ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

烈火! 気高く咲け薔薇の戦士よ その②

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烈火! 気高く咲け薔薇の戦士よ その②

「ああ、ギーシュ様……」
森に隠れながら、シエスタはギーシュとフーケの戦いを見守っていた。
自分は無力な小娘。メイジの戦いに手を出せるような力は無い。
そして天高く飛翔して戦う竜の羽衣とシルフィードの力にもなれない。
無力。どこまでも無力な平民の少女だった。
けれど。
「負けないでください、ジョータローさん……ギーシュ様……」
勝利を祈る。それくらいの事は、彼女にもできた。
そしてシエスタの家族も、数日前ヨシェナヴェをご馳走した貴族一行の勝利を祈った。
空を駆ける竜の羽衣に乗る承太郎とルイズの勝利を。
空を駆けるシルフィードに乗るタバサとキュルケの勝利を。
草原でたった独り敵と対峙するギーシュの勝利を。
祈った。
ひたすらに、ひた向きに。

焼け焦げた草が舞う中、紅い炎が周囲に広がる中、二人は対峙していた。
「ようやく……僕の名前を呼んだな……」
「それしきの事で……対等になったなどと……思い上がりをッ」
真っ直ぐに伸ばした腕の先で、杖と杖の先端が触れそうな至近距離。
お互い『間合い』ではない。二人とも接近戦は得意分野ではない。
だが……後ろには引けない。
距離を取るという戦略的後退すら、今の二人は『惰弱』と断じる。

「決闘だフーケ。今ここに『青銅のギーシュ』が決闘を申し込む!」
「受けて立つわ。……すぎた冥土の土産に感謝して、死んでこうべを垂れなさい。
 この『土くれのフーケ』が相手になって上げるのだから!」

かつてラ・ロシェールでゴーレムを燃やされた時、フーケの魔力は尽きた。
岩を使ったゴーレムさえあれば勝てると思って全魔力を込めていたからだ。
だが今は違う。万が一に備えて精神力は残してある。
消耗はあるが、ドットメイジの一人や二人、始末する程度の魔力は。
ギーシュも消耗していた。大量の花びらを操り、その花びらからワルキューレを精製。
さらに基礎とはいえ錬金を遠距離で連発。
ドットメイジでしかないギーシュはそもそも魔力の量が少ない。
今ワルキューレを出したとして、いったい何体まで生み出せるか解らない。
せいぜい一体か二体が限度だろうか……。
その二人が同時に魔法を唱える!

「錬金!」
「ファイヤーボール!」

フーケの足元が油の沼に変わり、ドプンと膝下まで沈む。
その拍子で手元が狂い、相手の顔目掛けて放たれたファイヤーボールは、
ギーシュの頭の横をかすめて髪の先っぽを焦がす程度に終わった。
「くっ……貴様ッ! 私を油まみれにして……引火させる気か!」
「結局クイーン・ワルキューレは失敗作だった。新しい魔法は何も無い。
 僕の武器はゴーレムと錬金だ! 炎の中に叩き込んでやる!」
ギーシュが薔薇の杖を振り、花びらが二人の間に落ちる。
「出ろォォォッ! ワルキュゥゥゥレェェェッ!!」
真っ先に現れたのは青銅のスピア。そしてそれを握る拳。
青銅の戦乙女がスピアをフーケに振り下ろしながら地面から現れる。
「ハンッ……後方不注意よ!」
突如背後から物凄い衝撃を受けたギーシュは、
目の前のワルキューレに突っ込んでもろともに倒れる。
しかも、それを予想したフーケが即座に油の沼から横に這い出していたため、
ワルキューレともども油の沼に倒れこんでしまうギーシュ。
「ぐはっ!」
「もうゴーレムを作る魔力は無い……しかし、片腕程度ならどうにかなるわ」

見ればギーシュが立っていたすぐ後ろから、小さなゴーレムの片腕が生えていた。
といっても腕だけで長さ二メイルはある。
「ちょうど油もある事だし、自滅なさい。ファイヤーボール!」
自分が巻き添えにならないようフーケは後ろに下がりながら火球を放った。
背後から迫る熱気を感じて、ギーシュはワルキューレに命じる。
「僕を跳ね飛ばせ!」
ワルキューレはグンッと逆立ちをしてギーシュを前方に放り出す。
と同時に、盾となってフーケのファイヤーボールを受け油の中に炎とともに沈んだ。
地面を転がりながら炎を回避し、自分の身体についた油を確認するギーシュ。
不幸中の幸いというべきか、ワルキューレが下になってくれたおかげで、
油はマントの端っこにかかった程度ですんだ。
「ほらほら、早く逃げないと……大怪我するわよ!」
フーケが笑い、ゴーレムの腕が地面に引っ込んだと思うと、
今度はギーシュの足を掴みながら現れた。
「しまった!」
「炎に焼かれ灰と散れ!」
ゴーレムの腕は絶大なパワーでギーシュをぶん投げた。
未だ燃え盛るゴーレムの残骸の方向へと。
「くっ!」
レビテーションやフライをかけても、ブレーキがかかる前に炎に突っ込む!
ならば直接的な方法でブレーキをかけるしかない!
「残りの精神力を考えればこれが限界……最後のワルキューレだ!」
杖を振り、花びらが地面に落ち、即座にワルキューレが現れる。ギーシュの前方に。
「受け止めろ!」
ガッシィーンとギーシュを抱きしめるようにして受け止めたワルキューレは、
その場に尻餅をつき、ギーシュ自身は青銅にぶつかった衝撃で肩に激痛が走る。
「グゥッ!? 左腕が……上がらないッ!」
痛みをこらえつつ、よろよろと立ち上がるギーシュ目掛けて、
さらにファイヤーボールの追撃。その速度回避不能。ならば。

「ワルキューレ!」
最後のワルキューレはスピアを地面に突き刺すと、
盾となってファイヤーボールを受け止め、ボロボロと崩れ落ちる。
その間にギーシュは杖をしまい、ワルキューレの残したスピアを引き抜いていた。
もう精神力はほんのわずか。錬金はフーケに警戒されて通用しないだろう。
肉弾戦しかない!
だがフーケが接近を許してくれるだろうか?
そう疑問に思った瞬間、ギーシュは信じられないものを見た。
ファイヤーボールで崩れ去ったワルキューレをフライで飛び越えたフーケが、
飛び蹴りをギーシュの顔面に叩き込んできたのだ。
靴裏に鼻と唇を蹴り飛ばされ、ギーシュは思いっきり後ろにすっ転んだ。
蹴られた唇に鋭い痛みが走り、血がしたたり落ちる。どうやら切れたらしい。
よろめきながらもスピアを手放さず、ギーシュは踏ん張ってスピアを構えた。
「素人が……そんな長い得物を振り回したところで、ダンスにもなりゃしないわよ」
「そっちこそ……どうして飛び蹴りなんかしたんだい?
 まさかとは思うが……もう魔法を使う精神力が残っていないのか? 土くれ」
血で濡れた唇でニイッと笑って見せるギーシュ。
ご名答とばかりに杖をしまい拳を握るフーケ。
「そうね、後はレキシントン号に『フライ』で帰る程度の精神力しか残ってない。
 でもね、私は魔法だけで盗賊稼業をやってきた訳じゃないのよ……お坊ちゃん」
「僕は貴族だ。貴族の誇りを失った盗賊などに、負ける訳にはいかない……!」
右手一本で重いスピアを突き出すギーシュだが、
軽々と回避したフーケは踊るような仕草で一回転し、左の裏拳をギーシュの頬に叩き込む。
「ガハッ……!」
さらに右の手刀で脇腹に突き、肉をえぐるように捻り上げる。
「グアアァァァッ……」
しぼり出すような悲鳴を上げて、ギーシュはスピアを地面に落とす。
だがスピアが地面に触れる事はなかった。
その前にフーケが空中で拾い上げたからだ。

「槍は強い。剣の間合いに入らず攻撃ができるし、懐に入られても棒として利用できる」
軽やかな指さばきでスピアを回転させたフーケは、
遠心力の乗った一撃をギーシュのすねに打ち込む。
「グッ!」
「さらに駄目押しッ!」
その場に崩れ落ちようとしたギーシュのあごをスピアの柄で殴り上げる。
ギーシュは仰向けになってその場に倒れ、上下反転した視界の中、紅い揺らめきを見た。
「あら……思ったより火の回りが早いわね。
 危ない危ない……もう少し近づいていたら火達磨になるところだったわ。
 私がじゃなく、あなたがね。別にあなたが焼け死んでも構わないけど、
 私にまで飛び火したら困るでしょう? 焼け死ぬなら私から離れて焼け死になさい。
 でもまあ焼死ってつらいだろうし……自分の武器で死ぬのも無様でいいわ」
スピアの刃の部分をギーシュに向けたフーケは、
残忍な笑みを浮かべてギーシュの心臓に狙いをつける。
「まだだ! まだ僕は負けちゃあいないッ!」
ギーシュが吼える。
左腕。ワルキューレにぶつかった時に肩を痛め、指を動かすのがやっとだ。
右足。スピアですねを殴られて痺れてしまっている。骨に異常があるかもしれない。
無事なのは右腕と左足。
だがどう戦う? どう戦えばいい?

――熱い。炎が近い。

瞬間、ギーシュの思考が爆発したかのような勢いでほとばしった。
それと同時に右腕で再び薔薇の杖を抜く。

もうワルキューレを生み出す精神力も残っていないのに?

ああ、そうだとも。ワルキューレを生み出せないのに……だ。
ギーシュは自分とフーケがイーブンである事を理解した。
フーケはもうゴーレムを作る精神力が無く、帰りにフライを使う程度が精々だ。
だから槍を奪って肉弾戦を仕掛けてきた。
ならば自分は?
ギーシュはもうゴーレムを作る魔力が無く、基礎的な魔法しか使えない。
だから――どうする? 肉弾戦で対抗する?

上回る力に、下回る力で対抗しても勝ち目は無い。

ならば魔法だ。
ワルキューレは使えない。
錬金は使えたとしてもフーケがかかってくれるだろうか。
他にできる事は?
薔薇ッ!

フーケが槍を振り下ろすと同時に、ギーシュは身をよじりながら杖を振るった。
直後、無数の花びらがフーケ目掛けて舞う。
「くっ! 目くらましなんか!」
紅く染まる視界の中、花びらを貫いて槍を繰り出す。
地面に突き刺さる感触がして、フーケは狙いが外れた事を理解した。
花吹雪の中、ギーシュは最後の精神力を振り絞って花びらを操る。
タバサのように風の魔法で勢いよく飛ばすなんてできない。
だがこの距離ならば何とかなる。

フーケは槍を振り上げ花びらのカーテンを引き裂いた。
その向こうに、半身を起こして杖を向けるギーシュの姿があった。

「紅い薔薇よ! 紅く燃えろ! 烈 火 の 如 く ッ !!」

無数の花びらのが空中を蛇のように宙を舞い、ギーシュの背後で燃える炎に飛び込む。
油に錬金せずとも花びらは燃える。そして無数の燃える花びらがフーケの方へと舞う。
「悪あがきを!」
思ったより火の回りが早い。フーケは後ろに下がりつつ槍を振り上げた。
この槍をぶん投げてギーシュの胴体にぶち込んでやる。
致命傷を負えばこいつはもう草原を焼く炎から逃れられず焼け死ぬ。
だが、ギーシュは闘志の炎を瞳に映し、最後の精神力を振り絞った。

引火した一枚の花びらが、地面スレスレをフワリと舞い、フーケの足をかすめる。
たった一枚の小さな花びらが。

直後、フーケの足が炎上した。
「貴様の足は……油でびしょ濡れだ。引火させるには、花びら一枚の火で十分!」
「ひ……火がッ!? 燃え……熱ッ……!」
その場を転げ回って火を消そうとするフーケだが、
油に引火しているためなかなか消えない。
「くっ……この土くれのフーケが、こんな……半人前に……!
 逃げなくては……一刻も早く、水のある場所に!
 このままでは、やっ、焼け死んで……しまうゥッ……!」
フーケは杖を抜き、炎の熱さをこらえつつ『フライ』を詠唱。
足が燃えたまま飛翔し、いずこかへ飛んで逃げていった。
勝敗を分けたのは、帰る事を念頭に戦っていた余裕と、
すべての精神力を使い果たしてまで戦おうとする闘志との差にあったのかもしれない。
泥とススにまみれた勝利を掴み取ったギーシュは、
仰向けに倒れたまま、燃える花びらが降ってくる空を見た。

竜の羽衣が、シルフィードが、日食の真っ只中の空を飛んでいる。
そして戦っている。敵の風竜と、旗艦レキシントン号と。
「ああ……早く決着をつけたまえよ、日食が終わってしまう前に」
無数の紅く燃える花びらがギーシュの周囲に落ちる。
そして燃える。草原が燃える。ギーシュの周りを囲むように。
「……熱いなぁ、ここは。僕は死ぬのかな……?」
身体に力が入らない。精も根も尽き果てたらしい。
そんな自分を、なぜかギーシュは酷く客観的に見つめていた。
「……モンモランシー。もう一度、君……と…………」
そう呟いて、ギーシュは静かにまぶたを下ろす。
言葉の続きは出なかった。何と口にしようとしたのかも思い出せなかった。
もう指一本動かせない。

――熱い。苦しい。のどが渇く。

草が燃える音が聞こえる。草が燃える熱さを感じる。
このまま死ぬのだろうか? 死ぬのは嫌だ。でも、不思議と悔いはない。
けれど、ひとつだけ願えるとしたら。
それはとてもささやかな願いだった。

――せめて、最後に、水を……一滴でいいから……水…………。

その願いが天に通じたのか。
ポツリ、と、唇にしずくが落ちたような気がした。
それが夢であれ、幻であれ、ギーシュは最後の最後に訪れた癒しに感謝した。


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