睦月@玄霧藩国様からのご依頼品



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 地平線に沈む真っ赤な夕日が、雪の積もった歩道に、手を繋いだ3つの影法師を伸ばした。
 青い髪の少女を真ん中に、右手側には筋骨隆々とした逞しい、熊のような男。
 そして左手側には金髪の美女、工藤百華の姿があった。

「これではまるで親子みたいだ」

 筋骨隆々の男、谷口竜馬が自分の隣に並んで歩く青い髪の少女と金髪美女の両名を見比べ、嘆息をつきながら呟いた。ほんのりと胃が痛い。この男、徴兵さえなければまだ高校生だというのに、とんでもない苦労人であった。
 精神疲労で一気に老化が進みそうな気さえしてくる。もっとも、すでに高校生にあるまじき老け顔だったり、肉体だったりなわけだが。

「何いってるのよ、父ちゃん」

 これ以上ないほどの笑顔を浮かべながら工藤は谷口に言った。
 凍る谷口。思考が停止する。
 笑顔というのは行き過ぎると人を殺せる立派な武器になる事が頭の中に刷り込まれ、じんわりと胃が痛くなった。
 今まさにドリルで腹をぶち抜かれています、というような苦悶に満ちた顔の谷口を見上げながら、石田が2人の間で意味不明と呟く。赤い瞳には微かに調子の悪そうな飼い犬を心配するような色が見えた。
 工藤は歩きながら、口を閉じて微かに唸っている谷口をチクチクと追撃する。

「ちゃんと稼いでよね、父ちゃん。みんなを守りなさいよね、父ちゃん。あんた父ちゃんなんだから、分かった? 父ちゃん」
「お前俺に恨みでもあるのか」

 筋肉という名の甲冑を着込んだ堅物巨人に出来る反撃はこの程度だった。そんなこともお構いなしに工藤は続ける。というよりも、だんだん面白くなってくるから困る。

「あら、なんなら私を母ちゃんと言い返してもいいのよ?」

 ぐっと息を呑んで言葉に詰まる谷口と、舌を出して言う工藤。猫のようであったが、それが谷口には悪魔のようにも見えた。
 いかん、工藤のような良い奴を悪魔だのと。即座にその妄想を振り払う。胃が軋んだ気がした。
 不安そうに意味不明と繰り返す石田を、工藤は抱き締める。
 歩き難そうだろうと目で訴える谷口を無視して、2人は雪道で足を止めた。つられて谷口も止まる。

「私が母ちゃんで、あなたが父ちゃん。で、そうなると隊長が一番上のお姉ちゃん?」

 石田を抱き締める手にぎゅっと力を込め、やや上目遣いに谷口の瞳を覗き込む。同時に、工藤の腕の中からも石田の不安そうな瞳が、谷口を覗き込んでいる。
 その視線に押され、谷口が思わず顔をゆがめるのを見過ごしはしない。全力でからかい始める。

「帰ったらご飯にする? それともお風呂? それとも……」

 私? と言うところで、谷口が壮大に咽だした。それを見た工藤は満足したようにくすくすと、片手を唇に当てて笑う。腕の中ではやはり石田が不安そうに見上げていた。もそもそと工藤の腕の中から抜け出し、谷口に飛び込む。
 谷口はそれをターンしながら受け止め、遠心力と腕の力だけで彼女を持ち上げると、とすんと肩車した。一般常識からはだいぶ外れた動きである。 
 きゃっきゃと楽しそうな石田を工藤は見上げる。谷口の頭の辺りからは、もともとそれほど長く無いスカートのおかげで、白い艶やかな肌が深いところまで覗いていた。

「あら、大胆」
「うるさい」

 そんな眼下のやり取りなど気にも留めず、石田は谷口の頭をぐりぐり撫でると、上機嫌になったように歌を口ずさみだした。
 澄んだ歌声が、夕暮れの空に響きわたる。
 優しい、母の抱擁のようなメロディーが3人を包む。谷口は石田を担ぎながら、工藤は優しく微笑みながら、再び歩き始めた。

「続くといいな。このまま。ずっと」

 ぼそりと工藤が呟く。
 谷口は体育会系ならではの、嫌味なほどに爽やかな笑みを浮かべた。

「続くさ」

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 歌声が赤い空に溶けて行く。
 あの日聴いた歌を歌いながら歩く工藤の傍で、睦月が静かに涙を流していた。涙を流すほどのものだっただろうかと、工藤は苦笑して歌うのをやめる。まあ、こいつはこういう奴だったっけ。

 地平線の向こうに沈む真っ赤な夕日が、小笠原の地面に2つの影法師を伸ばしている。
 あの日はまだ、きっと、続いている。


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最終更新:2008年03月23日 15:41