No.204風野緋璃@FEGさんからのご依頼品
ペンギン・チェイサー (風野緋璃さん1/30ゲームより) ―風野緋璃さまに捧ぐ―
耳の奥が痛くなりそうなくらいの静けさが部屋を満たしていた。
ここは瞑想のために使われる部屋だという。
ならばこの静けさもあながち忌避するべきものでもないのだろう。
部屋には小窓がひとつだけついている。
緋璃が来たときから部屋を満たしていた沈黙は、その小窓が開くことによって破られた。
「どうした?」
挨拶も何もない。
開口一番のその台詞がなんだからしいと、緋璃は苦笑した。
「開口一番、それですか」
「呼ぶなりの理由があったのだろう」
これだからこの人は、とでも言いたくなってしまう台詞だった。
会いたいからとか、話したいから、とか。
そういう理由で呼ばれることはないとでも思っているのだろうか。
だいたい、この前の迷宮で会った時だってこちらに目もくれずに先へ進んでいってしまった。
そりゃ、愚痴の一つでもいってやりたくなってしまうのは仕方のないことだろう。
とはいえ、小窓からでは相手の顔も見えない。
緋璃が小窓に近づくと、ひょいと何かを差し出された。
躊躇する間もなく、反射的に受け取る。
「これ、なんですか?」
緋璃が思わず問い返してしまうのも無理はなかった。
小さいペンギンのキーホルダーがころんと手の中に転がっている。
ハードボイルドペンギンから渡されるにしては、随分と可愛らしい贈り物だ。
「これで代用でもしていろ」
あっさりと返された台詞に、緋璃が瞬間言葉をなくした。
「ふざけないでっ! 私は、別にペンギンが好きなわけじゃない」
「猫か?」
ハードボイルドペンギンはその答えすら予想していたかのように淡々と言葉をつむぐ。
「貴方が、好きなのっ。こうやって私と喋ってくれている、どこか不器用で格好いい貴方が」
「若いときはそういうときもある。自分を遠くに連れて行く、そんな奴にあこがれる」
ふう、と煙を吐き出す声が、聞こえた気がした。
「気の迷いだ」
ずるい、と思う。
経験に物を言わせて断言するような物言いは。
泣きたくないとも思うのに、涙が溢れてしまいそうになるのは止められない。
「時間を持ち出されたら、私には何も言えないじゃない」
「事実を述べただけだ。だが、涙は拭け。泣かせるために話してるんじゃない」
泣きそうな気配が伝わったのか、ハードボイルドペンギンがそう言った。
小窓しかないのがやっぱり悔しい。
どんな顔をしてそんなことを言ってるのか見てみたかった。
「……これで泣かないと思ってるなら、貴方は大馬鹿ですっ」
「馬鹿なのはたしかだ。俺こそは馬鹿の大統領。全ての馬鹿を統べて戦う第13の階位だ」
小窓の向こうでさざめく気配。
「ペンギンだがな。泣くな」
今度はわかった。きっと少しの衒いもなく堂々と笑いながら言ってるに違いない。
緋璃も少しだけ、笑った。
3週間考えて、決めたことを伝えよう。
あなたが私の幸いなのだと、この朴念仁にわかってもらわなければ。
/ * /
「……俺が死んだら一年喪服を着ろ。後は自由だ。お前の好きに。お前の家の額の後ろに封筒がある。中身は大事に使え」
だが。
いい男には足がついていて、すぐどこかへ行ってしまうというのは本当のことらしい。
「じゃあな」
「……まって」
言いたいことだけ言い残して、去っていくハードボイルドペンギンを追おうと、小窓に手をかける。
しかし、彼はそれすらもお見通しだったらしい。
いや、最初からそのつもりだった、ということか。
小窓は小さく、とても緋璃がとおれそうな大きさではなかったのである。
「冗談じゃない…」
こんな小窓で追跡を断つつもりだったのだとしたら甘すぎる。
そんなに簡単に諦められる気持ちでもなければ、決意でもないのだから。
とりあえずは是空さんに相談してみるところからはじめようか。
そんなことを思いながら手の中のキーホルダーをちょんとつつくと、緋璃は部屋の扉を開けた。
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最終更新:2008年02月28日 19:42