ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

ゼロと奇妙な隠者-45

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匿名ユーザー

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 キュルケとギーシュの二人に両脇を抱えられて空を飛ぶルイズの左目には、途切れる事無くジョセフの視界が映り込んでいた。
 自分を殺そうとしてくる何人ものワルドが次々と打ち倒されていく光景は、目を閉じても否応無しに見せられ続ける。
 薄汚れた暗殺者でトリステインを裏切った重罪人だとしても、憧れの人だった青年であったことは変え様が無い。しかし今、実際に襲われているのは自分ではない。ジョセフだ。
 自分の中にあるはずもない魔法の才能に求婚したワルドと、守ってやると誓ったジョセフ。今のルイズがどちらに重きを置いているかは、斟酌するまでも無い。だが、それでも。まだワルドの変貌に気付いてから一日も経っていない。
 そう簡単に割り切れるものでは、なかった。
「もっと急いで! このままじゃ、ジョセフが……」
「黙ってて! これでも私達の全速力よ!」
「焦る気持ちは判るよ、ミス・ヴァリエール! 僕達だって友人を失いたくないからね!」
 普段の飄々とした軽薄な雰囲気を感じさせない切羽詰った二人の返答に、ルイズは言葉を詰まらせた。
「ご……ごめん。うん、判ってる……でも……」
 ルイズを抱える手に僅かに力を込め、キュルケは火のような赤い瞳を彼女に向ける。
「言っておくけど、私達の精神力はもう期待しないで。正直、もしかしたらタバサ達と合流する前に精神力が尽きるかもしれない。もしジョセフが負けた時、私達が戦わなくちゃならないとしたら――」
 一旦言葉を切り、一瞬だけ無言で鳶色の瞳を真正面から見据えた後、言い切った。
「あの裏切り者と戦うのは貴方よ、ヴァリエール」
「……判ってるわよ、そんなのは……!」
 微かに出るのが遅れた言葉は、その事実に目が向いていなかった事の証明だった。
 判っていなかったのではなく、あえて目を背けていたのだろう、とキュルケは考えた。
(無理もないわ。でもねルイズ、それでもアンタはダーリンを助けに行くと言ったのよ。アンタの中では、もうとっくに答えは出ているということよ。踏み切るなら、早い内の方がいいわ。下手に迷うと……みんな、死んでしまう)
 キュルケの中で走る思いは、言葉にはならない。それは言うまでも無いことだからだ。キュルケが知っているルイズという少女は、魔法の才能はゼロだが聡明で誇り高く、ジョセフ・ジョースターという老人を大切に思っている。
 しかしかつての憧れの人物を、裏切り者だと知ってすぐに掌を返して敵対できるような性格でないことも、よく知っている。
 そうと知っていてルイズの望みを叶えようと、枯れかけている精神力を絞り出して空を翔けている。
(私ってば情が深いのよね。博愛主義、というやつなのかしら)
 くす、と小さな笑みを浮かべ。自分には見えない光景を見ているルイズの表情の変化は、どんな言葉よりも雄弁にジョセフ達の窮地を教えてくれる。
 無二の親友タバサと、愛するジョセフを救うため。そして認めたくは無いけれど。
 先祖代々の仇敵と言えども、ルイズという友人の為に。
 三人の少年少女は、一日足らずの滞在となったニューカッスルへ再び接近した。
 昨日見た光景とは違い、既に城は無残に崩れ落ちてしまっている。先程出航してからさして時間も経っていないのに大きく変わった岬のシルエットに驚いたのも束の間。
 続けて岬全体がゆっくりと大陸からずれるように滑り落ちていく。
「うわ! 見てみなよ二人とも! 岬が……岬が、落ちていく!」
 ギーシュが言うまでも無く、ルイズとキュルケは落ちる岬に視線を奪われていた。
「……今まで正直信じられなかったけど……本当に岬って落ちるものなのね……」
 たった一言呟いて、キュルケは思いを新たにした。
 あれだけのことをやってのける人物は、必ずツェルプストーに大きな利益を齎すことだろう。それがヴァリエールの恋人だというのなら、ツェルプストーの伝統にかけて、何としてもモノにしなければ。
(……でも、御先祖様達がやってきたことよりずっと難しいだろうけど)
 モノにする本人がルイズを猫可愛がりしているのは明らかだし、何よりルイズもジョセフを大切に思っている。それでも、目標が困難ならば困難なほど燃え上がるのは、ツェルプストーの血筋と言うものだった。
 だがルイズは眼前で起こるスペクタクルの他にもう一つ、注視しなければならない情景が左目に休み無く映し出されていた。
 正にその時、ジョセフはシルフイードの背を蹴りその身一つでワルドに躍り掛かった。
 左腕から迸るハーミットパープルがワルドへ奔るが、ワルドはグリフォンの機動と風の渦で紫の茨を薙ぎ払い回避していくが、一本の茨が遂にワルドの左腕を捕らえた。
 ルイズは知る由もないが、それは奇しくも昨夜の戦いと同じ流れ。
 昨夜はジョセフの左腕を放つ一撃でワルドの左腕を切り飛ばした。
 今もまた、ジョセフの左腕から放たれた茨を伝った波紋がワルドの腕を吹き飛ばした。
 しかしそこからは、昨夜とは異なっていた。
 ワルドは瞬時に自らの左肩を自分の作り出した風の渦で切り離し、波紋の伝達を防ぐ。
 グリフォンの翼が大きく振り払われ、視界が大きく回転する。
 空の青と雲の白が目まぐるしく入れ替わる中、恐ろしいスピードで迫ったグリフォンの前脚が振り下ろされるのが見え――ルイズは、目を閉じるのではなく、見開いた。
「ジョセフ!!」
 赤い何かが目の前に飛び散っているのが見える。それが自分の血ではなくジョセフの血だと判別するのも一瞬遅れた。
 空を落ちていく視界に、今しがた吹き飛ばされたはずのワルドの左腕が、瞬時に再生するのを、ルイズは確かに目撃した。
 見る見るうちにグリフォンが小さくなっていく視界。
 ルイズは、ふる、と小さく首を振った。
 これが夢なら、どんなにいいだろう。
 ワルドは昔と変わらない憧れの人で。アルビオンは滅びることなんか無くて、アンリエッタとウェールズが手を取り合えて。ジョセフもお調子者で自分を怒らせたりするけど、ただ側にいてくれて。
 どうしてこんなことになってしまったんだろう。
「うっ……」
 喉の奥がつんとして、おなかの底から堪え切れない波が押し寄せてくる。
 熱くなった目に涙が溜まってぽろぽろと風に流されていくのが、判る。
「う、うっ……」
 泣くものか。泣いてたまるか。泣きたくなんか、ない。
 昨夜だって。ワルドが倒されてジョセフに抱き締められた時だって泣かなかったじゃない、私。今泣いちゃ駄目。だってまだ、ジョセフは死んでない……左目に、ジョセフの見ている物が見えるんだもの……。
「……ミス・ヴァリエール。ミス・タバサの風竜が見えたよ」
 込み上げる涙を何とか押し留めようと必死に自分に言い聞かせていたルイズに、少しばかり言いにくそうに言ったギーシュの言葉が届く。
 涙で滲む両目を袖で拭うと、前から猛スピードで飛んでくるシルフィードが見えた。
「……ええ、見えるわ……」
 たった一言答えて、ぐ、と嗚咽を飲み込んだ。
 まだ胸はしゃくり上げるのを止められないが、呪文の詠唱は出来ないことはない。
 シルフィードは空で巨大な半円を描くように旋回することで、三人を背に乗せるための減速と同時にすぐさま元の空域へ戻れる機動を行う。
 タバサがワルドに反撃する為の手段を求めていたのも確かだが、ルイズ達がフネを離れてわざわざここまで来たという事は、ジョセフとの感覚の共有で今しがたのアクシデントを察知したからだ、という推論に達するのは自然とも言える。
 ルイズ達の飛行ルートとシルフィードの旋回するルートを巧妙に合わせ、互いのスピードを無理に調整することも無く三人をシルフィードの背に乗せることに成功した。
 決して短くない距離をフライで飛んできたキュルケとギーシュは、既に戦力として望むべくもない。気を抜けば今にも気を失いかねないほど消耗している。
 残る戦力となるルイズに頼るしかない状況の中、タバサはルイズを見やる。
「シルフィードが怪我をすればトリステインに帰還出来ないかもしれない。だから私は回避に専念する他ない。貴方の魔法だけが頼り」
 要点のみを連ねたタバサの言葉に、ルイズは泣き腫らして赤くなった目を袖で拭った。
「判ってるわ……! ワルドを倒して……ジョセフを、助けに行かなくちゃならないんだもの……!」
 それはタバサに答える言葉と言うより、自らに言い聞かせる類の言葉。
 そうやって口にしてもまだ断ち切れないほど、彼女に縛り付いた躊躇は弱くなかったが。


 *


 激痛などという甘い言葉で表現できない衝撃。
 人生の中で何度も味わった感覚を、ジョセフは感じていた。
 高い空から地面に向かって落ちていく経験は何度もあるが、だからと言ってそれに慣れられるという訳ではない。
(アバラは2、3本じゃすまんくらい折れている……胸の肉も大分抉られてる……呼吸は何とか出来るがッ……波紋は練れんッ……)
 むしろライオン並みの大型の獣の前脚を食らってこの程度で済んでいる、というのは幸運以外の何物でもないのだが。
 だが年老いてもなお明晰さを保持しているジョセフの頭脳は、既に答えを導き出していた。
(このままでは助からない)
 飛行機も無ければパラシュートも無い。
 せめてもの救いはタバサとウェールズを逃がすことは出来たということ。
 だが、こんな異世界で死んでしまえば。地球に残してきた家族や友人達を悲しませてしまう。そしてあの小生意気な主人も。
(ちくしょうッ……わしも今まで奇妙な敵達との死闘を潜ってきたが……最後があんなクソガキに負けて死ぬっつーのはカンベンしてほしかったわなァ――)
 ものすごい速度で空を落ちていく中、ジョセフの意識は不思議なほど明朗だった。
「――思い出したぜ、相棒」
 落下の最中、左手に握られたままのデルフリンガーが、言った。
「ボッコボコにされたあいつがなんでピンピンで戻ってきたか思い出したぜ! でもその種明かしはまた後だ、実はもう一つ思い出したことがあるんだよ!」
 デルフがそう言った直後、ジョセフの身体が自身の意思を無視して動き始める。
 乱れた呼吸が整い、激しい生命力に満ちた呼吸に変貌していく。
 その呼吸は、ジョセフにとって非常に馴染み深いものだった。
 全身の痛みを和らげ、何本も折れていた肋骨が見る見るうちにくっつき、胸から吹き出し続けていた血が止まっていく。
「これはッ……波紋!?」
「その通りだぜ相棒! 俺っちにゃ吸い込んだ魔法の分だけ使い手の身体を動かす力があるんだよ! 疲れるから使いたくはねえんだがな! 足とか手とかなら動かしたことあるけどよ、こんな妙ちくりんな動かし方させたのは初めてだが何とかなったな!」
「空は飛べたり出来んのか!」
「そこまでムチャ言うんじゃねえよ相棒! そこらは自分で何とかしてくれよ!」
「伝説の剣ならそのくらいの機能つけといてくれんか!」
 軽口を叩きあいながらも、ジョセフは先に空中に落ちたニューカッスルの岬を見下ろす。
 自分が落ちたのは岬が落ちてから数秒後のこと。
 あれだけ巨大な物体が受ける空気抵抗はかなり大きい。ならば。
「無理を通せば道理が引っ込むって言葉もあるよなァ!」
 空中で無理矢理姿勢を立て直し、両足を下に向けて空気抵抗を成る丈殺して落下速度を早める。
 下から吹き上げる風圧に巻き上げられた城の瓦礫に狙いを定めて足を付けると、落下する方向を変える為の跳躍を繰り返す。
 瓦礫と言えども中にはかなり大きなものも多い。打ち所が悪ければ死ぬかもしれない。
 しかしジョセフは巧みに瓦礫の八艘飛びを成功させると、止まる事無く落下を続けている岬へ見事着地した。
 瓦礫さえ吹き上げる風圧の中、ジョセフが岬に立っていられるのは吸い付く波紋で足を地面にくっつけているからである。
「で、岬に着いてどーすんだ相棒。このスピードじゃ落ちたら死ぬぜ。俺っちは剣だからもしかしたらどうなるかもしれねぇがよ」
 まるで他人事のように評論するデルフリンガーに、ジョセフは何でもない事のように言った。
「とりあえず最後までやれるだけの事はやってから諦めるしかあるまい。何とか出来そうな心当たりがないワケじゃあない」
「あるのかよ?」
「やるだけのことはやってから死ぬのがジョースターの伝統でなッ!」
 そう言った瞬間、ジョセフは空を落ちる地面を走り出す。かつてジョセフの命を救った生命の大車輪は、50年経った今も錆び付いてなどいなかった。
「それでこそ伝説の使い魔だな! くぅーっ、そこにシビれる憧れるってな! よし相棒、よーく聞け。あのキザにーちゃんが波紋で腕が吹き飛んだ理由とすぐに生えた理由を思い出した。ありゃー先住魔法だ。水の精霊の力が身体に充満してやがる」
「先住魔法?」
「ブリミルがハルケギニアに来る前にこの世界で使われてた魔法だ。今の貴族達が使う系統魔法とは違うが、効果は系統魔法よりずっと強い」
「なるほどな、昨夜ブッちめたはずのあいつが舞い戻ってきたのはそのせいか?」
「その通りだ。アイツは厄介だが波紋に対しては相性が最悪だわな」
 ジョセフの脳裏には、波紋を流された途端左腕が破裂した光景が映し出された。
「確かに波紋は水を自由自在に駆け巡る性質があるからな。水の精霊って言うくらいなんじゃから、普通の生き物なんか問題にならないくらい水気がたっぷりじゃろうな」
「波紋以外であいつを倒す方法は、水を害する火の魔法か……そうでなけりゃ……」
 虚無の魔法、と言いたい所ではあるが、そんなものを使える心当たりはデルフリンガーには無い。
「あのお嬢ちゃんの失敗魔法か、だな。あれは威力も高いがとにかく爆発させる効果がいい。今のアイツは言わば水の塊だ、再生出来ない位飛び散らせちまえばいいって寸法よ」
「ルイズの……か。しかし望みは薄いな」
 ルイズはトリステインに帰るフネに乗せている。
 ならば今ジョセフの中にある手段を試す以外に手は無かった。
「で、そろそろ俺っちに種明かししてくれよ。今、相棒と俺っちが助かるものすげェ手段ってヤツをよ」
「言うよりも実際に見せてやった方が……」
 ふと、ジョセフの言葉が途切れた。
「どうしたよ、相棒」
「いや……なんか、左目がおかしい……」
 ジョセフの視界が少しずつ揺らいでいく。
「そりゃーあんだけドタバタやってるんだからよ、疲れてるんだよ」
 何度か瞬きをしているうち、段々と視界の揺らぎは歪みに移行し。やがて、何らかの像を結んだ。
「うおッ!? なんか別のものが見えるぞ!?」
 思わずジョセフが叫んだ。それが自分の見ているものではない、誰かの視界だと言う結論に達するのはさして難しいことではなかった。
「おう、何が見えてるんだ相棒」
「こいつぁ……ルイズの視界じゃな」
 いつかルイズが言っていた事を思い出す。
『使い魔は主人の目となり耳となる能力を与えられるわ』
 しかしルイズはちっとも自分の見てるものなんか見えないと言っていたが。逆の場合もあるということなんじゃろうな、とジョセフは納得した。
 だが、何故突然ルイズの視界が自分の左目に映り込んだのか。
 左手を覆う手袋の中から見えた、いつにも増して強く光るルーンの輝きに、ジョセフはおおよその事情を理解した。
 これも伝説の使い魔『ガンダールヴ』としての能力の一つだと言う事だと。
 どんな状況になるとルイズの視界が見えるのか、と考えると、ジョセフは左目に映った視界を注視し――愕然とする。
 そこに見えたのは青い竜の背。ものすごい速度で飛んでいるのは飛び行く雲の速さが雄弁に語っている。
 時折ちらりちらりと視線が揺らぐのは、ルイズ自身の不安を如実に示す。
 まず見えたのはタバサの背。続いて横に座るキュルケ、ギーシュ。背に乗せられて気絶したままのウェールズ。
 そして、見る見るうちに相対距離を縮める――ワルドのグリフォン。
「な……なッ……」
「な?」
「何をやっとるかあいつらァァーーーッッッ」
 流石のジョセフでもこの光景は想定外も想定外だった。
 逃げろと言ったのにどうしてまた立ち向かってるのか、どうしてシルフィードの背に全員が乗っているのか。それは推理するまでも無い。
 それにしても、だ。勝ち目の無い戦いに新たな手も用意せず再び向かおうとする、向こう見ずなどと言う生易しい言葉で言い表せない程の無謀に、ジョセフは帰ったら全員大説教だ、と心に決めた。
 同時に。今から行うべき手段は何としてでも成功させなければならない、とも心に決める。
「人生にゃあどうしてもやらなくちゃならん時があるよなぁ……」
 ふ、と口の端に笑みを浮かべ。ジョセフは目的の場所に辿り着いた。
「おい相棒、ここか? 本当にここか? ここに俺達が助かるどんな方法があるんだ?」
 戸惑うように鍔を鳴らすデルフリンガーに、ジョセフはニヤリと笑ってハーミットパープルを伸ばす。
 搾り尽くした筈のスタンドパワーがなおも溢れてくるのが判る。
 もしかしたらこのスタンドパワーは命を削って無理矢理出しているものかもしれない。
 だが、ここでやらなければ。どちらにせよ、だ。
 左手に握ったデルフリンガーを更に強く握り締め、ハーミットパープルは目当ての“それ”を掴み取った。
「よォッしゃァアーーーッッ! さすがワシ! ついてるゥ!」
 デルフリンガーは「おい、ここまで一生懸命走ってきたの一か八かだったのかよ」とツッコミを入れるのも面倒臭かった。


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