ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

ゼロと奇妙な隠者-15

最終更新:

匿名ユーザー

- view
だれでも歓迎! 編集
 図書室と言うものは何処でも独特の黴臭さを僅かに漂わせている。
 しかしジョセフが初めて足を踏み入れた其処は、ジョセフが利用したどんな図書館よりも巨大で、立ち並ぶ書架の群れに並べられた無尽蔵とも思える蔵書達。
 宝物庫での騒動で、生徒達は勿論司書達も現場に行っている。この広大な空間に三人きりというのは、奇妙な高揚感が浮き上がってくるのだった。
「っはー……すげェモンじゃのォ~~~~」
 もはや感嘆するしか出来ないジョセフの横で、何故かルイズが自慢げに腕を組んだ。
「当然よ、このトリステイン魔法学院の図書室はこの世界にある全ての書物を収蔵しているとも言われてるのよ」
 ジョセフとタバサは『いやそこはお前が自慢するトコじゃない』オーラを色濃く漂わせていたが、ルイズはそれに気付く様子は皆無だった。
「それはさておいてじゃ、タバサ、ルイズ。この辺りの地図を手当たり次第用意してくれ」
 妙な空気をするりと流すように、二人に言葉を投げる。
「判った」
「よし! そうと決まればどーんと用意しちゃうわ!」
 そう言うと二人は書架へと走って行く。
 ジョセフは二人の後姿を見送ると、脱いだ帽子や上着を机の上で勢い良く振り回す。
 ゴーレムや宝物庫の爆風に巻き込まれたジョセフの服には、フーケの魔力がこもった砂や宝物庫の壁の欠片が付着している。綺麗に拭かれた机に散らばる欠片は、後の掃除が非常に思いやられる量だった。
(ルイズがえっれえやらかしよったからのォ。本当に死ぬかと思ったわい)
 椅子を引いて腰掛けると、先程の戦いを思い起こす。
 ゼロだゼロだと言われてはいるが、ジョセフの波紋のビートよりもルイズの爆破の方が確実に威力が高かった。使いこなせない力を振り回すという点は、承太郎を思い起こさせる。
(ええ年こいて二十歳にもなっとらん子供に振り回される運命なんかのォ。なァ~んかそんな気がしてならんわい)
 くく、と苦笑して、砂塗れの帽子を手で叩いて埃を落として被り直す。
 爆風に晒されるわゴーレムの腕で掴まれ続けるわで受けたダメージはあるが、波紋呼吸で和らげ、治癒すれば何とかなる。今問題があるとすれば、ルイズ本人か。
 能力の片鱗はあるのは確かだ。だが有り余る能力の使い方を知らないのは味方にも危険だ。
 だがルイズは怠惰ではない。むしろ勤勉で誇り高い少女なのは間違いない。だがだからこそ、自分の責任を懸命に果たそうとして失敗する傾向も否めない。
(ルイズは魂は貴族じゃ。じゃが……周囲からはそうは認められておらん。そのギャップが、ルイズが自分が貴族足らんと必要以上に自分を追い立てておるんじゃな)
 ノーブレス・オブリッジという言葉がある。直訳すれば『高貴なる者の義務』、高い地位にある者は多くの責任を抱くという意味の言葉。
 英国貴族には当たり前の言葉であり、エリナ・ジョースターは「そんなものは貴族である以上持っていて当たり前」という精神でジョセフを育てた。しかしこの言葉も、近世に入ってやっと唱えられた言葉。
 中世レベルを維持しているこの世界では、貴族は生まれながらにして特権階級であり、平民は搾取される者としての地位であることは覆しようの無い事実だ。そこに貴族の義務など存在しない。生まれが高貴だから高貴なのだ、という論法が通用する。
 だがルイズは、生まれこそ貴族だが、貴族である者に必須ともいえる魔法を満足に使いこなせない。だから魔法以外の部分は必要以上に貴族たらんとする。
 故にこの世界では非常に珍しい、「ノーブレス・オブリッジ」を心に抱くことになった。
 先程のゴーレムも、ルイズはただ部屋の中で成り行きを見守っていて良かったはずだ。だが彼女は義憤に燃え、わざわざ危険に身を晒しに行った。(本当に危険に身を晒したのはジョセフなのだが)
 傍目から見ていれば滑稽とも言えよう。
 だが、美しい白鳥は優雅でなくとも、どれだけ無様だろうと、ひたすらに泳ぐ努力を続けている。それが、今のルイズ・ド・ラ・ヴァリエールの姿なのだ。
「……損な生き方じゃのう」
「損な生き方って何よ」
 ふぅ、と溜息を吐いたジョセフに、主人の声が掛けられた。
 ルイズとタバサは、それぞれ腕に地図を抱えてジョセフの待つ机に戻ってきていた。
「ん? ……あー、いや何でもない。地図は揃ったかの」
 見れば判ることを聞きながら、何枚かの地図を別の机に広げていく。その中で縮尺の大きな学院周辺の地図を選ぶと、ジョセフは右手からハーミットパープルを発動させた。
「ハーミットパープルッ! フーケの居場所を探り出せッ!」
 紫の茨は、地図と机の上にばら撒かれた砂に伸びていく。
 そして二つの小石を付着させた茨は地図の上を這い回り、ことりと小石達を落とした。
 一つはフーケのゴーレムを形成していた土の欠片、もう一つは宝物庫の壁の欠片だ。
 学院からやや離れた場所に置かれた小石達は、あれから馬に乗って休み無く駆ければこの辺りに到達するだろう、という場所に置かれていた。
「……これは先住魔法?」
 茨が地図を這い回るのを観察していたタバサが、ジョセフに問いかける。杖も振らずに発動し、四系統魔術では不可能な能力を発揮したのを見れば、メイジはそう問うのが普通だろう。
「いや、こいつぁスタンドと言う。魂を具現化させた能力じゃ……詳しい原理は後で話しちゃる。今、この石がフーケと持ってかれた宝物の居場所を示しておるワケじゃ」
 タバサはそれ以上の質問もせず、了承の意味を込めてこくりと頷いた。
「ここから休み無く移動するとしたら、大体こんくらいじゃ。……しかし妙じゃな」
 ジョセフは地図を見ながら首を傾げた。
「フーケは何故こんな山の方に逃げよるんじゃ? こっちに行けば港町もあるし、こっちに行ったら隣の国に行けるはずじゃ。むしろフーケが向かっとるのは、これから逃げるには不適格過ぎやせんか。わしならこっちにゃ逃げはせん」
 彼の問いに、ルイズも同じく首を傾げながら答えた。
「んー……フーケのアジトに向かってたり、仲間がここにいたりするんじゃないの?」
「アジトを用意するにしちゃ、かなり辺鄙じゃの。近くに村もないから食料やらなんやらが用意しにくい。逃げ道もないのが逆に不自然じゃな」
「私も同意する。ここは逃走も隠遁もし難い。あるとすれば罠を仕掛けている可能性が」
「罠か。……あるかもしらんな。これ見よがしに痕跡を残して跡を付けさせる作戦かもしらんな。バックトラックの可能性も考えるべきか」
 三人で頭を寄せながら考えている間も、茨は微かに小石達を動かしていく。
「とりあえず、こっち方面の詳しい地図で念視してみるとするか」
 縮尺の小さい地図を新たに広げると、再び茨が地図の上を走り、小石を落とした。
「……えらく立派な道を通っとるな。人目に付くとか考えんのか」
 見れば見るほど不自然な動きをしている。それこそ見つけてくれと言わんばかりだ。
「しかしこれで追跡は可能じゃな。後は素早く追いついて、ゴーレム出させる前にブッちめりゃいいだけの話っつーこッた!」
 気合を入れるようにジョセフが大声を上げたその時、図書室の扉が開き、新たに二人の人物が広大な空間に入ってきた。
 ルイズの宿敵にしてタバサの親友キュルケと、トリステイン魔法学院の学院長オスマンの二人だった。
 二人はテーブルに地図を広げている三人を見つけると、そちらへと歩いていった。
「おう、ミス・ヴァリエールにミス・タバサ。そしてジョースター君、何をしておるのかね」
 68にしては若作りのジョセフより明らかに年上のオスマンが、火気厳禁の図書室でもパイプをプカプカ吹かしながらお気楽な様子で声を掛けてくる。
「オールド・オスマン。御足労頂き光栄の限りです」
 ルイズとタバサが深々と頭を下げたのを見て、ジョセフも倣って頭を下げた。オスマンの視線がどこか鋭くジョセフを見つめていたが、彼が頭を上げた瞬間に普段の茫洋とした視線だけがジョセフ達を見やっていた。
「君達が呼んでいるというんでここに来たんじゃがな。フーケの騒ぎを抜け出すに相応しい理由を聞かせてもらいたいもんじゃ」
 そう言いながら、ジョセフ達のいるテーブルまで来ると椅子を引いてよっこらしょと座る。
 そこで説明役に回るのはルイズとタバサ。言葉の足りない箇所はジョセフが補足する。
 武器屋で茨を目撃したキュルケでもまだ疑わしそうな顔をしていたが、オスマンは説明をふむふむと一通り聞いたところで、では、と問いかける。
「ジョースター君、それでは一つ聞きたいことがある。君のハーミットパープルとやらで、わしの故郷を指し示して欲しいんじゃが。出来るかね?」
「お任せ下さいオールド・オスマン。何か身に付けているものをお貸し頂ければ」
「ではパイプでええかの」
「十分ですわい。では――ハーミットパープルッ!!」
 パイプを受け取ったジョセフの右手から迸った茨達は、地図達の中から一枚の地図を引き出してテーブルの上に広げると、ある一つの都市にパイプを置いた。
「なるほど、信じよう。確かにそこがわしの生まれ故郷じゃ」
 オスマンはパイプの置かれた場所を一瞥し、特に驚きもせずにパイプを手に戻した。
 その経緯を見ていたルイズは胸を撫で下ろし、キュルケはきゃーさすが私のダーリンだわ、とルイズの怒りを煽った。タバサは無表情に見ているだけだった。
「本題に戻りましょうかの。今、フーケめはここにおるんですじゃ。今すぐ追跡すりゃやつめをブッちめることも出来ますわい」
 ジョセフの言葉に、オスマンはパイプから吸った煙をゆっくりと吐き出した。
「居場所が判ったのは僥倖じゃ。しかし一つ聞くが、誰がフーケの追跡に行くんじゃ。残念じゃがうちの教師達は大口叩きの腰抜けばかりじゃぞ? まさか生徒をそんな危険な任務に出させるワケにもいくまい」
 オスマンの言葉に、真っ先にルイズが杖をかざした。
「私が行きます! いえ、行かせて下さい! 土塊のフーケには先程の借りがあります、ヴァリエールの三女として屈辱を受けたままにしておくことは致しかねます!」
 ルイズの宣言を驚いた目で見ていたキュルケだったが、彼女もまた「やれやれだわ」と言わんばかりに肩をすくめてから、杖をかざした。
「わたくし、キュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストーもフーケ追跡の任務に参加いたしますわ。ゼロのルイズに任せておくだなんて、そんな恐ろしい真似などしていられませんもの」
 宣言にすらルイズへの嫌味を織り込む態度に、ルイズが怒りをむき出しにするが、当のキュルケは飄々と笑って視線を返すだけだった。
 そしてタバサも、無言で杖をかざした。
 オスマンは三人の少女達がかざした杖を見やってから、大きく頷いた。
「その意気や良し! じゃが君達にはフーケの捕獲ではなく、学院より盗み出された『破壊の杖』奪還を最優先としてもらうッ!」
「破壊の杖ですって!?」
 この場にいた者の中で、ルイズだけが驚愕の叫びを上げた。
 キュルケは宝物庫の側でオスマンが図書室に来るのを待つ間、騒ぎを見物していたので何が盗まれたかは知っていた。
 タバサは例え驚いていても表情からそれを判別するのは困難だった(ちなみにキュルケの見立てでは、全く心を揺さ振られていなかった)。ジョセフは驚く代わりに「破壊の杖ってなんじゃらほい」な顔をしていた。
「フーケを捕縛出来るのならそれに越した事は無い。じゃが盗まれた宝物はキッチリ取り返してもらいたい。盗賊風情に虚仮にされたとあっては、我が学院の名折れじゃからの」
 オスマンはゆらりと立ち上がると、ルイズ達三人の生徒を見……そして、ジョセフに視線をやり。おごそかに、四人の追跡部隊に告げた。
「トリステイン魔法学院は諸君らの働きに期待する!」
 そして、ジョセフに告げる。
「そうそうジョースター君。何かあったら無用心じゃ、ミス・ヴァリエールの使い魔としての責務を果たすために剣を忘れてはいかんぞい」
「デルフリンガーのことですな。よく御存知で」
 一人の使い魔が剣を買ってきた事まで把握しているオスマンに少し不審げな目を向けるが、彼は何も変わった素振りすら見せずに目を閉じた。
「わしはあれやこれや見るのが大好きでの。この学院の中で起こった出来事は全て理解しておる」
 学院長の言葉を、ジョセフは静かに聴き。「お気遣い有難う御座います」とだけ答え、地図をまとめた。
「んじゃ必要になりそうな分の地図だけ借りていくとするかい。行く前にデルフリンガー持って行くぞルイズ」
「馬よりもシルフィードのほうが早い。それに直線距離で追跡できる」
「ああん、ダーリンと一緒に任務だなんて……もう私達の愛を育むには打って付けよね」
「だから人の使い魔に色目使うんじゃないわよこの色情魔!」
 女三人寄れば姦しいと言うが、二人だけが突出して騒がしい。
 そんな様子を眺めながら、オスマンはぷかぷかとパイプを吹かしていた。
 ジョセフはタバサの持ってきた皮袋に、テーブルにぶちまけた砂を入れると地図を抱えて三人の少女達と共に図書室を出て行く。
 そして、彼女達が出て行ってから数分後、U字ハゲのコルベールが図書室にやってきた。
「彼女達は行きましたか。本当に宜しいのですか、学院長。いかに彼女達と言えども、生徒には重荷では…」
 不安げに問うコルベールに、オスマンはニマリと笑って返答する。
「この学院で、あの三人に適うメイジなぞそうはおらん。それに、あのジョセフ・ジョースターがついておる。わしらは黙ってあの子達が帰ってくるのを待っとればええ」
「……ガンダールヴですか。まさか学院長、伝説の使い魔の実力を見るために……」
「さあ、どうじゃろな。じゃがもしジョセフ・ジョースターがガンダールヴでなくとも、心配はいらんじゃろ。彼はかんなり頭のキレがええ。そこにタバサ君までおったら、二人の経験不足もカバーし放題じゃしな」
 かっかっか、と気楽に笑うオスマン。それを見るコルベールは、どうにもまた頭が寂しくなる予感を捨て切れなかった。


 To Be Contined →

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

記事メニュー
目安箱バナー