ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

ゼロと奇妙な隠者-29

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匿名ユーザー

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 ルイズ達より遅れてラ・ロシェールに到着した三人は、ハーミットパープルを使って街の地図を念写し、ジョセフを媒介に主人であるルイズの居場所を探し出した。
 今夜の宿はラ・ロシェールで一番上等な『女神の杵』亭だった。一階が酒場で二回が宿屋になっている、ハルケギニアではオーソドックスな作りの宿屋である。
 街で一番上等であるということは貴族相手の商売をしているということと同義語であり、それに見合った豪華な作りをしていた。
 テーブルからして床と同じ一枚岩を削り出したもので、顔が映り込むほどピカピカに磨き上げられおり、着席するだけでも相当な金額がかかると判る代物だった。
 幾つもあるテーブルの中で一番入り口に近いテーブルには、ルイズとワルドとギーシュが数本のワインボトルと上等な食事の皿を並べて適当に食事を始めていた。
「おうすまんの、何とか腰は直したから後はどーでもなる。心配かけちまったの」
 いけしゃあしゃあと言い切りつつ、ジョセフは遠慮なく空いた椅子に座り手ずからボトルを取り、ワインをグラスに注いでいく。
「一つ残念な知らせがある」
 ナイフとフォークでローストチキンを切り分けながら、ワルドが困り顔を隠さずに言う。
「アルビオンに渡る船は明後日にならないと出ないそうだ」
「急ぎの任務なのに……」
 ルイズは不機嫌を隠さずに眉根を寄せた。
 疲労で食欲も減退している他の面々をさておいて、ジョセフとタバサは構わずワインで食事を流し込んでいく健啖家っぷりを披露する。
 その中で聞いたことは、アルビオンがラ・ロシェールに近付く月の重なる夜、『スヴェル』の月夜が明後日の為、船を出すには明後日でないといけない、ということだった。
 だがジョセフは(それならしょうがないよなァ。明日はゆっくり骨休みするか)と他人事のように気楽に考えていた。

 程無くして皿から食事が(主にジョセフとタバサの)胃袋に移動しきった頃、ワルドが鍵束を机の上に置いた。
「それぞれ相部屋を取った。組み合わせはキュルケとタバサ、ジョセフとギーシュ」
 機嫌よく食事を終えたジョセフの顔が、先程の食事で出てきたはしばみ草のサラダを食べた時の様な微妙な表情に変化した。ジョセフは次の言葉が読めたが、死んでもその言葉を口に出したくはなかった。
「僕とルイズは同室だ」
 だが予想していた通りの言葉がワルドの口から聞こえた。
 その言葉に、ルイズが驚きに見開いた目でワルドを見た。
「そんな、ダメよ! 幾ら婚約してるからって、まだ私達は結婚してるわけじゃないのよ!」
「そりゃそうじゃろ。主人と使い魔が同室のほうが角が立たんのじゃないのか?」
 常識的で良識的な意見を二人からぶつけられるが、ワルドは首を振ってルイズを見た。
「大事な話があるんだ。二人きりで話したい」
「だからって同じ部屋で寝起きする必要がどこにあるっつーんじゃ。二人きりで話すのと一緒の部屋で寝るのには何の関係もないじゃろ。婚前交渉は貴族の文化と言うわけじゃないわな」
 ジョセフにワルドの意見を聞き入れなければならない理由はない。むしろ疑念がほぼ確信に近い現状では積極的に何でも反対したいとすら思っているが、それをさておいても、(こいつはホント何言っとるんじゃ)というワルドの発言である。
「話する間は二人きりで話しゃいい。寝る時はルイズとわし、アンタとギーシュの組み合わせで泊まればいいだろう。な?」
 と、ルイズに同意を求める。
「あ……うん、そうね。私も、その方が……」
 余りの事で困惑していたルイズが、ジョセフの出した助け舟にあっさりと乗り込んだ。

 ギーシュも憧れのグリフォン隊隊長と同室することに不満もない様子だし、キュルケとタバサも口を端挟もうともせずワインを味わっていた。
「……ではそうしよう。ルイズ、すまないが部屋に来てくれ」
 多数決に敗れたワルドは、それ以上反論も出来ずジョセフの提案を呑まざるを得なかった。鍵束から一つの鍵を抜き取ると、ルイズに目配せをする。
「ええ、じゃあ」
 二人で話をするだけ、ということならばルイズに反対する理由はない。ルイズはワルドの後ろに付いて歩いていく。二人が階段を上がっていくのを見届けると、ジョセフは大きく欠伸をした。
「かァーッ、一日中馬に乗りつめじゃったから眠くてしょうがないわいッ。ギーシュ、とっとと部屋に行くぞッ」
「ぁー、僕は後で行くよ。もうちょっと飲んでから行くから部屋番号だけ見ておく」
 どうにもわざとらしい、とジョセフをよく知る三人は思った。ジョセフはルイズを目に入れても痛くないほど可愛がっているのは最早説明するまでもない。悪い虫が付いたのだからそれは機嫌が悪いだろうとはさほど考えなくても判る。それは判るのだが。
(いい年して子供っぽい)と少年少女達に思われてるのにも気付かず、ジョセフは鍵束から鍵を取って足音も荒く階段を上がっていく。
 ジョセフの後姿を見送った三人は、とりあえずワインボトルをもう一本注文した。

 部屋に入ったジョセフに、デルフリンガーが声を掛ける。
「くっくっく、おじいちゃんはご機嫌ナナメってーやつだぁな」
「うるさいわいッ」

「で? どうすんだい? 俺っちの相棒サマは色んな方法で二人の話を盗み聞き出来るよなァ。波紋使って壁に張り付いて窓から盗み聞きだって出来るし、ハーミットパープル使えば自分の身体を媒介に娘っ子の心を読んだりも出来るわーな?」
「やかましいわいッ!」
 デルフリンガーの言葉に、ジョセフは力を込めて剣を鞘に収めると乱暴に投げ捨てた。
 やろうと思えばデルフリンガーの言った通りの方法で幾らでも盗み聞きは出来る。だがそんな情けない真似をジョセフ・ジョースターがやれると言うのか。例え相手が信用ならないどころか疑わしさ丸出しな男だとしても、それとこれとは話が違う。
 それなりに上等なベッドに寝転がり、久方ぶりの柔らかい寝床にやや慣れないと感じてしまった感覚に苦笑することもなく、ただ不機嫌な顔を隠さず横になっているだけだった。

 ワルドとの二人きりの話を終えたルイズは何となく一人になりたくなり、宿の中庭で所在無さげに壁に凭れ掛かって月を見上げていた。
 今回の任務のこと。ジョセフが伝説の使い魔『ガンダールヴ』だということ。ガンダールヴを召喚した自分は偉大なメイジになれると断言されたこと。
 ――ワルドからのプロポーズ。
 一昨日には考える由もなかった事柄達がルイズの胸を締め付けてきた。
 アンリエッタの友人であるルイズは、肌身離さず持っている密書の最後に何かを書き加えた時の彼女の表情がどんな類のものなのかは、判りすぎるほどに判る。しかもその相手は戦争の只中にいる。
 ジョセフが始祖ブリミルの用いた伝説の使い魔『ガンダールヴ』だという話をワルドから聞かされたのもそうだ。そんな伝説の使い魔がどうしておちこぼれの自分に召喚出来たと言うのだろう。

 そもそもガンダールヴでないとしても、ジョセフが自分の使い魔だという時点で満足している節がルイズにはあった。ちょっと調子に乗りやすいしスケベだけれど、嫌いだとは思っていない。むしろ好感を抱いていると言って差し支えない。
 そんなジョセフを使い魔にしたまま、果たして自分はワルドのプロポーズを受け入れることが出来るのだろうか――と考えて、それは出来ない、と思うしかなかった。
 ジョセフは孫までいる妻帯者で、自分より50歳も年上の老人だということは重々承知している。周りは囃し立てるが、主従揃って『それはない』と声を合わせたものだ。
 でも、ジョセフを側に置いたまま、ワルドと共に始祖ブリミルに永遠の愛は誓えない。恋慕や愛ではないはずなのに、どうして憧れの人だったワルドの求婚を受け入れることが出来ないのか。そこに至る計算式が判らないのに、答えだけが最初から記されていたようなものだ。
 もしジョセフに暇を出せば、彼はどこでも上手にやっていくだろう。平民として召喚された異世界の学院でも、とんでもない適応力で居場所を築けたジョセフだ。下町だろうと、王城だろうと、どこでも、誰とでも、上手くやっていけるだろう。
 そんなのやだ、とルイズは思った。自分の知らない場所で自分の知らない誰かと仲良く楽しく暮らしているジョセフを考えると、何かもやもやした感情がルイズの中を満たしてしまう。
 でも、とルイズは思った。もしかしなくても、ジョセフはこんなおちこぼれメイジの使い魔なんかやっているよりも、もっと別の事をやらせた方がいいのかもしれない。でも、『それはやだ』と、心が叫ぶ。
 ワルドは10年前のように、あの頃のように、優しくて凛々しくて。憧れの人なのに。そんなワルドに結婚してくれと言われて、嬉しくないはずがないのに。……でも。

 中庭で思い浮かべたのはワルドよりもジョセフの方が時間が長い、ということに、まだルイズは気付いていなかった。



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