」
隆は冗談とも、本気ともつかない言い方をした。

「さて、風呂に入ってくるか」
隆が歩き出す後姿を見ながら、私は考える。

考えた事とは……
①武君に会えるのかどうか
②一郎君と修二君の事
③今日の出来事

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①武君に会えるのかどうか

以前は隆の意識がなくなったから出てくることができたといっていた。
もしかしたら隆が寝ているときならば武君と話ができるのかもしれない。

(確か武君が出ているときは……隆の負担になるんだよね?)
隆と武君のことは他には事例がないことのようだし、どの程度の負担がかかるのかすら分からない。
以前は隆が力を使い果たしていて、武君も隆に負担がかかるから長い時間は出ていられないといっていた。
けれど今の状態の隆なら、もしかしたらあまり負担にならないのかもしれない。

(でも、隆に何かあったら……)
武君を呼び出すことで、隆が倒れるようなことになったら大変だ。

「ん?愛菜どうした?」
結構長い時間考え込んでいたようだ。
隆がタオルで頭を拭きながらリビングに入ってくる。

「風呂空いたけど、体調悪いなら無理しないで寝ろよ?」
「あ、うん……」
「どうしたんだよ?」

えっと……
①「武君と話をしてみようとおもって」
②「なんでもない、お風呂入ってくるね」
③「なんでもない、今日はもう寝るね」

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①「武君と話をしてみようとおもって」

私はさっきまで考えていた事を隆に伝えた。

「いいんじゃないのか? 俺も会ってみたいけど、無理だしなぁ」
隆は意外なほど軽い口調で呟くと、ソファーに座った。
『でも、隆の身体に負担があったら大変でしょ?』
「大丈夫だと思うぞ。最近、力を使っても疲れないしな」
『そうなの?』
「どうしてだか分からないけどさ。八百万の神に働きかける能力の成功率も上がっているみたいなんだ。
以前、この家に願っただろ? あれだって、昔の俺じゃとても成功しなかったと思うぜ」
(隆の力は強くなっているんだ…。でも、なぜ?)

考え込みながら、ふと隆を見ると、大きなあくびをしていた。
そして、もう一度出たあくびをかみ殺すと、私に向かって話しかけてきた。

「俺の中のヤツに会うのって、今日するのか」
『うん。そのつもりだけど』
「もし会えたら、一つ言っといて欲しい事があるんだ」
『何?』
「その……一応、礼を言っといてくれよ。俺から頼んだ訳じゃないが、その武ってヤツの身体で助かったみたいだしな」
『ありがとうって言っておけばいいよね』
「ああ……まぁ、そんな感じでいいから」

隆はぶっきらぼうに言うと、逃げるように立ち上がった。

『もう、寝るの?』
私は出て行こうとする隆にノートを掲げて見せた。
「そうだよ。じゃあな」
そして、落ち着き無く客間へと消えてしまった。

(やっぱり、隆って照れ屋だよなぁ。素直じゃないとも言うけど……)

もしかしたら手紙で知った時から、武くんにお礼が言いたかったのかもしれない。
昔から、改まって言う時の「ありがとう」や「ごめんなさい」はこんな態度だった。

(にしても、逃げるように出て行くほどの事でもないと思うけど)

そんな事を考えつつ、いつもより長めのお風呂を終える。
髪を乾かしてから、私はリビングに戻った。

①さっそく客間に行ってみる
②もう少し後にする
③やっぱり止める

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②もう少し後にする

なんとなくすぐに行くのも躊躇われて、私はソファに座りテレビをつけた。
丁度明日の天気予報が流れてくる。

(明日は雨が振る確立50%か。そういえば雨って久しぶり?)
ここしばらく曇ることはあっても雨が降った記憶が無い。

(でも、文化祭の準備してるから降らないで欲しいなあ)
大きなものを作るときは一時的にグラウンドを使ったりするし、足りないものを買出しに行くときも雨が降っていたら大変だ。
そんな事を思いながら、テレビを見ているとリビングの戸が開く音がした。
振り向くと、隆が立っている?

(あれ?もう寝たんじゃなかったの?)
不思議に思いながら、紙とペンを取る。

『どうしたの?』
「あなたが僕に会いたいと言っていたので、隆が寝たところで身体を借りました」
『え?じゃあ、武くん?』
「はい」
頷く武くんに私は思う。

(隆の行動って、武君に筒抜けなんじゃないの……。てことは隆が言ってたお礼も知ってるってことよね?)
でも、一応頼まれたことだし、隆がお礼を言っていたことを書いてみせる。
武くんはそれを見て小さく微笑むと、私の向かいのソファーに座った。

「隆が僕の存在を知ってから、感謝されているのは知っていました。
 僕は彼でもあるんですから、感謝されるというのは少し変な感じもしますね」
『そう?でも、隆と武くんは別の人格だし変じゃないと思うな』
「そうですか?でも、僕こそ隆に感謝してるんですよ。
 隆が事故にあってくれたから、僕はあの研究所から出ることが出来た……。
 それで僕に聞きたいことがあるんですよね?」
(あ、そうだった)

えーっと……
①一郎くんと修二くんについて
②鏡のことについて
③熊谷さんのことについて

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①一郎くんと修二くんについて

『あの…一郎くんと修二くんって知ってるよね。
その二人の事について知っていることがあれば教えてくれないかな』

私がノートに書くと、武くんは首を横に振った。

「僕が研究所にいた時、見かけた事はありますが……詳しい素性までは知りません」
『何でもいいから、思い出せないかな』
「オリジナルとコピーはそれぞれ違う場所で暮らしていましたので…。本当にすみません」
『オリジナルとコピー?』
「あっ、すみません。説明不足でしたね。僕たちで例えるならオリジナルが隆でコピーが僕です。
本物とクローンの事ですね。研究所はオリジナルを手に入れられない時、僕達のようなコピーで補完していたようでした」
『あれ? 16年前からクローンは作られなくなったんだよね』
私は昨日聞いた、美波さんの言葉を思い出しながらペンを走らせた。
「はい。ですから僕はコピーの中では一番年下でした」

武くんはとても穏やかな口調で教えてくれる。
大雑把で素直じゃない隆と同一人物とは、とても思えない。

(そっか。一郎くんと修二くんについて詳しくは知らないのね)

私がガックリと肩を落としてしまったのを見て、武くんは考え込みながら口を開いた。

「ちょっと待ってください。もしかしたら……」
その言葉に、私は再び武くんを見つめる。

「さっき隆と鏡についてお話されてましたよね。それで少し気になる出来事を思い出しました」
『気になる出来事って? 些細なことでも教えて』
「宗像兄弟を見かけた時なんですが……確か、八年前の事ですね。
あの双子には特別な見る能力があるとの事で、被験者の定期検査の時に幹部達と同行していたんです。
検査の順番待ちをしていた時……幹部たちが「鏡が剣を見つけた」と騒ぎだしたんです。
僕は偶然居合わせただけでしたし、まだ小さな子供で言葉の意味まで理解できませんでしたが、
今思うと、鏡というのは宗像兄弟を指していたのかもしれません」

(そういえば……)

一郎くんが以前、研究所に居た時の話をしてくれた時、
「俺たちは能力を買われ、能力者を大勢見てきた。各個人の力の数値化と適正化が施設の目的だった」
という内容の話していた。武くんが言っている「定期検査の時に幹部達と同行」っていうのは一郎くんが話していた出来事だろう。

(見つけたって……被験者の定期検査の時だよね)

『仮に鏡が一郎くんと修二くんだとして……剣を見つけたって……』
「あいにく、誰だと特定は出来ませんが、被験者の誰かだと思います」

私は…
①考える
②定期検査の時の事をもう少し詳しく聞いてみる
③研究所について詳しく聞いてみる

638
①考える

(組織は『剣』を探していた?)
もちろん探していたから「見つけた」と言ったのだろう。

(鏡と剣……)
組織はずっと何かを探している。それは確かだ。
剣は8年前に見つかった。
けれど、まだ何かを探している。
私の脳裏に、夕食前に見たテレビの内容が浮かぶ。

(三種の神器、鏡と剣と勾玉……?)
鏡が一郎くんと修二くん。
剣は組織の被験者のだれか。
勾玉は……?
探しているのは『勾玉』なのだろうか?
けれど鏡も剣も勾玉も当然人ではない。
力の質とかそういうものを比喩してそう言っているだけかもしれない。

(あー、もう。わからなくなってきた)
「どうしましたか?」
『あ、なんでもないよ。ちょっと考え事してただけで……』
私は不意に、脳裏に浮かんだ言葉にペンを止めた。

「愛菜さん?」
『ねえ、器について聞いたことない?』
「器ですか?」
夢の中で会った眼鏡の男と、熊谷さんが私をそう呼んだことを思い出したのだ。
武君はすぐに頷いた。

「器という言葉自体は組織では良く使われます。僕たちも『力の器』と呼ばれていました」
『力の器?』
「はい、組織内では被験者としてナンバーで呼ばれていましたが、対外的には『力の器』として説明をしていたようです。
 『被験者』では人として扱っていることになりますが、『力の器』ならばモノと一緒だということなのでしょう。
 つまり、力を持っている被験者はすべて『力の器』だったといえます」
武君の言葉に、私は再度考え込む。
そういえば……

①眼鏡の男の人は『本来の姿ではないただの器』って言ってた。
②熊谷さんは『大切な器』って言ってた。
③やっぱり考えても仕方ない、寝よう。

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①眼鏡の男の人は『本来の姿ではないただの器』って言ってた。

『本来の姿ではないただの器』ってどういうことだろう。
力を持っている被験者はすべて『力の器』だと武くんは言っているけど……。

『ねえ、武くん。力を持っている被験者、つまり能力者全員が『力の器』なのよね』
「はい。言い換えれば『能力を有する身体を持つモノ』ということです」
『『能力を有する身体を持つモノ』かぁ。力ってそもそも何? 超能力みたいなものなの?』

私の問いに、武くんはゆっくり答えだした。
「超能力が超自然の能力を言うのであれば、僕やあなたが持っている能力は間違いなく超能力ですね。
力とは太極という世の中に満ちる原理を能力に変換したものです。大きく分けると、内なる力と得る力の二種類あります」
『二種類?』
「はい。内なる力とは自身の生命力そのものです。楽に出せる代わりに、無理をすると命を落とすこともあります。
得る力とは世の中に満ちるエナジーやファントムなどで生気を集め、力とするものです。高度な技を必要とし、体力と精神力を消耗します。
両方とも特別な身体……いわゆる器でないと力は発動しません」

(……以前、一郎くんが説明してくれてたことだよね。と言っても、やっぱり理解できないけど……)

『二種類の特徴が違うってこと?』
「そうです。外部から力を得る時は、精神力と体力が続く限りは無限です。
術者の気が乱れていたり、未熟だと、バランスが崩れてエナジーに魂が取り込まれてしまうこともありますから注意が必要ですね。
もう一方は、生命力そのものを削って力にするので有限です」
『……とにかくどっちの力も無闇に使うのは危険そうだね』
「はい。ですからリスクの少ない得る力に長けている者ほど、力が強いとされています。弱い者は薬を用いて矯正したり、生命力のみでしか力の発動ができません。強い力を持つ者はごく一部だけなので、ほとんどの『力の器』は使い捨てにされます」
『使い捨て……』
「『力の器』がモノとして扱われていたのは、それらの理由からでしょう。クローンも完全に打ち切られた現在では、少数の『有能な力の器』しか残っていないと思います」

(『力の器』って酷い扱いだよね)

組織が能力者を人間扱いしてないのが何より許せない。
私がムカついてもしょうがないと分かってはいるけれど、不機嫌に字を書いていく。

『『力の器』って言い方、私は嫌だな』
「そうですか? 僕にはよくわかりませんが……」
『ムカツクよ。武くんも怒るべきだよ。ふざけるなって組織の人達に言ったらよかったのに』

書きなぐった字を見て、武くんは優しい笑みを私に向ける。

「……隆の身体に入って約三年になりますが、隆も…そして、あなたもとても不思議な人です」
『??』
私は首をかしげて、微笑んだままの武くんを見る。
「変な意味ではないんです。隆もあなたも……いつも人のために怒ったり泣いたりしますよね」
『そ、そんなことないよ』
「いいえ。そんなあなた達の考え方が理解できませんでしたが、最近、ようやくその意味が分かってきました。
僕たち被験者に足りない何かを、あなた達は持っているようです」

①『ところで、本来の姿ではないただの器ってどういう意味だと思う?』
②『じゅあ、私の力は内なる力かな得る力かな?』
③『被験者に足りない何か?』

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③『被験者に足りない何か?』

「優しさ、思いやり……被験者の僕たちに足りないものをあなた達は沢山持っています」

武君は物腰も柔らかで、私や隆よりもよっぽど優しく見える。

『私なんかより、武君の方が絶対に優しいよ。今も丁寧に説明してくれたし、素敵だと思うよ』
「素敵……ですか?」
『うん。すごく素敵だよ』
「そ、そうでしょうか……」

急に武君の顔が赤くなり、下を向いてしまった。

『どうしたの?』
「あの、その……女性に素敵と言われたことが無かったので、とても恥ずかしくなってしまって……」
『えっ! そんな恥ずかしがられたら、言った私の方がもっと恥ずかしくなるよ』
「すみません」
『べ、べつに謝らなくてもいいよ』
「すみません」

(武君ってもしかして、照れ屋?)
そんなことをボンヤリと考えていると、はにかんだままの武君が私を覗き見るようにして口を開いた。

「あの…愛菜さんに謝らなくてはならない事があるんです」
『何を?』

武君に謝られることなんてあったっけ? と記憶を巡らせても思い当たることがなかった。
「水野先生と隆の事で、あなたを泣かせてしまいました」

夢が現実になってしまった、水野先生と隆の二度目のキスシーン。
あれは隆ではなく、武君が入っていた時に起こった出来事だったのを思い出す。

『そうか。あの時、隆の中に入っていたのは武君だったよね』
「はい。水野先生と接触していたことが気がかりで、あの日の授業中、居眠りの際に入れ替わっておいたんです。
放課後、隆のフリをしたまま音楽室に行くと、水野先生がキスをしてきて、思わず頭が真っ白になってしまいました。
そして、『口裏を合わせなさい』と強く言われて、それにまで従ってしまったんです。
組織が隆を思い通りにしようとしている事も知っていましたが、愛菜さんを泣かせてしまったことで、更に動揺してしまって……。
どうも僕は女性に対して不慣れというか、意識しすぎてしまっていけないのです。
言い訳にしかなりませんが、本当にすみませんでした」

私は…
①許す
②許さない
③女性が苦手な理由があるのか尋ねる

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