環月怜夜@世界忍者国様からのご依頼品


/*いとのゆれ*/


 今日は予想を裏切ってみよう、と白いスーツを用意した。それを着込むと、スーツケースを持って外に出る。歩調を調節し、予定時間にあわせて移動。
 環月怜夜の事を考える。すでに待っている可能性は、八割。だが、急ごうという気にはならない。待っている間、不安になりつつも先のことを楽しみに思えるのは、人間の素晴らしい機能である。その未来が明るい物と信じるならば、思い描くは楽しく、胸が躍る。
 酔うようなその心境を想像し、ではそろそろ会いに行きましょうと、ロイはわずかに歩みを早めた。
 すくなくとも、夢に見るよりは楽しくできるように。


 船着き場の待ち合わせ室は人が多かった。船が入港するのだろうか。見送りや、あるいは乗り込みに行くとおぼしき人々が集まっている。大荷物の人、子供の手を引いている人、見物している風な人。ざわめくそれはざらざらと音を立てる海の波のようでもある。
 その中から、見知った顔が洗われる。白いスーツを着た金髪の男性。嫌味なくらいフォーマルな高級スーツは、どこか、この場では浮いている。ロイだった。
 ちゃんと会えるかどうか、いやそもそも来てくれるだろうか……まずその時点からして心配になり始めていた環月怜夜は、見知った男性を見つけて、一瞬、首をかしげた。てっきり黒スーツだと思っていたからだ。
 だからか。予想外のその姿に、見惚れてしまった。
 きっと予想通りの姿でも見惚れていただろうとは、後日話を聞いた藩王の談。
 停止二秒。はっとして彼に声をかける。ロイは優しく笑うと、挨拶を返した。


「場所ですが、どうでしょう、壁でも上りませんか」
 壁? 環月は内心で小首をかしげた。一瞬ビルの外壁を上り下りするサイケデリックな蜘蛛を連想したが、すぐに忘れる。
「あ、上ります。よく分からないけど上ってみます」
 だが、思考よりも早い口が気付けばそんなことを口にしていた。その答えにロイはにこりと笑い、スーツケースを片手に、環月と歩き出した。
 歩き出してすぐ、海岸の方に向かっている事に環月は気付いた。でも海に壁ができたという話はない。かといって海に巨大建築があるという話も聞かないし。
「あ、でも、スーツが汚れませんか?」
 でも、そんな思いはごく一部。頭の大部分は彼を向いていて、そんな余計なことを考える隙間はごくわずかにしか存在しない。一歩一歩、こちらの歩幅に合わせて歩いてくれていることに、少し恥ずかしくなる。もっと早く歩ければいいのに。いやでも、これもいいかもしれないと、ちょっとぐるぐるする。
「汚れた私は嫌いですか?」
 変わらぬ微笑と口調で言われ、環月はふるふると首を振った。
「いえ、大好きです」
 反射的に言ってしまい、ちょっと顔が赤くなる。
「………今の、無かったことにしてください」
 あからさまに照れているのが丸わかりだ。しかも最後の方は声が小さくなってしまった。笑われるだろうか?
「ありがとう」
 かっ、と顔が赤くなるのを感じる。ちょっと深呼吸。でも動悸は収まらず。恥ずかしいような、嬉しいような、いろいろと混ざった不思議な感覚。
 二人は砂浜から外れて、岩場の上を歩いていく。


 岩場になり、足場が悪くなると、環月の歩く速度はみるみる落ちていった。一瞬はわざとかとも考えたけれど、苦労している様子から見るに、そういうわけでもないらしい。軽く握った手でそれとなく歩きやすい道に誘導するロイ。
「ごめんなさい、運動神経が鈍くて」
 ロイはにこにこ笑いながら、それには答えなかった。彼女の表情が恥ずかしがっているような物から、混乱しているような、どうしていいのかわからない、といった物に変わる。ちょっと楽しかった。
 あ、少しだけ恨みがましそうな目をされる。いけない。笑ってしまっていただろうか?
 ちょっと気をつけよう。
「ここが壁なんですか?」
「もう少しです」
 しばらくすると、目的地の断崖にたどり着いた。ほとんど垂直の、突起の少ない崖だ。高さは二十メートルほど。下から見上げるとずいぶん高く見えるが、上から見下ろしても、きっと同じようにずいぶん高いと感じられるだろう。
「ここを……上るんですか?」
 驚いたように壁を見つめた後、一瞬悔しそうな顔をする環月。ロイはだまってスーツを脱いだ。黒い、ボディフィットした服が現れる。手袋をつけ、髪を縛った。
 付議始めたのを見て、環月が慌てて目をそらした。顔が少し赤くなっている。
「……私も着替えた方がいいのでしょうか?」
「まさか」
「階段でも?」
 どういう事かしら、と首をかしげる環月。着替え終えたロイは彼女を見て、言った。
「見ていてください。出来れば死んだ時はお線香でもください」
「いやーーーー! もう二度と死なないで。お願いです!!」
 必死になる環月に、ちょっと悪いことしたな、と思いつつも、ロイは自分が機嫌良くなっていくのを感じた。
 と、思っていると、彼女の目にちょっと涙が浮かんできている。いかん、やり過ぎたか。いや、このくらいなら大丈夫。
 誤魔化しも含めて、ロイは断崖を見た。ほとんど凹凸がないが、あくまでほとんどだ。うまく掴めれば上っていける。それに、それができるくらいの筋力はあった。
 一分ほどみた後、ロイは最初の出っ張りに指をかけた。全身のバランスと指に加わる力を調えながら、足を引っかける。もう片方の手を伸ばして、壁を上り始めた。ちらと視線を下に向ければ、祈るようにしながら、はらはらとこちらを見ている環月の姿がある。
 上に進むごとに、全身の筋肉が脈動する。あまりに引っかかりが少ない。できないとは言わないが、思ったと同じくらいには、なかなか骨のいる難敵だった。
 と、いう風に見えるだろう。
「あっ!」
 環月が叫ぶ。ふいに、足が滑ったように見せて、ロイはそのまま落下した。慌てて駆け寄ってくるのを見ながら、落下距離五メートルをすとんと降りて、ロイは笑った。
 ちょっと泣きそうな顔をして、環月が駆け寄る。「怪我してないですか? 大丈夫? 生きてます?」と実に不安そうに問いかけてくる。
「中々強敵だ」
「うー……からかってません?」
「少し」
「貴方って人は――――!!!」
 さすがに怒ったか。こういうのも、でも、なかなか楽しい。
「私のことなんか、好きに玩具にしてくれて結構ですけど、危ないことはお願いだから……」
「からかってみたいお年頃なんです。今度はちゃんと上ります」
「いつまでお年頃が続くんですか…………」
 そう言ってちょっとため息をついてから、環月は手を引いてきた。
「あの、もう、十分です……次に何かあったら、心臓が頑張ってくれるかどうか……」
 だから楽しいんじゃないか、とは言えない。
「もう、十分です。貴方がこうして来てくれただけで、満足できましたから」
「冗談です。ちゃんと上ります」
「いえ、本当に。大丈夫って信じてますけど」
「それに、こういうのは命がかかってるから面白いんです」
 ロイはにこりと笑った。


 結局。その後もう一度落ちて、もう本当に心臓が止まるんじゃないかと思った。と、環月は帰宅後に旅行の感想として藩王達に説明した。
「あ、でも、ちゃんと最後は上ったんですよ!」
「上ったまま消えちゃったんだよねー」
 結城由良はそう言った後、それにしてもと付け加えた。
「やっぱり手馴れてるというか、女たらしねぅ」
「女たらしなんですか? 気付きませんでした」
 環月はロイの残していったスーツとスーツケースをしっかと抱えて、そう言った。
 誰も何も言えなかったのは、まあ、仕方ない。

 なんにしても。本人が幸せならそれに越したことはないのである、という一例。




作品への一言コメント

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  • ここまでからかわれていたんですね!気付きませんでした・・・・・orzありがとうございました。 -- 環月怜夜@世界忍者国 (2007-12-10 02:26:28)
  • お読みくださりありがとうございます。 いやー、僕の脳内補完ではもっと(自主規制)。 愛されてるのっていいですねー。 -- 黒霧@玄霧藩国 (2007-12-10 08:01:01)
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最終更新:2007年12月10日 08:01