ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

ゼロと奇妙な隠者-58

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匿名ユーザー

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 ルイズは無力だった。
 空から砲弾が降り注ぐ中、彼女は平民と同じようにメイジ達が張り巡らせる風の障壁に守られているしか出来なかった。
 何も出来ず空を見上げる彼女の目には、知らないうちに涙が溜まっている。
 戦場にやって来たはいいものの、彼女はただの少女となんら変わりはない。杖を掲げれば爆発くらいは起こせるが、数多く降る砲弾の一つや二つ爆発させたところで、現状を打破できる訳でもない。
 むしろまかり間違って風の障壁を爆破させてしまったりすれば目も当てられない。
 自分を守ってくれる使い魔は空の上で飛行機に乗って戦艦に立ち向かっている。
 竜騎士隊を全滅させた飛行機も、戦艦と比べれば鯨と羽虫のようなもの。しかしそれでも逃げようとする気配は見えない。空高く舞い上がり、急降下しながらレキシントン号に白い光を次々と打ちかけている。
 だがレキシントン号はビクともしない。もう一度同じ動きを繰り返したが、それでも結果は同じだった。
 召喚してから今まで、常識では考えられないような結果を生み出してきたジョセフでもこれが限界なのだと、心のどこかが答えを出していた。
(もうダメよ……もう、アンタに出来る事なんかないんだから! 早く帰りなさいよ、諦めて! ほら、もう日蝕の輪だって出来てきてるじゃない……!)
 この世界と異世界を繋ぐ扉らしい日蝕の輪。太陽と二つの月が重なる事によって発生するそれは、あと数分ほどで出来上がるだろう。
 後はあの輪へ飛び上がって元の世界に帰ればいいだけだ。もうこんな戦争に関わらなくてもいいんだから――
 焦燥渦巻くルイズの思考に、突如別の何かが飛び込んできたのはその時だった。
 降りしきる砲弾が風の障壁で弾き飛ばされている光景に、別の光景が混ざって見え始めていた。
(これは……もしかして……)
 かつて同じ感覚があったことをルイズは覚えていた。
 ニューカッスルから脱出する時、アンデッドじみた化物となって戻ってきたワルドと対峙するジョセフの視界が映り込んできたことを。
(ジョセフの見ているものが、また見えてきた……)
 右目をつぶり、左目だけに意識を集中させる。
 しかし見えたのは、狭苦しい空間の中で、ハーミットパープルを生やした右手と左手が何か突き出た棒をそれぞれ握り、何か慌しげに視線をあちらこちらへやっている光景だった。足元でデルフリンガーが金具を鳴らしている様子も見える。
 ガラスを張った格子の向こうには、青い空と白い雲、そしてレコン・キスタの艦船があった。ジョセフが飛行機の中から見ている景色を見ている、という結論に達するのは難しいことではなかった。
「……何してるのよ」
 だがハルケギニアの住人であるルイズには、見えている光景に映る物体が何なのか少しも判ることはなく、ジョセフの視界が見えたからと言って何がどうなっているのか判るはずもない。
 ちょうどその時、ジョセフはハーミットパープルを通じてエンジンが焼け付いていることを理解し、デルフリンガーに事態を説明しているところだったが、当然そんな事態が起こっているとはルイズにはおよびも付かない。
 しかし普段見ようと思っても見えないジョセフの視界が見えていることは、何かしら緊急事態が起こっているということは判る。
 首を傾げたルイズの頭の中へ、突然ジョセフの視界が映り込んできたように、またもや突然激しい轟音と、それに負けないように声を張り上げた誰かの声が聞こえ始めた。
『ふぅーむ。こいつぁ参ったな……掻い摘んで言うと、帰れんくなったっつーこった』
 野太い老人の声に、ルイズは小さな肩を跳ね上がらせた。
 口調からしてジョセフかと思ったが、どこかしらジョセフの声とは似ていない声質であり、誰か別の人物の声だと考えたその時。
『気楽に言ってんじゃねえよ! しゃあねえ、じゃあどっかに着陸して……』
 続けて聞こえてきたのはデルフリンガーの声。こちらは何度も聞いてきた、間違いなくあの生意気なインテリジェンスソードの声であった。
(え!? これは一体どうなってるの……!?)
 混乱するルイズの頭の中に、再び聞き覚えの無い老人の声が響いた。
『いや、このままあいつらをほったらかすとろくなことにゃならん』
『おいおい、もう何も出来ないだろ。これ以上何かするってったら……』
 老人の声に答えるデルフリンガーの声。
 そこに来てルイズは、この聞き覚えの無い老人の声の主はジョセフである、と判断した。聞こえてくる声が違うのは、何か喉を痛めるような出来事があったのだろうと考える。
 デルフリンガーと会話する老人に、ルイズの心当たりは一人しかいない。
 一般に、自分の声を録音して聞いた時に自分の声でないように聞こえるのだが、発声する本人は自分の口から出た声の他に、声帯の震えが頭蓋骨を通じて直接伝わっているもう一つの声も同時に聞いている。
 自分の声を録音して聞いた時に違和感を感じるのは、頭蓋骨を通して伝わる声が聞こえず、自分の口から出た声のみを聞く為に起こる現象だからである。
 ルイズがジョセフの聴覚を共有している今、ルイズが聞いているのはジョセフ本人が普段聞いている声であり、すぐにジョセフの声だと判別出来ないのは自然なことであった。
 さて、そして先程聞こえてきた言葉を思い返し、その意味が理解できた途端、ルイズの顔から全身に向けて鳥肌が走る。
 ――帰れなくなった。
(え、どういうこと――)
 更に意識を集中させ、ジョセフの言葉から何が起こっているのかをより知ろうとする。
『このゼロ戦のパイロットには伝統的な戦法があってな』
『おい。ちょっと待て。もしかして、この飛行機をあのデカブツにぶつけようとか、そんな無謀なことを考えてるわけじゃないよな?』
『よくわかったな』
『……無茶苦茶だ――』
「ちょっと!! 待ちなさい!!」
『――そりゃねえよ』
『なぁに、わしは手近なフネに飛び移ってハイジャックするつもりじゃ。死にはせん』
 声を張り上げるが、ジョセフには全く届いていないようだった。
(……まずいわ!)
 このまま手をこまねいていれば、ジョセフは飛行機と共に戦艦に突っ込んでいく。
 それを今すぐ翻意させられるとすれば、自分かデルフリンガーしかいない、が。
『なぁに、わしは手近なフネに飛び移ってハイジャックするつもりじゃ。死にはせん』
『おい、考え直そうぜ。それはあんまりにもあんまりだ』
 召喚してからさして時間が経ってないとは言え、声のトーンで何を考えているかくらいは判るようになっている。
 ジョセフは既に覚悟を決めているし、デルフリンガーもその無謀な挑戦を止めようとはもう考えていないのは丸判りだ。
(考えなさいルイズ! 今、ジョセフに命の危険が迫っているからジョセフの見ているものや聞いているものが私に伝わってくる……)
 一般的なメイジとは違って、意識の共有はよほど切羽詰った時にしか出来ないと言う事ならば――ジョセフに自分の見ているものが見えるかどうか判らないが、今すぐに手を講じられなければ、ジョセフが死ぬ。
 ルイズは手に持っていた杖の先端を自らの喉元に突き当て、声を張り上げた。
「待ちなさい! そんな勝手なこと、主人の許しもなしにやらせないわ!」
『ルイズ!? ルイズなのかッ!?』
(届いた!)
 まかり間違って一言でも呪文を唱えれば爆発魔法で首から上が消し飛ぶ。
 それを命の危機と判じられるルーンの判断への感謝を後回しにし、矢継ぎ早に叫んだ。
「アンタ一人が犬死にしたってどうにかなるわけじゃない! いい年して何を思い上がってるのかしら、自分だけが死ねば何とかなるだなんてお門違いもいいところだわ!」
 空からの砲撃が段々と数を減じてきている中、一人叫び出したルイズの言葉に構う者は周囲にはいない。
『いや大丈夫だっつっとるじゃろ! 乗っとる飛行機墜落するんもこれで五度目じゃから安全に脱出するコツも知っとる!』
「そういう問題じゃなくて! ジョセフ、アンタは私の見てるものが見えるの!?」
『ああ、見えるが……』
 ジョセフの訝しげに問う声に、ルイズはウェールズと、その腕に抱かれているアンリエッタをしかと右目に捕らえた。
「いい!? ジョセフ、アンタが波紋やスタンドを使えるように、私達には魔法があるの! ずっと前にお母様から聞いた事があるのよ……王家の人間にだけ許される、スクウェアなんか目じゃない、『ヘクサゴン・スペル』と呼ばれる魔法が!」
 始祖ブリミルとその弟子達の血統を色濃く受け継ぐ王家の人間の詠唱が可能とする、伝説の魔法。ルイズはそんなものを見たことなど一度もない。母からこのような魔法も存在する、と聞きかじっただけでしかなかった。
 果たしてあの二人がヘクサゴン・スペルを用いる事ができるのか、よしんば唱えられたとしてもあの艦隊に打撃を与える事ができるのか。そんな事は判る筈もない。
 だが、ルイズの唇はそれをよく見知っているかのように、澱みなく言葉を紡いでいた。
「今ここには、水のトライアングルであられるアンリエッタ様と風のトライアングルのウェールズ様がおられるわ! この砲撃が終わったらお二人が詠唱を始めるのよ、アンタがそこにいたら魔法の巻き添えになるだけよ!
 これは命令よ、今すぐそこから離れなさいッ!!」
 ジョセフを使い魔としてから、ずっと見てきたものがある。
 まるで魔法のように、嘘を真実に変えてしまう口先の巧みさ。舌先三寸で人を言いくるめる話術。相手の欲するものを看破し、代わりに自分の欲しいものだけを差し出させる公称術。
 融通の利かない真っ直ぐな気性を持つルイズは半ば呆れて半ば感心しながら、あっけらかんと人を騙してみせるジョセフを見てきたのだ。
 今、ルイズは一世一代の大嘘が自分の口から出て来たことに今更ながら気が付いて、自分自身で驚いていた。
 客観的な時間にすれば、数秒も要さない僅かな時間だった。だが、当のルイズにはその何十倍もの時間が経過したように思えるほどに長い時間が過ぎた後。
『――判った』
 短い言葉が頭の中に響いたその時、ルイズの左目は再びコクピットから地上の戦場を映し、それっきりジョセフの声も聞こえなくなる。ルーンが、ジョセフの命の危険が去ったと判断した、ということだった。
 バネでも仕込まれていたかのような動きで空を見上げれば、飛行機が急旋回して艦隊から離れていくのが見える。
 力を込めすぎて強張っていた手をそっと下ろして杖を自分の首元から離すと、安堵を多分に混ぜこぜた空気を身体の底から搾り出すように吐き出した。
 そして一度、二度、と深呼吸を繰り返せば、体中に浮ついたような間隔が広がり始め、やがて頬を大きく吊り上げる笑みが知らず知らず浮かんでくる。
(ああ……そうか、こういう気持ちなのね)
 ここに至って、ルイズはジョセフの心を理解したような気がしていた。
 嘘やはったりを利かせて相手を騙す。たったそれだけの事が、こんなに楽しいだなんて。いつもジョセフが満面の笑みを浮かべてたのもよく判る。
「そうか、そういうことなのね……」
 見る見る間に遠ざかった飛行機を見上げながら、一人ごちた。

 終わりがないように思える艦砲射撃も、弾丸には限界がある。
 だが、砲撃を防ぎ続けるトリステイン軍の士気の減衰する速度はずっと大きい。
 魔法の障壁は今だ健在とは言え、メイジの恩恵を受けられない平民の傭兵達の被害はかなり大きい。
 ラ・ロシェール周辺の地形が大きく変わってしまった頃、これ以上の砲撃は金の無駄遣いと判じたアルビオン艦隊は砲撃を止める。そして損耗など僅かにもないアルビオンの地上部隊が鬨の声を上げて押し寄せてくるのが、肉眼ではっきりと見えていた。
 勝利を疑うどころか、これからの虐殺と略奪に目を輝かせている様さえ見えそうな、それほどの勢いで押し寄せるのを見たアンリエッタは、元より白い顔を更に白くし、自分をしかと抱きしめるウェールズへ縋るような視線を向けた。
「ウェールズ、様……」
 アンリエッタの回りに配された将兵は、名のあるメイジばかり。あれだけ降り注いだ砲弾を受けてもなお、被害はほぼないと言って良かった。
 だが、うら若き少女でしかないアンリエッタの心が恐怖でくず折れずに済んだのは、愛するウェールズの腕の中にいたからということでしかない。
 ウェールズは、か細く自分の名を呼ぶアンリエッタの艶やかな髪に手を差し入れると、髪を梳く様な愛撫を与えた。
「……アンリエッタ。君は覚えているかい、僕達が初めて出会った……ラグドリアンの夜を」
 戦場の中、その声はあまりにも優しく、周囲に誰もいないかのような甘い囁きだった。
「忘れるはずありませんわ! わたくしの人生の中で、あの夜は最も美しい記憶ですもの!」
「あの夜、君は誓ったね。ラグドリアンの湖に住まう水の精霊……又の名を『誓約の精霊』と呼ばれている。その姿の前で為された誓約は違えられることはない、と。その湖で……君は、僕への永久の愛を誓った」
「ええ! あの時の誓いは今も変わっておりませんわ! いいえ、今とは言わず、これからもずっと!」
「だが、僕はあの時、君の誓いに応える事が出来なかった。僕達は王家の人間だ……六千年の歴史を持つ王家の為とあれば、僕達の意思など鑑みられることはない。君もそうだ、国を守る為に、意にそぐわぬ婚姻を強いられる。
 君の気持ちを、僕が知らないはずはない。世界中の誰より、一番僕が知っている。そして……僕の気持ちを世界中の誰より知っているのは、君だ。アンリエッタ」
 陶器のように白かったアンリエッタの頬が、ウェールズの言葉を一言聞く度に、まるで花が色付くような美しい血色を取り戻していく。
「君を不幸にすると知っていて、永久の愛を誓うことは僕には出来なかった。だが、今の僕は違う。アルビオンの大陸から、彼に無理矢理連れ出され……僕は、アルビオン王家の皇太子ウェールズではなく、ただのウェールズになれたんだ」
 ウェールズは艦隊の向こう、まるで豆粒のように見える飛行機を見上げ、目を眇めた。
「今、僕がこうやって君を抱きしめているのは……親愛なる友人、ジョセフ・ジョースターの尽力あってこそだ。彼があの飛行機械に乗って戦いに馳せ参じたのは何故だと思う、アンリエッタ!」
 周囲の喧騒も、ここが戦場の只中であるということも、今のアンリエッタにはなんら関係の無いことだった。ただ、ウェールズが紡ぐ言葉をたった一言すら聞き逃すまいと、ただ愛する青年の姿だけを見つめ続けていた。
「自分をジョジョと呼んだ友人が困っているなら、助けに行くのが当たり前だと! たったそれだけの理由で、彼は死地に赴いてくれたんだ! 僕達は彼の厚意を受け取るだけじゃいけない! 黄金のように輝く彼の誇りに報いる誇りを見せなくてはいけない!
 そうでなくては……格好悪いじゃあないか! 誇り高きメイジとして、彼の友人として、見せなければならないものがあるッ!」
 ウェールズは体の中から迸る感情を抑えようともせず、腕の中にいる少女に向けるには大きすぎる叫びを向けた。アンリエッタもまた、彼の叫びに眉を顰めることも無く……むしろ、陶酔しているかのように、ウェールズだけを青の瞳一杯に映していた。
 ウェールズは、アンリエッタを抱く腕に力を込める。少女の細い肢体へ腕を食い込ませようかとするように、両腕でひたすらにアンリエッタを掻き抱いた。
「だから……だから! 僕に力を貸してほしい! 僕の愛するアンリエッタ……!」
 抱擁と言うには、無骨かもしれなかった。
 しかし、アンリエッタはそれを不快に思うことなど無い。その返答として、自分もまた力の限りウェールズを抱き締めると、彼の胸へただひたすらに縋り付いた。
「ああ……ああ! わたくしは……わたくしは、あの夜からずっと、ずっと、その言葉を求めておりました! あなたに愛される……ただそれだけ……ただ、それだけでわたくしの一生は幸福に彩られるのですもの!」
 生きてきて良かった、と思った。この瞬間の為に私は生まれ生きてきたのだ、とさえ思えた。それほどまでに、少女は幸福だった。
 知らずに流していた涙を拭うかのように、ウェールズの掌がそっとアンリエッタの頬を包んで、顔を上げさせた。
「さあ、アンリエッタ……私達は在るべき所に帰らねばならない。その為に、やらねばならないことがある。かの謀反者達に、ハルケギニアの王家を敵に回す無謀さを見せ付けねばならない。それが……“僕達”の義務だ」
 ウェールズが口にする言葉の一つ一つが、アンリエッタの心をひたすらに高まらせていく。
 もう既にアンリエッタの心に、恐怖など一片も無い。彼女の未来は、美しい薔薇色だけが象っていた。今、向かい来る三千の兵より、空を占める艦隊より、ただ愛する青年が自分を腕の中に抱いている事実だけが心を占めていたのだから。
 二人は、どちらともなく杖を手に取った。
 片手に杖を持ち、もう片腕には愛する者を抱いたまま、詠唱を始める。
『水』、『風』。二つの点が合わさる。水の風が、生まれる。
『水』、『風』。二つの線が交わる。水の旋風が、二人を囲む。
『水』、『風』。二つの三角が重なる。水の竜巻が、屹立する。
 水と風の六乗。例えトライアングル同士と言えども、この様に息が合うことなど皆無と言っていい。しかし、選ばれし王家の血がそれを可能にする。
 王家にのみ許されるヘキサゴン・スペル。
 詠唱が干渉し合い、互いの魔力を更なる高みへと押し上げる。
 水のトライアングルと風のトライアングルが絡み合い、竜巻は中心に六芒星を描く。
 それは竜巻でありながら、津波。津波でありながら、竜巻。
 この一撃を受ければ、どれほど堅固な城砦であろうと為す術も無く吹き飛ぶだろう。
「――まだだ」
 まだ、詠唱は止まらない。
「――まだです」
 まだ、二人は止まらない。
 竜巻は城の様に膨れ上がってなお、ウェールズとアンリエッタの杖から放たれない。
 竜巻が描く六芒星が、凄まじい回転を始める。
 水と風のトライアングルは、止まらない。
 ウェールズは、漆黒の輝きを込めた両眼で遥か上空に鎮座する『レキシントン』号を射抜く。
「――空を飛ぶということはッ!!」
 全身から迸る魔力。どれだけ汲み出しても、なお無限に湧き出てくるような感覚さえ抱いていた。
「地面に落ちる『覚悟』を持たなければならないということだッッ!!」
 アンリエッタは、艦砲射撃でかつての美しさを損なったラ・ロシェールと、今にも崩壊しそうなトリステイン軍を黄金の視線で見やった。
「私は――アンリエッタ・ド・トリステイン。トリステイン王家の王女です」
 全身から迸る魔力。どれだけ汲み出しても、なお無限に湧き出てくるような感覚さえ抱いていた。
「もう恐れはありません……私は私の意志で歩いていく。これが私の――王家の血を継ぐ者の『覚悟』です」
『水』、『風』。
 二つの『四角』が生まれ、合わさり、交わり、重なり――高みに上り詰める!
『水』『水』『水』『水』、『風』『風』『風』『風』。
 二人の心の高まりが、二人のトライアングルメイジの力を引き出し、二人のスクウェアメイジを誕生させた。
 二人のスクウェアメイジが初めて用いる魔法は、六芒星を更に超える八芒星、オクタゴン・スペル。
 天さえ貫かんとばかりに膨れ上がった竜巻は、海を丸ごと飲み込んだかのよう。
 高く聳える周囲の山々さえ凌駕するほどに成長した竜巻は、最早竜巻と呼ぶには壮大過ぎた。しかしそれを呼称する言葉は、竜巻であった。この場にいる全ての人間が見たことのないほどの、雄大過ぎる竜巻。
 そんな巨大な代物を操るのは、たった二人の青年と少女。二人の杖が、空に浮かぶ艦隊に向けられたその時、八芒星の魔法は静かに動き始めた。
 最初は人の歩み程度の速さが、ほんの数秒ごとに加速を続けていく。
 これまでレコン・キスタが射ち込んだ砲弾や、砲弾で砕かれた岩や人馬。
 それらを全て飲み込み、内に含み、空へ駆け上がり、レコン・キスタの地上部隊など眼中にないとばかりに彼等の頭上を跳び越していく。
 レコン・キスタ艦隊は、突如生まれて向かい来る巨大な竜巻に恐慌を起こしていた。
 必死にこの場から逃げ出そうとする者達は、将の制止など聞けるはずもない。
 フネを戦域から逃そうとする者、魔法で逃げようとする者、逃げようの無い者、既に命運を悟った者。
 彼らの運命は、一律だった。
 竜巻は向かう。レコン・キスタのフネ達を咀嚼し、食らい、更なる勢いさえ増して、『レキシントン号』へと襲い行く。
「“それ”は僕のものだッ!! 返してもらうぞッッッレコン・キスタァァーーーーーー!!」
 全長200メイルを誇る戦艦に、青年の絶叫が轟き――これまで竜巻が咀嚼したありとあらゆる全てに噛み砕かれていくのみだった。
 十数隻もあった艦隊を一隻の例外も無く飲み込んだ竜巻は、まるで竜が天に戻るかのように雲達を超えて突き上がり……不意に宙返りをした。
 凄まじい勢いで天空から放たれる、竜巻の弾丸。
 その照準は、レコン・キスタの地上部隊――
「これが君達の欲したものだッ!! 君達が立ち向かったものだッ!! そして――これこそが、僕達の力なんだッッッ!!」
 地上へ向けて撃たれた竜巻の中では、まだ辛うじて『それ』が形を留めていた。
 『それ』は、かつて王の手にあったもの。
 叛徒達が奪い、汚した『それ』は、今この時、再び在るべき所へ『帰還』した。

「『ロイヤル・ソヴリン』だッッ!!」

 振り下ろされる『王権』は、既に戦意など根こそぎ奪われたレコン・キスタ兵達を一切の容赦なく飲み込み……そして、これまでの艦砲射撃など比べ物にならないほど、地図を大きく書き換えさせることとなったのだった。



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