深織志岐@暁の円卓様からのご依頼品


/*地雷原を踏みしだけ*/


 そういえばそろそろそういうのも大詰めの季節だよなーと、深織志岐は朝の職員会議を聞き流しつつそんなことを思っていた。咥えたパイポが悲しく揺れる。煙草吸いたいなーと思いながら、最後の進路面談の日程が話されるのを聞き流した。
 面談、面談ね。
 内心でぶはーとため息をつく。
 面談言ってもね。大体最近の世情じゃあ大学まで行くのは事実上の義務教育じみてきているし、就職するにしたって、工業系でもない限りそんなに豊かなパイプラインは持っていない。大体もう公募の時期は過ぎていた、と思う。解禁が九月か十月だったか……。あとはそう、大学じゃなくて専門学校という線もあるが、さて、今のところそういった希望は上がってきていない、とか何とか。
 そんなことをつらつらと考えているうちに会議終了。深織は最近こり始めている肩をごりごりやりながら、今日の授業を開始することにする。
 廊下を歩きながら、ふと、外を見た。窓ガラスに映った自分の気の抜けたような顔の向こう、空は灰色に、重たく染まっている。
「雨でも降るかね」
 そんなことを一人つぶやき、歩きを再開。では今日も、一つ、仕事をしに行きましょう。


 そして昼休み。そういえば朝の会議中に何か議題になっていたな、とある生徒のことを思い出した。名前は確か工藤……工藤、百華、と言ったか。
 ふむ。
 しばし考えて、深織は工藤を捜すことにした。まあこの際だ。話を聞いておくくらいはしてもいいだろう。そしていつもながら歩く年齢詐称罪の少女ヴィザ(自称三歳。不老の髪飾り装備済み)にひっつかれつつ、生徒から話を聞いて屋上に。なにやらあった末に、教室で食事をとることになった。
 そうして気付いたのだが、工藤、飯を食べていない。まあたしかにあんまり大食らいだとその体型を維持するのも大変だろうなーとは思ったが、どうも、そういうわけでもないらしい。工藤は教室に戻るなり、巨大なマフラを取り出してすさまじい速度で編み始めた。
「わー、すごいすごーい」
 ヴィザがはしゃぐのを尻目に、窓の外を見る。今朝予想したとおり、雨が降り始めていた。慌てて窓を閉めにぱたぱたと走っていく生徒達。
「さて、飯食うか。……でかいマフラーだなぁ。大変そうだ」
 視線を戻せば、やはり目につくのはでかいマフラだ。編む速度も尋常ではない。何かの奥義かもしれない。
「食べなくていいんですか?」
 しばらく見とれていたからだろう、箸が止まっていることを工藤に指摘される。深織は少々慌てて「あ、いや、食べる食べる」と言った。
 しかし――それにしても。
「これならアレだなぁ。進路相談しなくても、工藤なら永久就職でなんとかなるんじゃねえか?」
 そう言われて、工藤は微笑んだ。
 黙ってみていると、それが妙に悲しそうだという事に気付いた。ヴィザも気付いたらしく、年齢不詳のその表情を一瞬曇らせつつも、無かったことのようにもっきゅもっきゅと弁当を食している。
「……分が悪いか。がんばれ。勝負は終わるまで分からん」あー、ミスってるなーと思い、なんとか挽回しようと深織は口を開く。「なんならおっさんがもらってやろう」
 隣でヴィザが?を打ち上げる。ついでに、言ったあとで「これセクハラなんじゃ」と気付いて、慌てた。地雷原を裸足で突き進んでいる感覚に心臓が嫌な音を立てる。
 工藤は笑って、鞄から写真立てを出した。
「とりあえず、進路相談始めるか。ヴィザと同時なのは勘弁してくれ」取り繕うように深織は言う。そ、そう。本題はこっちだ。さっさと本題に行こう。「二人とも、なりたいものは決まってるか?」
 なんで駄目なのー? と首をかしげるヴィザ。ちなみに彼女は第一の野望=永遠の三歳児を果たし、現在は暁の全権を掌握することにある。
「進路、ですか」工藤は一瞬きょとんとしたあと、少し遠い目をして言った。「私はそうですね、病院に戻ることになってるんです」
 そして一呼吸置いて、
「たぶん、それで、終わりかな」
 と締めくくる。
 病院……? 深織は不思議そうに首をかしげる。たしか、この生徒にが持病を患っているとか、そういった話は聞かなかったが……ああいや、それはつまり、あっち方面と言うことか。
 深織が悩んでいると、工藤は写真立てを指で押した。写真には吉田や菅原、山口、渡辺が写っている。
「もう、ずっと前に、おわっちゃった」
「そっか……じゃあ、今のところはやりたいことはないのか」盛大に地雷が爆破している気がしつつ、深織は言った。
「いえ。とりあえずこれを」
「あぁ、いまは、それか」
 深織が笑う。工藤は写真に微笑んで、その後で作業を再開した。
 と、そこに英吏が歩いてきた。あ、えいりにーちゃんと舌足らずな口調でヴィザが言いかけたとき、工藤は盛大に編むのをやめた。立ち上がり、飛ぶような速度で移動。
 鮮やかな跳び蹴りが決まった。
 ごろんごろんと回って廊下に飛んでいく英吏。工藤はぴしゃん、とドアを閉めるとさも「何もありませんでしたよー」と言った態度で編み物を再開した。
「すごいねえ。まるいからよくころがるのかなあ」ヴィザが外れたことを言う。
「ちょ、ちょっとまて工藤、切れる17歳か、お前、いや、いやまて」
 かなり慌てる深織。そう、落ち着こう。クールになるんだ。そして深織は深呼吸を一つ。意識をすっぱり切り替えた。
「何も無かった」
 切り替えすぎである。
 自身そう思ったのか、ややあって深織は立ち上がった。ドアを開けて廊下を見る。ぶっ倒れている英吏。
「大丈夫かー」
「蹴り飛ばされて大丈夫な生徒がどこにいるんですか」
 立ち上がり、むっとした顔で言う英吏。
「まさか瞬間でやられるとは」
「でも英吏おにーちゃんはけっこう平気そうなのよ」内心、むしろもっとやれーと喝采するヴィザ。
「で、なんだ、工藤に用事か。お前も一緒に面談するか?」ヴィザの内心を知らず普通に会話を続ける深織。が、やつにも思惑は、ある。「つーか俺空気読めないから、面談で確実に地雷踏んでるんだよなぁ。間がもたねえんだよ」
「安心してください」英吏は自身がある風に言った。「俺のほうが、良く踏んでいます」
 ああそりゃそうだともさ。その発言とかね。
 誰もがそう思った次の瞬間、英吏の頭に椅子がたたき込まれた。派手に砕ける椅子。さすがに耐えきれなかったか、英吏は倒れた。見事な不意打ちである。
「いたいのいたいのとんでけー」楽しそうに英吏の頭を撫でるヴィザ。
「工藤……」呆れたような視線を深織は向ける。
「悪口の相談なら、他所でしてください!」工藤は肩で息をしていた。
「ちがうのよ、誤解なのよー」ヴィザの言葉に説得力は皆無だった。
「死ぬかと思った」英吏、復活。
「死ね、デブ」殺気全開の工藤。
「うらやましいか」英吏、笑う。
「全然、ばかじゃないの。自分の不幸に気付きなさい!」
「幸せなのにか?」
 充分に安全な距離から見ている分には、なかなか微笑ましい光景である。ヴィザは一人安全距離を取りつつぽそぽそと言った。
「おねーちゃん、かわいいねえ」
 頷く深織。まじめぶって言った。
「ヴィザ、よく見て置け、これが修羅場だ。まぁ、こういうところ見ると可愛さとか格好よさにきづくんだが」
「修羅場もなにも」
 英吏は胸、というか、腹をはった。
「自分はもてておりません。わははは」
 教室の温度が数度下がった気がしたのは、おそらく、気のせいではあるまい。
「英吏、お前、本当にそうおもってるなら、放課後に個人面談な」神経をヤスリでごーりごりすり減らされる感触をたっぷり味わいつつ深織は言う。
「先生、言ってやってください。いろんな女を食い荒らしてるって」いきり立つ工藤。
「まあまて」大いなる誤解だ、と英吏は思った。そろそろ皆落ち着け。
「お前の事を裏で好いている女子が、保健室相談とか、職員室着たりで、大変なんだ」ため息混じりに深織は言う。「俺以外の先生も相談を受けてるらしい。そろそろ気付け」
「はあ。というか。そう言う人が一人でも実在したら、私は本当に幸せですね」
 鉄壁だった。
「はーいはーい、英吏おにーちゃんすきーっ!」
 が、そこに飛び込んでくるヴィザ。英吏の腹にしがみつく。
「ほら、ここにもいるぞ」どうだ、とばかりに笑う深織。
 英吏は一途きょとん、としたあと――
 感動した。滂沱だった。鉄壁は崩れた。
 ヴィザを抱きしめる英吏。何か満たされた声で、言った。
「いい父親になります」
「わーいっ!」
 何もかもが間違っている。
「母親争いで、小笠原が血の海になるぞ」
 深織はぼやくと、なんか風邪でもひいたかなー背筋が震えた。振り返る。工藤が泣きそうな顔で英吏を睨んでいた。
 もう何も言わず、ドアをしめてどこかへいった。
「おいおい……女泣かせるなよ、英吏……」
 そう言って出て行く深織。が、出て行きかけたところでひょこっと首だけを教室の方に戻す。
「でも、後で缶コーヒーくらいおごってやる」
 そうして改めて外に出て行った。
 英吏は何もかもをわかった風に微笑むと、腹にしがみついてきゃっきゃいってるヴィザを撫でつつ、つぶやいた。
「たしかにあいつは義理堅いですからね。そんなこと気にしないでもいいでしょうに」

 ところで。良いとこ取りのヴィザであった。



作品への一言コメント

感想などをお寄せ下さい。(名前の入力は無しでも可能です)

名前:
コメント:




引渡し日:


counter: -
yesterday: -

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

最終更新:2007年12月04日 15:31