ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

ゼロと奇妙な隠者-53

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匿名ユーザー

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「宝探し?」
 三日振りに六人が揃った朝食の席で、唐突な話題を振ったのはジョセフだった。
 ジョセフが持参した紙袋には、変色したり所々破れたりする地図がたっぷり詰まっていた。
「おう、トリスタニアで色んな店回ってたらすっげェ胡散臭い『宝の地図』なんか売ってたんでな。せっかくじゃから魔法屋に情報屋に雑貨商に古本屋に露天の出店まで虱潰しにかき集めてきた」
 イシシ、と笑うジョセフに、ギーシュは呆れた顔でパンを千切った。
「全く、そんな紛い物の地図を買ってきたのかい? 出鱈目な古地図を『宝の地図』だなんて売り付ける商人なんて数え切れないよ。騙されて破産した貴族だって同じくらいいるんだぜ」
「そりゃそうじゃろ。わしだってお宝なんて見つかるたぁこれっぽっちも思ってない」
 言いだしっぺなのにあっさりと宝探しの意義を否定するジジイにも慣れたもので、誰もツッコミを入れずに食事を続けていた。
「まー宝探しってのは実は二の次でな。この部屋から出られん王子様の気晴らしにちょっとした旅行なんか考えたんじゃが、ただ旅するのも芸がない。そこにこんな胡散臭ぇ宝の地図なんて見つけちまったからしょうがないじゃろ」
 何がしょうがないのかちっとも判らないことも、全員当然のようにスルーした。
「でもダーリンの言う事ももっともだわね、私達が帰ってきてから王子様はずっとこの小さな部屋に閉じ篭ってるもの。たまには外の空気を思い切り吸うのもいいんじゃないかしら?」
 ちらり、とシナを作った流し目でウェールズに微笑みかけるキュルケ。
 当のウェールズは紅茶の満たされたカップを手に持ったまま、薄い苦笑を浮かべた。
「レコン・キスタと戦っていた頃に比べれば、この部屋はまるで天国のような心持ちだ。ミスタ・ジョースターが思っている以上に快適な環境で有難いと感じているよ」
 紅茶で喉を潤してから、ウェールズはジョセフを見やる。
「だが、宝探しと言う単語には興味がそそられた。そんな言葉は物語の中でしか聞いた事がないからね、一度宝探しと言うものを体験してみたい」
 主賓が賛成してしまえば、宝探しの実行は決定事項となった。
「よし、決まりじゃな。わしと殿下以外に参加したいのはおるかな?」

使い魔が行くってなら、主人も参加しなくちゃいけないわね」
 部屋の中でも帽子を被ったままのルイズが、澄まし顔で参加を表明する。
「タバサも行くわよね、はい決定」
 サラダを黙々と食べているタバサは、勝手に自分の参加を決めるキュルケの物言いに異論を挟むこともない。
「ギーシュ、お前はどうするんじゃ?」
「僕かい? んー……率直に言えば、十中八九骨折り損のくたびれ儲けになるとは思ってるんだがね。面白そうだから、お宝は期待しないで行くことにしよう」
 ギーシュは苦笑しつつ、背凭れに体を預けた。
「よし、んじゃ決まりじゃな。じゃー後で学院長ンとこ行って、殿下連れてキャンプに行くからって外出の許可も貰っとこう。学院長に根回ししときゃサボリも余裕じゃよ」
 前途ある若者にサボリを推奨するダメなジジイであった。
「ところで」
 デザートのプティングをスプーンで切り崩し、ルイズがゆるりと手を上げた。
「この中でまともに料理が出来る人がいるのかしら? 地図の枚数からすると最低でも一週間くらいは宝探しすることになりそうだけど、まさかその間保存食ばかりというのは遠慮したいわ」
「わし一応料理できるぞ。ここに召喚されるちょっと前までキャンプや自炊しとったし」
 胸を張って断言するジョセフに、ルイズはあくまで冷静に言葉を続けた。
「贅沢は言わないけど、私達を満足させられるくらいだったら文句はないわ。最低でも今食べてる料理くらい作れるんでしょうね?」
 ぐ、と言葉を詰まらせた使い魔に、ルイズはふぅ、と漏らしたため息でカップの中で揺らめいていた湯気を散らした。
「さすがに厨房のコックを連れて行くわけにもいかないし。……そうね、この前、アンタに料理作ってくれたメイドいたわよね。ジョセフが頼めば来てくれるんじゃないかしら? まさか平民が王子様の顔知ってるはずもないし、問題ないわね」
 この場にいるほとんどの人間が聞き流す何気ない言葉に、口端を愉快げに吊り上げたのはキュルケだけだった。

「シエスタか? じゃあわしが聞いてみよう。来てくれんかったら食事係はわしっつーコトでカンベンしてくれよ」
 そこからおおよその計画が決まったところで、その日の朝食はお開きとなった。
 次の夜明け前の出発までに各々旅の準備を終えておくということで、授業に出る少年少女に代わって言いだしっぺのジョセフが出発前の準備に動き回る。
 ジョセフの話を聞いたオスマンが「わしが言える義理もないが、ジョースター君は大分フリーダムじゃなあ」と呆れた声で苦笑するのを「よく言われます」と笑い飛ばした。
 続いてシエスタを旅に誘うと、嬉しそうに快諾した。ただ同行するメンバーにルイズがいると聞いた瞬間に「わ、私が行って大丈夫なんでしょうか?」と怯え出したのを宥めるのに少々時間を要してしまったが。
 それから昼食の仕込みで大わらわのマルトーの所に行き、一週間ほどシエスタを連れて旅行に行く旨を伝えれば実に快く快諾したばかりか、弁当まで用意してくれると至れり尽くせりの振る舞いを受けた。
 そして次の日の夜明け前、七人と二匹の使い魔を乗せたシルフィードは学院を後にしたのだった。


 *


「いやー、はっはっは。今回も大ハズレじゃったなあ」
「いくら宝の地図がインチキばかりだと言っても、ここまでヒドい地図ばかりだとは思っていなかったよ。ここまで来るとジョジョがわざとヒドいのばかり選りすぐったんじゃないかと勘繰りたくなるね」
 陽気に馬鹿笑いするジョセフに、ギーシュが冗談交じりのツッコミを入れた。
 日はとっぷりと暮れており、シチューの鍋がくべられた焚き火を囲んだ一行は食欲をそそる匂いが漂う中で歓談を交わしていた。

 ジョセフが意気揚々と用意した宝の地図は、結果から言えばハズレばかりだった。
 学院を出発してから十日続いた冒険だが、地図に書かれた場所はどれもこれも化物や猛獣の住処になっており、それらの脅威を排除しても目ぼしい宝物など手に入らなかったのである。
 今日も打ち捨てられた開拓村の寺院に住み着いた十数体のオーク鬼の群れを殲滅したのはいいが、手に入ったのはそこらの露店でも売っていないみすぼらしいアクセサリーが幾つか。
 かけた手間と時間に見合った報酬とは誰一人思っていない。
 とは言え、三人のトライアングルメイジを含むメイジ五人、強力な炎を吐くフレイムに地中を自在に移動するヴェルダンデ、戦術指揮担当のジョセフの一行はそれほどピンチらしいピンチを迎えることもなかったのだが。
 最初の内こそはキュルケやギーシュがまだ見ぬ宝物に目を輝かせていたが、中盤からは「危険に対していかに対処するか」という点に楽しみがシフトしていた。
 地図に書かれた場所を見つけ出し、事前調査を踏まえて情報を得、危険をどう排除するか。
 真正面から立ち向かえば命が幾つあっても足りない化物をどう罠にかけ、いかに手を汚さず倒すか。全員で額を寄せ合ってアイディアを出し合い、組み立てた戦術に敵を嵌めるか。
 今日の敵であったオーク鬼も、平民だけではなくメイジにも脅威となる怪物である。
 身の丈は二メイルほど、体重は普通の人間五人以上。全身を分厚い脂肪に包み、脂肪の下に強靭な筋肉を持つ彼らは、豚のように突き出た鼻と、豚のような呻き声を立てる醜悪な顔も持ち合わせている。
 太りに太った人間の頭を豚に挿げ替え、二本足で立つ姿はほぼ全ての人間に対して嫌悪と恐怖を与える代物であった。
 標準的なオーク鬼一匹を相手にするには、人間の戦士なら最低五人は必要と言われている。
 少々の武器では脂肪と筋肉の鎧に阻まれて致命傷を与えるのは難しく、人間の体重分は優にある棍棒を振り回す膂力も持ち、かつ人間を餌とする激しい凶暴性と、それに反比例する低い知能。
 宝の地図が指し示す目的地である寺院にオーク鬼が巣食っていると判った時も、一行の顔にはさしたる変化はなかった。
 寺院を囲む森を上空から調査した後、森を散策して草やコケを一抱えほど採取し、それらを材料として即席の煙幕弾を作成する。

 寺院の入り口を取り囲むように七体のヌーベルワルキューレを配置し、寺院の入り口から見えやすい正面の地中をヴェルダンデに掘らせ、幅広く深い空洞を作り上げる。
 地中から掘り出した土を錬金した油を空洞に注ぎ直し、準備は完了した。
 寺院から見て落とし穴の対岸に配置した二体のワルキューレの中央にはジョセフが立つ。
 他の隠れた場所に陣取ったワルキューレの横には、メイジ達が一人ずつ立っている。
 木の陰に隠れたキュルケが門柱の隣に立つ木を火の魔法で吹き飛ばしたのを合図に、ルイズとジョセフは用意していた種火で煙幕弾に火をつけ、他のメイジ達は手短な魔法で火をつけた。
 寺院の中から一斉に飛び出してきたオーク鬼達へ放たれた七個の煙幕弾が、灰色の煙を撒き散らしながら彼らの足元へ落ちる。
 突然オーク鬼達を巻き込んだ煙は彼らの視界を奪うだけではない。煙幕弾の材料の中には、森に自生していた唐辛子も混ざっていた。例え強靭な肉体を持つオーク鬼と言えども、目や内臓などの粘膜に関しては他の生物と大差ない。
 カブサイシンがたっぷり入った煙は、オーク鬼達に今まで受けたことのない類の痛みを与え、同時に彼らの低い知性では拭いきれない致命的な混乱をも与えた。
 そうなれば後は七面鳥撃ちの時間である。
 ヌーベルワルキューレは自分の身体からもいだ青銅の砲丸を装填しては発射し、生半可な武器では傷つくことのないオーク鬼達を滅多打ちにする。特にジョセフが扱うことでガンダールヴの能力で強化されたボーガンの放つ砲丸は、脂肪と筋肉の鎧を容易く撃ち抜いた。
 当然ながら、メイジ達の魔法も次々にオーク鬼達に連射される。ワルキューレを錬金して精神力の枯渇したギーシュ以外のメイジは、三人のトライアングルメイジと爆破の威力には定評のあるルイズである。
 風の刃が首を落とし、炎の弾丸が頭を吹き飛ばし、無数の氷柱が全身を貫き、脳味噌が直接吹き飛ぶ。
 オーク鬼達が寺院からおびき出されてから数分も経たない内に、十数体いた彼らは入り口の前で様々な死因を晒すこととなった。
 しかしそれでも、旺盛な生命力を持つオーク鬼である。大火傷を負い、砲丸を全身に受けながらも辛うじて生き残った一匹が、仲間達を殺すのみならず自分をこれほど痛め付けた人間に復讐すべくその手に棍棒を握り締めて走った。

 怒りに燃えるオーク鬼は真正面に立っていた図体の大きい老人目掛けて走っていき――地面を踏み抜いて4メイル下の地面に叩き付けられた時に死んでしまわなかったのが、このオーク鬼生涯最後の不運だった。
 そこに落とし穴から這い上がることも許されず、油塗れになった生き残りはフレイムの吐いた炎で全身を改めて焼かれ、今度こそ絶命した。
 こうして襲撃をかけられたオーク鬼達が文字通り全滅したのに対し、襲撃側の人間達は死人の一人も出さなかったばかりか、手傷一つ負わなかったのである。
「骨を折るほど損はしなかったけど、くたびれ儲けはあったわね」
 この十日間で手に入れた宝物とはとても言えないガラクタの詰まった皮袋をじゃりんと揺らし、キュルケが笑う。
「さて、目ぼしい地図も大体消化したことだし。今日はここでキャンプしてから、懐かしの学院に帰るとしましょうか」
「ああ、そうだね。私もいい気晴らしが出来た。君達の様な友人を持てた事を始祖に感謝しよう」
 旅の終わりによく口にされる類の言葉を紡いで微笑むウェールズに、子供じみた笑顔のジョセフが真っ先に答えた。
「いやいやそう言って貰えると照れますのォ」
「主人として、多少は謙遜とかそういう類の言葉をいい加減覚えるべきだと思うのよね」
 ルイズは七十前には到底思えない使い魔をからかった。
 シエスタは積極的に会話に参加することはないものの、貴族達のやり取りを微笑ましげに眺めていた。
 最初のうちこそは貴族と使用人という身分の差をひしひしと感じていたものの、ジョセフが間に入ることによってある程度の親睦を交わせていた。
 旅が始まった時にはルイズがいつ癇癪を起こすかビクビクしていたシエスタも、初日の朝方にルイズ自身が譲歩する言葉を述べたので、ある程度は安心を持つことが出来た。
 曰く、「人に嫌われる使い魔より人に好かれる使い魔の方が主人としてもいいに決まってるわ。でもまた私が怒らない保証はしてあげられないけど」。


 仲良くするのは構わないがあまり近付き過ぎるな、と釘を刺した形となる。
 シエスタとしても、ジョセフはあくまで『憧れの人』の範囲を出ていない。憧れと一概に言っても、顔を見たこともない王族や威張ってばかりの貴族達に何倍もの差をつけた上での堂々一位である。
 しかしそれは、年頃の少女がアイドルやスターに関して抱くものとほぼ同じであり、恋愛対象としては完全に外れていた。
 タルブという田舎の村出身の少女にとって、例えジョセフが貴族と渡り合えてかつ人当たりの良い人気者と言っても、自分の父親どころか小さい頃に亡くなった祖父よりも年上という存在といい仲になりたい、という考えには至らないし、至れない。
 魔法を使えない平民にとって、老いると言う現象がどのような意味を持っているのか、小さい頃から隣人を見てきたから十分に理解している為である。
 第一印象こそは大人しそうで純朴な雰囲気を持つ少女だが、意外と大胆で手段を選ばない内面を持っている。これでジョセフが若ければ、一緒に食事をした日に服を脱いで実力行使に出たかもしれないが、彼が老人だからそのような暴挙には出なかったのだった。
 シエスタはルイズに対し、「今後気をつけます。申し訳ありませんでした」と頭を下げた。
 貴族であるルイズが大幅に譲った形で寛大な処置をしたのに対し、平民であるシエスタは自分の非を認める形で謝罪をする。それでこの件は決着と相成った。
 そしてシエスタの作る料理を「……確かに美味しいわね」と、微妙な顔をして認めたのはルイズなりの賞賛だということを、シエスタが理解したのは旅も半ばに入ってからだった。
「皆さん、食事の準備が出来ましたよ」
 この十日の旅の間で、シエスタの料理の腕は同行者全員が認めるところとなった。
 一行がオーク鬼達を罠にかける準備をしている間、シエスタは野兎を罠にかける準備をし、森の中で煙幕弾の材料を集める横でキノコや自生のハーブなど様々な食材を獲得していた。
 それらを入れたシチューに、唐辛子に様々な香辛料を調合したソースを好みでかけて食べる今夜の食事は、舌の肥えた貴族達にも絶賛の出来であった。
「うん、君の作る料理は美味いね! 特にこのソースが絶品だ、ピリッとした辛味がまた食欲をそそる!」

 ギーシュがシチューをがっつきながら、調子に乗ってソースをかけすぎてむせた。
「これだけ美味しい食事が、この森の中で取れた食材だけで作っているとは大したものだよ」
 シチューに舌鼓を打つウェールズに、シエスタははにかんで答えた。
「田舎育ちなもので、小さい頃からこうやって食事の材料を取るのに慣れてるんです」
 シエスタには、ウェールズはルイズの友人の友人という扱いになっている。
 一般的な平民は、隣の国の王子様の顔どころか名前も知らないのが当たり前だった。
「私の故郷の村……タルブって言う村なんですけど、名物料理なんですよ。季節の野菜やキノコにハーブを組み合わせているので、季節によって味が変わるんです。ヨシェナヴェ、って言うんですよ」
「へえ、あなたタルブの出身なの?」
 シエスタの言葉に出た単語を、キュルケが耳ざとく聞きつけた。
「タルブってワインが名物だって聞いてるわ。そうね……何本か買って帰るのもいいかもしれないわね。みんな、明日はタルブに寄ってから帰るのはどう?」
 特に異論も出なかったので、明日の朝にタルブに向かうことが決定した。
 タルブはラ・ロシェールの近くにある村で、シルフィードを飛ばせば学院からも一日足らずの距離になる。旅の最後の日は村でゆっくり泊まって、それから学院に帰る事も決まった。
 そして食事を終えると、夜中の見張りのローテーションを決めてから中庭に張ったテントにそれぞれ入る。
 四つ張られたテントの組み合わせはルイズとジョセフ、キュルケとタバサ、ウェールズとギーシュ、シエスタと使い魔達という組み合わせであった。
 シエスタはこの旅の間、貴族達だけではなく使い魔達とも交流を深めている。使い魔の契約を交わしたことで、野に生きていた頃と比べて高い知性を獲得しているとは言え、美味しい食事を分けてくれる相手に懐くのは動物として当たり前の習性だった。
 今夜のルイズとジョセフの見張りの順番は一番最後に決まったので、睡眠時間を確保する為に主従は毛布に横たわる。当然のようにジョセフの腕に頭を乗せたルイズは、ふぁ、と欠伸をした。
「もうそろそろ旅も終わりね……。帰ったら詔を仕上げなくちゃ」

 旅に出た時も始祖の祈祷書とにらめっこをしていたものの、特に結果が芳しくならなかったので、三日目が過ぎた辺りで大胆に諦めることにしたルイズである。
「大変じゃなあ」
 他人事丸出しで気のない相槌を打った使い魔に対する仕打ちは、脇腹チョップである。
「だってわし関係ないじゃあないか」
「うるさいわね、主人が大変な思いしてるのに相変わらず暢気な顔してるのがムカつくのよ」
「うわすげェ八つ当たり」
「うるさいわよ」
 そんなやり取りを終えると、今度はさっきより大きい欠伸をした。
「……ま、どうせ学院にいててもこの様子じゃ詔なんて考えられなかっただろうし。気晴らしにはなったから、誉めてあげる」
「お褒めに預かり光栄の極み」
「そうね、自分の物見遊山に私達を巻き込んだのは不敬の極みだけれど、楽しかったから不問に処すわ」
 何でもないことのように放たれたルイズの言葉に、ジョセフは幾つかの言葉を選んでから、ニシシ、と笑った。
「……バレてた?」
「バレるも何も。この旅で一番トクをしたのは誰かって考えたら明らかにアンタじゃない。私が考えるに、こっちの世界の見物をしたいと思ったら、一人で行くより私達メイジを連れて行った方が何かと便利だと考えるのは当然だわ。
 でも遊びに行くから付いてきてくれ、だけじゃ一緒に来るかどうかはちょっと怪しいから、宝の地図をダシにしてウェールズ様を誘ったってワケね。で、その場に居合わせる私達を一人ずつ切り崩していけば全員が儲けも何もないって判りきった宝探しに付いて来た、と」
 どう? と悪戯っぽく笑ったルイズの頭を、もう片方の手を伸ばして撫でた。
「そこまで理解してたら十分じゃ。わしも毎日授業してた甲斐があるってモンよ」
 くすぐったげに目を細めたルイズは、けれども少し物憂げな顔でジョセフを見た。
「……ねえ。姫様の結婚って……止められないの?」

 優しげな手付きでルイズの頭を撫でていた手が、髪にかかったまま止まる。
「ふむ。わしもどうにか出来ないかと色々考えちゃあみたんだが……」
 言葉を濁したジョセフの言葉を、ルイズが続けた。
「どうにもならないのね?」
「……ぶっちゃけるとそーなる」
 何も言わず責めるような瞳に、ジョセフは唇を尖らせた。
「そんな顔されてもどーしよーもないモンはどーしよーもない。もしお姫様を浚って逃げたところで何も問題は解決せんどころか、問題は悪化する。ゲルマニアとの同盟条件としての政略結婚だからな。
 ここでもし同盟が破談になったとしたら、トリステインはレコン・キスタに滅ぼされる。その後はどうなるか、賢いルイズなら説明されんでも判るじゃろ?」
「……ならいっそ、ニューカッスルでやったみたいなスゴいコトをやってみせてよ」
「ありゃあどうやっても全員討ち死にってのが確定してたところに、無理矢理ハッタリ利かせて上手く騙したから出来たんじゃ。
 今の状況を何とかしようとするなら、それこそわしが国の全権を任された上で時間があれば何とか出来んこともないだろうが、そいつぁ無理な相談だ」
 桃色の髪を撫でていた手がそっと離れ、どちらのものとも判らない溜息が漏れた。
「色々考えちゃみた。いっそアルビオンに単身乗り込んで次から次へとレコン・キスタの貴族を暗殺してみりゃちったぁ足止まるかもとかな。だが対症療法でしかない。本当にこの状況ひっくり返すには奇跡の数が足りん。
 今日のオーク鬼倒すのに、煙幕弾もヌーベルワルキューレも杖もナシで武器だけ持って真正面から前に出なくちゃならんくらいの状況だ」
 普段から気楽なジョセフが、真剣な顔をしてそう言うのならそうなのだろう。
 ルイズは悲しくなって、ジョセフの肋に手を回して顔を埋めた。
 貴族とはいざという時に身を捨てる覚悟がいるのだと、両親から教えられてきた。貴族を束ねる王族は、それ以上の覚悟を持たなければならないということも。
 けれど、判っていた事とは言え、やはり悲しいものは悲しい。
 せっかくウェールズを救い出して来たと言うのに、愛し合う二人がこんな事で引き裂かれるのを見なければならないのは……判っていても、悲しいのだ。

 この旅の間、一緒に過ごしてきたからよく判る。アンリエッタがウェールズを好きになってしまうのは自然なことだ。誇り高くて優しくて、なのに偉ぶったところがない。
 国が滅んで、愛する人が手の届かないところに行こうとしているのに、その悲しみを見せず何事もないように振舞っている。
 アルビオンから戻ってきた森の中で思わず漏らした言葉が、そう容易く変わるはずはない。今でも王子の心の中には、辛い痛みが存在しているのに、その痛みを優しげな微笑みで隠している。
 そんな王子様の振る舞いを見ていれば、どうしてこんな優しい王子様が幸せになれないのか。そう考えるだけで、胸ごと心が締め付けられるように悲しくなった。
「……あー、ちょっといいかい」
 地面に置かれたままのデルフリンガーが、ちらり、と鞘から刀身を覗かせる。
「なによ」
 ルイズはジョセフに抱きついたまま、そちらに視線を向けようともしなかった。
「なんだろうな、せっかく宝探しの旅に出てるってのに俺っちだけホント蚊帳の外でよォー。どうしてガンダールヴが剣使わないで頭使って戦ってんだ? こう肉とか骨とかズバァーッって斬りたいのよ、曲がりなりにも伝説の剣としての存在意義があるわけじゃん?」
 ここまでの宝探しの旅で、一度も血に塗れるどころか何も斬ってすらいないデルフである。今回の持ち主であるジョセフが近接戦闘よりも遠距離戦闘や策略を得意とする使い手の上、魔法を使う敵がいないのも伝説の剣の出番をより少なくしてしまっていた。
 用心の為に抜かれることはあっても、剣が届く距離に敵がやってくる前に魔法やらハーミットパープルやらが決着をつけてしまう十日間であった。
「相手の手の届かないところから攻撃するのは戦術の基本の基本の基本じゃからしょーがないじゃろ」
「いやそりゃあそーだけどよォ……まあいいや、わざわざそんな話をする為に出てきたんじゃない。俺っちも伝説の剣なワケだし、相棒も最近はどうも俺っちないがしろにしがちだが、伝説の使い魔なワケだ。これってけっこう偶然にしちゃ出来すぎてね?」
「……何が言いたいのよ」
「あれよ。物事って動き出すまではドッシリ構えてビクともしねえが、一度動き出したらものすごい勢いで転がってくモンだってことよ。で、転がってる真っ最中って意外と転がってるコトに気付かないモンさ」
 顔もないくせにしたり顔で喋るデルフリンガーに、ルイズは無言で手を伸ばすとデルフリンガーの鞘と柄を掴んだ。
「待て! まだちょっと待って! メイジが呼び出せる使い魔ってメイジに見合った使い魔が来るんだよな! だとしたら、伝説の使い魔を呼び出せた娘っ子は――」
「気休めは必要ないわ」
 なおも言い繕うとした剣の言葉を氷を思わせる響きの言葉で掻き消して、ちゃきん、と鮮やかな鍔鳴りを立てて鞘に収めてしまった。

 その後、テントの中に言葉はなかった。
 ルイズはもう何も喋る気持ちになれなかったし、ジョセフも無言で抱きついて来るルイズに腕を貸すだけだった。そしてデルフリンガーも、それ以上は何も言わず鞘の中に納まっていたのだった。


 *


 コルベールのフットワークは軽い。
 魔法学院で教鞭をとる教師という人種は、主に伝統と格式を重んじる。そしてその伝統と格式はかつて名のあるメイジによって記された書物と、何より由緒ある血筋の貴族の側にあると信じて疑わない。
 つまり実力あるメイジは自らの魔力の他に、図書館通いと派閥構成に長けた者が自然とそう呼ばれることになる。現在のトリステインでは、派閥構成の方が圧倒的な重きを占めてしまっていたが。
 この範疇でくくれば、コルベールは実力のないメイジという扱いをされてしまう。
 図書館通いこそは教師だけではなく、図書館に永住しているとさえ言われるタバサに匹敵するだけの実績はあるものの、派閥構成という重要なカテゴリーを彼は完全に放棄していた。
 それどころか、訳の判らない研究に没頭して先祖伝来の領地や屋敷まで手放したコルベールを、どの派閥も表立って口にしないが良くて軽んじ、悪ければ蔑視していたことは紛いない事実であった。
 だが当のコルベールは、そのような事に頓着する気配さえない。色々実験してみたいアイディアが山のように積み重なっている為、そんなどうでもいいことにかかずらっている暇はないからだ。
 特に異世界から来たと言う異邦人がもたらしてくれた技術と希望は、彼の研究意欲をこれまでにないほど加速させてくれていた。

 今まで誰も理解してくれなかった自分の研究を絶賛し、しかも行くべき方向が間違っていないことを教えてくれた友人に、せめて何か礼をしたいという気持ちが芽生えたのは、一般的な貴族の範疇から外れているコルベールにとっては当然のことだった。
 少し自分の研究の手を休め、図書館で異世界に関係しそうな書物を調べていたコルベールは、程無くして奇妙な伝説を発見する。数十年前、東方から現れた巨大な鳥のような存在が二つ、ハルケギニアを飛んでいたと記された書物に行き当たったのだ。
 それは風竜のような速度で空を飛び、上空を飛び去ってから数秒後に雷のような轟音を大地に響かせた。そのうちの一つはやがてラ・ロシェール付近の草原に降り立ったが、もう一つは日蝕が作り出した闇の輪の中へと飛び去り、姿を消したと言う事だった。
 そして大地に降りた「それ」からは一人の男が現れ、タルブ村に住み着いた。二度と空を飛ぶことのなかった「それ」は『竜の羽衣』と呼ばれて現在でも村の名物として拝まれている、と言う下りで締められていた。
「もしかすればミスタ・ジョースターの言う異世界に関係するものかもしれない!」
 普通のメイジなら眉唾か与太話として切って捨てるところだが、コルベールは本を本棚に戻した数分後にジョセフにこの話を伝えるべく走り出していた。
 しかしジョセフは主人や友人達と共に、泊りがけの研究旅行に行ってしまって不在だった。
 ここでコルベールが持ち合わせていた高い行動力は、黙ってジョセフが帰ってくるのを待つなどという悠長なことはさせない。すぐさま旅の準備を済ませると、馬に乗ってタルブの村へと出発した。
 それがジョセフ達がオーク鬼達討伐作戦にかかる前日の話であった。


――物事って動き出すまではドッシリ構えてビクともしねえが、一度動き出したらものすごい勢いで転がってくモンだってことよ――



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