■高原夫妻と少年・少女の場合 (前編)




遠くを。

遠くを夢見るように少女は眺めている。
その様は風に吹かれる花を連想させた。
大きな獣に背を預け、少女はただ、呆としている。
少女は、ただ、美しかった。

その美少女の名を結城火焔という――


 /*/

「どうもどうも久しぶり…何か疲れ気味みたいだけど大丈夫か?」

男が声をかける。
その声に少女が気づいたように反応をする。

「あ。うん」

ひらひらと彼女の傍にいる大きな獣――雷電と呼ばれる動物兵器に手を振る男。

「コガも久しぶり」

男の名は高原鋼一郎。
キノウツン旅行社の社長であり、先日結婚したばかりの男である。
連日の激務をこなしつつも、こうやって暇を見ては自分の時間を作れるあたりに、この人物の有能さが現れている。

「久しぶりです火焔さんー。」

その高原の隣から、駆け寄るようにして火焔に寄る6歳ほどの少年。
どこかうれしそうな声で話しかけるも、表情がやや曇る。

「体調でも悪いんですか?」

先ほどまでの様子を見ていたか、心配そうに火焔に声をかける。

「ううん、普通だよ」

なんてことはないという様子で答える。
見た目、平時と変わらぬためにこちらの気のせいかと思うほどに。
傍らのコガと呼ばれた雷電も、特に心配はしていない。
以心伝心、付き合いの長い一人と一匹である。
本当になにかあれば、吠えて知らせるぐらいはとっくにしているだろう。

「そうですか? …ならいいんですけど…。具合が悪かったらすぐに言ってくださいね」

なおも心配そうにする少年。
本当に心配でたまらないのだろう、まだ不安そうな顔になっている。
それは少女に寄せる思いの賜物か。
青狸。
それがこの純情な六歳児の名前であった。


「いやー。なんか最近。広島の夢見るのよね」

自分でも良くわかっていないのか小首を傾げつつ火焔は告げる。

「広島ですか…」
「なるほど。いや、大体その言葉で判った」

きれ者の顔でふむ、と頷く高原。
その言葉に関心したような青狸。

「もうわかったとはやりますね高原さん」
「仕事柄な」

高原鋼一郎、一流の男であった。
キノウツン旅行社は今、広島への旅行関連も業務の範疇に加えている。
自分の業務に、責任を持ってあたる。
驕りもなく口から出た言葉は、何よりも説得力があった。

「ちなみにどんな夢なんですか?」
「いや、なんというか源が死ぬとか、そういうの」
「そりゃまた不吉な……」

困ったような青狸。
だが、その横で高原は平然とした顔。

「うん、大体そんなところだろうとは思った」

即断。それに対する理由。

「(最近姿見てないしな)」

ふと源と呼ばれる少年のことを思い出した。
ACEのスケジュール調整も旅行社の業務である。
その動向も、誰よりも詳しい。
例え詳細な情報がなくとも、断片から高原はある程度の推測を立てることができた。
そうでなければ、社長は務まらないとでもいうように。

ぼそり、と青狸に理由を告げると、青狸もああという顔に。

「(キノウツンでもいませんねえそういえば)」

考える青狸少年。
ふと、ふわりと良い香りが――高原のあたりからした。
女性の、柔らかい匂い。
それを嗅いだ瞬間、曰くしょっぱい顔になった。

「…こっちは相変わらず、ですかーちくそー」

少年の視界の先には一流の男、高原鋼一郎。
その横には、蠱惑的かつ肉感的な魅力な女。
男なら、つい振り返るような、そんな女が高原にしなだれかかっていた。

アララ・クラン。

絶世の美女である。


「いや相変わらずじゃないよ。あの後結婚したし」
「そうそう」

照れたように説明をする高原。
幸せそうに、見せ付けるように“夫”にキスをするアララ。
一枚の絵であった。

が。

「…(僕はこの幸せそうな二人を見るためにここに来たんじゃないぞー)」

大方、誰もがそう思うように、少年の心も波立っていた。
平穏此処に在らず。

「…あんまり、その、人前では…」

とはいえ流石に照れたか、高原、自分の“妻”に注意をする。
だが、あっけらかんとアララ。

「脱いでないけど」
「いや、そうなったら速攻服着せますよ?」

それこそ速攻の返事。
あうんの呼吸というべきか。
このあたり、流石夫婦である。
その様に少年・絶叫。

「いつもは脱いでいるといわんばかりの口ぶり!この新婚さんいらっしゃいめ!枕ひっくり返して遊んでろうわーん!」
「はいはい。で、今日はどうするの?」

やれやれ、と手馴れた感じで流すアララ。

「とりあえず、今日は買い物してから遊園地に行く予定です」
「いいわね。親子連れみたいで」

うれしそうな女。
鼻歌でも歌いださんがばかりの上機嫌。

「一男一女だしね。どうしたの?」
「…うーん」

青狸の視線の先には少女。
遠く、遠くを見ながら何かを考えている少女。
それが、青狸にはとてもきれいに見えた。
すごい美少女だと、そう思った。

「いえ、やっぱり火焔さん今日は変だなあと思って…」

アララへの問い。

「そこまで気になる夢って何かあるものなんでしょうか?」
「……」

無言のアララ。視線の先には高原。

「まあそらそうだが、このままここでだべっていてもどうにもなるまい」

視線に気づいていたか、即座に釘を刺すように言う。

「先に言っておくと自分もそんな夢見てるとかは無しですよ?」
「大丈夫。私はそういうの、多分ないから」

アララの視線には何かを伺う意図があった。
しゃべってもいい? とでも問う様な。

「そうしていただけると助かります…主に俺が」

少し甘えた様な視線に応じ、頷き促す高原。
その言葉にアララが微笑んで指輪を掲げた。

「これがあるから大丈夫よ。旦那様。で、どうしても気になるなら、私が調べてきましょうか?」
「…一応方法を伺っておいてもいいですか?」
「多分、夢使いがいるのよ。それを殺せばいい」
「…夢使いですか」

二人の会話を聞きながら、ぼんやりと考える。

「(…火焔さんも行きたいのかな)」

もともと、彼女がいた土地だ。因縁があるのかもしれない。
ぽつり、と青狸のつぶやき。

「夢使い…火焔さんに夢を見せるのもその人なんでしょうか」
「一人心当たりがあるっちゃありますが…」

社長という立場で培ったコネか、それとも過去の因縁か。
さまざまな人物の顔が浮かび、消え、残るのは一人の顔。

「殺すといっても、居場所とかわかるんですか?」
「広島なんでしょ?呼び出したいのは、そこよ」
「とすると、相手は広島ですか」
「何でまた広島に…」
「うーん」

赤い髪を揺らしながら腕を組むアララ。
困った顔。どこかチャーミング。どんな表情も魅力的に映える女。

「最近新婚忙しくて情報収集してなかったから。まあ、調べてみるわ」
「お願いします。俺もなるだけ情報は収集してみますが」
「うん。頼りにしてる」
「あと、無理はしないでくださいよ」

“夫婦”の良好なコミュニケーション。
多くを語らない会話と、それに反比例する信頼の大きさ。
強請るようにアララが無防備に顔を近づけるのも、もちろんその一環。
一流の男の気配りは、無言のゼスチャーという形で発揮される。
相棒へのメッセージ。あっち向いていろ。

「…火焔さんも行きたいって思ってます?広島に」

以心伝心。
こちらのコミュニケーションも良好。
互いのプライベートを邪魔する野暮は無し。
青狸は火焔に夢中。

その隙に乗じた、口付け。
優しく真摯な、一流の男の一流のキス。

微笑。
高原から顔を離し、満足げ。
より表情が輝く。

「じゃ、こうしてぼーっとされても仕方ないしね」

パンッ。

軽い打音。形のいい手が打ち鳴らす音。
驚く少年と少女。
火焔の瞳に光が戻る。

「お?」

きょとんとする少女。
どこか猫科の動物の風情。

「おーい、帰ってきたか?」
「目は覚めましたか?さあレッツショッピンですよー!」
「おお。なんか、頭のもやが溶けて。忘れかけていた美少女への情熱が戻ってきたー!」

火焔絶叫。
握り拳も高々と天を衝く。
普段どおりの結城火焔そのもの。

「少女が買える所さがそう。うん」
「それは人身売買だ」
「それでこそですよ!ってちがーう」

主人の見慣れた様子に老雷電はくつろぐように尻尾を振る。
大きな欠伸。むき出しになる牙も、この時ばかりはそう恐ろしくもない。

「買わないでうちの国にあるメイドさん喫茶に遊びに来てくださいよー!粒ぞろいですぜへっへっへー」

青狸の問題発言。あるいは愛国心の表れ。
国営メイド喫茶はキノウツン藩国まで。

「いやいや。なんか我慢できないし」
「まあとりあえず今日のところは服とか小物で我慢しておいてくれ」
「女の子は買わせませんが女の子らしい服とかなら思う存分買っちゃってください」
「(…女友達を作ってやらんとこの二人、恋愛感情にすら発展しないかもしれない…)」

そんな二人のやり取りを見て思案する三十路。
人生の先輩からの視点か、既婚者としての経験か。

「アタシが女の子らしい服買ってどーすんのよ」

不満げ、というよりは納得のいかない表情。
ずいっ、と二人に詰め寄る。

「友達に貸したりできるぞ」
「自分で着るなりー、誰かに着せてめでるなりー。」

提案に次ぐ提案。
最後につけたすような控えめの主張。

「火焔さんなら何来てもにあうと思いますけどねえ。」

変わる表情。
不満げから、悲しげな顔に。
青狸をへの視線の温度がみるみる下がる。

「バカ?」

断言。あるいは一刀両断。
容赦も何もあったものではない一言。
心底そうだと思っているのか言葉に照れも、ない。
そんな様子にアララ、苦笑。

「頭いい方ではないですけど…バカって言った方がっていう伝説の返しをしますよー!」
「ふむん、らちがあかないな」
「何が?」
「いやこの状況が。何せさっきから5mも動いてないぜ」

事実。
ちくたくと時間だけがすぎていく。
まさに立ち話。

「(僕の主観では火焔さんは素敵でかわいくて美人なんですからー)」

その横で控えめな主張を尚をも続ける青狸。
本人の取っては譲れない話というのもまた、ある。
とはいえ、流石に本望ではないのか、話題変換の波に乗る。

「ま、何買うにしてもー、行きましょうか!」
「そうだ。買い物だ。いますぐハンバーガーにしよう」

食い意地のはった美少女である。

「そうね。いきましょうか」
「まあ、とりあえず適当に店を見て回るか」
「考えてみればこうして落ち着いて?お店を見るのも初めてですー」
「アウトドアばかりだったからな」

見渡せば土産物屋が多い。
流石は観光地といったところか。
美少女の店を探すも発見できない火焔。
小笠原の空に響く叫び。がっでーむ。

「あとでキノウツンのお土産送りますよ。びしょうじょーなのを」

青狸、精一杯のなぐさめ。

「キノウツンは砂漠と美少女の国ですからー。んじゃどこ行きますかー?」

だが、人身売買ではないのだろうかという疑問は、この際伏せられる。
出張サービスの一環、ということにしておく。


 /*/


ちらほらと、周囲に視線をさまよわせる高原と青狸。
何件かの店で視線がとまる。

「んー、じゃあこのお店なんてどうですー?」

提案は青狸から。高原もするりと店に入る。
所狭しと並べられた小さな置物たちの群れ。
人形、テナント、文房具。エトセトラ、エトセトラ。

「そういえば土産物を買ったことないですねえ」
「私に、貴方以上の何が必要だと思って?」
「失礼しました」

夫婦の会話。とろけるように甘い。
ひきった顔の青狸。少年にはまだ早いか。

「まあ、何か家に飾る小物とか欲しいなと思ってはいました」

ちりん、と風に吹かれて風鈴が鳴いた。
それをじっと見つめる火焔。
気づいた青狸が話を振る。

「風鈴ですか。夏っぽいですねぇ。」

ちりん、と鳴く風鈴。
イルカの形。風を泳いでいるかのよう。

「コガの首につけたら涼しいかな」
「コガさんが気に入れば、ですねえ。」

美少女の夢のあるつぶやき。
しかし、否定する雷電。それはない。

「あんまり気に入ってはいないみたいですけど…。やっぱり風鈴は軒先に吊るすのがいいですよー」

手持無沙汰気味にイルカをつつく。
ちりん、とまた鳴いた。

「何かお勧めのものとかあります?」
「人気は絵葉書とか、あと、この小さな人形ですね」
「へえ」

店員のすすめ。
手には小さな人形。素朴な木製細工。
小指の先ほどの大きさ、なんとなく愛着の沸くデザイン。

「んー、会社にでも飾ってみよう。じゃあこれ2つください」

二つの人形。
男と女のようにも見える。
家族、あるいは恋人。

「他にも兄弟姉妹がいるんですよ」

店員の笑み。
巧みなセールストーク。
ちらりちらりと並んだ人形たちを見る。
アララが笑った。

「じゃあ、一式くださいな。寂しくないように」

今にも諸手を挙げそうな店員。
喜んで、勘定を始める。

「火焔さんは何か欲しいものありますか?」
「食い物?」

ばう、と吠えるコガ。

「なんかこう…形に残るものではないですか?食べ物は後で食べますから、ね」
「じゃ、アタシ、このテナントがいい」
「じゃあそれにしましょうか。店員さーんこのテナントをくださいー!」

カラフルな色で描かれた旗を幾つも手に取る。

「2つ!いや3つ!」
「そんなに買って何始めるんだ」
「いや、せっかくなのでお揃いで何か買おうかと…。」

ふと、手にしたテナントに目を落とす。
『東京』と大きく書かれた旗。
確かに――小笠原は東京である。だが……
それはどこか、言いようのない物悲しさをかもし出していた。

「…本当に、このテナントでいいんですよね…?」

うれしそうに頷く火焔。
結城火焔にまともなことを期待しては、いけない。

「では、改めてテナントを3つください」
「ありがと。大好き」
「せっかくお呼びしたんですから。喜んでもらえて僕もすごく嬉しいです!」

頬の赤い青狸。
そんな青狸を他所に火焔、物色開始。
お目当ては長い紐。
疑問に思う青狸の目の前で買ったばかりのテナントに通した。
それはさながら大漁旗――それを持ち、天使の笑みの火焔。
自らの雷電ににじり寄る。
それを前に汗を流す雷電・コガ。
もし、彼がしゃべれたならば、こう言っただろう。
ぶっちゃけそれはない、と。
せめてもの抗議とばかりに前足を振り続ける。

「(まさかこのような事態になるとは…)」

自らの購入物の引き起こした惨劇を目の当たりにする青狸。

「首に巻いたりするのかなあ、あれ」

その横で、高原鋼一郎、かなり暢気。
なにせ実害皆無。

青狸:「スカーフ…」
火焔:「尻尾……」

コガが怯えたように首を振る――徹底抗戦の構え。

「首・・・」

迫り寄る悪夢。
高まる緊張。
獣の本能が危険を叫び続け、それが最大に高まった瞬間――コガは走って逃げた。

「な、なんだろう火焔さんすごく楽しそうです…ドウシテナノカナー」
「さてと、とりあえずお土産も買ったし。どっかで腹ごしらえしますか」

喜び、うれしそうに走っていく火焔。
それを大人の眼差しでみる高原。

「元気だなあ」

その様子に安堵するものが一人。
思い人:結城火焔の少年・青狸。

「(よかった。元気そうで…)」

かわいらしい笑顔を浮かべた後、遠くの火焔に向かって叫ぶ。

「そうですねえ。おおーい、お昼にしますよー!」
「…聞いちゃいないな。どこかで買ってきますか」

やれやれ、と肩をすくめる。
その隣で火焔をつぶさに見ていたアララが口を開く。

「そうね。魔術が効いてよかったわ」
「なんかかけてたんですか!」
「…一応聞きますけど、どんなのかけたんです?」
「遮断の魔法。一時的だけど」

納得。
我が妻の心遣いに心底感謝。

「なるほど。ご面倒おかけします」
「ああ、そういう系統なんですね・・・。ありがとうございますー。」
「いえいえ。どうせなら、楽しいほうがいいしね」
「そうですね」

二人して微笑みあう。
子供ができたら、やはりこのような眼差しになるのだろうか。
それは、まだ先の話。

「さて。何かお昼買ってきますか!」
「そうだな、走り回ってお腹すいたら戻って来るだろ」

事実――少女は久方ぶりに楽しそうであった。
十分に寝た子が、おきて直ぐに遊びまわるように――
火焔は、それこそ、しばらく遊び疲れるまで帰ってこなかった。



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最終更新:2007年10月18日 10:18