ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

ゼロと奇妙な隠者-48

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匿名ユーザー

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 眠気がわだかまる瞼をうっすらと開けたジョセフは、ゆるりと周囲を見やった。
 段々と傾き始めた日が葉の間から射す森の中、地面に横たわる自分の近くで立ち話する話し声の主は、二人。一人は老人、もう一人は青年。彼らを取り巻く少年少女達はじっと二人のやり取りを聞いている。
 アルビオンから帰還した面々の中で最後まで眠っていたジョセフはゆっくりと身を起こして立ち上がると、老人に声を掛けた。
「すみませんな、オールド・オスマン。つまりそーゆーコトになっちまいまして」
 ニヒヒ、と笑うジョセフに、オスマンは愛用のパイプをふかしてから、ウェールズからジョセフに視線を移し、ほんの少し学院長らしい様相で眉根を寄せた。
「ジョースター君、トリステイン魔法学院はトリステインのみならず各国の王族や大貴族の子爵令嬢が何人も在籍しておる。つまらない火遊び一つが戦争の火種になりかねん場所だということは知っておるかね?」
 ここで亡国の王子を入れたらどうなるか判るな、という言外の問いかけに、ジョセフは悪びれもせず答えた。
「大体は察しております。ですが今までこの学院でのいざこざが切っ掛けで起こった戦争が幾つあったのか、お訪ねしてもよろしいですかな」
 質問を受けたオスマンは、ぷか、と煙のリングを宙に浮かせた。
「少なくともわしがおる間は一件もない」
 その答えに、ジョセフはニヤリと笑い、オスマンも同じくニヤリと笑った。
「次にオールド・オスマンは『今更皇太子の一人や二人匿ったところで何も変わらんがね』と言う」
「今更皇太子の一人や二人匿ったところで……と。ジョースター君、答えが判っているのにいちいち質問をしなくてもよろしい」
 かっかっか、と老人二人が笑い合う。
「どうせ学院は無駄に広いからのぉ、殿下がお隠れになる場所なら幾らでも用意出来る。風の塔にちょうどいい空き部屋があるんじゃが少々掃除をせねばならんのでな。ミス・ツェルプストー、ミス・タバサ、ミスタ・グラモン。君達に手伝って貰うとしよう」
 白く長い眉毛の下から、生徒達を見やり。次にジョセフへ視線を移す。
「ミス・ヴァリエールとジョースター君は、わしらが掃除を終えるまでここで殿下の話し相手を頼めるかね」
 ウェールズや生徒達からおおよその事情を聞いたオスマンは、今回の件を仕組んだ張本人であるジョセフを残した。ウェールズへのアフターケアを今の内に済ませておきなさい、と言外に述べた言葉を、ジョセフが理解できないはずがない。
 主人であるルイズも残したのは、爆発以外の魔法が使えないということもあるが、一応の用心も兼ねている。
「承知しましたぞ、オールド・オスマン」
「わ……判りました」
 泰然としたオスマンの言葉に、ジョセフとルイズは恭しく一礼した。
「そんな、昨日から徹夜だというのにこの上掃除なんて……」
 ギーシュが疲れた顔で呟くも、キュルケは嫣然と微笑んだ。
「承知致しましたわ、オールド・オスマン」
 タバサは本を読んだまま、無言で頷く。
「では少し時間を貰うとしよう。何、それほど時間はかかるまいて」
 そう言い残し、オスマン達はシルフィードに乗って空へ飛んでいく。
 残された三人に僅かな沈黙が訪れたが、それを最初に破ったのはウェールズだった。
「まんまとしてやられたね、ミスタ・ジョースター。杖を使わずに魔法を使われるとは思ってもいなかった」
 昨夜と変わらない笑顔ではあるが、声色には多少なりとも苦味が見え隠れしていた。
「何とも間の抜けた事だ。敵のみならず父や臣下達まで欺いて、再び夜を迎えようとしている。そのことに安堵していない、と言えば嘘になる。だが、それでもだ。国を亡くし、これからの道程になんら希望が見えない男を生き延びさせて、何の意味があるのだろう」
 岬ごと城を落とす大仕掛けを繰り出し、アルビオン王家の生き残りはたった一人。
 国は滅び、しかも愛する従妹のアンリエッタは近々意にそぐわない政略結婚をさせられる。生き恥を晒す上に艱難辛苦を味わわなければならない状況を笑って受け入れられる人間が滅多にいるものではない。
 例え王族として申し分のない人格者であるウェールズにしても、稀な例外とはなれなかった。
 ルイズも、こうしてウェールズだけでも救えた事に後悔はない。ただ、今のルイズに亡国の皇太子へ掛けられる言葉はなく、それでも何か言いたげに小さく動く唇を隠すように俯いているしかなかった。
 しかしジョセフは、そんなウェールズの深刻な表情とは真逆とも言える、相変わらずの不敵な笑みを浮かべてみせた。
「恐れながらウェールズ様。殿下の命を救う事、これこそがトリステイン王国、引いてはアンリエッタ王女殿下の窮地を救う鍵となりますのでな。正直な所、殿下の意思はハナっから勘定に入れるつもりはなかったんですじゃよ」
 おためごかしも何もなく、堂々と言ってのけるジョセフにルイズのみならずウェールズまでもが驚きに目を見開いた。
「ちょ……ちょっとジョセフ! それは言い過ぎよ!?」
 ルイズが慌ててフォローに入ろうとするが、ジョセフはあくまで表情を崩さずに主人の頭をぽんぽんと撫で、ウェールズに向かって言葉を続ける。
「アンリエッタ王女殿下はお優しく魅力的なレディであることは殿下も重々御承知でしょうが、残念ながら王家を担えるかと言われれば……それもまた、殿下は重々御承知じゃと思うんですが。殿下の御見解はいかがでしょうかな?」
 その問い掛けに、ウェールズは小さな溜息をついた。
「……残念なことにミスタ・ジョースターの見解と私の見解は一致せざるを得ない。アンリエッタは……不幸なことに、次代の女王となるべき教育を受けていない。いや、受けさせられなかったと言うべきか。
 何と言っても、トリステインは先王が崩御してから今に至るまで、王位は空位のままだ。その間、政を担う貴族達が王室を欲しいままにした。水は流れなければ澱む。今のトリステイン王家は……かつてのように清く澄んだ湖とはとても言えない。
 アンリエッタは、澱んだ水の中から出ることを許されていなかった」
 ウェールズの言葉に、ジョセフはゆるりと首を横に振った。
「誉れ高く王女の覚えも高い魔法衛士隊の隊長が裏切り者だったという状況ですからのォ。わしの正直な見立てを言うと……ここから立て直すには奇跡の二つ三つは用意せんとキツい。少なくとも今のままでは、奇跡を用意することも出来ませんのじゃよ」
 ジョセフの口から聞こえる言葉は、それだけ聞けば彼には似つかわしくない悲観的な流れでしかない。
 だが、当のジョセフの口調と表情は、あくまでも普段と変わらない愉快げな笑みがあからさまに浮かんでいる。それはまるで、これから取って置きのオチを言おうとするかのような、子供じみた笑みだった。
 ウェールズはまだ出会ってから一日ちょっとしか経っていない老人の表情が、何を示すものなのかが理解できるようになってきていた。
 だから彼は、苦笑を隠そうともせずにおおよそ答えが予想できる問いを投げる。
「つまり、私の身柄はトリステインに奇跡を起こす為の布石だ。だから私の意志は尊重されるべきものではない――そう言う事だね、ミスタ・ジョースター?」
 ジョセフはその答えに、非常に満足そうに頷いた。
「そこまで御理解いただけるなら話は早い。まーぶっちゃけ、どこの馬の骨とも知れん老いぼれ使い魔の言葉より、想い人の言葉なら聞き心地もよいというもんですしなァ?」
 ニヤリ、と子供じみた笑みを見せる。
「なぁに、城ブッ壊して岬落とすことに比べたらアンリエッタ様が立派な王女殿下になることなんか朝飯前ってモンですじゃよ」
 気楽な様子で放たれる大言壮語を、ウェールズもルイズも頭から否定できない。このしみったれた老人が今まで何をしたのか、二人とも良く理解しているからだ。
 だが当のジョセフは。
(さぁ~~~てどーしたモンかのォ。ま、何とかなるじゃろ)
 トリステインに起きる奇跡のタネなど何一つ用意していないのだが、決してそんなことを億尾に出すようなマヌケではなかった。
 そんなジョセフの行き当たりばったりっぷりなど知る由もなく、ウェールズはオスマン達が戻ってくるまでにアンリエッタへ向けた手紙を書き上げる。
 手紙に施した封蝋の花押はウェールズ独自のデザインであり、皇太子本人が記した物であるという証明となる。自分が無事でいること、事態が好転するまで学院に匿われること、数文だけ書かれた従妹への私信。
 アンリエッタへの新たな手紙を受け取ったルイズは、滅亡した他国の王族へ、一切失礼のない態度でウェールズに跪いた。
 やがて戻ってきたオスマンの手引きで部屋に案内されるウェールズを見送った後、キュルケもルイズ達にひらりと手を振って学院へと戻っていく。
「アルビオン旅行も終わったし、任務に関係ないゲルマニア貴族が王宮をうろちょろするのも具合悪いでしょう?」
 いい加減で軽薄な様に見えても、首を引っ込める点を心得ているキュルケである。
 正式に任務を受けたルイズ主従とギーシュ、そしてシルフィードの主であるタバサが王宮へ向かったのは、そろそろ空の色が青から緋色に変わり始めようとする頃合だった。


 *


 ルイズ達の帰還を待ち詫びていたアンリエッタは、「ヴァリエール家の令嬢が手紙の件でお目通りを申し出ている」という伝達を受けるが早いか、ルイズ達を自分の居室へ呼ぶ様に言い付けた。
 ギーシュとタバサを謁見待合室で待たせ、ルイズとジョセフはアンリエッタの私室にて件の手紙とウェールズからの新しい手紙を渡し、アルビオンでの出来事を逐一報告した。
 道中で起こった様々な出来事を聞いたアンリエッタも、ジョセフの手引きによりニューカッスル岬が落ちたという話はすぐには信じられないようだった。
 アルビオンから岬が崩落したという伝令は聞いてはいたが、その原因が魔法も使えない老人の手によるものだとは、ハルケギニアの常識では到底信じられる話ではない。
 だがルイズが自分の使い魔の高い能力と、トリステイン王国にとってジョセフの能力が必要になると懸命に主張する様子に、王女はまだ殆ど信じられないながらも頷いた。
 そしてワルドがレコン・キスタの内通者だったことには酷く驚き嘆いたが、無事にゲルマニアとの同盟を堅守した上、ウェールズを救い学院に保護していることに安堵の色を隠すこともなく、感極まって豪奢な椅子から立ち上がった。
 アンリエッタが椅子から立ち上がったのを見たルイズも、素早く椅子から立ち上がると、間髪入れず駆け寄ってきたアンリエッタの抱擁を受け、自分もまた王女の背に手を回した。
「ああ、ルイズ・フランソワーズ! やはり貴方に頼んで良かった……わたくしの婚姻を阻もうとする陰謀を未然に防ぎ、かつ裏切り者を誅したのみならず、アルビオン王家の断絶まで防いでくれるだなんて!」
「そんな勿体無いお言葉を頂けるだなんて! 王家に仕える公爵家の娘として当然のことをしたというだけですのに!」
 それからしばらく繰り広げられる王女と公爵令嬢の寸劇を、ジョセフは茶を啜りながら温かい目で見守っていた。

 やがて二人が身を離すと、ルイズはポケットの中に入れていた水のルビーを取り出し、恭しく王女へと差し出した。
「姫様、お預かりしていたルビーをお返しいたします」
 アンリエッタは微笑みを浮かべて首を振ると、差し出された手を両手で包んでそっとルイズへと押し遣った。
「それは貴方が持っていなさいな。困難な任務をやり遂げた貴方へのお礼です」
「こんな高価な品を頂くわけには参りませんわ」
「忠誠には報いるところがなければなりません。いいから取っておきなさいな」
 それ以上固辞する事もなく、ルイズは指輪を指にはめた。
 ルイズがルビーを受け取ったのを見届けてから、アンリエッタはジョセフへと視線を向けた。
「ありがとうございます、ジョジョ。わたくしの大切なルイズを守ってくれて。これからもルイズ共々、わたくしの友人となってもらえますね?」
 たおやかな微笑みに、ジョセフも悠然と笑みを返して一礼した。
「勿体無いお言葉、痛み入ります。王女殿下の御為ならば、わしも主人も命を賭す所存ですじゃ」

 ルイズ達が学院へ帰るべく再びシルフィードの背に乗ったのは、日も沈んで双月が煌々と夜を照らす頃になってからだった。
 アンリエッタへの報告を終えたルイズは、余りに濃密なアルビオン行の緊張がやっと解けて、ジョセフに凭れ掛かって安らかな寝息を立てていた。
 ギーシュもシルフィードの背の上で横になって束の間の眠りを貪っている。
 今、シルフィードの背の上で起きているのは学院に戻るまでに仮眠を取ったジョセフと、眠っている同級生達と同じ激動の一日を乗り越えてなお、普段通りの無表情を崩さず読書に耽っているタバサだけだった。

 それから三日後、アンリエッタとゲルマニア皇帝との婚姻が発表され、軍事同盟も恙無く締結された。
 トリステインとゲルマニアの同盟が締結されたのを見届けていたかのように、レコン・キスタによってその翌日に樹立されたアルビオン新政府は、アルビオン帝国を名乗った。
 アルビオン帝国初代皇帝クロムウェルは、すぐさま特使をトリステインとゲルマニアに派遣し、不可侵条約の締結を打診した。両国の空軍を合わせてもなおアルビオンの艦隊に抵抗しきれない今、両国はこの申し出を受けざるを得ない。
 アルビオンに主導権を握られる形ではあるが、両国はこの条約を受けた。
 この不可侵条約が締結されたことで、内情はどうあれハルケギニアにはひとまずの平和が訪れた。国の存亡に関わらない貴族や平民には、これまでと同じ普段通りの生活を送るだけのことだった。
 それはトリステイン魔法学院の生徒達も例外ではない。
 だが、一握りの人々はこれまでとは多少異なる生活を送る事となった。


 *


 ウェールズが学院の塔の一室に隠れ住むことになり、オスマンは宝物庫から持ち出した一つの黒い琥珀――ジェットをウェールズへと渡していた。
 ジェットはかつてアルビオンの女王が夫を亡くして長い喪に服した折、服喪用のジュエリーとして身に付けていたことで知られている。先立っての戦いで勇猛果敢に討ち死にしたアルビオン王家と忠実な貴族に対する、オスマンからの追悼も兼ねていた。
 だがオスマンがわざわざ宝物庫から持ってくる代物が、ただの宝石であるはずもない。
 指輪にあしらうには多少大きく、首飾りにするには十分な大きさの黒い琥珀。
 この黒い琥珀の持ち主が指定した領域には何者も入ることが出来なくなるが、同時に持ち主が指定した人物の立ち入りを許可することも出来る。
 部屋の小窓にも、風は通るし外の景色は見えるが、外からは誰もいない小部屋のように見える魔法のガラスをはめ込むことにより、ウェールズが学院にいるということが第三者に知られる可能性はほぼ完全に排除されていた。
 そしてルイズ達が学院に帰還した翌日から、アルビオンに向かった面々……ルイズ、ジョセフ、ギーシュ、キュルケ、タバサがアルヴィーズの食堂に行くことが少なくなった。
 表向きはオスマンが「勝手に授業をサボった罰として彼らには当面の間補習授業を行う」ということで、普段の授業時間以外の自由時間を塔の一室での補習に当てている、ことになっていた。
 しかし実際は違う。
 いくらウェールズが学院に居る事が知られないように手を巡らせているとは言え、ずっと一人分多い食事を用意していてはスキャンダルや噂話には無駄に聡い生徒やメイド達の興味を引かないとも限らない。
 そこでジョセフが考えた手は、五人分の食事を少しずつ分けることで六人分の食事にしてしまおうという非常に単純な手だった。
 そもそも食堂で出る食事は、一人分にしては豪華なボリュームがある。ウェールズに分け与える為に一人辺り一食につき六分の一渡したとしても、特に問題があるわけでもない。
 しかもジョセフは気が向いた時に食堂に行けば賄が出る。その為、実際はジョセフの食事を丸々ウェールズに回してもよかったし、ジョセフも最初はそうしようと提案したのだが、満場一致でその申し出は撤回された。
「なんだいジョジョ、水臭いことを言わないでくれたまえ。僕達は心の友だろう?」
 五人の言葉を要約すれば、ギーシュが言ったこの言葉となる。
 結果、五人は授業以外の時間……食事以外の時間も、塔へ足繁く通うこととなった。
 これについては、ウェールズの様子を監視するということではなく、ジョセフの教えを学ぶ為だった。
 黒い琥珀に守られた部屋に集まる面々は、つまりジョセフがジェームズ一世を口先三寸で丸め込んだ光景を目の当たりにした面々という事になる。
 ジョセフが二十世紀のNYで五十年間磨き上げた交渉術は、ハルケギニアの貴族にとって強力な武器、などという生易しいレベルの話ではない。まだ銃も開発されていない中世の軍隊が走り回る戦場で、現代兵器満載の軍隊が好き勝手したらどうなるかという事だ。
 ジョセフにとっては初歩の初歩の初歩とすら言えない、町中の本屋で埃被ってる時代遅れの経営ハウツー本の第一章に書かれてるレベルの事ですら、普通に生きていればルイズ達は辿り着けなかったかもしれない発想である。
 効果の程は自分達の目と耳が無二の証人であるため、ルイズ達はジョセフに駄目元でジョセフに教えを請うてみたら、拍子抜けするくらいあっさりと快諾されてしまった。
 トリステイン王家の庶子を初代に持つヴァリエール家の三女に、ヴァリエールの宿敵でもありゲルマニアでも屈指の名門のツェルプストー家の令嬢、トリステイン王軍元帥の息子のみならず、滅びたとは言えアルビオン王家の皇太子。
 由緒ある王族や貴族の少年少女が椅子を並べて平民の老人を師とし、時間を惜しんで貪欲に彼の言葉を学ぶという、封建制度に基づく身分制度で成り立つ社会であるハルケギニアでは到底見ることの出来ない光景が、狭い一室で連日繰り広げられることとなる。

 ジョセフの肩書きが使い魔、学院で働く平民達の英雄の他にも、王女殿下の友人、虚無の担い手(嘘八百)、皇太子や貴族子息の教師、とたった数日で劇的に増えたのに呼応して、ルイズの態度もまた変わっていた。
 まず、ジョセフにさせていた身の回りの世話を自分でするようになった。
 顔を洗う水を汲ませはするものの、自分で顔を洗うようになったし、着替えだってジョセフの手を借りず自分で服を着る。洗濯も自分でやると言い出した。
 ルイズの態度の変貌を目の当たりにしたジョセフは、まず第一に落ち込んだ。
 基本的に、ただのボケ老人扱いされていた頃でもルイズの世話については嫌な気がしないどころか、むしろ進んでやっていたジョセフである。
 だが、アルビオンでの冒険を終えた今、ルイズの中ではジョセフに対する認識が大きく変わっていた。
 有能な使い魔であり、誇り高い老人であり……、もっと言えば、眠っているところへ衝動的にキスしてしまうという未経験の感情を持ってしまっている。
 そんな相手に、いつまでもいちいち身の回りの世話をさせるのは、貴族としても一人の少女としても、ルイズのプライドが許さなかった。
 そこできちんとルイズが、そこに至るまでにどう考えてその答えに至ったかを説明すれば良かったのだが、残念ながらジョセフの世話を断ったのはアルビオンから帰還して翌日すぐのこと。情報を出さないことが不都合になるという初歩的な事すら、ルイズは学んでいなかった。
「私だって子供じゃないんだから、身の回りのことくらい自分でするわよ!」
 と、いつもの調子で言われてしまったジョセフは、それはもう落ち込んだ。
 そりゃそうである。目に入れても痛くないほど可愛がっていた、むしろ実の孫よりも愛情を注いでいたルイズから突然こんな事を言われてしまったのだ。
 極度の疲労で、落ちていく岬の上だと言うのに熟睡してしまったジョセフは、自分の唇が主人に奪われていたことなど知る由もない。心当たりが何もない状況で、突然可愛い孫からそんな事を言われて落ち込まない祖父などいるはずがない。
 ショックの余りふらふらと部屋から出て廊下の壁に凭れてたそがれるジョセフを見かけたキュルケは、事情を聞いてとりあえず、なんというバカ主従かと呆れ返ったのだった。
 ちなみに洗濯については、結局今まで通りジョセフがやることになった。
 ルイズの目の前で輝虹色の波紋疾走こと波紋式全自動洗濯を披露したところ、数発ほど脇腹にチョップをお見舞いされるオマケはついていたが。


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