ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

ゼロと奇妙な隠者-30

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匿名ユーザー

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 次の日。ジョセフは女神の杵亭で最も上等なスイートルームで惰眠を貪っていた。最初に入った部屋とは広さも大きく違うし、ベッドにしたって天蓋付である。そして非常に大きい。二人寝てもまだスペースが余るキングサイズだった。
 しかしその大きなベッドで眠るのはルイズ一人だけで、ジョセフはリビングのソファで毛布に包まって波紋呼吸の寝息を立てていた。ソファとは言っても2m足らずの背丈があるジョセフが足を伸ばして眠れるような代物で、普通のベッドと比べても遜色のない寝床である。
 昨日の夜に、意訳すれば「子爵殿はまさか婚約者を粗末な部屋で寝かせて自分が豪華な部屋で寝るつもりじゃあありませんよなァ~~~~~~?」という論調でとても紳士的に交渉した結果、この夜のスイートルームにはルイズ主従が宿泊することになった。
 だが広いとは言え、ベッドが一つしかない室内を見たジョセフの怒りがルイズに見えないように再び生み出されたのは言うまでもない。
 そんな紆余曲折はあったものの、いつもより柔らかい寝床でたっぷりと惰眠を貪ったジョセフは、いつものようにルイズよりずっと早起きしてしまい、暇を持て余していた。
 仕事は宿の使用人がするし、暇を潰そうにも本は読めないし何もすることがない。散歩に行こうかとも思ったが、自分がいない間にあのキザ子爵が来るかもしれないし、何よりいつ新たな刺客が来るとも判らない。
 ということで、静かな室内で何もすることなくソファに寝転がるしか出来ないジョセフだった。元々落ち着きのない性格で、動いていなければ時間を過ごすことのできない性格である。
 已む無く、せめてもの時間潰しにルイズが起きるまで転寝を繰り返していた。
 何度目かに転寝から覚醒したその時、扉がこんこんとノックされた。
「はァい、どちらさんですかな」
 ソファから起き上がり、扉は開けないまま声を投げる。
「私だ、ワルドだ」
 ヨダレ垂らしてる牛を見た時のような顔をしながら、それでも無視する訳にも行かずイヤイヤ立ち上がってドアを開けに向かう。
「主人はまだ寝てるんですがの、子爵殿」
 ドアを開ければ、ジョセフとワルドは同じ高さの視線を交えることになる。
「おはよう、使い魔君」
 言葉の裏に短刀を潜めた言葉を交わしあいながらも、互いの表情は穏やかなものだった。
「おはようございます。わしの記憶が確かなら出発は明日の朝のはずでしたなァ。こんなに朝早くにレディの部屋に忍んで来るとは、あまり感心できませんな」
 ジョセフの皮肉たっぷりの言葉にも、ワルドはにこやかに笑みを返した。
「君は伝説の使い魔『ガンダールヴ』なんだろ?」
「……は?」
 訝しげにワルドをねめつけるジョセフに、ワルドは取り繕うように言葉を重ねる。
「その、あれだ。フーケの一件で僕は君に興味を抱いたんだ。グリフォンの上でルイズに聞いたが、君は異世界からやってきたそうだね。おまけに伝説の使い魔『ガンダールヴ』だとも聞いたよ」
「はぁ」
 ジョセフは「何が何だか判らない」という顔をしているが、内心では(こぉのバカ子爵ッ! こいつぁなんと頭脳がマヌケなんじゃッ!)と呆れ返っていた。
「僕は歴史に興味があってね。フーケを尋問した時に、君に興味を抱き、王立図書館で君の事を調べたのさ。その結果、『ガンダールヴ』に辿り着いた」
 ワルドの言葉を聞いているように頷きながらも、ジョセフの頭脳は「主人ですら知らない事をコイツはどこから知ったのか」の推測を進めていた。
 手袋に隠れている使い魔のルーンを見たのはコルベールとオスマンのみ。
 自分がガンダールヴだと言う事を知っているのは、自分を含めてもその三人。フーケが自分の戦いぶりを見ていたとして……ハーミットパープルももしやすればバレているかもしれない。だが遠目に見えたあれがどんな能力を持つかは正確に判らないはず。
『先住魔法』と誤解されるか、それとも『ガンダールヴ』の能力の一片と考えるか。
 少なくとも向こうはこちらをただの老いぼれとは考えていない、と見るべきだ。
 だが他の可能性も考えてもいいかもしれない。『ガンダールヴの情報はフーケ経由ではない』という可能性と、『フーケとフーケ以外から情報を得てきた』ということだ。
 ガンダールヴの主人は虚無の使い手であろう、とはオスマンの言である。あの爆発魔法を虚無の使い手の片鱗だと見た、か? ルイズを虚無の使い手と仮定すれば、ゴーレムと立ち回れる自分をガンダールヴと呼べる、か。
(――苦しいがないとも言い切れん。情報がどうにも少ないッ)
 言える事は、向こうはどこからかガンダールヴの情報を得ていること。それとどんなマヌケでも判る嘘を漏らす締りの悪い口と、ミスの一つも誤魔化せない大マヌケだということだ。ジョースター不動産ではバイトすら出来まい。
 ジョセフの中で、警戒レベルが再び上がる。今度は少し、警戒を強めに。
「あの『土くれ』を捕まえた腕がどのくらいのものだか、知りたいんだ。ちょっと手合わせ願いたい」
 先程のワルドの言葉から、この言葉が終わるまで数秒足らず。この間にジョセフの頭は現時点での情報判断を終えていた。
「手合わせ?」
「早い話が、これだよ」
 ワルドは腰に差した魔法の杖を指し示した。
「殴り合いかね」
 ジョセフは鼻白みながら、ハン、と息を吐いた。
「その通り」
 ワルドは不敵にジョセフを見るが、あからさまな温度差が二人の間に生まれていた。
「どうでもいいんじゃが、喧嘩吹っかけるならもうちょっと相手見てからにせんとなァ。お互いになーんもメリットがない。わしはんなメンドーくさい事なんかやる気もないし、そっちは勝っても自慢出来んし負けたら魔法衛士なんぞ引退モノじゃろうに」
 手の内を見せたくないと言うのも大きな理由だが、最大の理由は「めんどくせェ」の一言に尽きる。別に誰かが侮辱されたわけでもないし、得るものもない。
「おや、君は僕の挑戦を受けてはくれないのか?」
「受ける理由がどこにあるっつーんじゃ」
 と、有無を言わさずドアを閉めようとしたジョセフから、ワルドの視線が外れた。
「ああおはよう、僕のルイズ」
 ワルドの声にジョセフが後ろを振り向くと、そこには寝ぼけ眼を擦るルイズが立っていた。
「……ワルド? どうしたの、こんな時間に……」
「ああ、これはよかった! ルイズ、実は君の使い魔に手合わせを頼んでいたのだが。どうにも御老人の興を誘うことが出来なくてね」
 ジョセフ本人の了承を得られないなら、次はルイズから攻め込もうとする。
「もう、そんなバカなことはやめてワルド! 今はそんなことしてる場合じゃないでしょう? ケガなんかしたらどうするの!」
「そうだね。でも、貴族と言う人種は厄介でね。強いか弱いか、それが気になるといてもたってもいられなくなるのさ」
 ワルドの言葉に、もう、と困った顔をしたルイズは、ジョセフを見上げた。
「ワルドったら本当に困った人だわ。ジョジョ、そんなの受けなくてもいいのよ」
 しかしジョセフは顎ひげを親指の腹で撫ぜると、ワルドを見やった。
「いいじゃろ。どこでやるんじゃ?」
 その言葉に、ルイズは大きく目を見開いて息を呑み、ワルドは満足げに頷いた。
「この宿は昔、アルビオンからの侵攻に備える為の砦だったんだ。中庭に練兵場がある、そこに来てもらおう。ルイズ、君には介添え人になってもらいたい」
「ちょっと! いきなり何を言い出してるの!? やめなさい、これは命令よ!?」
 突然の展開に慌ててジョセフの服の裾をつかむルイズだが、ジョセフは主人の頭を軽く撫ぜるだけだった。
「あー、ちょっとした遊びじゃよ遊び。なぁに、ケガはせんように気をつける」
「そういう問題じゃないわ! 二人とも大人なんだからやっていいこととそうでないことの区別くらいつくでしょ!?」
 本気ではないとは言え、自分の婚約者と使い魔が戦うのを見て無邪気に喜べる性格ではないルイズである。
 ルイズが一生懸命二人を翻意させようとするが、二人揃って考えを改める様子は見られない。ややあって、溜息をつくと二人に言った。
「……判ったわ。服を着るから、先に行ってて」
 説得を諦めたルイズは、肩を落としながら着替える為に寝室に戻った。

 ジョセフとワルドは、今ではただの物置き場でしかない練兵場にやってきた。ワルドがかつてこの砦が誇った栄華について朗々と語っているが、ジョセフにとっちゃどうでもいい事でしかない。
 ワルドの話よりも、ここがどんな場所で何があるか。それを確認する為に、帽子で隠した視線は物置き場を眺めていく。
 自分とワルドの距離はおおよそ二十歩ほど。周囲には樽や空き箱が積まれ、石で出来た旗立台はかつて旗が立てられたのがいつか判らないほど苔むしている。
(ろくすっぽトラップは仕掛けられんなァ。身一つでどーにかせにゃならんか)
 腰に差したデルフリンガーの柄を握れば、義手に刻まれたルーンが光る。
 小気味良い金属音が物置き場に響いた直後、ルイズが憂鬱な面持ちで歩いてきた。
「では、介添え人も来た事だし始めるか」
 ワルドは腰から杖を引き抜くと、フェンシングの構えのように前方へ突き出す。
(いかんなァ。既に得物の時点で不利じゃわいッ)
 両手剣のデルフリンガーと、片手で取り回しが聞くフルーレのような杖。これが全身鎧に身を固めているなら兎も角、ただ布の服しか着ていないとなれば重要視されるのは威力よりも手数と速度。それに関してどちらが適しているかと言えば、答えはとっくに出ている。
 しかも向こうには風の魔法もある。それと互角に戦おうと思えばハーミットパープルも使うことを念頭に置かなければならないが、ジョセフに使う気はこれっぽっちもない。
 ガンダールヴの能力とデルフリンガーと波紋でどうにか賄わなければならないのだ。
「ま、お互いケガしても恨みっこナシッつーことで頼むぞ」
「構わん、全力で来るといい」
 薄く笑うワルド目掛け、ジョセフは大上段に剣を掲げた。
「行くぞォッ!!!」
 気合一閃、羽根のように軽い両脚で地面を蹴ってワルドに躍り掛かる。
(昔読んだサムライコミックに描いてあったッ! サツマジゲンリューを試すッ!)
 ジョセフが言っているのは、剣客マンガではオーソドックスな薩摩示現流である。
 示現流の思想は実に単純にして明快、『剣を大きく振りかぶって相手を叩き斬る』ことだけをひたすらに追求した剣術である。
 その為、示現流は『一の太刀を疑わず』『二の太刀要らず』とも言われ、髪の毛一本でも素早く剣を振り下ろせというほど一撃に勝負の全てを賭ける鋭い一撃を特徴とする――とは、そのコミックに書いてあった説明文だ。
 無論、デルフリンガーは錆びたりと言えども重々しい金属で形成されている。ガンダールヴで強化された身体能力で頭を狙えば、大怪我で済めば御の字といったところだろう。
 しかしワルドは杖で初太刀を受け止め……思わず歯を食いしばりながらも、辛うじて剣の動きを殺した。
 かつて幕末の時代、示現流を修めた薩摩藩士に殺害された者は、『敵の刀を受け止めた、自分の刀の峰』で頭を叩き割られた者が多かったという。聞きかじりの鈍ら剣術とは言え、それを受け止めて見せたのはワルドの実力を如実に示すものであった。
 細身の杖だというのに、渾身の斬撃を受け止めても傷の付いた様子も見られない。
 ワルドは素早く背後へ飛びずさると、剣を振り下ろした直後のジョセフに、風を断ち切りながらの鋭い突きを繰り出した。
 ジョセフはワルドの突きを剣を振り上げることで払うと、再びマントを翻らせながら優雅に飛びずさったワルドへと駆け込み、間合いを離す事を許さなかった。
「なんでえ、あいつ魔法を使わないのか?」
 デルフリンガーの楽しげな声は、他人事のように戦いを観戦している観客のそれだった。
「遊んでくれてるんじゃろなァ」
 くく、とジョセフは笑った。デルフリンガーと波紋で強化したジョセフの肉体は、魔法衛士隊の隊長であるワルドと比べて遜色ないどころか、やや押している節さえ見られる。
 肉体のポテンシャルだけで言えば、ジョセフとワルドの違いは年齢を重ねているかいないか、というレベルでしかない。筋肉の付き方からしてジョセフは若者と引けを取らないのだ。
 それに加え、治安の宜しくないニューヨークで仕事をする以上、護身術も習ってはいる。ジョセフはちょくちょくサボってたので殆ど身に付いていないのは御愛嬌だ。
 とは言え。実戦に長けたワルドに不意打ちじみた初太刀が凌がれた今、ジョセフはチ、と内心で舌打ちした。
(アレで頭カチ割るつもりだったが予定が狂ったッ。まさか両手の唐竹割りが片手の杖で防がれるとは思いもせんかったわいッ)
 予定としては、ジョセフが振り下ろした剣をルイズに余裕を見せ付けるために杖で受け止めてみせるか、紙一重で避けるかするだろうと思っていた。予想外の威力と速度を持った一撃ならば、ワルドがどう動くにせよこれで勝てると踏んでいたのは確かである。
 これで決まらなかった以上、後は互いの実力が勝負を決める鍵となる――が。
 今の数秒程度の切り結びで、ジョセフはワルドの実力を悟らざるを得なかった。
(そりゃー女王陛下御付の魔法衛士隊の隊長サマじゃもんなッ。そう簡単に負けたりしちゃくれんだろうがッ!)
「魔法衛士隊のメイジが、ただ魔法を唱えることだけと思ってもらっては困る」
 ワルドは素早い突きを連続で繰り出すことで、ジョセフの動きを牽制しながら言う。
「詠唱さえ戦いに特化している。杖を構える仕草、突き出す動作! 杖を剣のように扱いながら詠唱を完成させる。軍人の基本中の基本さ」
「なるほど、そのつまらん御託も魔法の詠唱かね」
 ちょっとした嘲笑を振り掛けた言葉と共に、ジョセフは凄まじい勢いで剣を縦横無尽に振り回す。長尺の剣であるデルフリンガーと言えども、両手で持って回す以上はややリーチに制限がかかる。
 不意を取られた初太刀こそ辛うじて受け流したに過ぎないが、ワルドは既にジョセフの斬撃の間合いを見切っていた。
「君は確かに素早いし力強い。ただの平民とは思えない。さすがは伝説の使い魔だ」
 軽やかなステップでかわし、杖で受け流す動きには無駄の一つもない。
「しかし、隙だらけだ。速く重いだけで技術はない。それでは本物のメイジには――勝てないッッッ」
 そう言いつつジョセフの突きをかわしながら懐に入り込み、剣を落とさせようと持ち手目掛けて鮮やかな突きを繰り出す。
「むうッ!!」
 腕を伸ばし切ったジョセフの手は、杖を避けるには少なすぎる小さな動きしか出来ない。波紋を使えばあの突きでさえ弾けるだろうが、出来ればあまり手の内を見せたくない……
(ならばッ!)
 左手を柄から離し、襲い来る切っ先目掛けて裏拳を叩き込むッ! 突如物置き場に響き渡る、澄んだ金属音ッ!
「なっ!?」
 何度も貫いた肉の感触ではなく、ゴーレムを打ち据えた時の様な感触に、さしものワルドと言えども一瞬虚を突かれる。
「わしをその辺のヘボメイジと一緒にするなよワルド」
 その言葉が終わった瞬間には、ジョセフの爪先がワルドの向う脛を強かに打ち据えていた。
「ッ!!?」
「とっくの昔に義腕じゃよ」
 と、痛みに歯を食いしばるワルドからバックステップで距離を取り、破れた手袋を投げ捨てて鉄製の義手を見せ付ける。
 ただ漫然と義手を差し出しただけでは、ワルドの杖は義手を打ち砕いていたかもしれない。だがガンダールヴの紋章を刻印された義手の『波紋さえ留まる』という特性を生かし、反発する波紋で義手を守り、義手で受けたということで波紋を用いたという証拠をも消したのだ。
「お前は確かに強い。ただのメイジたぁ思えない。さすがは魔法衛士隊の隊長じゃな。じゃが余りにもマヌケだ。強いだけで、オツムはナメクジ程度だ。それじゃ決闘ゴッコは出来ても本物の戦いは出来んな」
 先程言われたセリフを適当に改変し、楽しそうに笑ってみせる。
「そうそう、あの後で多分お前はこう言おうとしてたんじゃないかな? 『つまり、君ではルイズを守れない』とな! そのセリフ、そっくりそのまま返してやろう! 『え、お前それでルイズにカッコいいところ見せようって思ってたの?』となッ!」
 くっくっく、と押し殺した笑い声をわざと聞かせ、帽子のつばを指で押し上げる。
 ワルドはバネが弾ける様にジョセフへ飛び掛り、怒りを込めた速度で杖を突き出していく。
 だが怒りで濁った突きは、速度や威力こそ速いが、凌げないほどではない。だが攻め返すにしても攻め入る隙を用意に見つけられないのは、正直なところだった。
 剣で受け流し、間合いを取り、耐えるのがやっとという状態だ。
「デル・イル・ソル・ラ・ウィンデ……!」
 閃光のような突きを雨霰と降り注ぎながら、ワルドは低く呟いていた。
 怒りに塗れながらも、それでも突きに一定のリズムと動きを持たせていた。
(くそッ、実力だけは大したモンじゃ! 杖で攻撃しながら同時に魔法詠唱することで、相手の動きを止めながらこんな距離での魔法の完成を可能にしておるッ!)
「相棒! こいつぁいけねえ! 魔法が来るぜ!」
「判ってる! 判ってるんじゃッ!」
 デルフリンガーの叫びに、ジョセフが血相を変えて叫び返す。頭で理解するのと解決策を用意するのとはまた別次元の話だ。
 そして魔法が完成し――空気で形成された不可視の巨大なハンマーが、横殴りにジョセフを吹き飛ばす。十メイル先で積み上げられた樽目掛けて、ジョセフが吹き飛ばされる!
(このクソ老いぼれがッッッ!!!)
 勝利を確信したワルドは、屈辱を晴らした笑みを見せた。

 ジョセフの言った通りだった。ワルドは、この時点で。本物の戦いが出来ないことを自ら証明したのだ。

 樽にジョセフが激突する瞬間、ジョセフは素早く爪先を差し出し、樽を蹴り付けッ! その蹴り付けた爪先からッ! 大量の反発する波紋を流すッ!!
 樽は100キロ弱もあるジョセフを受け止め、かつ飛び来る速度を相殺した挙句、ジョセフにとんでもない推進力を提供させられることになる。哀れな樽は波紋で膨れ上がった内部の空気に耐え切れず、爆音と共に破裂したッ!
 空気のハンマーで吹き飛ばされた時よりも遥かに速い踏み込みを以って、地面を低く這うようにワルドへと再び踏み込んでいくッ!
「なッ!?」
 勝利を確信して弛緩させた心を、すぐさま先程までの水位に戻すことは困難を要する。
 もしまだ戦いに心を置いていれば、ジョセフを今度こそ叩きのめせたかもしれない。
 いや、むしろ、もっと殺傷能力の高い魔法を使うべきだったかもしれない。
 ワルドの敗因を並べ立てるとすれば色々あるだろうが、最も大きなものがあるとすれば。ワルドが戦いを吹っかけたのは、ジョセフ・ジョースターだったということだ。
 そのジョセフは既に自分の間合いに入り、今にも後ろで水平に構えた剣を横薙ぎに切り払ってくるだろう。カウンターしようにも、体勢の整っていないワルドにそれは出来ない。生半可に反応すれば、自分の攻撃は外れて相手の攻撃を貰うのは火を見るよりも明らか!
 杖で受け止めるか、それとも身をかわすか……突然の選択を強いられたワルドは、反射的に大きく飛びずさる。剣の間合いから逃れ、ひとまず体勢を整えようとした。
 先程の切り結びの中、ジョセフの間合いは十分把握している。
 剣を避けた上で、身体の伸びきったジョセフに満を持して攻撃をかける――非の打ち所のない戦法と呼んで差し支えない、いい判断だった。
「うおおおおおおおッッッ!!!」
 ジョセフの裂帛の気合と共に、地面に一際強く踏み込んだ左足を軸として、左腕が空気を薙ぎ払いながら横薙ぎの剣がその後を追って空気を切り裂き、ワルド目掛けて放たれたッ!
 だが、ジョセフのリーチと剣の長さを考えても、踏み込みが一歩浅かった!
(焦ったな老いぼれッ! 僕の勝ちだ、ガンダールヴッ!!)
 心の中で勝利を確信し、優雅に後ろへ飛びずさり。

 ワルドの眼前を何かが通過し。強すぎる衝撃が右手を襲い。杖は、宙を舞った。

「――何?」
 杖が地面に跳ねてから、やっとワルドは痺れる自分の手から杖が失われているのに気が付いた。
 そして、ジョセフの剣がぴたりと喉元を狙っているのにも。
「勝負あり、じゃな。それとも杖ナシでやるか?」
 信じられないものを見る目で、地に落ちた杖を呆然と見るワルド。
 決着がついたと判断したルイズは、恐る恐る二人に近付いてくる。
「一体……どんな技を使ったんだ。ガンダールヴ」
 震える唇で辛うじて絞り出した声に、ジョセフはニヤリと笑って剣を鞘に収めた。
「そのくらい自分で考えるんじゃな、“自称”本物のメイジ殿」
 ワルドからあっさりと視線を外すと、ジョセフはルイズの方へ歩いていく。そして振り向きもせずに、いかにも楽しそうに言った。
「大サービスで技の名前だけ教えてやろう。名付けて、『流星の波紋疾走(シューティングスター・オーバードライブ)』」
 流星色の波紋疾走。これもまた、ジョセフの読んだ剣客コミックからの引用である。
 ジョセフは斬撃の際、両手で固く握っていた柄から右手を離し、左手のみで剣を振るったのだ。横薙ぎに剣を振るうならば、両手で振るより片手だけで掴んだ剣を、片手の腕力だけで振るほうが圧倒的にリーチが長くなる。
 しかもそれだけに留まらず、右手の人差し指からは反発する波紋を流すことで剣速を加速させた。左手はただ握るだけではなく、人差し指と親指だけで柄を掴み、鍔近くから柄頭まで指の輪を滑らせることで、柄の分だけ更にリーチと威力と速度を伸ばすことに成功した。
 これがもし握力が足らずにすっぽ抜けたり、剣先のコントロールが狂えばワルドの杖どころか腕や首さえ落としかねなかったが、波紋の精妙なコントロールを持ってすればさほど難しい所業でもなかった。
 問題があるとすれば、「ワルドは飛びずさって距離を取る」という読みが外れた場合であるが、ジョセフはそれ以外の選択肢はないとすら確信していた。
 杖で受けるには頭から爪先まで選択肢が多すぎたし、反撃するにも意表を付かれたあの状態ではろくなカウンターは取れなかった。結果、飛びずさるという選択のみが発生する。
『直前まで見せた剣の間合い』を見切らせ、なおかつワルドの身のこなしを計算に入れた上で、あのタイミングで流星の波紋疾走を放ったのだ。
 だがワルドでさえ理解できなかった事が、ルイズに理解できるはずもない。
 二人が決闘するという事態と、手合わせや決闘と称するには余りに過ぎた激闘に平静を失っていたルイズがほんの僅かに正気を取り戻すと、とりあえずジョセフの脛に蹴りを入れた。
「ぐはッ!?」
「あんたッ! 何してるのよッ! まさかとは思うけどケガさせたり殺す気で戦ってたんじやないでしょうね!?」
「いやちょっと待ってくれルイズ、向こうは名高い魔法衛士隊の隊長じゃろ? こっちも本気でやらんと」
「そういう問題じゃないわ! そういう問題じゃないのよ!」
 ルイズは危険性についてがなり立てたいが、正直どういう攻防があったのかはほとんど理解できていない。ここで糾弾しやすいジョセフに怒鳴りつけて憂さを晴らしている状態だった。
 ルイズとしてはいくらジョセフと言えども、魔法衛士隊の隊長であるワルドに勝てるとは予想すらしていなかった。しかもジョセフはこれまでにない力の入れ様でワルドに立ち向かって勝利してしまい、正直ルイズはどう反応すればいいのか判らなくなっていた。
 自分の使い魔が陛下を守る護衛隊の隊長を打ち破るわ、しかも打ち破られたのは自分の婚約者だわと、どうにもリアクションに困ってしまう。
 ルイズはワルドに視線をやるが、まだ痺れの消えない右手を左手で覆い、呆然と立っているだけだった。ポケットからハンカチを取り出して駆け寄ろうとするが、ジョセフがそっと肩を叩いて止めさせる。
「やめとけ、ルイズ。自分で売ったケンカで返り討ちにあったのに、婚約者に情け掛けられたらそれこそ自殺モンじゃぞ」
「でも……」
「グリフォン隊隊長ワルド子爵殿のプライドの為でもある。一人にしといてやろう」
 ルイズはしばらく躊躇っていたが、声を掛けるのを押し憚れるワルドの雰囲気に、やむなくジョセフの手を取り、使い魔に引かれるままその場を去っていく。
「いっやー、おでれーたな相棒!」
 物置き場を去ってから、デルフリンガーが陽気に口を開く。
「まさか相棒があんなに剣の達人だったなんて思いもよらなかったぜ! 使い手だけでもすげえのによ! あいつだってスクウェアクラスのメイジだぜ、多分! すげえな、相棒はメイジ殺しの才能があるんじゃねえか!?」
 興奮したデルフリンガーはなおも言葉を続ける。
「ところで相棒よ、さっき握られてる時にふと思い出したことがあるんだけどよ。どうにも思い出せないんだよなー……随分大昔のことだからな。なあ相棒、心当たりねえ?」
 ジョセフは返事の代わりに、デルフリンガーを鞘に収めた。
 後でジョセフから、「あれはマンガで読んだ剣術でやったのはあれが最初、同じのをやれと言われても絶対ムリ」と聞いたデルフリンガーは、彼には珍しくしばらく絶句したそうな。







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