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その日は、休日でした。
トラナは帽子を被って、ちいさなポシェットをもっいていました。
大きなシルクハットに、かわいらしいくまのポシェット。
神奈は、トラナに向かっていいました。
「トラナ、どこへ遊びに行こうか?」
遊びに、という言葉に呼応して、トラナはこくこくと首を縦にふりました。
「トラナは、どこか行きたいところある?」かわいらしいしぐさに微笑みながら、神奈が言いました。
トラナはすかさず、
「海」
そして、
「カニ」
と言いました。
神奈は笑って、
「じゃあ、海に行こう!」
トラナは大きくうなずきました。
トラナは、毎日海を見ていました。
それでもなお、海が好きらしく、海へ行こうと言うのでした。
海は、まだ泳げはするけれど、水温は23度ほど。
泳ぐには冷たいかもしれない温度でした。
そしてそれでもなお、トラナの海好きはかわらないのでした。
神奈は秋の潮風に吹かれながら、トラナを見て、
「トラナって、ほんと海好きだよね」
と言った。
トラナは不思議そうな顔をしていました。
「うみ、きらい?」
首をかしげて聞くトラナ。
神奈はトラナのそんな様子に微笑んで、
「ううん、そうじゃないよ。私も好き」
潮風を頬に感じながら神奈は、
「私は小さいころはあまり近くに海はなかったけど、今ならこうしてすぐにこれる」
笑った。
トラナは、神奈が海が好きと知り、言った。
「海は、なんでもあるよ」
神奈は不思議そうに繰り返した。
「なんでも?」
トラナはあどけない顔で頷いた。
「うん」
トラナは海岸から海を見ていました。
遠い、何かが見えている気もしました。
トラナの髪が風に揺れていました。
神奈は、ふと思い付いて、以前にも行った岩を指差しました。
「ねえ、トラナ。あの岩、行ってみようか?」
トラナはうなずきました。
「カニ。いるかな」
そしてカニのことを気にしました。
神奈は明るく、
「うん、いるといいね」
そして
「海風が気持ちいい……」
と、はるか広がる海を見ました。
トラナはスカートのすそを持ち上げながら、歩いています。
神奈も、転ばないように気をつけながら横を歩きました。
トラナの近くにいると風景が違って見えました。
いくつも沈んでいる建物が見えるのでした。
そう、それはまるで六合に見えました。
トラナは繋がってるのかもしれない、と神奈は思いました。
トラナは何気なく、浮かんでいるあひるのおもちゃを手に取りました。
引き寄せました。
確かにおもちゃはトラナの手の中にありました。
「あひるのおもちゃ?」
神奈はつぶやきました。
なぜならそれは、小笠原の海にあったものではなかったからでした。
トラナは、手の中にあるおもちゃを見ていいました。
「うん。アヒル」
神奈は不思議そうに、
「トラナ、それってどうしたの?」
トラナはなにが不思議なんだろう? という表情で言いました。
「落ちてた」
なおも首をかしげて、神奈は、
「どこから流れてきたんだろうね……」
トラナ当たり前というように言いました。
「海にはなんでもあるから」
まだまだ不思議ではあったものの、神奈はうなずきました。
「うん」
そう。
トラナのそばでは、海は廃墟に見えるのでした。
死の海。
あるいは、死の中にいる海かも知れませんでした。
トラナは毎日この死の中の海を見ているのでした。
岩の上。
トラナにとってそこは傾いたビルの上でした。
トラナに同調している神奈にもそう見えました。
カニがいました。
小さなカニたち。
神奈は、
「傾いたビル……うん、でもカニもいる」
確かめるように言いました。
トラナは、カニを見て、
「うん。大きくなるかな」
神奈は、果たしてこのカニが大きくなるのか、そしてそれよりも、いま見える景色が気になりました。
「うーん、どうだろうね……」
水没したビルの部分は、魚の住処になっていました。
死体とかもありそうだが、神奈はその可能性は無視しました。
戦車も沈んでいます。
海岸で戦って、そのまま放棄されているようでした。
もちろん、六合での話です。
5m位下にあります。
がんばってもぐれば見れそうです。
人の気配も船もない。
ここは死の海でした。
生きているのは神奈と、この、死の海の王女トラナだけに見えました。
トラナはこう言う風景をずっと見ながら、生きているのかも知れないのでした。
神奈はいたたまれなくなり、
「トラナ」
手をさし出しました。
「もうそろそろ戻ろうか」
神奈は、岩のあたりに潮が満ちてくると大変だから、と思いました。
トラナは、
「うん」
とうなずきました。
そして小さく、カニに手を振りました。
神奈もカニに手を振りました。
神奈は軽い頭痛を覚えました。
トラナの近くでは何もかも変に見えるのです。
神奈は、手をぎゅっと繋ぎました。
トラナはびっくりしたが、すぐに上機嫌になりました。
神奈とトラナはそのまましばらく歩きました。
トラナは小さく歌を歌っていました。
聞きなれない曲。
日本語ですらない。
神奈は尋ねました。
「トラナ、その歌って、トラナの故郷の歌?」
トラナはこくりとうなずいた。
「よかったら、聞かせてほしいな」
神奈がそう言って微笑むと、トラナは、
「呼び出す歌」
神奈は優しく言いました。
「何を?」
トラナは、歌の説明をしました。
「しんだひと」
少し驚いて神奈は、
「慰めるんじゃなくて?」
尋ねました。
トラナはうなずいて、
「うん」
さらに、
「パパも、これで呼んだの」
神奈は、疑問に思ったことを聞きました。
「そうなんだ……ってパパって秋津さんのこと?」
トラナはうなずきました。
初めて知る事実に神奈は、
「そうだったんだ……」
と深くうなずきました。
「うん」
神奈はそんないたいけな姿を見て、
「トラナ、また、遊びに行こうね」
と言いました。
「うん」
トラナはいい笑顔で貴方を見て、歌を歌いました。
しかし、その明るさがどこか、怖かったのでした。






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引渡し日:2007/

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最終更新:2007年11月02日 18:36