猫野和錆@玄霧藩国様からのご依頼品


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 燃えるような太陽が、じわじわと水平線の彼方へ沈んでいく。
 その様子が、刻一刻と過ぎていく時間を時計以上に感じさせているようだった。
 焦りからか、それとも単に傷のせいか、額を大粒の汗が流れる。それとともに霞んで見え始めた自分の視界を、ドラケンは片手で振り払い、消えかけた意思を力で手繰り寄せる。
 気がつけばついさっきまでは真新しい白を放っていた包帯も、その節々から赤が滲み出しはじめていた。
 完全に傷が塞がっていないうちに動くからそうなるんだと医者には言われそうだが、かといってベッドの上で大人しくしていたのでは死んでいるのと同じだ。ドラケンはそう考えている。まだ身体は動くのだ。ならば、出来る最大限のことをしなければならない。
 アクセルを踏む脚に力を入れる。あと何分自分が持つかわからない。ただ速度が欲しかった。倒れるなら前のめりに、である。
 応えるように吼えるエンジンの手綱をハンドルで操りながら、車道に隣接した草原を見渡す。ただ生い茂った緑色がゆらゆらと風に揺られているだけで、一向に探し人は見つからない。見落としているのではないかという不安が過ぎるが、止まっている余裕もほとんどない。
 ついさっきまで隣に座っていた彼も同じ不安に駆られているのだろうか。いや、彼はこれ以上の不安に駆られていることだろう。冷静に取り繕っていたが、その奥にはそんな色が確かに見え隠れしていた。

「……クリア、だな」

 意識を失わないよう、声を出して助手席に広げた地図にペンでチェックを入れる。これで既に8つ目である。
 車で行ける場所に果たして飛ばされているのだろうか。飛ばされた先でじっとしているのだろうか。それとも既に……。

「いや……よそう」

 頭を過ぎる嫌な予感を振り払いながらハンドルを切る。
 大体が自分という優秀な盾がいたのだ。その盾がこうして生きている以上、それに守られたはずの彼女が負傷しているはずがない。
 それに、そんなものは関係ないのだ。今、自分に出来ることは唯一つ。

「死ぬ直前までこの車を転がして、彼女を発見する」

 今出来る、最善を尽くす。すべての戦士が身体で覚えていることだ。
 睨み付けるように正面を見据え、ドラケンは再び走り出す。
 誰かのために生きられるなら、何も怖くはない。自分の周囲を心地よい空気が満たしているのを彼は感じていた。
 ドラムでも叩くように何かのリズムに乗せてハンドルを切り、コーナーを曲がる。今ならばどんな無茶や無謀も不可能ではない気がした。こういう時にRBに搭乗できたらどれだけの戦果をあげることができるだろうか。

「……ッ!」

 高揚する意識と、疾走する車に急ブレーキをかける。緑の中に別な色が混ざっていたように見えたのだ。
 バックでいったん道を戻り、再びそこを確かめる。確かに、何かがいるようだった。
 念のためホルスターに収めた拳銃に手をかけながら車を降り、ゆっくりとそれに近づいていく。
 一歩一歩、ゆっくりと、確実に、そしていつでも動けるように神経を張り詰めながら。重傷の身体もあってか、その距離は果てしなく遠いように感じられた。
 そして、その全体を捉えた時、ドラケンは安堵の息を漏らした。
 城島月子、探し人その人はまるで探し回っている男2人のことなど関係ないというように、すやすやと草原に寝転がっていた。
 堪え切れずに小さく笑い、ホルスターから放した手でそのまま携帯電話を取り出す。

「和錆か? 私だ。お姫様を見つけた。場所は――」

 もそり、と足元で何かが動く。通話を終了させながら、ドラケンは足元に視線を落した。
 目を覚ました月子が丁度上半身を起こしたところだった。通話の声で起こしてしまったようだ。自分の気遣いの足りなさを反省しながら携帯電話をしまう。

「すまない。今和錆を呼んだ。5分もすれば来るだろう」

 月子は眠そうな目を擦りながら頷く。寝そべっていたおかげで頬に土がついていたりするが、これを拭ってやるのは自分の仕事ではない。ドラケンは気づかれないように彼女に微笑みかけた。

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「ほら、丁度5分だ」

 赤が広がり始めた夕方の草原を、火の球のように駆けてくる車を親指で指し、笑いかけると、月子もくすりと笑った。

「ほんとだ。でも普通、逆よね」
「本来なら私が見つける役割ではなかったんだろうが、まあこういうのも悪くないだろう」

 運命の皮肉というやつを2人で笑いながら、車道から外れていることも無視して、とんでもないスピードで突っ込んでくる車を向かえる。甲高いブレーキ音を上げながら止まったそれから、やつれ気味の男が飛び出してきた。猫野和錆だ。扉を壊しかねない勢いで開け放ちなちながら、彼は草原を疾駆してくる。
 その様子に思わず笑い出しそうになるのを堪え、地を踏みしめる両脚に力をこめた。少し血を流しすぎた。世界が軽く揺れ始めている。ここで倒れてはすべて台無しである。

「これ以上は野暮だな。馬に蹴られては本当に死んでしまう」
「次があったらまたよろしくね、騎士さん?」
「次は私ではなく彼に頼んでくれ。だいたい、次があったら彼が精神疲労で死んでしまう」
「そうかも」
「まあ頼まれれば喜んで参戦しようと思うがね。それではまあ……彼が怖い顔で見ている気がするから失礼するとしよう」

 ころころと笑う月子に背を向け、自分の車に向かって歩き始める。向こうからは和錆が一ミリのずれもなく真っ直ぐにこちらへ走ってきていた。
 無論、和錆の顔は見えていない。逆光もあるがそれ以前に視界が霞んでいるおかげで足元さえ不確かな状況である。そろそろ限界が近い。無理して彼らと談笑し、それで死んでしまってはお話にならない。

「さすがに本格的に病院で寝る。すまない」

 すれ違い際にそう言っておくが、ちゃんと聞こえたのだろうか? いや、まあどちらでもいいか。
 月子へ駆け寄る彼の肩を叩き、精一杯の微笑を浮かべながら、彼にだけ聞こえるようにそっと呟く。

「おしあわせに」

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引渡し日:2008/05/09


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最終更新:2008年05月09日 15:41