ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

ゼロと奇妙な隠者-44

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匿名ユーザー

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 ニューカッスル城の至る箇所から巻き上がる爆発。自らの重量を支える箇所を破壊された城が崩落し、岬に多大な負荷を与えていく地響き。大量の瓦礫に吹き上げられる砂嵐。
 これから地面に叩きつけられる数千のレコン・キスタの傭兵達は城が崩れ落ちるという驚天動地の出来事に思考を麻痺させ、能動的な行動を取ることはできなかった。例え動けたとしても、破壊された城の向こうへ行こうとする者などいるはずもなかったが。
 今、礼拝堂の周囲に存在する人間はジョセフ。タバサ。ウェールズ。そして、ワルド。
 生身の右手と手袋の中で紋章が輝く左手でデルフリンガーを構えながらも、ジョセフは自らの肉体が悲鳴を上げているのに今しばらくの我慢を強いるしかなかった。ハーミットパープルをおんぶ紐代わりにウェールズを背負わなければならないのがまた辛い。
 24時間近くの不眠、ガンダールヴで強化された肉体の酷使が引き起こす筋肉痛、波紋を練り切れない荒い呼気、スタンドパワーの枯渇。コンディションは最悪の一言で表せた。
 タバサはジョセフより随分と疲労は少ないとは言え、睡眠不足であることは否めない。
 しかし、ワルドは。
「久しいな、ガンダールヴ! 昨夜はよくもやってくれたな……たかが使い魔風情が!」
 その言葉は憎悪が僅かに含まれていたが、あくまでも嘲笑じみた感情ばかりが強く前に出ている。これから狐を狩りに行くような愉悦に満ちた酷薄な笑みを浮かべたまま、悠然と二人の獲物を見下ろし。呪文を悠々と完成させ、四体の遍在を地面に現した。
「クソッタレがッ! 二回負けただけじゃ懲りはせんのか? どんな魔法を使ったか知らんが、わざわざこのジョセフ・ジョースターにまた負けに来るとはなッ!」
 あくまでワルドを挑発するような言葉を使うが、現状は痛いほど把握していた。
 ジョセフが見上げたワルドは、右手で愛用の杖に似た杖を持ち、ロケットパンチで切り落とされたはずの左手で手綱を掴んでいた。
 ち、と舌打ちしたジョセフは横に立つタバサに素早く視線をやる。
 ジョセフの視線を受けたタバサは、一度だけ首を横に振った。
『魔法でこれだけ早くあのダメージを回復させることは可能か?』というジョセフの問いにタバサは『私の知っている限りでは存在しない』と答えた。
 戦うにしてもジョセフの背には意識を失ったウェールズがおぶられ、逃げるにしてもグリフォンに乗った風のスクウェアメイジから逃げ切らなければならない。
 しかも数分もすればニューカッスルの岬は崩落し、遥か下の地面に叩き付けられる。
 シルフィードが駆け付ければ戦闘はともかく逃走に関して光は見える。しかしそれまで持ち堪えられるかは、非常に厳しい見解を示す他ない。
「――タバサ。シルフィードは、後どのくらいで着くか判るか」
 端正な仮面めいた顔に珍しく焦りの表情を浮かべ、答えを返す。
「……急がせて二分」
「上出来じゃな。――もたせるぞ、タバサ、デルフリンガー」
 無言でコクリと頷くタバサ。続けてデルフがこの絶望的な状況に似つかわしくない陽気な声で答えるのを聞きながら、ハーミットパープルでウェールズを背に負う。
「あいよ相棒ォ! なんか抜かれてみたら随分不利な状況じゃねぇか! 昨夜あれだけブッ飛ばしたあんちゃんがピンピンしてるたぁな! こいつぁ、おでれーた!」
 相変わらずの軽口を飛ばしながらも、剣はううむと唸った。
「系統魔法じゃああれだけの回復はしねーよなぁ。なんだ、確かああいう事が出来たような何かがあったような気が……」
「魔法はわしとデルフが何とかする。タバサ、サポート頼む」
「了解」
 短く答えてタバサはジョセフの後ろに立ち、鷲頭の幻獣に跨るワルドを見上げた。
 勝利を確信した笑みを隠そうともしないワルドに、ジョセフはなおも不敵な笑みを浮かべると、声高に言い放った。
「こォのクソッタレがッ! 一昨日、昨日と二日続けてブッ飛ばされた大マヌケが今日わしに勝てるはずがないと思い知らせてやるッ!」


 *


 ジョセフとタバサがワルドと相対したその時。
 トリステインに向かうイーグル号の船尾に立つルイズは、遠のいていくアルビオンをじっと見つめていた。
 フネに乗る直前、ウェールズの拉致計画をルイズ達に明かしたジョセフは、タバサとシルフィードをこの大詰めに連れて行った。使い魔との感覚の共有が出来ないルイズは、ただジョセフが計画を成功させて帰ってくるのを待つしか出来ない。
「……大丈夫よね、ジョセフ」
 何度目かになるかも判らない呟きに、キュルケは多少の苦笑を混ぜてルイズを見やる。
「大丈夫よ、ダーリンだけじゃなくてタバサもいるんだから。間違いなく成功するわよ」
 周囲に気取られないよう、耳打ちするように囁く。
「その通りだよミス・ヴァリエール。あの抜け目のないジョジョが最後の詰めで失敗するだなんて考えられるかい? もう少し自分の使い魔を信頼すべきだよ。僕がヴェルダンデに感じているくらいとまでは言わないけれど!」
 そう言って膝の上に抱いているヴェルダンデにぎゅむと抱きつくギーシュ。
「……?」
 しかし当のルイズは友人達の言葉を半ば聞き流し、左目を手の甲で擦った。
「……あれ、おかしいわ。何か目がヘンな感じ……」
「疲れてるのよ。昨夜だってみんな眠れてないし」
 だが言葉を交わす間にも、ルイズの左目は空の青と雲の白ではない何かを映し出した。
「見える……私にも何か見えるわ!」
「何が見えるのよ。あら、もしかして感覚の共有が出来るようになったの?」
 一般的な使い魔は主人の目となり耳となる能力を与えられる。ジョセフを召喚してからと言うもの、ちっともそんな感覚はなかった。
「そうね……これは、多分ジョセフの視界よ!」
 残念ながらジョセフの聞いているものは聞こえないが、少なくとも今自分が見ているものではない何かが見える。
 いきなり感覚の共有が出来るようになった理由は判らないものの、出来ると出来ないでは大きく話が変わってくる。
 これで自分もまたメイジに一歩近付いた、と内心の喜びを出来るだけ顔に出さないようにしながらも、今ジョセフは何を見ているのかに意識を集中させていった。
 しかし、ルイズの左目が映し出す光景は、信じ難いものだった。
 何故ならそこに映っているのは、あの救い難い裏切り者であるワルドがグリフォンに跨っている姿だったのだから。
「な……何よ、これ……」
 呆然と呟くルイズの声に、様子がおかしいと感じたキュルケが声を掛ける。
「どうしたのルイズ。何が見えるの?」
 ワルドが駆るグリフォンが猛スピードで空から駆け下り、強靭な前脚から伸びる鉤爪が襲い来るのを間一髪かわすが、グリフォンは空で姿勢を整えて再び襲い掛かろうとしているのが見える。
 気が付けばルイズは、キュルケとギーシュが必死に自分にしがみ付いているのを感じた。
「離して! 行かなくちゃ、ジョセフが、ジョセフがっ!」
「落ち着きたまえミス・ヴァリエール!」
「そうよ、アンタ自殺する気!?」
 必死になって叫ぶ声に、ルイズは舷縁を乗り出そうとしていた自分にやっと気付いた。
 ルイズは二人に向き直ると、何が起こっているのかまだ判らない顔の友人達に叫んだ。
「ワ……ワルドが! グリフォンに乗って、襲ってくるの! ああっ……!」
 そう言う間も、グリフォンは休む間も与えず襲い掛かってくる。巨大な翼と胴体の間から垣間見えたワルドの表情は、信じられないほど歪んだ笑みを浮かべているのさえ見えた。
「……あの裏切り者が、ダーリンと戦ってるのね?」
 恐慌に陥りかけているルイズの言葉から全てを察したキュルケは、瞬く間に表情を引き締めた。
 崩壊した城の瓦礫が立ち昇らせる噴煙を一瞥したキュルケは、自らの中に残る精神力と状況を合わせて判断し、強く頷く。
「戻るわよミスタ・グラモン」
 その言葉に、ギーシュは顔を青ざめさせた。
「ム……ムチャだ! 今からフライで行ったって間に合うかどうかすら……!」
「間に合うか間に合わないかはどうでもいいわ。間に合わせるのよ。無駄な問答は嫌いよ」
 微熱の二つ名を持つ炎のメイジは、自らに纏う微熱の温度を上げていく。
「それともグラモン家は、親愛なる友人を仕方ないで見捨てて恥としないのかしら」
 キュルケの言葉に、ギーシュはああ、と天を仰いだ。
「くそ! 死んだらツェルプストー家に化けて出てやる!」
「火のツェルプストーにアンデッドなんて怖いものではなくてよ、ギーシュ」
 軽口を叩き合いながら、キュルケとギーシュはルイズを両脇から抱えるとフライの魔法を完成させ、フネから飛び出した。


 *


 安全な状況で仇敵を嬲り殺す。その状況を娯楽めいた愉悦で享受する。
 魔法学院を出立してからただ三度の夜を越す間に、ワルドの精神はここまで歪んでいた。
 否。確かに三度の夜は彼の精神に大きな湾曲を与えていたが、決定的な歪みが与えられたのは、今からたった数時間前のことだった。
 ジョセフとの戦いで再起不能となったワルドは、ウェールズの指示により地下牢に入れられる事となった。だがゴーレムさえ一撃で粉砕する拳の連打を全身に浴びたその身体は『ただ息があるだけ』でしかなく、一切の処置を受けることもなかった。
 結果、さしたる時間も置かずに彼は二十六年の短い生涯を閉じた。
 そのままならば彼の死体は地下牢ごと崩落した城に巻き込まれてしまうはずだった。だが、そこに一人の蛇がやって来ることで彼は再び表舞台への復帰を余儀なくされた。
 蛇は黒いローブに身を包み、一つの指輪を飾る手には一本の杖を持っていた。
 爆破解体に勤しむメイジ達は彼女の姿を目にしていたにも拘わらず、その姿を不審と思うことすらない。彼女は『存在を不審に思われない』という効果を受けていたからだ。
 その蛇はメイジ達や使い魔達やゴーレムが忙しなく作業を続ける城内をしばらく見て回ってから、おもむろに地下牢へ下りる階段を下りていく。
 死体一つが転がる地下牢へ難なく侵入を果たした蛇は、死体の転がる牢の扉の前で指輪を翳すと短い呪文を吐き出した。
 すると命の抜け落ちた無残な死体は、転寝から覚めるように身を起こす。
 拳で打ち砕かれた全身は萎んだ風船に空気を入れるように治癒していき、切り落とされた左腕も切断面から噴き出るように生えてしまった。
「お目覚めかしら、ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルド」
 女が呟いた言葉に、蘇ったばかりのワルドは恭しく膝を突いた。
「申し訳ありません。与えられた任務を失敗してしまいました」
「構わないわ。今となってはそんな些事」
 その蛇の名はシェフィールドと言った。
 レコン・キスタ総司令官オリヴァー・クロムウェルの秘書である彼女は、何の感慨もない声でワルドに言葉を続ける。
「貴方はガンダールヴを愉しませなさい。それ以上は何もしなくてもいい。何も」
 ワルドはその言葉に、何の不満も抱かない。
「了解しました」
「それともう一つ貴方に授けるものがあるの。こちらへ来なさい」
「喜んで」
 ワルドが鉄格子の嵌められた小窓の前にやってくると、シェフィールドはその長くしなやかな指に一つの宝石を摘んでいた。
 宝石を持つ指は一切の躊躇すら見せず、ワルドの左目を深く抉り込んだ。
 しかし彼女の指が感じ取ったのは、眼球本来の硬質なゼラチンじみた不愉快な感触ではなく、夥しい藻や水草が絡む澱んだ沼地のような感触だった。
 ワルドの左目に入り込んだ宝石は水に沈むように、左目と同化した。
「これであの方に貴方の見ている物を全てご覧頂ける。今行われている策が遂げられた後、貴方はあのガンダールヴを襲撃なさい。勝敗は問わないわ」
「畏まりました」
 そして最後に、手に持った杖をゴミでも捨てるような手付きで牢の中に投げ捨てた。
「ではさようなら。ワルド子爵殿」
 シェフィールドは一切後ろを振り返ろうともしない。今の興味は、ガンダールヴの実力を測ることとニューカッスル城に施されている爆破解体の結末に向けられている。
 ガンダールヴにけしかける噛ませ犬にどのような興味を持てと言うのか。
 地下牢を出たシェフィールドは、やはり来た時と同じく何人ものメイジ達と擦れ違いながらその存在を怪しまれる事もなく、ニューカッスル城を後にした。
 最後に一つ、仕掛けた罠だけを残して。


 *


 彼女が仕掛けた罠はガンダールヴを翻弄する。
 二回の敗戦を踏まえての三回目の交戦ともなれば、敗因を排除する事は容易い。
 純粋な白兵戦では五分五分、メイジが持つ最大のアドバンテージである魔法は通用しない。ならば別の手を使えばいい。
 ワルドにはグリフォンという非常に強力なアドバンテージがあった。
 ただの馬に乗った騎兵でさえ、歩兵はほぼ太刀打ちできない。馬の持つ機動力はそのまま破壊力に変換されるからだ。
 それが空を翔る幻獣ともなれば、歩兵に一切の抵抗は出来ないと言ってもいい。
 普通に考えても、敵の武器の届かない所から適当に魔法なり飛び道具を使うなりすればいい。そうでなくとも高所から落下する攻撃の破壊力、三次元を自由自在に駆け巡る機動力。ただの馬とは比較にすらならない。
 それに加えて四体の遍在が引っ切り無しに三人を攻め立てる。

 そんな圧倒的不利の状況を、ジョセフとタバサはよく凌いでいた。
 一撃でも掠れば致命傷になりかねないグリフォンの突撃を、ガンダールヴで強化されたジョセフの脚力とタバサの風魔法による加速が辛うじて回避を可能とさせていた。
 だが回避するのが精一杯で、反撃するまでには至らない。
「どうしたガンダールヴ、貴様は神の盾だろう!? 逃げるのが上手だとは伝説に謳われてはいなかったはずだがな!」
「勝手に抜かしとれッ!」
 ワルド本体に手を出す余裕はない。下手に地面を離れればグリフォンの餌食になることは判り切っている。
 だが遍在達を倒す事は容易い。遍在の種は既に知れている。
 ジョセフには最早「このジョセフ・ジョースターに同じ手を使うことは既に凡策だ」という決まり文句を言うつもりさえない。
 一言の打ち合わせをすることもなく、ジョセフとタバサは最善手を取っていた。
 魔法吸収能力を持つデルフを構えたジョセフが前に立ち、その後ろにピタリと付いたタバサが攻め手に回る陣形。
 戦術としては実に単純。遍在が放つ魔法をデルフで吸収しながら接近し、魔法での防御も無効化される遍在にタバサが攻撃を仕掛ける。
 言葉にすればたったこれだけの事だが、全くの打ち合わせもなくそれをやってのけるのはジョセフとタバサの戦闘経験の賜物だった。
 ワルドは確かにスクウェアメイジではあったが、修羅場を潜り抜けた経験で言えばジョセフとタバサには足元に及ばないと言ってもいい。
 戦いが始まって一分もしないうちに、二体の遍在がタバサの放つ風の刃で消滅した。
 息を付かせる暇もなく襲い来るグリフォンも、ジョセフ、タバサ、デルフリンガーの三つの視点がある以上は決定的に不意をつける代物でもない。不注意で直撃を貰わないようにすれば何の問題もない。
「当たらなけりゃどうという事はない! というヤツじゃな!」
「そうそう当たるものでもない」
 ジョセフとタバサは軽口を叩ける余裕を取り返していたが、シルフィードが到着しなければ決定的な不利は覆らない。
(くそったれがァ~~~~、シルフィードに王子様乗せたらギッタギタにしてやるッ!)
 間もなく到着するシルフィードにウェールズを載せて身軽になれば、心置きなくグリフォン上のワルドに立ち向かえる。
 風竜であるシルフィードの速度はグリフォンを凌駕する。だが今のワルドを置いて逃げれば後顧の憂いを丸ごと残すこととなる。
 昨夜完全敗北させたはずなのに、傷の一つも負った様子もなく再び舞い戻ってくる事態。
 波紋戦士であるジョセフには嫌と言うほど心当たりがある。吸血鬼や柱の男という存在は彼の頭脳からどうやっても消せはしない。
(波紋で倒せるかは判らんが……しかし今のヤツは危険ッ! ここで決着をつけねばなるまいッ!)
 基本的にいい加減で怠け者でお調子者とは言え、他人に危害を加える存在を見逃して良しと出来る性格ではない。
 しかし久方ぶりの肉体の濫用により呼吸が乱れてしまっている。身体に残っている波紋はあと一撃を叩き込む余裕はあるとは言え、無駄撃ちは許されない。
 三人目の遍在を風の刃で斬り倒し、四人目の遍在の首をデルフリンガーが刎ねたその時。
「――来る」
 タバサの小さな呟きの後、シルフィードが二人と相対するワルドの背後から全速力で近付いてくるのが見えた。
「よし! お遊びはここまで、ここからが大逆転タイムじゃなッ!」

 背後から急接近する風竜は、幾らグリフォンと言えども阻めるものではない。
 全くスピードを緩めず突っ込んでくるシルフィードにタイミングを合わせ、二人は完璧なタイミングで跳躍して飛び乗った。
 水色の背の上にウェールズを寝かせ、左手にハーミットパープルを這わせると両手でデルフリンガーを握り直す。
 たったこれだけの行動を終えるまでの僅かな時間で、全く飛行速度を殺すことのなかったシルフィードは岬の上から離脱していた。
「タバサ、ここでヤツと決着を付ける! アイツを見逃すのは……イヤァな予感がするんでなッ!」
 ちらりとジョセフを見たタバサは、微かに走った逡巡の色を拭うように手綱を引いた。
 短い付き合いではあるが、切羽詰った状況でジョセフが何の考えもなく行動する間抜けな事はしないとタバサは理解していた。
 手綱に合わせて急旋回したシルフィードは、グリフォンへ向けて突き進んでいく。
「タバサ」
 急速に互いの距離を縮めていく中、ジョセフは静かに言った。
「もしわしが失敗したら、王子様を連れて逃げてくれ」
「判った」
 その返事を聞き届け、ジョセフは真正面にワルドを見据えた。
 シルフィードに飛び乗られた時点で追撃を諦めていたワルドは、再び岬へと戻ってくる風竜を一瞥し、口端を歪ませた。
 手に持った杖は既にエアニードルを絡ませている。ワルドも手綱を操り、向かってくる風竜へ向けてグリフォンを奔らせていく。
 相対速度にして時速数百リーグにもなる超スピードの中、ジョセフは注意深くタイミングを計る。タバサも小さく呪文を唱える。

 ジョセフがシルフィードの背を蹴り、空中に身を躍らせた瞬間、ニューカッスル城崩落の衝撃に耐え切れなくなった岬が、ゆっくりとアルビオンから切り離され、遥か下のハルケギニアへの落下を始めた。
 自らの身一つでワルドへ飛び掛るジョセフの背に、タバサがエアハンマーの魔法を放つ。
 当然攻撃の為ではなく、三千メイルの空を生身で飛ぶジョセフの背を後押しする為。
 デルフリンガーの切っ先をワルドに向けたまま、互いの表情の変化が見える距離の中、先に仕掛けたのはジョセフだった。
「ハーミットパープルッッッ!!!」
 左腕から、何本もの紫の茨が奔流となってワルドへ伸びる。
「笑わせるなガンダールヴ! 空は私の領域だ!」
 風のスクウェアメイジであるワルドにとって、上下左右全てが風に満ちた空と言う空間で不利になる要素はないと言っていい。
 この空中戦でワルドが空を飛ぶ鷲だとすれば、ジョセフは地を這う蛙程度でしかない。
 迸る茨を巧みにグリフォンを操って回避し、魔力を帯びた風の渦で飛び狂う茨を切り払う。
「こぉのクソッタレがァーーーーーーーッッッ!!!」
 この状況に置いて得意の罠を仕掛けることも出来ない。ジョセフにとって力押し一辺倒という戦法は下の下、ある意味彼にとって最も不得意な戦法と言うより他ない。
 しかしスタンドもガンダールヴの肉体強化も、心の震えが強ければそれに比例して出力が強化される能力。
 酷使に悲鳴を上げる身体の隅々から振り絞るように力を集め、更に茨を生み出していく。
 そして一本の茨がワルドの左腕に絡み付いた瞬間、体内に残る波紋を一気に吐き出した。
「ブッ壊すほどシュートッ!! オーヴァドライブッッッ!!!」
 茨を伝う波紋が疾走し、ワルドへと放たれる。

 ワルドに届いた波紋は左腕を瞬時に爆裂させ、破壊する。劇的な破壊が波紋により起こった事実、それこそが、ジョセフの感じた予感が正しいと証明するものでしかなかった。
 普通の人間に波紋を放ってもせいぜい電流が走る程度の影響しか与えられない。狙えば心臓を停止させられるだけのショックを与えられるが、肉体を破壊させるまでには至らない。
 波紋でこれほど効果的な破壊が起こせるのは、吸血鬼か、柱の男か。
 少なくとも、今のワルドは太陽のエネルギーに酷似した正の力が毒となる存在だという事である。後は走る波紋がワルドの全身を駆け巡り、彼の肉体を破壊しつくすのみ――
「そうはさせるかァァァァッ!!」
 左腕を破壊した波紋が全身に伝わろうとする刹那、ワルドは僅かな躊躇さえ見せず左肩を自らの杖で貫き、打ち砕いた。
「何ッ!?」
 自分の左腕ごと波紋を切り離したワルドの行動に、さしものジョセフも虚を突かれた。
 構えたデルフリンガーで突きを繰り出す動作に移るのに、僅かな……本当に僅かな隙が生まれてしまった。
 勝利を確信したワルドの邪悪な笑みを、ジョセフは確かに目撃した。
「私の魔法は貴様には届かない……だが、自然の風ならばどうなのかなガンダールヴ!」
 その言葉がジョセフの耳に届いた瞬間、ジョセフの身体はグリフォンが一際大きくはためかせた翼に起こされた突風で弾き飛ばされた。
「うおおッッ!!?」
 この場に吹き荒れる風の流れを知り尽くすワルドにとって、自然の風にどう影響を及ぼせば自分の望み得る結果を生み出せるかは、正に手足を動かすのと同じレベルの話。
 空中で完全に体勢を崩されたガンダールヴは、正に鷲の前の蛙同然だった。
 グリフォンは主の思い通りに空を走り、獲物目掛けて前脚を振りかざし――狙い違わず、ジョセフの胴体に獣の力強い一撃を叩き込んだ。
「ぐうッ――」
 ハーミットパープルに残りの波紋を注ぎ込んでしまったジョセフには、最早防御に回せる波紋すら残っていなかった。
 胸から脇腹にかけて大きく刻まれた爪痕と口から大きな血飛沫を撒き散らしながら、ジョセフは重力に引かれて先に落ちて行ったニューカッスル岬の後を追うこととなった。
 落ちていく中、ジョセフはまたも有り得ないものを見た。
 自ら打ち砕いた左腕が、あっという間に再生させるワルドの姿を。
「……ジョセフ……」
 見る見るうちに白い雲の合間へ落ちていくジョセフ。しかしタバサはジョセフを追い掛ける事もせず、シルフィードを全速力でこの場から離れさせる。
 魔法を吸収できるデルフリンガーを操るジョセフがいない今、シルフィードとグリフォンという乗騎の性能差があるとは言え、肝心のメイジの能力には著しい差がある。
 休息もろくに取れていないトライアングルメイジと、正体不明の能力を携えて戻ってきたスクウェアメイジ。
 勝ち目も無いのに感情に任せて突き進む愚を、タバサは短い人生の中で理解していた。
 だが彼女の中では忸怩たる思いがある。それは手が白くなるほど引き絞られた手綱が証明していた。
 タバサが持つ数ある目的に近付く為の不可思議な力だけでなく、様々な卓越した能力を持つジョセフ。ここで彼を失うのは痛恨ではあるが、ここで自分が死んでしまっては元も子もない。
 今の手持ちのカードでは決して勝ち目は無いが、せめて何か勝ち目の見えるカードがあれば再びワルドに立ち向かい、ジョセフを救出に向かう事に恐れは無い。
「せめて……せめて何か手立てが……」
 ぎり、と歯噛みするタバサ。不意にシルフィードが大きな声で叫んだ。
「お姉様! 前を見るのね!」
 竜の口から聞こえた言葉に前を見れば、そこにはキュルケとギーシュに抱えられてこちらへ飛んでくるルイズの姿があった。
 彼女の姿を認めた瞬間、タバサはシルフィードに命じた。
「三人を乗せたら急いで反転。反撃に向かう」


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