ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

ゼロと奇妙な隠者-23

最終更新:

familiar_spirit

- view
だれでも歓迎! 編集
 隣の部屋で情熱の炎が燃え盛っているのも知らず、ルイズは夢を見ていた。
 ラ・ヴァリエールの領地にある屋敷の中庭にある池。
 幼いルイズにとって、そこは安心できる『秘密の場所』だった。季節の花々が咲き乱れ、小鳥が集う石のアーチやベンチがある。岸辺から池の真ん中に伸びる木の橋の先には小さな島があり、その島には白い石造りの東屋が建っており、ほとりには一艘の小舟が浮いていた。
 常に手入れは行き届き、こじんまりとしているが風光明媚と称せる美しさを保っている。
 かつては家族でこの池に浮かべた小舟で舟遊びをすることもあった。今は家族――父も母も二人の姉も、誰もこの池に興味を向けない。が、それ故に幼い頃のルイズにとってここは安息の地であった。
 二人の姉に比べて魔法の成績が悪いと母に叱られた時、ルイズは決まってこの池に逃げ込むと小さな小舟に乗り込んで、用意していた毛布を被って隠れて泣きじゃくるのだ。
 やがて一頻り泣きじゃくって顔を上げると、いつの間にか小島にやってきていたらしい、マントを羽織った立派な貴族と目が合った。
「泣いてるのかい? ルイズ」
 つばの広い羽根つき帽子が顔を隠しているので、顔はよく見えない。だがルイズには彼が誰かすぐに判った。自分より十歳年上で憧れの子爵様。十六歳になってすぐに近所の領地と爵位を相続した憧れの方。父と彼の父の間で交わされた約束の人――
「子爵様、どうしてここに?」
「ルイズの姿が見えないとお母様が探されておられてね。きっとここにいるだろうと思った」
 だって君のことは何でもよく知っているからね、と囁くように言われたルイズは、かぁっと顔が赤くなるのを止められなかった。
 恥ずかしいのもあったが、憧れの子爵様にそう言われて嬉しい、という気持ちの方が強いというのもあった。

「子爵様ったらいけない人……私なんかからかって、何が楽しいのかしら」
 ルイズはこの頃から意地っ張りでつい憎まれ口を叩いてしまう性分だった。
「ふふ、今日はあの話で君のお父様に呼ばれてたんだけれど。それより先に、僕の小さなルイズにお目通り出来た僕は幸せ者だろうね」
 だが子爵様はさも楽しそうに言葉を続けるものだから、ルイズの顔から赤みが去ることはなかった。
「だ、だって、私まだ小さいし……よく、わかんないわ」
 目の前の子爵様が十六歳くらいということは、この頃のルイズは六歳くらい。やっと少女に差し掛かったばかりの幼いルイズには、恋とか愛とかと言われてもピンと来ないのだ。
 けれど、そんなルイズでも一つだけは判ることがあった。
(私は、子爵様のことが大好き)
 難しいことはよく判らない。でも優しくてかっこいい憧れの子爵様は、大好きだ。
「ほら、おいで。僕からお父様にとりなしてあげる」
 そう言って差し出された左手を取り……違和感を抱いた。
 あれ。子爵様は、こんなボロボロの手袋を付けてたかしら? それになんか、手が柔らかくない……なんか、銅像の手を握っているような……
「ほれどうしたルイズ。早くせんと置いてっちまうぞ」
 明らかに声の質が変わった! 今までの青年の声じゃない、明らかに老人の声!
 ばっ、と勢い良く顔を上げたルイズは、いつの間にか六歳のルイズではなく十六歳のルイズに戻っていた。
「あっ……あんた、どうしてここにいんのよ!」
「どうしてって言われても困るのう」
 親指で帽子のつばを押し上げたのは、どこからどう見てもジョセフ・ジョースターだった。

「ここで押し問答しとってもしょうがないじゃろ? ほら、わしも一緒に謝っちゃるから」
 そう言うと有無を言わさずルイズの身体を軽々と抱き上げ、おんぶしてしまった。
「何するのよ! 離しなさいよ!」
 さっきよりずっと顔を赤くして頭をぽこぽこ叩くが、ジョセフは気にせず歩き続けていく。
「まあまあ気にせんでええじゃろ。どうせ夢なんじゃし」
 身も蓋もないことをのたまうジョセフから離れようとするが、ハーミットパープルがしっかりと身体を縛り付けていて離れる事も出来ない。
 だが不快では決してないというか、むしろ広い背中に背負われているのが安心する。けれどそう思っている自分に、どうにもいら立った気分が広がるのも事実だった。

 うなされていたルイズががばっと勢い良く身を起こした。
 窓の外を見ればまだ日も昇る気配すら見せず、二つの月が空を煌々と照らしている。
 びっしょりと汗をかいていた額を袖で拭いながら、何故か荒くなっていた胸の鼓動と吐息を落ち着かせるように呼吸を整えていく。
「な……何よ、今の夢……」
 今までに何回もあんな夢を見たことはある。池の小舟で泣いている自分に子爵様が手を差し伸べてくれて、とても安心できる夢。だが今日のような展開は初めてだ。
 よりにもよってこんな夢を見てしまっただなんて、どうかしてしまったんだろうか。
 呼吸は少しずつ落ち着いてきているが、鼓動は痛いほどに胸を打ち続ける。
 それでもしばらくすれば慌しかった呼吸も鼓動も平静を取り戻してきた。だが呼吸と鼓動が落ち着くのに反比例するように、段々と怒りが込み上げて来た。
(人がせっかく気持ちよく眠ってるのに、どうしてこんなヘンな夢を見せるのよ……!)

 それというのも、毛布の上で暢気に眠りこけているジョセフのせいだと結論づけると、苛立ち任せに枕元の乗馬鞭を掴んでベッドから降りる。
(そんな躾の行き届いてない使い魔はきちんと躾けなくちゃならないわね……!)
 行き場のない怒りを何処にぶつけるか。一番手っ取り早いのはその原因にその怒りをぶつけること……とどのつまり八つ当たりである。ぺしん、ぺしん、と掌に鞭を当てながら、安らかに寝息を立てるジョセフにゆっくりと近付いていき――はた、と足を止めた。
(……あれ?)
 怒りに燃えるルイズの足を止めたのは、ジョセフの奇妙な寝息だった。
 よく耳を澄ませてみると、ずっと吐き続けているだけで吸おうとしない。
 思わず聞き入るルイズの耳には途切れることなく、文字通りのジョセフの吐息ばかりが続いていた。試しに自分も大きく息を吸い込んでからゆっくりと息を吐いてみたが、その挑戦が終わってもまだジョセフの吐息は続いていた。
 そう言えば波紋を習いたい、と言った時に十分間息を吐いて十分間息を吸う呼吸が出来れば使える、とかそんなことを言っていたような。とすると寝たままでも波紋の呼吸をしているということで……
(もしかしたらわかんないように息を吸ってるのかしら)
 さっきまでの怒りは何処へやら、探究心と好奇心に駆られたルイズは机の上から一枚紙を持って来ると、ジョセフの顔の上に置く。そして傍らにしゃがみ込んで使い魔の観察を始める。
 ジョセフの吐息がずっと紙に当たり続ける音が聞こえ、全く吸う様子は見られない。
 やがて吐息が途切れ、今度は静かに息を吸う音が続き始めた。
(あ。吸い始めた)
 次に吸い終わるのをじっと待っていたが、十分間もしゃがんだまま待っていたら足が疲れるのは当然なので、ベッドに戻って両手で頬杖突きながら観察してみる。

 それからおよそ十分後、再び紙に吐息が当たり始めた時にはとっくにルイズの怒りは収まっていた。というより、再び眠気がルイズの頭に纏わりついて猛威を振るっていた。
(……何バカなことしてたのかしら。よく考えたら夢の話じゃない……)
 とんでもない夢を見たから混乱してただけで、落ち着いてみればそんな下らない事で何を怒ってたんだという話である。そもそも眠いから考えるのも面倒くさくなった、というのは往々にして大きいのだが。
 そしてルイズは再び毛布を被って眠りに付いた。

 ジョセフの並外れた強運は年老いてもなお健在であった。
 ただ彼の強運が証明されたことはほとんど誰も知る由がない。
 強いて言えば、煌々と光る二つの月と、鞘に収められたままのデルフリンガーだけが事の顛末を見守っていた、ということだ。


 To Be Contined →

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

記事メニュー
目安箱バナー