ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

ゼロと奇妙な隠者-38

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匿名ユーザー

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 ルイズが目覚めたのは、まだ二つの月が重なったままの夜だった。
(……寝てたんだ、私)
 瞼の裏にわだかまる眠気を振り払うように目を開けると、横のベッドに腰掛けたジョセフが童話の本を読んでいた。タイトルは「イーヴァルディの勇者」。子供なら誰でも知ってるような本を老人が一生懸命になって読んでいる姿に、思わず笑みを漏らした。
「ああ、起きたか」
 微かに漏れた笑い声を聞いたジョセフが、ぱたんと本を閉じた。
「ごめん、つい寝ちゃったわ。まだ朝じゃないのね」
 ルイズが起き抜けに考えたのは、ワルドとの結婚の話だった。もう断ることは決めているが、果たしてこんな夜中に押しかけていいものかどうか少し悩む。
「ああ、そう言えばさっきワルドが来てな。明日の朝に式を挙げるとか言っとったぞ。媒酌人をウェールズ皇太子に頼むとかも言っとったなー」
 さも今思い出しました、と言わんばかりに何気なく呟いたジョセフの言葉に、ルイズの思考に根付いていた眠気がいっぺんに吹き飛んだ。
「なんですって!? そんなの聞いてないわよ!?」
 寝耳に水、という言葉を体現するかのようにルイズは慌てふためく。
「わしもついさっき聞いたばかりじゃ」
 しれっと大嘘を吐くジョセフ。
 ルイズはほんの少しの間あわあわしていたが、すぐに平静を取り戻していく。
「そんな……いくらなんでも急すぎるわ。私まだ、結婚するとも何とも言ってないのに……」
 困惑しながらも、ふるふると首を横に振って口元に手を当てた。
「ほらルイズ、水でも飲んで落ち着け。波紋を流してあるから疲れも吹き飛ぶぞ」
「あ、うん……ありがとう」
 ジョセフの差し出したコップを受け取って水を飲むと、はぁと溜息をついた。
「困ったわ、王子様は明日戦いに行くのに……そんな時によその国から来た貴族の結婚式の媒酌人なんかさせられないわ。早いうちに断ってしまわないと、王子様にまで迷惑がかかっちゃう……」
 ルイズはコップの半ばまで水を飲むと、ベッドから降りて立ち上がった。
「――ジョセフ、付いて来て。今すぐに結婚を断って……朝になったら、ウェールズ様にきちんと謝らなくちゃいけないわ」
 凛と立つルイズの言葉に、ジョセフは満足げに頷いた。
「そうか、んじゃちょいと待っててくれんか。どーも年を取るとトイレが近くてのォーッ」
 キシシ、と笑うジョセフに、ルイズは呆れ顔で言った。相変わらずこの使い魔はいつでも緊張感がないというか。
「ちゃんと手は洗ってきなさいよ」
「判っておりますじゃ」
 ジョセフがトイレに行く背を見送り、ルイズは軽い苦笑いを浮かべた。
 婚約者に結婚を断りに行くなんて大事の前だと言うのに、相変わらずの使い魔の様子が微笑ましく映る。
(……もし、ジョセフが私と同い年くらいならどうなってたのかしら)
 ふと考えてみる。今よりお調子者でアホでケンカっ早い図体のデカい男があちらこちらで騒動を巻き起こす光景しか思い浮かばず、そのうちルイズは考えるのをやめた。
(……68にもなってアレなら、18の時なんか手も付けられそうに無いわ)
 至極真っ当な見解に辿り着くと、ちょうどジョセフが戻ってきた。左手をポケットに突っ込んだまま鷹揚に歩いてくる。
「いやー、すまんすまん。それじゃ行くとするか」
 主人の気も知らずあっけらかんと笑う使い魔に、ルイズはジト目で問うた。
「……ちゃんと手は洗ったんでしょうねっ」
「洗いましたとも。ちゃーんと石鹸水で」
「……そう、それならいいわ」
 多少の躊躇いの後、ルイズはジョセフの右手を掴むように握った。
「そそそそそそれじゃ、行くわよ!」
 懸命に、自然に何気なく手を取ったように演出した不自然さにジョセフは言及することも無く、そっと手を握り返した。
「うっしゃ、んじゃ行こう」
 ルイズとジョセフは孫と祖父の姿そのままの様相で部屋を出、ニューカッスル城最後の夜の方向に勤しむメイドを捕まえて、ワルドの部屋を聞き出してそこに向かう。
 ドアの前に立つと、ルイズは二、三回ほど深呼吸をし、それからノックをしようとして、ジョセフと手を繋いだままだったのに気付き、慌てて手を離してから改めてノックをした。
「ワルド、私よ」
「ルイズかい? どうしたんだね、こんな夜更けに」
 まだ起きていたワルドの返事から少しの間があり、ゆっくりとドアが開いた。
 最初にルイズを見、続いてジョセフに視線を移してから再びルイズに視線を戻したが、あくまでワルドの表情は崩れない。
(――仮面の出来ばかりはいいモノじゃな)
 ジョセフは眉の一つも動かさず、心の中で悪態を付いた。
「ルイズ、立ち話もなんだし、中に――」
「ワルド、ごめんなさい。貴方との結婚は出来ないわ」
 部屋に入れようとするワルドを遮っての言葉に、ワルドの仮面めいた表情が揺らぎ、赤が強まる。ジョセフは心底どうでもよさそうに告げた。
「あー、子爵様や。誠に、誠に気の毒じゃなァ」
 イヤミ丸出しの言葉にも構わず、ワルドはルイズの手を掴んだ。
「……気の迷いだ。そうだろルイズ。君が、僕との結婚を拒むはずが無い」
「ごめんなさい、ワルド。憧れだったのよ。もしかしたら恋だったのかも知れない。でも、今は違うのよ」
 するとワルドはルイズの手から肩へと手を移し、強く掴む。目の端が吊り上り、まるで爬虫類めいた表情へと変貌していく。そこに今までワルドが浮かべていた優しげな表情は、欠片たりとも感じられることは無い。
「世界だルイズ。僕は世界を手に入れる! その為に君が必要なんだ!」
 この旅の中で初めてワルド本人の感情が言葉に乗せられた瞬間、であった。
 豹変したワルドに怯えながらも、ルイズはそれでも首を横に振った。
「……私、世界なんていらないわ」
 ワルドは両手を広げ、ルイズに詰め寄った。
「僕には君が必要なんだ! 君の能力が! 君の力が!」
 そのワルドの剣幕に、ルイズは恐怖が沸き上るのを感じてしまう。あの優しいワルドがこんな顔をして、こんな言葉を吐き出すだなんて考えすらしなかった。ルイズは知らず、ジョセフに向かって一歩後ずさった。
「ルイズ、いつか言ったことを忘れたか! 君は始祖ブリミルに劣らぬ優秀なメイジに成長するんだ! 君は気付いていないだけだ! その才能に!」
「ワルド、貴方……」
 唇から漏れた声は、恐怖に揺れていた。目の前に立っている人間は一体誰だ。かつての記憶にある子爵様はこんな人間じゃなかったはずだ。どうして、今の彼はこんな人間になってしまったのだろうか?
「ジョ……ジョセフ!」
 ワルドの剣幕に怯えたルイズは、反射的にジョセフに振り向いて助けを求めた。
 ジョセフはワルドにも負けないほど、仮面めいた無表情でルイズを自分の背後へと引き寄せ、ルイズは何の躊躇もせずにジョセフの後ろに隠れた。
 シャツの裾をぎゅっと掴むルイズの手が小刻みに震えているのを感じ、ワルドを睨む両眼の光が鋭く強まった。
「坊主……オマエはフラレとるんじゃッ! これ以上ないくらいになッ!」
「黙っておれ!」
 ジョセフの一喝に叫びで返したワルドは、ジョセフの後ろから恐々と顔を覗かせているルイズを見下ろした。
「ルイズ! 君の才能が僕には必要なんだ!」
「私は……そんな、そんな才能があるメイジなんかじゃないわ」
「だから何度も言っている! 自分で気付いていないだけなんだよルイズ!」
 ルイズはここに来て、認めたくない事実を認めざるを得なくなったことを悟った。
 彼は……ワルドは。ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールを愛していない、という事実に。
「そんな結婚、死んでもイヤよ! 貴方、私をちっとも愛していないわ! 貴方が愛しているのは、貴方が私にあると言う在りもしない魔法の才能だけ! そんな理由で結婚しようだなんて……こんな侮辱はないわ!」
 ワルドはその言葉に、ただ優しい笑みを浮かべた。だがその優しい笑みは虚偽だけで作られていることを、ルイズは既に理解していた。
「こうまで僕が言ってもダメかい。ああルイズ、僕のルイズ」
「ふざけないで! 誰が貴方と結婚なんかするものですか!」
 ワルドは天を仰いだ。
「この旅で君の気持ちをつかむため、随分努力したんだが……」
「どれもこれも見事に失敗しとったがな」
 ジョセフの茶化しにも眉の一つも動かさず、ワルドは肩を竦めた。
「こうなっては仕方ない。ならば目的の一つは諦めよう」
「目的?」
 首を傾げるルイズに、ワルドは禍々しい笑みを見せつけた。
「そうだ。この旅に於ける僕の目的は三つあった。その二つが達成できただけでもよしとしなければなるまい」
「達成? 二つ? ……どういう、こと」
 シャツの裾を知らず強く握り締めながら、ルイズは尋ねる。まさか、と言う思いと、考えたくもない邪悪な想像が心の中でせめぎ合う。
 ワルドは右手を掲げ、人差し指を立ててみせる。
「まず一つは君だ。ルイズ、君を手に入れることだ。しかしこれは果たせないようだ」
「当たり前じゃないの!」
 次にワルドは中指を立てた。
「二つ目の目的はルイズ、君のポケットに入っているアンリエッタの手紙だ」
 王女を呼び捨てにする言葉で、ルイズは理解してしまった。
「ワルド、貴方……!」
「そして三つ目……」
「次にお前は『ウェールズの命だ』と言う」
 筋書きの判り切った一人芝居を見ている観客のような面持ちで、ジョセフはものすごく面倒くさそうに言った。
「ウェールズの命だ……ふむ、その通りだ。ガンダールヴ」
 ワルドの表情からは仮面めいたそれは完全に消えていた。仮面の下にあったのはおぞましい……冷酷で酷薄なもの。笑みに良く似た、全く異なる表情であった。
「貴族派……! 貴方、アルビオンの貴族派だったのね!」
 ルイズは、戦慄きながら怒鳴った。
「そうとも。いかにも僕はアルビオンの貴族派、『レコン・キスタ』の一員さ」
「どうして! トリステインの貴族である貴方がどうして!?」
「我々はハルケギニアの将来を憂い、国境を越えて繋がった貴族の連盟さ。我々に国境は無い」
 ワルドは杖を掲げ、恍惚の笑みを浮かべて宙を見上げた。
「ハルケギニアは我々の手で一つになり、始祖ブリミルの光臨せし『聖地』を取り戻すのだ」
「革命はいつもインテリが始めるが、夢みたいな目標をもってやるから、いつも過激なことしかやらんなぁ」
 去年見たロボットアニメの映画の中で出てきたセリフが、思わず口をついて出た。地球の歴史もハルケギニアの歴史も、そこに住む人間もさして変わらない。ジョセフは思った。
「昔は、昔はそんな風じゃなかったわ。何が貴方をそんなにしたの、ワルド!」
「月日と、数奇な運命の巡り会わせだ。それが君の知る僕を変えたが、今此処で語る気にはなれぬ。話せば長くなるからな、共に世界を手に入れようと言ったではないか!」
 ワルドは二つ名の閃光のように素早く呪文の詠唱を完成させ、ジョセフもろともルイズに杖の先を向けたが――余裕を見せて無駄口を叩いていたワルドより、先の展開を読んでいたジョセフの方がそれより一挙動早かった。
「我が友シーザー・ツェペリの技! シャボン・ウォールッ!」
 ポケットの中に入れていたままの左手が掴んでいたのは、反発する波紋を流して固めていた石鹸水の塊ッ!
 それを波紋戦士が持つ驚異的な肺活量が生み出す突風の如き吐息を内包することで生まれる大量のシャボン玉ッ!
 波紋シャボン玉がワルドとルイズ主従の間に壁のように充満した瞬間、ワルドの『ウインドブレイク』がジョセフ達に襲い掛かる……が!
「それがイイッ! そいつがイイんじゃよワルドよォッ!」
 風のハンマーはジョセフ達に到達する前に、互いの間にあるシャボン玉の壁に命中せざるを得ないッ!
 しかもそれはただのシャボン玉ではなく、反発する波紋がたっぷり流されたシャボン玉!
 つまり風のハンマーが早ければ早いほど、波紋シャボン玉の速度が増すことになり――
「きゃあっ!?」
 シャボン玉に触れたジョセフが吹き飛ばされれば、ジョセフのシャツの裾を掴んでいたルイズも同じく吹き飛ばされることになる。吹き飛ばされながらも空中でルイズを小脇に抱えつつ、ワルドからの距離を大幅に広げる!
 そのまま着地すれば、ワルドにおもむろに背を向けるッ!
「ジョースター家伝統の戦法ッ! 『逃げる』んじゃよォーッ!」
 ルイズを片脇に抱えたジョセフは、そのまま一目散に夜の廊下を逃げ切った!
「ちっ……逃げ足は大したものだな、ガンダールヴ」
 忌々しげに歯を軋ませる音が響く。
 今すぐ追いかけようにもシャボン玉の壁が廊下に充満し、追う事を許さない。
 それにしてもあの使い魔……ガンダールヴの能力は、このような先住魔法めいた所業を可能にするのか、とワルドの心中を慄然と歓喜の混ざり合った感情が満たしていく。
 こんな使い魔を持つルイズはやはり虚無の使い手ということだ。そのルイズを己の手で小鳥を縊る様に殺さねばならない、というのはいささか残念だが。
「だがそれならそれで好都合と言うものだ。目的の一つは果たさせてもらう!」
 部屋に戻ると羽帽子とマントを取り、開け放った窓から天守へ向けてフライで飛翔する。
 目的の場所は言うまでも無く、ウェールズの居室――


 見事ワルドから逃げおおせたルイズ主従は元の部屋に帰り着いていた。
 小脇のルイズをベッドに下ろすと、ジョセフは毛布を一枚取って窓へと歩いていく。その背にルイズは、怒りめいた声で名を呼んだ。
「ジョセフ!」
「……なんですかな」
「いつから気付いてたの! どうして私に言わないの!」
 今が急を要することはわかる。本当なら今すぐ問い詰めて何もかも白状させたいが、こんな下らない質問をして足止めしてはいけないのも頭では判っている。
 だが、それでも、今の今まで使い魔が気付いていたことを主人に伏せられていたなんて――あまりにも、マヌケじゃないか。
「谷で襲われた辺り。お前に言えば向こうにバレる危険があったからじゃ。判ってくれ」
「……判るわよ! 子供じゃないんだから! でも、でも――!」
 理屈は十分すぎるくらい判る。でも、騙されていた。何も言われなかったのが、腹立たしくて……悲しい、のだ。
 幼い頃からの憧れだった婚約者が裏切り者だったのがどうしようもなく悲しい、辛い。
 それなのに、信頼しているジョセフにまで!
 人間不信に陥りかけたルイズに、ジョセフは背を向けたまま言った。
「あのクソッタレはアンリエッタ王女殿下、ウェールズ皇太子だけじゃあなく、わしの可愛いルイズを侮辱しおった! それをこのジョセフ・ジョースターが許せるはずァないわいッ!」
 ルイズは気付く。毛布が今にも指の力だけで引きちぎられそうなほど、固く強く握られていることを。
 ジョセフは、激怒している。
 主人が騙されたことを。侮辱されたことを。
「ルイズ、わしは今からあいつをブッ飛ばす。だがお前を連れて行って守りながらは戦えん。だがこのジョセフ・ジョースターは、お前の……ルイズの使い魔!
 お前の代わりに、お前の分まであの裏切り者をブチのめすッ!」
 振り返るジョセフの顔を見たルイズは、ほんの一瞬、ジョセフの顔を見つめ。
 沸き上がる様々な感情や言葉を押さえ込んで、言った。
「私の分まで……ブチのめしてッ!」
 懐にいつも備えている杖を、無意識に固く服の上から掴みながら、叫んだ。
「おおせのままに、ご主人様」
 帽子を被り直し、デルフリンガーと毛布を手にジョセフは窓から出て行く。
 開け放たれた窓を呆然と見つめたまま悔しげに唇を噛み締めると、ルイズは今すぐにでもジョセフの後を追いかけたくなる衝動と、懸命に戦い続けることとなる。


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