ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

ゼロと奇妙な隠者-9

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匿名ユーザー

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「そこでわしは言ってやったッ! 『お爺さん、どうして頭に赤い洗面器を乗せてるんですか』となッ!」
 巻き上がる大爆笑。
 生徒達だけでなく使い魔達まで大爆笑だ。
 授業が終わった後の教室で、ジョセフを囲んでの談笑は今日も非常に盛り上がっていた。
 ヴェストリ広場での決闘から数日が経ち、ジョセフを友人と呼ぶ生徒は二桁に達した。
 放課後にこうして教室でダベり、特に実りのないバカ話をするのが最近の流行だった。

 あの決闘騒ぎは学院中の生徒が見物していたため、ジョセフに面白半分に決闘を挑もうとする生徒も多くなるような気配を見せていた。
 だがジョセフの友人となったギーシュとキュルケが「ジョセフに決闘挑んだら次はそいつに私達が決闘挑んでブチのめす」と宣言した。
 ジョセフ一人ならともかく、ギーシュもキュルケも学院では有名な実力者である。
 特にキュルケはトライアングルメイジ。
 そんな腕利き達と決闘を三回やって生き延びられる自信のある生徒がいるわけもなく、ジョセフは決闘の嵐を見事に避ける事が出来た。
 よって放課後は誰に気兼ねすることもなく、ジョセフは友人達と他愛もない話に興じていられるのだ。
 しかもジョセフは68年もの間、普通の人間より波乱の多い人生を過ごしてきた人間である。
 話半分のホラ話と受け止められても、その荒唐無稽さや愉快さは並大抵の吟遊詩人や道化師では足元にすら及ばない。
 その評判を聞きつけた生徒が物は試しとやってきて、ジョセフの話術に引き込まれて友人を名乗る事になる……というのが、大凡のパターンとなっていた。
 実際、二十世紀中盤のニューヨークで、口先三寸と肝っ玉の太さとイカサマハッタリを駆使してたった一代で不動産王になったジョセフである。
 中世レベルの貴族子弟を虜にすることなど、文字通り「赤子の手をひねる」ようなものだ。


 だがこの場に、ジョセフの主人であるルイズの姿はなかった。


 最初のうちこそ無理矢理ジョセフを引っ張って連れ帰っていたルイズだが、人数が増えるごとに「何だよ面白いところなのに空気読めよゼロ」という冷たい眼差しが強く多くなっていき、今では話が終わるまではさしもの彼女といえども近付き辛くなっていた。
 無論、その後での躾と称した八つ当たりはジョセフに向けられるものの、鞭打ちでさえ効く様子がないのでストレス解消にもならない。
 ルイズが疲れ果てたところで、「んじゃ洗濯物出していただけますかのォ」などとあっけらかんと言うものだから、主人としての威厳も何もあったものではない。
 挙句に二股で悪評高いギーシュやにっくきキュルケからさえ、「ジョセフの扱い酷すぎ、ジョセフが可哀想だ何とかしろ」と苦言を呈されては怒りは溜まるばかりだった。

「だって言う事聞かないんだもの! 私の前では何も本当の顔を見せてくれないんだもの!」

 一躍ジョセフの名を有名にした「ヴェストリ広場決闘事件」があったにも拘わらず、ルイズの前での彼は今まで通りのボケ老人と変わりがなかったのである。
 しかし彼の名誉のために付け加えるとすれば、正体がバレたジョセフは大人しく今までのボケ老人のフリをやめて、「有能な使い魔」として頑張ろうとしていたのである。
 だがルイズには今まで「自分を信用せずにボケ老人のフリをしていたジョセフ」を許せない気持ちと、「平民のクセにメイジのような能力を持っているジョセフ」を妬む気持ち、そして何より「誰からも慕われるジョセフ」が羨ましい気持ちが強すぎた。
 だからルイズはジョセフに辛く当たってしまうことしか出来なかった。罰と称して鞭打ち、食事を抜き、更なる雑用を言い付けて。
 それがどのような結果をもたらすかは、愚鈍ではないルイズは十分に理解していた。
「ゼロのルイズに、あんな有能すぎる使い魔は勿体無い」。そんな陰口が、新たに聞こえた。


 私は図書館で、魔術書を読み耽っていた。でも頭の中には内容は入ってこない。私の使い魔、ジョセフの事ばかりが邪魔して何も頭に入らない。
 こんなことなら、使い魔なんか召喚出来なかった方が良かったかもしれない。
 二年に昇級するためのサモン・サーヴァントの儀式。
 何回も失敗して、失敗して。やっと成功したと思ったら召喚されたのは図体の大きい平民の老人。成功しても結局、馬鹿にされた。

 なのに。
 馬鹿にしていた平民は、『ゼロ』のルイズよりずっとメイジらしくて。
 ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールより、ずっと貴族らしい。
 何と言う皮肉なのか。
 私が欲しくても手に入らなかったものを、ジョセフは最初から全て手に入れていた!
 しかも手に入れているものを隠して、私を馬鹿にして、笑っていたんだ!
 泣いてはダメ、泣いたらどうしようもなくなる。今まであんなにバカにされても泣かなかったのに、あんな、あんなウソツキの為に泣いてたまるか――

 でも私は、何度も泣いた。


 友人達と楽しげに談笑して、あいつは帰ってくる。そして素知らぬ顔をして、いつも通りにボケ老人に戻るんだ。
 ゴーレムを打ち倒し、人の怪我さえ治せるジョセフは私の前には現れないんだ。
 どうして? どうして? 私が未熟だから? 『ゼロ』だから? 使い魔にさえ馬鹿にされるメイジなんて、聞いたことない――

「隣、いい」
 不意に掛けられた言葉が、ルイズを思考の迷宮から現実に引き戻した。 
 そこに立っていたのは、キュルケの隣にいつもいる少女……だがルイズは、名前を知らない。
「別に……、私の席じゃないもの」
 潤んだ目を見られないように、顔を背けた。
 彼女はそれを了承と取ったのか、ルイズの隣の椅子を引いて腰掛けた。
 彼女が椅子に座ったのと入れ替わりに、ルイズは席を立とうとして……彼女に、袖を引っ張られた。
「貴方に、話がある」
 その言葉に、ルイズは過剰に反応するようになっていた。
 決闘事件から向こう、彼女に話があると切り出してきた人間の話題は決まってジョセフのことばかりだった。
「……何?」
 もはや反射的に言葉に棘を含ませるルイズの冷たい眼差しに、彼女はただ静かに視線を合わせるだけだった。
「彼は、貴方に心を見せたがっている」
 唐突な言葉。ルイズは、続いて吐き出そうとした言葉を思わず飲み込んだ。
「……何が?」
 意表を突かれたルイズは、思わず彼女に問いを投げていた。
「ジョセフ・ジョースターは主人である貴方を知りたいと思っている」
「……あんたに、何がわかるのよ?」
 ルイズの心が、逆毛立つ。知ったような顔で知ったような言葉を吐く彼女に、怒りが芽生えた。


「彼はこの学院にいる誰よりも心の中が貴族」
 だが彼女は、ルイズの怒りを見ていながら、容易く無視して言葉を続ける。
「彼はきっと、本当に勝ち目がなかったとしてもギーシュに決闘を挑んだ」
 彼女は淡々と言葉を紡ぐ。ルイズにとっても同じ思いである認識を。
 ジョセフはきっと、全く無力であったとしてもシエスタを侮辱したギーシュに決闘を挑んでいただろう、と。
「でも。貴方が彼を信頼しようとしていないのに、彼から信頼を求めるのは傲慢」
 いきなり思ってもいなかったところから、彼女の切っ先鋭い舌鋒がルイズの心臓を狙った。
「貴方の召喚で彼が呼ばれたという事は、きっと貴方というメイジに最も相応しい使い魔が彼だという事。それは否定しない」
 ただじっと正面から視線を合わせ、言葉を続ける彼女。
 彼女の冷徹な視線に、ルイズは知らず気圧されている気配を感じていた。
「使い魔である彼がカットされたアメジストだとしたら、主人である貴方は掘り出してすらいない原石。使い魔は仕えようとする意思があるのに、主人は仕えさせようとしていない。私にはそう見える」
 ルイズは心のままに反論しても良かった。だが今のルイズに、彼女を論破する自信など皆無だった。ただ感情に任せて否定の詞を返すしか出来ないと、自覚は出来ていた。
 だからルイズは、ただ口を固く結んで彼女の言葉を聞くしか出来なかった。
「どんなに美しい宝石でも研磨しなければただの石と同じ。アメジストに飾られる石にただの石ころを用意する人間はいない」
 つまり。当の主人が仕えさせるに相応しい心構えを持たずに使い魔を拒絶しているから今の状況になっているのだ、と。
 彼女はただ、真実だけを指摘していた。


 静かな図書室の一角でぽそぽそと紡がれる言葉は、やがて終わりを迎えた。

「――彼は、石ころにアメジストを飾ることも厭わない。けれど石ころに美しいアメジストをあしらった貴方を、貴方は果たして許せるのか。私はそれを問いたい」

 ジョセフはそれでも無能な主人にただ傅く事を選びもする。だが果たして、主人たる資格や義務も見せようとしないルイズは、傅かれているだけの自分を許せるのか。
 ただ嫉妬や憤りをぶつけて憂さを晴らしているだけの存在でいることを許せるのか?
 彼女の無表情な瞳は、強く強く、そう問いかけていた。
 ルイズは、下唇を痛いほど噛み締めて。搾り出すように、たった一言呟いた。
「……あんたに、何がわかるって言うのよ」
 そう言ってから、彼女の返事を待たずに駆け足でその場を去っていった。

「おーいタバサー。そろそろ夕食だから晩御飯食べに行くわよー」
 『図書室では静かに』と書かれた張り紙の前で遠慮なく大声を出して友人に呼びかけるのは我らが『微熱』のキュルケ。
 声をかけられた「友人」であるらしい彼女は、つい先程までルイズに言葉を掛けていた時とは違い、ただ無言で本を読み続けていた。
「……わかった」
 ぱたん、と閉じた本に杖を向け、本棚に本を戻す彼女――タバサ。
「そう言えばさっき、なんかルイズがものすごい勢いで走ってったけど。何かあったの?」
「……知らない」
 無表情なタバサの言葉に、キュルケはそれ以上何も疑うことをしなかった。


 その日の夕食も、ジョセフは厨房で普通に食事を取っていた。今日の賄いはジョセフ直伝、肉の切れ端をミンチにして様々なつなぎを合わせたハンバーグステーキ。
「こいつぁ貴族様方に出すには勿体無い味だぜ!」と厨房でも大好評を博し、ジョセフも十分に満足して部屋に帰ってきた。いずれマルトーは様々な創意工夫を加え、もっと美味に仕上げてくるだろう。それが楽しみで仕方がない。
 だがジョセフは合計で三ヶ月もの食事を抜かれている身分。主人が帰るよりも早く部屋に戻っていないと、また主人はがなり立てて鞭打ちの罰を与えてくるに違いない。
 終わった後でエネルギーを使い果たしてへたれる主人の姿はどうにも痛々しい。
「ルイズものう……どうすりゃいいんじゃろ」
 どうにも孫の反抗期がひどくて困ってる祖父の顔そのままで、ジョセフは唸った。
 承太郎も大概反抗期が酷かったが、それでも性根は優しい子だった。
 ルイズもきっと性根は優しいんだろうと信じたい。その片鱗も見えてないので、もはや希望としか言い様がないのが悩みどころである。
 人心掌握術が使えない訳じゃないのは、数多い友人達が証明している。
 自分に何らかの形で興味を持っている人間との対話は出来るが、自分に興味を持たない人間との対話は難易度が飛躍的に上昇する。
「長いこと生きとっても、ままならんことはあるからのう。ま、気長にやるわい」
 常人には針の筵と思えるようなルイズの居室も、ジョセフにとっては機嫌の悪い子猫がひっかいてくる部屋という認識でしかない。
 随分と早く帰ってきたので、まだルイズは食堂だろう。そう考えて扉を開けたジョセフの目に、ベッドに脚を組んで腰掛けているルイズの姿が見えた。
「……お、おおぅご主人様。ご機嫌麗しゅう」
「遅かったわねジョセフ。どーこで道草食ってたのかしらー?」
 いつものように怒り狂っていない。それどころか、微笑すら浮かべている。


 こいつぁヤバくね?
 ルイズの微笑を見た瞬間、ジョセフは瞬間的に心の中の警報レベルを最大にした。具体的に言うとDIOの館に突入する時のレベルである。
「何怖い顔してるのよ。そこに座んなさい」
 そう言いながら顎で毛布を示すルイズ。
 ひとまず様子を伺う為、従順に命令に従うジョセフ。
 言われた通りに正座するジョセフを見やり、ルイズはどこか満足げに頷いた。
「ええと、ジョセフ。あんたに話があるわ」
「は、はあ」
「やっぱりあれよ、今までちょーっと使い魔に厳しすぎたかもしれないわ私! そこは反省しなくちゃならないわね!」
 ジョセフに語りかける、というよりは自分に言い聞かせるような演説口調。
 さすがのジョセフの頭にもクエスチョンマークが複数生まれていた。
(……ついにマルトーは食事に悪いモンを混ぜてきたんか?)
 有り得ない想像すら誘ってしまうほどの唐突なルイズの発言に、鳩が豆鉄砲食らった顔そのままの顔をするしか出来ないジョセフ。
「だから食事抜きとか全部チャイ! で、私の使い魔なんだから私の護衛とかちゃんと出来ないとね! だから次の虚無の曜日に街に武器を買いに連れてってあげるわ!」
 ものすごい早口でまくし立てながら、視線を虚空にさ迷わせるルイズ。
 ルイズにとって自分の中の「使い魔に尊敬される立派な主人像」を考えて、懸命にシミュレーションして練習していたものの、予想していたよりジョセフが帰ってくるのが早かった。
 結果、練習も程々に本番に挑んでいるというのが今の大惨事の事情であった。


 それからも懸命にあれやこれや言っているルイズの言葉から、高難度の取捨選択をしていったジョセフは、辛うじて「もしかしてルイズは使い魔に譲歩しようとしているのではないか?」という仮定に達することが出来た。
 ちなみに毛布の上に座ってからこの答えに達するまでに、窓の外の月は随分と動いていたことを付け加えておく。
(……なんじゃ。ルイズも悩んでおったんじゃな)
 図書館の少女の言葉に背中を蹴飛ばされ、やっと行動に移る気になったのはジョセフの与り知らないところである。
 だが、もがきながら手探りでも歩み寄ってきた彼女に、ジョセフは優しい苦笑を浮かべた。
「ん? どうしたのよ。なんかご主人様に不満でもあるの?」
「……いやいや。なんでもありませんわい」
 ジョセフは笑って、決断を下す。
 誰にも見せていない、最大の秘密であるハーミットパープルを見せようと。
 この状況で、自らの切り札を用意に曝け出すのは危ないと判断し、ギーシュやキュルケにすら秘密にしていた類のものである。
 そもそも見えるかどうか怪しいとも思ってはいるが、とりあえず出してみてから判断しよう。
 ジョセフは、「ではもう一つ、お見せしたいものがあるんですじゃ」と、言葉を発し。

「どうしてご主人様に隠し事ばっかりしてるのよこのボケ犬ゥゥゥウゥッッッッ!!!」

 食事を再び三ヶ月抜かれることになったとさ。


To Be Continued →

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