931
③香織ちゃんに今日の通し稽古の状況を聞いてみる

(そうだ。今日の通し稽古の状況はどうだったんだろう)

私は自室に戻ると、携帯電話を手に取った。
急な用事でもないし、メールの文字を素早く打っていく。

『今日は最後の稽古に参加できなくてゴメンね。
ところで、通し稽古はきちんと時間内に終われたんだよね?』

「送信っと。そうだ……今のうちにお風呂はいってこよう」

ゆっくりめのお風呂に入って、パジャマに着替える。
自室の戻って携帯を確認すると、香織ちゃんから返信が来ていた。

『落ち込んでだみたいだけど復活したみたいだね。(よかったよかった)
最後の通し稽古だけど、無事に時間内に収めることができたみたい。
私って緊張しない性質だと思っていたけど、今更になって主役の重圧感じてきたかも。
明日私がポカやらかして落ち込んでたら、今度はアンタが慰めてよ?』

(そっか。さすがの香織ちゃんも緊張するんだね)

『もし香織ちゃんが失敗したら、私の胸を好きなだけ貸してあげるよ。
それじゃ明日、学校でね』

香織ちゃんに返事のメールをして携帯を閉じる。
壁の時計を確認すると、いつの間にか10時をまわっていた。

(少し早いけど寝ようかなって……アレ?)

部屋の電気を消そうと何気なく伸ばした右手に、いつもと違う異変を見つける。
伸ばした指先が薄っすらと透けているように見えたのだ。

(何…これ?)

目をこすってみたけど、やっぱり向こう側の様子が見えるくらい透けている。
第一関節の人差し指と中指、薬指が、まるで霞んだ様に消えかかっていた。
左手を見ても、同じように消えかかっている。

私は……
①きっと疲れているだけだし気にしない
②春樹くんに連絡してみる
③隆に連絡してみる

932
①きっと疲れているだけだし気にしない

「疲れすぎてるのかな……早く寝よう」
電気を切って布団に入ると、昼間も寝たのにストンと落ちていくように眠りに落ちた。


「……っ、撫子の君!」
どこかで呼ばれているのを感じて、目を開けると何かの木の横に立っていた。
当りは真っ暗だが少しはなれた所では火が焚かれていて、たくさんの人の気配がする。

「撫子の君!」
その明かりを背にして人が近づいてくる。
逆光で顔は見えないが、こんなふうに呼ぶのは一人しか居ない。

「守屋さん?」
「撫子の君、急に走って行ったかとおもったら、目の前で消えてしまったから、また会えなくなるかと……」
守屋さんの言葉に、舞を舞って、舞台から逃げ出した直後なのだと分かった。
追いかけてきた武士の中に守屋さんも混じっていたのだろう。

「ごめんなさい……やっぱり人前は苦手で」
「いや、それはいいんだ。……それにしても、素晴らしい舞だった」
「そうですか……?」
私が舞うのは初めてだし、自分で舞を見られるわけでもないので自分で自分の舞を評価する事は出来ない。

「ああ、素晴らしかった。皆も見入っていた」
「ありがとうございます」
「ところで……」
「はい?」
「舞の最中に君の頭上に現れたあれは……もしかして」
私の反応をうかがうように、守屋さんは言葉を切った。

「たぶん、守屋さんの考えている通りのものだと思います」
「やはり……だが、なぜ君が?」
「何でって言われると……、私がそうしたかったから、です」
私の願いのために。と、心の中でつぶやいて、ちょっと笑う。

「でも、思った以上に大変でした……見てください」
「これは……!?」
私は手を守屋さんへ向ける。指先が透けて向こう側が見えている。

「きっと、鬼の私は消えるんだと思います。 鏡を元通りにしたから」
「どういうことだ?」
「鏡が壊れて力が消え、他の人と契約が出来なくなってしまって、神器の契約はずっと壱与の魂に刻まれていたんです。「鬼の姫であった壱与」との契約」
「それが……?」
「だから、私は転生しても鬼のままだった。他の鬼たちは人に転生しているのに」
全ての神器と再度契約を交わして、私は悟った。

「その神器が元に戻った。壱与は次の巫女を選び、その巫女は神器と契約を結ぶ。そうなれば、壱与に……私に刻まれていた契約は消えるんです」
「だから君も消えると言うのか!?」
「そうです。だって、私は未来に居るはずのない鬼ですから。だから鬼の私は、消えます」
うすうすは分かっていた事だ。
もしかしたら、という可能性も考えたが、こうやって消えていこうとしている指先を見ると、それは期待出来ないということなのだろう。

「君はそれで良いのか? 消えてしまっても良いと言うのか!?」
守屋さんが私の肩を掴んで揺さぶる。

それは……
①「良いんです」
②「……良くはないです」
③「まだ、少しは時間がありますから……」

933
②「……良くはないです」

(本当は消えたくない。薄々わかっていたけど……やっぱり怖いよ)

喉がつっかえて、ほとんど声にならなかった。
守屋さんの真っ直ぐな視線から逃げるように目をそらす。
そんな私の姿を見て、守屋さんの掴む力がさらに強くなった。

「なぜ望まないことをするんだ! なぜそんな辛そうな顔をする!」
「私の望む未来を見せるって……ある人と約束したからです」

修二くんと契約の時に約束を交わした。
綺麗事にしか聞こえない、私の望む未来を見せて欲しいと言われたんだ。

「君が犠牲になることを、その人物が望んでいるとでも言うのか!」
「多分……約束した人は……私が消えることを望んでいないと思います」
「ではなぜ!?」 

修二くんは私が消えることなんて望んでいないだろう。
修二くんは修二くんのやり方で、私をいつも心配してくれていた。
私の知っている修二くんならやっぱり止めるだろう。

(だけど……)
「私が望む未来がその先にあるから……です」
「君が望む未来?」
「はい。だから未来を私の手で変えなくちゃいけないんです。そのためには仕方の無い事なんです」

私の言葉を聞いて守屋さんは黙り込む。
そして何か感づいたのか、目を見開いて叫んだ。

「まさか!? 撫子の君が消えた先に、その望む未来があるのか!?
だから君自身が犠牲になると、そういうことなのか!」

顔を上げ、守屋さんの目を見ながら私は静かに頷く。
鏡を元通りにした先、力の無い世界こそが私の望む未来の姿だ。
守屋さんは決意の固い私の姿を見て、掴んでいた手を力なく落とした。

「じゃあ、逆に聞こう。君の元いた世は……変えなくてはならないほど酷いものだったのか?」

(酷い……)

私は自問自答する。
守屋さんの言うとおり、変えなくてはならないほど酷い世界だったのか。
力に翻弄される人、利用され苦しむ人が大勢いた。
お母さんが失踪して、香織ちゃんと友達になって、新しい家族が増えた。
春樹のご飯を食べ、隆と冗談を言い合い、一郎くんと委員会に取り組み、修二くんの軽口をあしらう……そんな日常があった。
騒動に巻き込まれて、周防さんや美波さん、チハルに出会った。
そんな私を取り巻いてきたすべてを否定しなくてはならないほど、元の世界は酷かったんだろうか。

私は……
①それでも変えなくちゃいけない
②やっぱり消えたくない
③望む未来に修二くんと冬馬先輩が居ないことを思い出す

934
③望む未来に修二くんと冬馬先輩が居ないことを思い出す

目覚めた私はこの夢を覚えていることは出来ないけれど、ここに居る私はどちらも覚えている。
組織の手によって作られた修二くんと冬馬先輩は、この先の未来では消えていた。
けれどそれは悪いことではないはずだ。
冬馬先輩だってちゃんと言っていた。違う形で会うことがあるかもしれないと。
それなら私だって大堂愛菜ではなく、ちゃんと人として転生して別の形に生まれ変わるのだ。

「酷いかと聞かれたら、そんなことはないって答えます」
「ならば……!」
「でも、約束した人はこうも言ったんです。ほしい物はほしいって言ったほうが良い、私は少しわがままなくらいが良いんだって。
 これは私のわがままなんです」
修二くんや冬馬先輩が消えてしまったとしても、その魂は別の形で転生していると信じる。
消える事には恐怖を覚えるけれど、生まれ変わること自体はどちらかと言うと楽しみでもある。
それに生まれ変わった後の私は、この恐怖を覚えては居ないだろう。
恐怖を覚えるのは今だけ、だ。
転生論を否定している守屋さんには、納得出来ないことだろうけれど…。

「私は消えます。でも、別の私が生まれるんです。
 鬼じゃない私、人の私です。私が一番ほしいのは、人である私です」
力のない世界で、鬼ではなく人として。
たとえ、今の大堂愛菜が消えてしまっても。別の名前になったとしても。

「そんなに鬼である事が嫌なのか?」
「嫌って言うわけではないですけど……でも、人の世界に立った一人だけの鬼なんて、寂しいですよ?」
「ならば、私が鬼の国を再建しよう。君が寂しがらないように」
「だめです!」
「何故だ!」
永きに渡る高村の悲願、国の再興を果たす、と言った秋人さんの言葉を思い出す。

(まさか……、まさか未来を変えようとしても結局は同じ結果になるの?
 で、でも今回は神器はちゃんと元に戻ったし、私が転生しても鬼じゃない。
 転生を繰り返す私を使って鬼の血を残すことは出来ないはず……。
 それに、修二くんと冬馬先輩はあの世界にはいなかったんだから……)
考えて、きっと再建は出来ないだろうと予想する。
けれど、気になる事もある。私は守屋さんの腰にある剣を見る。
封印を剣で破られたら、もしかしたら……。

①なんとか口で説得する
②剣を奪う
③好きにさせる

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③好きにさせる

「……いえ、好きにしてください」
私は不安を黙殺して笑ってみせる。
自分の指先を見るとやはり消えかけている。
これはどんなに守屋さんが足掻いても鬼の国が再建できない証拠に他ならない。

「現に私はこうして消えようとしています。
この先守屋さんが鬼の国を再建しようとしても、私が消えることには変わりないです」
三種の神器が元通りになった今、壱与が次の巫女を選ぶ前に再度神器が壊されない限り、消える運命は変わらない。

「ただ、お願いです。これ以上血が流れるようなことはしないで下さい。
もし鬼の国を再建させるのだとしても、人との共存を目指してください。
精霊や人を食料とする私たちには辛いことかもしれないけれど……人の食事だけでも何とかなるものですし」
そう、鬼の力を乱用しない限り人の食事で事足りるのだ。
壱与がそうであるように。
(それにしても、頭が重いな……)
これも、消えていく前兆だろうか?

「撫子の君…?」
「……え、あ、はい?」
どうやらぼんやりしていたらしい、守屋さんが心配そうに顔をのぞき込んできた。

「大丈夫か?」
「はい、ちょっと頭が重い感じですけど、痛いとかそういうことはないです」
守屋さんは顔をしかめて、私の手を取った。

「休んだほうが良い」
手を引かれるままに歩き出す。
だんだん何かを考えることすら面倒になってきている。
連れてこられたのは、守屋さんの寝所だった。

「横になると良い。少しは楽になるかもしれない」
そう言って守屋さんは私を寝かせようとする。

私は……
①おとなしく寝る
②寝たくないと言う
③もう帰る

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①おとなしく寝る

促されるまま横になる。
けれど目を閉じる気にはならなくて、ぼんやりと部屋の中に視線をさまよわせた。

「本当に何も出来ないのか……?」
守屋さんは私の側に腰を下ろして、見下ろしてきた。
その目の奥に、焦りのようなものが見える。

「……じゃあ、守屋さん。私が居たことを覚えていてください」
「?」
「私が消えれば、私自身鬼だったことを覚えている事が出来ません。だから、守屋さんが覚えていてください」
「それが何になる?」
「少なくとも守屋さんが覚えているかぎり、鬼の私は守屋さんの中で生きている事になります」
ドラマだったか、小説だったか忘れたが誰かがそんなことを言っていた。

「忘れられない限り、消滅ではないんです。誰か一人でも覚えていてくれれば」
「……わかった、それが撫子の君の願いなら。私は君を忘れない」
「ありがとうございます」
「君の言うとおり生まれ変わりがあり、私自身生まれ変わっても、生れ落ちたその時には忘れていても、絶対に君の事は思い出す」
「そこまでしなくても……」
苦笑して、ふと思い出す。
そう春樹は覚えていた。私のことを。

(まさか……?)
「春樹?」
「どうかしたか? 撫子の君?」
八握剣を持っているのは守屋さん、そしてその力を持っていた春樹。
一致するといえば一致する。

(あぁ、ダメだもう何も考えられない)
だんだん思考があいまいになってきて、目を開けているのも億劫になってきた。
目を閉じて、ため息を突く。

「撫子の君? 眠ったのか?」
守屋さんの声がどこか遠くで聞こえた。


誰かに呼ばれたような気がして目を開ける。
そこは……
①自分の部屋
②何もない空間
③学校の前

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①自分の部屋

窓から差し込む陽光が眩しい。
ぼんやりしたままの頭で辺りを見回す。 見慣れた私の天井、枕、ベッドがあった。

(あれ……?何か夢見ていたような。それに誰かに呼ばれた気がしたんだけどな……)

「愛菜~! はやく起きなさい」

ぼんやりしたままベッドから這い出でようとしていると、一階からお母さんの呼び声がした。
壁の時計を見ると、七時を少し過ぎている。

制服に着替えて、良いにおいに誘われるように階段を下りる。
テーブルには新聞を読みながらコーヒーを飲むお父さんと、ご飯を食べている千春が居た。
私も席に着き、出された朝ごはんを食べ始める。

「ねぇちゃん。今日はいよいよ文化祭だったよな?」

お味噌汁を飲んでいた千春が、突然顔を上げて話しかけてきた。

「そうよ、それがどうかした?」
「昨日、隆とミケの人を誘ってたみたいだけどさぁ……」
「ミケの人……あぁ、春樹くんの事ね」
「ぶっちゃけ、ねぇちゃんはどっちと過ごすのさ。隆? それともミケの人?」
「そんなの二人とも案内するに決まってるでしょ。私から誘ったんだし」

「隆は足動かないくて大変そうだし、幼馴染としては放っておけないだろ?」
「まぁね……」
「でもさ、ミケの人だって不良だろ? 放置してたらヤバイ感じじゃん」
「不良って? 春樹くんが?」
「だって『姐さん』とかヤクザみたいだしさ。拳に包帯巻いてたり顔に怪我してたり、おまけに猫の世話していたなんて絶対不良だよ」

戸惑って何も言えない私に向かって、千春は「とにかく!」と指を突き出す。

「メンクイのねぇちゃんに文句は言わない。けど『二兎追うものは一兎をも得ず』だからな」
「千春……あんた難しい言葉知ってるのね」
「天然無自覚の二股も、ほどほどにって事さ。わかった?」

(わかったって言われても……)

突っ込みどころが満載すぎて、なんとも困ってしまう。
するとコーヒーを飲んでいたお父さんが、咳払いをしながら新聞を畳んだ。

「愛菜。千春。 話し込んでいる時間なんてあるのか?」
「げぇ! ヤバイ小学校に遅れる!」
「やだ! もうこんな時間じゃない!」

私と千春は、同時に声を上げて飛び上がる。急いで歯を磨いて、一目散に家を飛び出した。

腕時計を確認しながら、大急ぎで学校へ走っていく。
華やかに作られた文化祭の入場門を潜り、なんとか放送室に滑り込んだ。
スケジュールの集合時間には、なんとか間に合ったみたいだ。

①一郎くんに話しかける
②朝の千春の話を思い出す
③放送委員の仕事に没頭する

938
①一郎くんに話しかける

放送室に顔を出すと、一郎君が今日のプログラムを見ていた。
「おはよう一郎くん。昨日はごめんね」
「大堂か、おはよう。もう気にし無くて良い。とにかく今日一日よろしく頼む」
「こちらこそよろしくね」
「一般客の入場時間まで後45分だ。最終ミーティングに皆が集まるまで少し待っていてくれ」
「うん、わかった」

私はいつもの場所に座って、もってきたプログラムと今日の放送部のスケジュールをながめる。
その内に、他の放送部員も集まってきた。水野先生もやってきて全員そろったところで、一郎君が最終確認をしていく。
「俺は一日放送室にいる。何か緊急事態があれば、ここに来るように」
「私は、見回りなんかもあるからずっとここにはいられないけど、呼び出してくれればすぐに来るから」

水野先生の言葉にみんなが頷く。
「では、今日一日がんばろう」

一郎君がそう言ってミーティングを終わらせ、それぞれ持ち場に移動して行く。
私の午前中の仕事は呼び出しセンターでの仕事だ。
呼び出しセンターは校門入り口近くのテントにあって、迷子の呼び出しなどはそこに設置した設備で行う事になっている。
一緒に行動する子とそのテントに到着すると、丁度一般客の入場時間になった。
といっても、当然迷子がすぐにやってくるわけではない。
呼び出しセンターが忙しくなるのは、お昼頃の事だろう。
特にする事も無く、ただ時間が流れていく。
「暇だね……ね、私ちょっとだけぬけてきて良い?」
「え?」
「どうせ、誰もこないよ。ちょっとだけ、ね? じゃ、よろしくね!」
「あ……」

こちらの返事も聞かず、走って行ってしまった。
(こんなだから、一郎君に要領が悪いっていわれるんだ……)

思わずため息をついて、テントの前を通る人を眺める。
別の学校の人らしき同年代の人、この学校の卒業生らしき人、保護者らしき人、いろいろな人が入ってくる。
(まぁ確かに始まったばっかりだし、呼び出しなんてそうそう無いんだけどさ……ハァ)
「君、ため息なんかついてどうしたの? せっかくの文化祭なのに、楽しくなさそうだね?」
「え?」

急に声をかけられて、顔を上げると別の学校の人らしき同年代の男の子が立っていた。
一瞬ポカンと見つめて、すぐに仕事のことを思い出し口を開く。
「あ、あの……お呼び出しですか?」
「んー?違うよ。ただ君が暇そうにしてたから、声かけてみただけ」
「は、はぁ……」

想定外のことでどうすれば良いのかわからない。
どうしよう……
①男の子が何か言うまで待つ
②お勧めのイベント・展示を案内する
③誰かに助けを求める

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①男の子が何か言うまで待つ

どうすれば良いのか分からず、男の子の様子をうかがう。
目があうと男の子は人懐っこく、にこっと微笑んだ。

(あ、あれ? 誰かに似てる気がする……)
「どうしたの? じっと見つめられると照れちゃうなぁ」
思わずじっと見たら、少しびっくりした顔をして言った。
そうは言っているが照れている様子はみせない。
私は慌てて視線を逸らした。

「ご、ごめんなさい」
「いいよいいよ、ところで君、二年の宗像ってヤツどこで何してるかしってる?」
「宗像……って、一郎くんのこと?」
逸らした視線を男の子に戻すと、うんと頷く。

「そうそう宗像一郎。なるべくなら、会いたくないんだよねー」
言って少し顔をしかめた。その顔から笑顔が消えて、誰に似ているのかが分かった。

(あ、一郎くんに似てるんだ……)
そっくりと言うわけではない。どことなく、似ているという程度。

「で、知ってる? どこにいるか」
「し、知ってますけど……、あなたは?」
「あ、俺? 大丈夫不審者じゃないよー。 俺はアイツの従兄弟で、宗像修」
「従兄弟? しゅう……くん?」
「そうそう、修学旅行のシュウって字ね。で、君の名前は?」
「あ、大堂愛菜です」
「ふーん、アイナちゃんね。 どんな字なの?」
「あ、えっと、アイは愛情の愛、ナは野菜の菜という字で、愛菜です」
釣られて名乗ってしまった後にハッとしたが、すでに遅い。
ニヤニヤと笑う修くんに、思わず顔をしかめる。

「君、騙されやすいでしょ? 気を付けないとダメだよ」
「……余計なお世話です」
「ほらほら、そんな怒らないで。 で、宗像一郎がどこにいるか知ってる?」
「知ってますけど、関係者以外立入禁止の場所だから、会えませんよ?」
「そうなの? じゃあ好都合。 俺アイツに会いたくないんだよね。だから近寄りたくないの」
「そ、そうなんですか……なら、会う心配は無いと思いますよ。
 一日放送室に居るって言ってましたし、あの近くは一般客は近づけない場所ですから」
「そうなんだ、じゃ、心置きなく見物できるかな?
 ね、愛菜ちゃんここの仕事終わるの何時かな。終わったら俺を……」
「何をしている、修?」
と、急に話題の人物の声が聞こえて、私と修くんが驚いてそちらに顔を向ける。

「い、一郎くん? どうしたの?放送室にいるんじゃ?」
「そうだが、放送室からここは良く見えるんだ。そしたら……」
そう言いながら、一郎くんは修くんをジロリと見る。
そう言われて校舎をみる。確かに放送室からはここが良く見えるだろう。

「お、俺は何もして無いぞ?」
「お前の言う事は信用ならない。……大堂、コイツに何かされて無いか?」
「ちょっとちょっと、あんまりじゃない? 俺何もして無いよね?」
どうやら、この二人は仲が悪いらしい。
真面目な一郎くんと、軽そうな修くんじゃ当たり前かもしれないけれど……。

とりあえず、なんて答えよう。
①「何もされてませんよ」
②「名前を聞かれただけだよ」
③「……ナンパ?」

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②「名前を聞かれただけだよ」

男の子はニコニコしながら「そうそう」と頷く。
一郎くんは修くんをまだ疑いの目で見ていた。

「あっ、ちょうど隣の椅子空いてるね♪ 座らせてもらおっと」

言うが早いか、修くんはさっき抜け出していった子の席に手をかけた。
その姿を見て、一郎くんがすぐに止めに入る。

「この席は部外者禁止だ」
「どうして? 空いてるなら、座らせてくれてもいいじゃん?」
「部外者は座れない決まりだ。それにお前は他校の生徒だろう」
「じゃあ、今から関係者になるよ。俺も今日からここの生徒。それでいいでしょ?」
「ちょっと、待て……」

修くんは強引に椅子に腰掛けてしまった。
そして目の前にある卓上マイクを興味深げに触りだした。

「あのさ、愛菜ちゃん。このボタンがONなんだよね。これは?」
「あっ、触ったら駄目です。それはチャイムのボタンだから」
「チャイム? どんな風に鳴るの?」
「ピンポンパンポンって、迷子のお知らせや緊急呼び出しの前に鳴らすものです。絶対に触れちゃ駄目ですよ」
「分ってるって。君の迷惑になるような事はしないからさ」

(そこに座られているだけで、十分迷惑かも……)

そんなボヤキがのど元まで出かかったけれど、初対面の人には言えるはずもない。
さすがの一郎くんも修くんの奔放ぶりには敵わないようだ。
左手で音量のつまみをつついたり押したりしている修くんを止めるので精一杯みたいだった。
その様子を見ていて、ふと気になった。

「あの、修くんって左利きなんですか?」
「へー。よくわかったね」
「それに……何かスポーツをしてるみたい……」

服の上からでも体格がしっかりしているのが分かる。

「愛菜ちゃんって、俺のこと知らないんだ。ちぇっ、他校でも結構知られてるって思ってたんだけどなー」
「もしかして何かの有名な選手とか、ですか?」
「まぁね。俺って顔もいいからさ。自然とファンの子が増えちゃって困るんだよね」

残念そうに口を尖らせているかと思ったら、すぐに自慢げに笑っている。
コロコロ変わる表情を観察しながら、見てて飽きない人ってきっとこういう人を指すのだろうなと感心してしまった。

私は……
①一郎くんを見る
②そろそろ出て行くように言う
③何のスポーツをしているか尋ねる

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最終更新:2009年04月10日 09:07