ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

ゼロと奇妙な隠者-25

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匿名ユーザー

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 舞踏会から一週間ほど経ったある日の朝。
 今日はジョセフが珍しく授業前の教室に来たという事で、ルイズ達の周りには友人が集まってきていた。
「今日は雨が降るかもしれないわね。勉強嫌いのダーリンがどうしてここに?」
 キュルケが一同を代表して全員の疑問を質問した。
「あー、今日は特に仕事もないんでのう。せっかくだからご主人様の授業参観でもしようかの、と」
 要するに暇潰しという事である。
「全く、平民のクセに栄えあるトリステイン魔法学院の授業を暇潰しとか言うだなんてどういう神経してるのかしら。主人の躾が疑われるじゃない」
 口ではそう言っても、悪い気分でないことはルイズを知る面々からはバレバレだった。
「あらミス・ヴァリエール、大好きな使い魔と一緒にいられる時間が増えて嬉しいって顔してるわよ?」
 それを看破したうちの一人であるモンモランシーは、実に愉快げな笑みを浮かべてルイズをからかいに回った。
「なななな何を言ってるのかしらモンモンランシー!」
「モンモランシーよ! そんな妙な呼び方で呼ばないでいただけるかしら!」
「何よ! アンタなんかギーシュとバカップルっぷりを振り撒いてたらいいんだわ!」
「なななな何を言ってるのかしらミス・ヴァリエール! わわわ私がいつギギギギーシュとババババカップルだったというのかしら!」
 ルイズの素早い切り返しに動揺を隠せない彼女の横に、意味もなくギーシュが現れた。
「ああ二人とも僕のために争わないでおく――」
 金髪の少年は爆発に巻き込まれて吹き飛ばされた。
「ああギーシュ! このゼロのルイズ、ギーシュになんて事してくれるのよ!」

 バカップルを否定した舌の根も乾かぬうちに、ボロボロになって気絶したギーシュへ慌てて駆け寄るモンモランシー。
「なんつーか平和じゃのう」
 当のジョセフはルイズの席の横の床にあぐらを掻いて、まったりとスラップスティックな教室を観賞していた。その柔和な微笑みで少年少女を見守る様子はやはりどうやっても気のいいデカいおじいちゃん、という雰囲気を醸し出す助けにしかなってなかった。
「そうとても平和だわね、次の授業はつまんないミスタ・ギトーだから二人で愛のサボタージュしましょダーリン?」
 後ろから抱き着いてくる二つの巨大な感触に鼻の下が大きく伸びるジョセフ。気のいいデカいおじいちゃんからドスケベジジイにジョブチェンジである。
「いや、それも非常に嬉しいお誘いじゃのう」
 少し高い体温とナイスバディなキュルケに抱き付かれて悪い気がしないのは当然である。
 だが時と場合を考えなければ酷い事になるということを、ジョセフはうっかり失念した。
 ゴゴゴゴゴゴゴゴ、と特徴的な書き文字をバックに、異様な威圧感を纏った気配を背後に感じて振り返った時にはもう遅い。
 怒りに震える主人が引きつった笑いを浮かべながら、乗馬鞭で掌を叩いていた。
「OK落ち着こうご主人様。ここはクールに。な?」
「私はとても落ち着いてるわジョセフ……まるで風の吹かない真夏の夜みたいにね……」
 ちっともクールではない例えと共に鞭を振りかざすルイズと、一目散に教室中を逃げ回るジョセフ。
 クラスメイト達の生暖かい視線を存分に受けながらの朝の運動を終えて、呼吸も荒く席に戻るルイズと息一つ切らさずルイズの横の床にジョセフが座ると、教室のドアが開いた。
 開いたドアから入ってくるミスタ・ギトーの姿に、これまでさんざ楽しげに振舞っていた生徒達はピタリと静かになり、一斉に席に着く。

 長い黒髪に漆黒のマント、痩せぎすの身体とこけた頬。
 外見からしてジョセフは(うわぁ、陰気くせえ。しかも陰険丸出しな顔しとる)と判断をつけた。事実、不気味な外見と冷たい雰囲気の為に生徒達からの人気はルイズの胸以上にない。
「では授業を始める。知ってのとおり、私の二つ名は『疾風』。疾風のギトーだ」
 教室中が沈黙に包まれる。疾風の二つ名とは裏腹に、微かにも風が揺らがない教室の雰囲気にジョセフは(くそ、こんなクソガキの授業じゃ暇潰しどころか不愉快なだけじゃないか。失敗したわい)と舌打ちした。
 だが平民で使い魔な男の苛立ちなど目にも入っていない様子で、教室を睥睨して満足げに笑ったギトーは言葉を続ける。
「最強の系統は知っているかね? ミス・ツェルプストー」
「『虚無』じゃないんですか?」
「伝説の話をしているわけではない。現実的な答えを聞いてるんだ」
 いちいち嫌味な物言いをするギトーに、キュルケは普段から彼に対して積み重ねていた怒りを掘り起こした。
「そんなもの、『火』に決まってますわ。ミスタ・ギトー」
 怒りを笑みに織り交ぜ、芝居がかった口調で不敵に笑うキュルケ。
「ほほう。どうしてそう思うのだね。一応キミの御高説を拝聴しようか」
「全てを燃やし尽くせるのは炎と情熱。風は火を燃やす助けにこそなっても、燃え盛る炎を消し飛ばすことは出来ませんものね?」
 挑発めいた物言いにも、ギトーは口端をゆがめただけの笑みを浮かべるだけだった。
「残念ながらそうではない。事実に基づかない妄想は早いうちに捨て去るべきだ」
 ギトーは腰に差した杖をわざとゆっくりした動きで抜くと、言葉を続ける。
「試しに、この私に君の得意な『火』の魔法をぶつけてきたまえ」

 キュルケはおおよその意図を理解した。つまり風の魔法が最強だと言いたいが為の生贄として、この教室の中でも目立ったトライアングルメイジである自分を指名したのだと。
 真正面からぶつかって勝てる可能性を頭の中で考えて、おそらくは不利と読んだ。
 どの属性が最強か、というのは太古の昔から議論され続けてきたことだが、明白な結果が出たことはない。使い所と純粋な魔力量でその場においての最強が決まるのだから。
 そう考えれば、この時点では魔力の差でキュルケの火とギトーの風のどちらが強いか、ということだが、教師である向こうは生徒の力量を把握した上で指名している。
「どうしたね? 君は確か、全てを燃やし尽くせるとか言う『火』の魔法が得意ではなかったのかね?」
 挑発するようなギトーの言葉に、キュルケの眉間に深い皺が刻まれ。ちらり、と横を見た。
「――火傷ではすみませんことよ?」
 いいだろう。喧嘩を吹っかけてきたのは誰あらぬギトーだ。それはこの教室にいる全員が証明してくれる。
「構わん。本気できたまえ。その、有名なツェルプストー家の赤毛が飾りではないのなら」
 既にキュルケの顔からは、いつもの余裕めいた笑みは消え失せていた。
 胸の谷間から杖を抜くと、彼女の怒りを体現して燃え上がったかのように赤毛が逆立つ。
 杖を振れば差し出した右手の上に、小さな火の玉が現れる。そこから更に呪文を詠唱し続ければ、見る見るうちに膨れ上がった火の玉は直径1メイルほどにもなった。
 生徒達が慌てて机の上に隠れる。
 キュルケは膨れ上がらせた炎の玉を頭上に掲げれば、炎に照らされた彼女の顔には、怒りを隠そうともしない凄絶と称してもいいほどの笑みが色濃く浮かんでいた。
 そして炎の玉に杖の先を向けると、勢い良くギトーに向けて杖を振り下ろした。
 炎の玉は狙い違わず唸りを上げてギトーへ奔るが、その火の玉を避けようともせずに鼻先で笑いながら、手に持った杖を振ろうとし……
 ギトーは、襲い来る火の玉に飲み込まれ、教壇ごと吹き飛ばされた。

 盛大な爆発音と巻き起こる炎は一瞬で消え去り、後にはちょっと前まで教壇だった残骸とちょっと前までギトーだった黒焦げの半死人が転がっていただけだった。
 机の下から這い出てきた生徒達がその光景を見た次の瞬間、あれほど静かだった教室には盛大な歓声が巻き起こっていた。
 生徒達の歓声や口笛が巻き起こる中、キュルケは悠然と手を振って観客達の祝福に応えた後、たおやかな足取りでジョセフの方へと歩み寄ると、彼とハイタッチを交わした。
 今、何が起こったかを説明するとすれば、ミスタ・ギトー殺人未遂の主犯はキュルケではあるが、共犯はジョセフであるということだけだ。
 先ほどちらりと横を見てジョセフに目配せをしたキュルケは、教室中の視線を自分に集める役割を買って出たのだ。きっとギトーになんらかのイタズラを仕掛けてくれる事を期待して。
 ジョセフは、キュルケの見立てを裏切ることはなかった。むしろジョセフもギトーの物言いに怒りを覚えていた為、喜んでこの悪巧みに乗ったのだ。
 出来るだけ見た目が派手になるように、そして破壊力の高さを誇示するように膨らませた火の玉を作ることで、ルイズの爆破で机の下に潜るのに慣れている生徒達を机の下に潜らせた。
 そして頭上に火の玉をかざすことで、ギトーの視線をもキュルケに釘付けにさせた。
 誰の目からもノーマークとなったジョセフは、何食わぬ顔してハーミットパープルを教室の隅に通らせてギトーの足元に滑らせ、杖を振ろうとした瞬間にたっぷりと波紋を流し込んだのである。
「あらあら、何やら風の魔法を自慢しようとなさったみたいですけれど。ご自慢の黒髪がわたくしの情熱に焼かれたという証明になっただけでしたわね、ミスタ・ギトー?」
 その言葉を不謹慎だと諌める生徒は勿論おらず、更なる爆笑を呼び込んだだけだった。
「でもあんな種火程度で死なれては栄えあるツェルプストー家にいらぬ汚名がついて回りますわね。もし宜しければ皆様御存知の『疾風』のギトー先生にどなたか『治癒』を!」

 笑みを噛み殺しきれない数人の生徒が、ギトーに近付くと『治癒』にかかる。
 ルイズはキュルケとジョセフの悪巧みを目撃した……と言うより、真横にいたジョセフがハーミットパープルを伸ばしているのをどうやっても目撃する立ち位置だった。
 にっくきツェルプストーにジョセフが協力したのは気に入らないが、それ以上に気に食わないギトーをブッちめた事を考えれば帳消しにしてやってもいい。
「さすが私の使い魔ね。誉めてあげてもいいわ、ジョジョ」
 椅子に座り直しながらのルイズの言葉に、ジョセフは恭しく帽子を脱いで会釈した。
「光栄の至り」
 そんな生徒達の歓声に満ちた教室の扉がガラリと開いて、緊張した面持ちのミスタ・コルベールが現れた。
 頭に馬鹿でかいロールが左右に三つずつ付いた金髪のカツラを被り、ローブの胸にはレースの飾りや刺繍やら、他にも色々とありとあらゆる飾りを付けていた。本人はめかしているつもりだったのだろうが、気分が最高にハイになっている生徒達の爆笑を誘う結果となった。
「何を笑っているのです! ミスタ・ギトー……」
 時ならぬ爆笑に気分を害したコルベールは授業の受け持ちであるギトーの名を呼ぶが、ギトーは数人の生徒達に囲まれて『治癒』の魔法をかけられているところだった。
「な、何があったのですか! まさかまたミス・ヴァリエールが!?」
 教室に来てみれば教師が黒焦げになって死に掛けている。そこから導き出される結論としては、非常に妥当なものとも言えたが、濡れ衣を着せられたルイズはむ、と頬を膨らませた。
「いいえ、ミスタ・コルベール。ミスタ・コルベールも御存知の『疾風』のギトー様は、御自分の風の魔法を自慢しようとしたのですけれど、わたくしの情熱を込めた火の魅力にすっかり骨抜きになったところですの」
 キュルケの楽しげな説明に、コルベールは眉間に手をやった。

(……生きてるようだしよしとするか。彼もこれに懲りて少しでも尊大な性格が直ればいい)
 コルベールもギトーには含むところがあったようで、彼に同情の念を抱くことも無かった。
「だがミス・ツェルプストー、後で事情を聞かせてもらうから学院長室に来るように。曲がりなりにも教師をあのようにしたのだから何らかの罰は受けてもらわねばならないからね」
 はーい、と悪びれた様子も無く笑っているキュルケに多少の頭痛を覚えながらも、ここに来た当初の目的を果たすべく口を開いた。
「……おっほん。えー、今日の授業はすべて中止であります!」
 重々しい調子で告げられたコルベールの言葉に、教室から先程のそれにも負けるとも劣らない歓声が巻き起こる。その歓声を両手で抑えるように振りながら言葉を続けた。
「えー、皆さんにお知らせですぞ」
 もったいぶろうとのけぞり気味に胸を張ったコルベールの頭から、ぼとりと馬鹿でかいカツラが滑って床に落ちた。ただでさえ空気が暖まっている教室と、箸が転がってもおかしい年頃の生徒達の笑みを留めることは出来はしない。
 そこから更に一番前に座っていたタバサが、コルベールのハゲ頭を指差してとどめの一撃を呟いた。
「滑落注意」
 教室の爆笑は今日一日の中でも最高のものだった。
 存分に気分を害したコルベールがものすごい剣幕で怒鳴り散らし、流石に空気を読んだ生徒達はひとまず黙る。だが誰かが少しでも笑いを堪え切れず吹き出せば凄まじい勢いで感染することは請け合いだった。
 けれどその後にコルベールが告げた、トリステイン魔法学院にアンリエッタ王女が行幸する、という言葉を聞いた生徒達の興味は一気にそちらへと引き付けられた。授業が中止になる上に、まさか王女殿下の姿を見ることも出来るとなれば、貴族子弟を高揚させるには十分だ。

 歓迎式典準備の為に正装し、門に整列する旨を告げられた生徒達は一様に緊張した面持ちになると、一斉に頷いた。ミスタ・コルベールは満足げに頷くと、目を見張って声を張った。
「諸君らが立派な貴族に成長したことを姫殿下にお見せする、絶好の機会ですぞ! お覚えがよろしくなるよう、しっかりと杖を磨いておきなさい! 宜しいですかな!」
 そしてコルベールは他の教室にもこの旨を連絡すべく教室を早足に出て行く。
 あまりにも慌てていたので、コルベールは落ちたカツラを忘れてしまっていた。無論、悪戯盛りの生徒達がこんな絶好のチャンスを見逃すはずも無い。
 マリコルヌが用意した羊皮紙を、教室中の生徒に回して次々と署名を並べていく。当然、ジョセフもその末席に名を連ねた。

 保健室に運ばれたギトーは、数時間後に目を覚ました時に馬鹿でかいロールのついたカツラを被せられていたのに気付き、自分の自慢の黒髪がチリチリに燃えてしまったのにも気付き、そして極めつけの手紙にも、気付いた。

「我ら生徒一同が敬愛しその名を忘れることのない『疾風』のミスタ・ギトーへ
 しばらく不自由でしょうからそのカツラを進呈いたします」

 最後に、キュルケを筆頭に教室にいた生徒達の署名がずらりと並んだ手紙と悪趣味なカツラは、風の刃でズタズタに切り裂かれることになった。


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