船橋様からのご依頼品

蚤(のみ)
節足動物門昆虫綱ノミ目(隠翅目)に属する昆虫の総称

心臓(しんぞう)
特に脊椎動物のもつ筋肉質な臓器

蚤の心臓(のみ-しんぞう)
非常に臆病な人の喩え。些細なことに驚くような人にも言う。あるいは柱空歌の事



蚤の行動は無謀でしかない、という言葉がある。
だが、蚤の心臓が起こした行動は勇気ではないのだろうか。無謀だとしてもそれは勇気ではないのか。

カーテンに遮られた光が、部屋の中をわずかに浮き上がらせる。もう何度目の朝だろうか。
柱空歌は悩んでいる。あるいは病んでいると言ってもいいだろう。
何せ電気もつけず、カーテンを閉め切った自室に引きこもったままである。
学校にも行っていない。どうすればいいのか、彼の顔を見て、いや、姿を見て何が出来るのか。
答えの出ない自問自答が、空歌を部屋に引き止め続けていた。
ぎゅう、と耳を塞いで目を閉じる。この前の公園の時のように。
見えないように、聞こえないようにすればするほどあの時の光景が鮮明になる。

『俺は、空歌のことが好きだ
君への想いは他の誰にも負けない自信がある。
だから…ずっと一緒にいてくれないか?』

「駄目だよ…駄目だよそんなの…」
ふるふると頭を振って振り払おうとする。だけど消えない。
思い出す度に顔が赤くなっていく。公園で言われた一言一言が、まだ、耳に残っていて。
思い出す度に胸が熱くなる。何で気絶なんかしたんだ私。
うあーうあーと頭を抱えて床の上を転がる。その内机の角に頭をぶつけて動きが止まった。
むりだよ…むりだよ…好きだなんて言われてもどうすればいいのかわかんないよ…
ぶつけたからだ。きっとそのせいで涙が止まらないんだ。

「空歌ー!」

聞こえるはずのない声が、聞こえた。
そんなはずがない。来るはずがないのだ。

「くーうーかー!」

また聞こえた。恐る恐るカーテンの間から外を覗く。
自宅の前に、一人の男が立ってこちらを見ている。
空歌は涙が止まらなかった。
初めて会った時から、ずっとそうなのだ。
海で転んで怪我をした時も
風間さんとのお料理の時も
お祭りの時も
いつもそうなのだ。
船橋君は、いつも私を気遣ってくれる。
彼は助けてくれる。それなのに、私は-

頭の中の、わだかまりや恥ずかしさを振り切って空歌は立ち上がった。
ぐい、と涙を拭いて、着たままだった制服を慌てて脱ぎ捨て、服の入ってる棚を開ける。
一着のドレスを取り出し、袖を通して部屋を出た。
ばたばたと途中で転びそうになりながら階段を降りていく。息が切れそうになる。明日からもう少し運動しよう。

ドアを開ける。その一歩は、柱空歌という少女の始まり。
蚤の心臓といわれた少女の勇気の一歩。


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引渡し日:2008/1/14


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最終更新:2008年01月02日 15:55