ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

DIOが使い魔!? 親友-3

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匿名ユーザー

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タバサの結界が、キュルケを飲み込む。
氷の矢などという程度ではすまされない攻撃であった。
一本一本が氷槍(ジャベリン)と見紛うほどに大きく、鋭い。
遍在の力を借りて、三人掛かりで呪文を組んだからこその威力だった。
それが三百六十度、ありとあらゆる方向から、雨あられとキュルケに迫る光景は、
磁石に群がる砂鉄のようでもあった。
森の一角、半径二十メイルが白一色で塗り潰される。
その中心に、キュルケはいた。
喉に押し当てられる死神の鎌の冷たさを、痛いほどに感じながら、彼女は耐えた。
耐えるしかなかった。
炎のバリアが球体となって、襲い来る矢から彼女を包み守る。
しかし…………

「アァアアアアアアアアア……!!!」
溶かしきれなかった氷矢の幾つかが、容赦なく炎のバリアを貫通し、
キュルケの全身をくまなく切り刻んだ。
いつ終わるともしれない猛攻撃。
生きたまま穴あきチーズにされかねない勢いだった。
急所を庇う腕がザクザクザクッと削れる音を背景に、キュルケの意識が朦朧とし始める。

『お前が欲しい物は、なんだ?』
DIOの問い掛けが脳裏に響く。
気付けば、キュルケはこれまで起こった悪夢のような出来事を思い返していた。

『別に。新しい本を借りただけ』
そう言って、タバサが自分に背を向けて歩き出す。
喪失感。

『私の友情を、タバサは快く受け入れてくれたよ』
DIOの嘲るような笑みにハラワタが煮えくり返る。
"…………プッ"
『キュルケには関係無い』
タバサにはねのけられた手よりも何よりも、心が痛かった。
"……プッ"
"プツン"
『この子はもう、私の物さ』
一瞬何を言われたのか分からなかった。
魂が抜かれたような顔で、DIOにひざまづくタバサ。
心が引き裂かれそうだった。
『私は自分の意思で、DIO様に忠誠を誓った。
DIO様に手を出すつもりなら、キュルケも殺す』
そして、タバサからの一方的な訣別。
DIOが許せない。
"プッ……プツ…………………
プッツーン……!"

「DIOォォォオオオオオオオオオッッッ!!!!!」
生命の危機に晒される状況下、キュルケの中で、何かがキレた。
炎のバリアが、空気を入れた風船のように肥大化してゆく。
彼女の精神の高ぶりに応じて炎が渦を巻き始め、
やがて巨大な炎の竜巻が姿を現した。
キュルケを中心に渦を巻く、天を貫かんばかりの火災旋風。
その炎風は地を焼き、森を焼き、水を燃やし、空を焼いた。

トライアングルクラスの手には余る所業に全身が悲鳴を上げるが、
キュルケはむしろその炎の勢いを更に加速させる。
友への万感の思いが、彼女を支えていた。
森の一角ごと結界を燃やし尽くしたキュルケの火災旋風は、唸りを上げてタバサにも迫った。
流石のタバサも、あの魔法が破られるとは思っていなかったのか、
防御に移るのが数瞬遅れた。
"フライ"を使っての回避も不可能であった。
なすすべなく灼熱の業火に身を焼かれ、タバサは地へと墜ちていった。
火災旋風がその勢いを徐々に弱めていく。
炎の嵐が止むと、後に残ったのは、荒廃した大地であった。
木も草も、全てが焼け落ち、キュルケの周りだけドーナッツのように丸裸になっている。
限界ギリギリまで消耗したキュルケはしかし、倒れまいと、フラつく体を持ち直す。

「タバ……サ!!もう終わりよ、おとなしくしなさい!!」
全身に切創と凍傷を受け、疲労困憊な状態の勝利宣言であった。
空気中の水分という水分は残らず蒸発し、乾燥しきっていた。
これでは『水』系統の魔法はもう使えまい。
いや、それ以前に、確かに感じたあの手応え。
辛うじて死には至ってないだろうが、重度の火傷で身動き一つとれないだろう。

早急な手当てが必要かもしれない。
キュルケは、ぐっと踏ん張ると、タバサが墜落した辺りへと歩を進めた。
夥しい数の火傷を受け、タバサは地面に落ちた。
まさか、自分の魔法が破られるとは思わなかった。
キュルケがあそこまでの爆発力を発揮するとは……。
息も絶え絶えな状態で夢と現実の狭間を彷徨いながら、タバサはキュルケの言葉を聞いていた。
辛うじて耳に入った一言は、『もう終わり』。
それを聞いた瞬間、タバサは自分の体の底から再び汚泥のように湧き上がってくるものを感じた。終わってたまるか。
諦めてたまるか。
一体何を諦めろというのか。
母を救い、憎き仇敵であるジョゼフを抹殺するために、
これまで耐え忍んできた辛酸苦渋の日々を。
復讐の機会を窺い、ただひたすら己の牙を磨いてきた日々を。
あの恥知らずな纂奪者どもから受けた、屈辱の日々を。
暗愚な上、魔法も碌に扱えぬような従姉妹に、デク人形のような扱いを受けた日々を。
忘れられるはずがない。

脳裏に浮かぶのは、母が自分を庇う後ろ姿。
そして、母が壊れていく様を、まるで虫けらでも見るような目で眺めていた、ジョゼフの愉悦に歪んだ顔。
その顔を見て、タバサは人の残酷さを骨身に刻んだ。
ジョゼフが憎い。
憎くて憎くてたまらない。
……殺してやる。
必ず。
そのためには、目の前の障害物を取り除かなければならない。
―――『あの方』は、きっと今の私を見ていらっしゃる。
私が、本当に自分の目指した道を進む"覚悟"が出来ているかどうか、
遍くその目で確かめていらっしゃる。
遥か遠くにいるはずの『あの方』の存在を、タバサは肌ではっきりと感じた。
無様な姿は見せられない。
ならば、今一度。
タバサの体に力が入る。
『あなたの夫を殺し、あなたをこのようにした者どもの首を、いずれここに並べに戻って参ります。
その日まで、あなたが娘に与えた人形が仇どもを欺けるようお祈りください』
母への誓いを思い出す。
あの方は力を授けてくださった。
行き詰まっていた私に、新たな道を示してくださった。
タバサは確信する。
あの方のために戦うことは、自分の母を救うことにも繋がるのだと。

あの方のために戦う。
あの方のために敵を討つ…………あの方のために……あの方のため、
あの方の。
あの方のためあの方のためあの方のためあの方のためあの方のため
あの方のあの方のためあの方のためあの方のためあの方のため
あの方のためあの方のためあの方のためあの方のためあの方のため
あの方のためあの方のためあの方のためあの方のためあの方
あの方のためあの方のため
あの方の…………そして母さまのために!!

恐るべきは天賦の魔法の才能ではなく、その華奢な身の内でどす黒く燃え上がる底無しの執念か。
魔法とは、精神力である。
そして精神力とはすなわち、心の力である。
彼女の魔力が底無しなのは全くもって当たり前だった。
自分の空色の髪が熱で焦げて、嫌な臭いが鼻を突く。
しかし、息苦しさを感じこそすれ、タバサは痛みを感じていなかった。
胸の内から無理矢理にでも湧いてくる『あの方』への忠誠心と、母への狂おしいほどの愛が、
麻薬のように彼女の痛覚を麻痺させていた。
杖を拾う。
そして、考えた。
『風』魔法はダメだ。
既にキュルケに読まれている。
何か……キュルケの意表を突く一手を生み出さなければ。

うつ伏せに地に這い蹲った状態で、タバサは辺りを見回した。
目の前に、自分のメガネが転がっている。
落下の衝撃に耐えきれず、長年使ってきた赤縁のメガネは粉々に割れてしまっていた。
それを見て、タバサは笑う。
顔面の筋肉にすら、もうまともな力が入らず、笑っているように見えたかどうか怪しかったが……
とにかく笑った。
ちょうどいい。
メガネが割れてくれていてちょうどいい。
たまらなくいい。
この割れ具合が最高だ。
タバサは芋虫のように身を捩ってメガネに近づき、ひときわ大きな破片を手に取った。
迷いなんて、『あの方』に仕えてから……
……いや、幼い頃に、目の前で母が心を壊されてしまってから、とっくに捨ててしまっていた。
タバサは全く躊躇することなく、割れたメガネの破片を自分の手首に振り下ろした。

「……んっ!」
スパッと手首が裂けて、直ぐに大量の血液が吹き出てきた。
ドクドクと血液が零れ落ちる手首を、タバサは自分のマントで覆って隠した。
キュルケの足音は、すぐそこまで迫っていた。

――――――――――――

キュルケは傷ついた片足を引きずりながら、タバサが墜落した場所へと向かっていた。
勿論、タバサの『風』魔法に備えることを怠ることはない。
ありとあらゆる物が焼け尽き、焦げ付く大地の上を歩む。
と、視線の先に、タバサが横たわっていた。
彼女の姿を見た途端、慎重だったはずのキュルケの足取りが、
自然と慌ただしいものへとなっていく。
駆け寄って、その小さな体を抱き上げる。

「タバサ…………」
触れれば壊れそうな体を、キュルケは優しく膝の上に載せる。
自分を包む温もりに気がついたのか、タバサがゆっくりと、その目を開いてキュルケを見た。

「ごめんね……! ごめんね、タバサ!
私、気づいてあげられなかった……!
あなたがここまで思い詰めてたこと、分かってあげられなかった……!」
ボロボロと目尻から涙を流しながら、キュルケはタバサを強く抱き寄せた。
もう離さない。
ありのままのタバサを、受け止めてやるのだ。
いつかこの子の雪風のベールが剥がれると信じて。
―――しかし、涙を流すキュルケの顔を、タバサはいつもの無表情で見返すだけだった。

「……どうしてとどめをささないの?」

「出来るわけないでしょ!!
私達、親友じゃないの!」
キュルケの憤慨したような声色に、タバサは目を瞑って呟いた。

「…………………そう。
なら、私の勝ち」

そこで初めて、タバサの手首から流れ落ちる赤い液体にキュルケは気がついた。

「…………これは!?」
ここで、キュルケは致命的な間違いを犯した。
いや、彼女にとってはむしろ、ある意味当然の思考回路だった。
キュルケは、タバサの言葉の意味を考えるよりも先に、タバサのことを心配してしまったのだ。
止血をせねばと考え……、しかし自分は『水』魔法が大の苦手だと考え……
とにかく、キュルケはタバサの身を案じてしまった。
それが決定的だった。

「…………………………………・ウィンデ」
掠れた詠唱に応じて、手首から流れ落ちるタバサの血液が凝結し、
人一人は貫ける大きさの氷の刃となった。
それは、彼女の血で出来た、真っ赤なウィンディ・アイシクル。
生命を削った一撃。
突如宙に出現した真紅の氷刃は、キュルケの胸を貫いた。

「……ぁ」
自分の胸に生えた一本の氷刃を、キュルケは惚けたように見下ろした。

次いで、絶望に染まった瞳をタバサに投げかける。

キュルケの全身が強張り、痙攣する。
しかし、タバサは容赦なく、キュルケの胸を貫いた真紅の氷刃を時計回りに回転させた。
複雑にささくれ立った刃が、キュルケの重要な血管や内臓をズタズタに傷つける。

「~~ッ……………!!………ゴポッ!」
たまらず、吐血。
黒に近い色をした血液が、タバサにビシャッと掛かった。
それでも、タバサはまばたき一つしなかった。
タバサを抱きしめる腕の力が、苦痛によって一瞬強まり…………やがて緩まっていった。
キュルケの全身が弛緩してゆき、瞳から光が消えていく。
胸から零れる血が、タバサと、地面をしとどに汚した。
それを確認したタバサは、依然として自分を抱いたままのキュルケの腕を引き剥がす。
大切な物から引き剥がされた両腕は、力無く、だらんと下がった。
ゴロリと転がって、タバサはキュルケから離れる。
ふぅ、と溜め息をついた。
苦痛の果てに掴んだ勝利は、存外味気ないものだった。

「……シルフィード」
自分の使い魔の名を呼ぶ。
すると、キュルケの炎に焼かれなかった、遠く離れた森の影から、一匹の竜が現れた。
隠れて見ていたのだ。
二人の戦いを。
シルフィードは申し訳なさそうな声色で鳴いた。

「きゅい……お姉さま…………ごめんなさい。
シルフィは……」
一体どうしてシルフィードが謝ってくるのか、タバサは不思議に思った。
どうせいつかは戦わなければならない相手だったのだ。
今決着をつけたところで、何の支障があるだろうか。
シルフィードは悪くない。
しかし、今はシルフィードと無駄な会話をしている余裕はない。

「あの方の所へ……あの方の…………」
ぜぇぜぇと、喘息のような呼吸をしながら、タバサは繰り返した。
一刻も早く、『あの方』の元へ向かわねばならないのだ。
シルフィードはチラリと振り返って、血の海に沈んでいるキュルケを見た。
光を宿さぬ目は、もう何物も捉えてはいない。
ただ虚空を彷徨うばかりである。
その身体から、生命の息吹が急速に失われていくのを、シルフィードは感じた。
しかし、シルフィードはタバサの使い魔である。
優先順位を誤る真似など、決して許されない。
後ろ髪を引かれる思いだったが、シルフィードはキュルケから視線を戻した。
あの傷では、どうせもう手遅れだと、自分に言い聞かせながら。

「わかったのね、きゅい………」

主の命令に従って、シルフィードは先住魔法を使って、タバサを自分の背に乗せた。
そして、最後に悲しげな鳴き声をあげて、シルフィードは上空へと舞い上がった。
目指すは、あの恐ろしい悪魔の住処である。
シルフィードの背中の上で、キュルケの言葉を思い返しながら、
タバサの意識は次第に薄れていく。
戦いの爪痕も生々しい更地には、もはや誰もいなくなった。
荒廃した大地の上には、血の海に沈んでいるキュルケの身体が独り、ポツンと取り残されているだけであった。

『私達、親友じゃないの』

キュルケは独りぼっちだった。

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