ファイナルバトルロワイアル(3)




声が聞こえていた。
この戦いの始めから、それはずっと聞こえていた。

「そうだ……もはや問答無用!私たちは、戦うことでしか語り合えない!!」

ユーゼスがその言葉を告げたのと同時。
あの黒い悪魔のような巨人を包むように蠢く、血の色と闇の色が混ざった念の集合体。
ユーゼスが力をふるうたびに、その声は大きく心に響いた。
あの力が暴れ狂うほどに、その念が心を侵食した。
そしてそれは今、一層大きく泣き叫び、憎しみや悲しみを垂れ流して、その苦しみを叩きつける。
痛い、と。
苦しい、と。
助けてくれ、と。
その叫びを踏み台にしてユーゼスは、ものすごい力をフォルカにぶつけ続ける。
その姿を見て思う。
それが、そんなものが強いということなのか。
そんなことをずっとずっと望み続けて、そのためにたくさんの人を犠牲にしたのか。
どうしてあれほどに悲痛な叫び声をあげさせて、それを踏みにじり続けられるのか。
そんなものが強さだなんて、私は認めたくない。
あの時だ。
地面の中から大きな怪物が飛び出してきて、その怪物にあたしは飲まれた。
そしてあたしはあの時、あの赤黒い渦の中にたった独りで放り込まれてた。
気が狂いそうになるなんてものじゃない。いっそ、狂うなら狂いたかった。
無限の悪意全てに憎まれ、傷つけられて、自分が生きていること、そして存在していることすら悲しくなった。
それが今こうして生きていられるのは、あの時に守ってくれた暖かな心のおかげだった。
あの時、助けてくれたマシュマーさん、ヴィンちゃん、みんなのおかげだった。
あたしのために力を尽くしてくれた人たち。
ここに呼ばれて殺し合いを強いられて、それでも懸命に生きようとして戦っていた人たち。
その人たちが皆で私を助けてくれた。そんな人たちが今、苦しんで泣いている。
一際大きい声……ラミアちゃんだった。


おおおおぉぉぉぉおおおおおおおおぉぉおおぉぉぉぉおおおおおおおおおおおお…………


またユーゼスが力を放った。
フォルカはそれを懸命にしのぐ。
私の心を削る声はさらに大きくなった。
あのとき励ましてくれた優しい声。
静かで力強い声。
明るい太陽のような声。
あたしがこの殺し合いで出会って、別れて、すれ違って、戦って。
そんな人たちが、今はもう殆ど生きていない。
そして死んでしまっても安らかな眠りは与えられなかった。
みんな、みんな、みんな、みんな、今ここで、あたしの目の前で苦しみ続けている。

「ミオ、どうした……涙?」

シロッコさんの言葉で初めて泣いていることに気付いた。
自分の襟元が、頬から流れ続けた涙を吸って湿り気を帯びているという、そのことにも。

「大丈夫……大丈夫だから……」

大丈夫なんかじゃない。
こんな光景を見せ付けられて、ただ泣いているだけの女になんてなりたくなくて、精一杯強がっただけ。
でも現実では、自分はこの状況を何も変えられない。
あたしは魔装機神の操者なのに。世界の危機を防がなきゃいけないのに。
仲間が苦しんでるのに、あたしを助けてくれた人たちは、あんなにも苦しんでるっていうのに何もできない。
くやしいよ。
なんでこんなことになるの?
弱いからいけないの?
私たちやあの人たちは、あんなにも苦しんで、それを踏み台にしてるユーゼスが強いからって、それでいいの?
ねえ神様。ウルトラマンでも何だっていいから。
答えてよ!


「――――ぐあああああああああああああああああああああッ!!!!」


直撃だった。
ユーゼスの一撃が割れかけた空間ごと、壊れかけた地面ごと巻き込んで、フォルカを吹き飛ばした。
浮島みたいに浮かぶ戦艦のように大きな岩に叩きつけられて、そしてそれが爆発して塵になって消し飛んだ。

「フォルカァ――――――――ッ!!!!」

空間全体に響き渡る衝撃波だけで、あたしたちは吹き飛びそうになる。
今、この戦いであたしたちはそれくらいに無力だ。
できるのは目の前で戦っている彼の無事を願って、叫ぶみたいに呼びかけることだけ。

「フォルカ……修羅の王、か。だが所詮、お前の力など有限に過ぎん。
 異次元から無尽蔵の念をとりよせエネルギーとする私の前では、津波の前の小石と同様」
「……例え小石でも神速をもって弾丸となせば、津波とて突き破ってみせる!!」

フォルカはまだ諦めていない。
ヤルダバオトというマシンの装甲、そのあちこちにひびが入っても立ち上がろうとしている。

「やってみろ――――ボルテックシューター」
「う、おお、おおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!!!」

巨大な黒い竜巻にフォルカが飲まれた。
でもその一瞬後、その竜巻を一筋の光が突き破った。
それは竜巻に比べてあまりに細いけど、でもそれはもう一筋、さらにもう一筋と竜巻を抜けていく。
あの光がフォルカの拳だ。闇を切り裂く黄金の光だった。

「おおりゃぁあああッ!!」

ついに無数の光が竜巻を粉々に吹き飛ばした。
でもユーゼスには届かない。そうしているうちにまた次の竜巻がくる。

「どうした。そうやっていつまで私に届かぬ拳を振るい続けるつもりだ?
 私に届くまで一体いつまでやるつもりだ。百発か、千発か、万か、億か、それとも兆か?」

轟音。
さっきのが閃光なら、今度は大砲だった。
ユーゼスがわずかに表情を動かした。
巨大な爆発が黒い渦を突き破り、大穴が開いた竜巻はそのまま雲散霧消する。

「真覇……剛掌閃……!!」
「…………ほう」
「たとえ……それが那由他の彼方でも……俺は戦う!そして勝つ!」

赤い髪が燃え上がる。紅の眼が輝く。
そしてひびだらけの白い装甲に光を纏わせて、フォルカとそのマシンが何度目かわからない突撃を敢行する。

「でえりゃああッ!!」

そして、また――――阻まれる。
ユーゼスが全身から放出する悪霊の念が強力なバリアみたいにフォルカの攻撃を防御している。
いまやそれはどんどんその力を増していて、フォルカの渾身の一撃でも貫けるかどうか。
そしてそこまでのパワーをユーゼスがふるうということは、その分だけ悪霊の力を、みんなの魂を搾り取るということだ。


おおおおぉぉぉぉおおおおおおおおぉぉおおぉぉぉぉおおおおおおおおおおおお…………!!


その声を聞くだけで気が狂いそうになる。
耳を塞ぎたくても無駄だ。身体が震える。あの声は心を直接、蝕んでくる。
ユーゼスがその力を攻撃のために使う。
なんの変哲もない。腕をかざしてその黒いエネルギーをフォルカに向かって叩きつけただけ。

「ぐああっ!?」

直撃を受けたならただじゃ済まない。現にフォルカの背後にあった大地が粉々になって噴き上がった。
フォルカは間一髪でよけた。でもその余波が掠めただけで、木の葉みたいに軽々と吹き飛ばされる。
頑張ってる。
フォルカは一生懸命に戦っている。
あんなにダメージを受けて、気を抜いた瞬間に即死の緊張の中で、それでも少しも弱気にならずに戦っている。
ほんとの本気で命を懸けて、みんなの魂を救うために、髪の毛一本ほどにだって諦めてない。
それでも。
それでも、弱いから。
弱いから、その全てが否定される。
ユーゼスは無表情だ。
必死に攻撃するフォルカを見ても、眉一つ動かさずバリアの中からそれを眺めている。
ゆっくりと手をかざして力をふるい、世界を吹き飛ばす一撃を撃ちはなった。
ユーゼスを囲むあんなに悲しい嘆きの声。それが一際大きくなった。それをずっと聞いていて、あいつは何も感じないのか。
まるで当然のように、みんなの無限の憎しみ、嘆き、悲しみをひき潰して力にして。
その力を振るって神様だなんて言ってのける。
許せない。認めたくない。
でもあたしがどんなに否定したって、それだけでフォルカがユーゼスを倒すなんて夢物語は起こらない。
弱いから。
あたしが弱いから。
あいつは私たちの大事なものを奪い尽くして、それを当然のように利用して私達を傷つけ続ける。
強いから。
あいつが強いから!
弱いから何をされたって何もできない。
強いから何をしたって許される。

「ボルテックシューター」

またユーゼスの一撃が世界をえぐった。
フォルカは、今度は完全には避け切れなかった。
そしてそれでも諦めないで、ボロボロになっても立ち上がろうとして……今度はそれができなかった。

「フォルカ!フォルカ!フォルカぁぁああ!!」

あたしは馬鹿みたいに叫んでいた。
悲しくて、それ以上に悔しかった。

「強すぎるっ…………!」

シロッコさんが呻くように呟いた。
強いからなんだっていうんだ。
それが、それだけで何の価値があるっていうんだ。
何をしたっていいのか、何をやっても許されるのか。
弱肉強食の意味なんてとっくの昔にわかっていて、二十年に足らない短い人生の中でもそれなりに思い知ってきたけれど。
それでもあたしは悔しくて、認めたくなくて、だだをこねる子供みたいにフォルカの名前を叫び続けた。


   ◇   ◇   ◇


「終わりか。フォルカ・アルバーク」
「……ぐうっ」

巨大な岩塊に半ばめり込んだ赤い髪の修羅神を、黒い悪魔が見下ろしていた。
ヤルダバオトはゆっくりと立ち上がろうとしている。
ユーゼスからすればその隙に追撃するのは容易い。だがそれをしない。

「私が無限の牢獄の中で願い続けた宿敵との決着は、永遠に叶わぬものとなった。
 そしてそれはお前に託されたのだ。例え嫌だと言おうが、お前は私を満足させる義務がある」
「ぐ、ぅ、ぉおおお……!」

立った。
そして身体の中の骨の髄まで染み込んだ機神拳の構えをとる。

「はああぁぁぁぁああああ!轟覇!機神拳!!」

光り輝く覇龍が風を裂く咆哮とともにゼストに襲い掛かる。
ユーゼスはそれを避けようともかわそうともしない。

――轟。

身に纏ったオーラだけで防ごうとする。
拮抗するふたつの力。
だがそれはすぐに終わり、フォルカの放った覇龍が、巨石に激突した人間のように一方的にひしゃげて、そして消えた。

「……!!」
「単純にすぎるな……つまらん。もっと必死になれ。心技体全てを使って私に向かって来い。
 それでもかなわなければ限界を超えてでも更なる力をぶつけてこい。できないなどとは絶対に言わさん」

ユーゼスは己の強さをフォルカにも要求している。
それは理屈ではない。唯一、同等の存在であった並行世界の番人との決着に対する妄執だった。
『一人は寂しいだろう』などと言い残し、そしてユーゼスを置き去りにした、あの男への意趣返しだ。
クォヴレーは他の世界を、そしてフォルカたちを庇って死んだ。
それはあの男にとって自分を倒すという使命に勝る優先事項だったというのか。
そして、その使命を託した者がこの程度なのか。
そんなことはユーゼスには絶対に許せるものではなかった。

「そのためならば、どのような方法であろうとやってやろう。足りないのは怒りか、悲しみか。
 あそこでお前の名を呼んでいる奴らを、お前の目の前で惨たらしく殺してみせようか」
「――貴様ぁぁぁぁああああああああああああ!!!!」

フォルカの覇気が爆発した。

「……やはり怒りか」
「そんな真似は絶対に許さん! 心まで堕ちたか、ユーゼスッ!」

ヤルダバオトが高速で間合いを詰め、強烈な蹴りを放つ。
ゼストがガードした瞬間にはすでに姿はなく、風の如き俊敏さで背後に回りこんでいた。

「はああっ!」

渾身の一撃が悪霊どものガードを突き破った。だがそれもほんのわずかにめり込んだだけ。

「威力が上がっているな……だがまだまだ足りん」
「くっ――!」

回し蹴り、さらに回転蹴り、もう一回転して三段蹴り。
空間を切り裂く衝撃と轟音が三連続で響き渡った。
しかしこれも僅かにバリアの表面を削り取って終わり、それをゼストがまたたくまに再生する。

「私の言葉がハッタリだとでも思うのか? お前たちを召喚して殺し合いをさせた、この私が本気でないと?」
「うおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!」

フォルカの咆哮。
大きく振りかぶって叩きつけた渾身の握り拳がバリアを突き破って肘の手前までめり込んだ。
だが次の瞬間、バリアを構成する怨念が粘着質の液体のように動いてフォルカの腕に絡みつく。
握りつぶして引きずりこもうと、不気味なうめき声をあげながら。

「零距離……爆ぜろ!覇龍――――――――ッ!!!!」

爆発。
めり込んだフォルカの腕から黄金の光が放たれた。
まずフォルカは渾身の覇気を拳に込めてバリアを突き破った。
そしてそのままそれを腕から放出して爆発させたのだ。
だが、それも――――届かない。

「面白いな……しかし、私も同時に更なる力を放出すれば相殺は可能だ」
「……!!」

遠すぎて届かない。
目の前にいるというのにあまりにも遠すぎる。

「だがその進歩は認めよう。ふむ……ならば一人殺してみるか」
「……うわあああああああああああああああああああああああああ!!!!」

何でもないことのように。
戦いの最中だというのに。
ユーゼスはフォルカから視線を外し、ミオたちを見てそう呟いた。
その様を見てフォルカは実感した。
その様を見てフォルカは実感した。
この男は本当にやる。虫を踏み潰す程度にあっさりとやってのける。
止めなければならない。
何に代えても。
もし彼らまで死んでしまえばどうなるか。


そうなってしまえば――――フォルカは結局、またしても何も守れなかったことになってしまうのだ。


だが、拳はユーゼスには届かない。
現実は何も変わらない。
そして黒い衝撃に吹き飛ばされるという、その現実が何も変わってくれない。


「今のお前は無力だ」


――オレハ、ムリョクダ。


「思い知れ。そしてかつての私と同じ絶望を味わうがいい」


――オモイシレ。


――オ モ イ シ レ ヨ 。


   ◇   ◇   ◇
フォルカはねじ伏せられた。
文字通りに、地面に叩き伏せられるようにしてゼストに屈服した。

「……さて」

黒い悪魔がこちらを向いた。
その姿を直視するだけで全身を走る血液が凍る。
あんなものに今までフォルカは立ち向かい続けてきたんだ。
それを考えたら自分がそこから眼をそらすことはできなかった。もちろん逃げるなんてことも。

「早速で悪いが死んでもらおう。どちらか一人」

死ぬ。
アニメや漫画なんかでよく聞くはずのその言葉が、今のあたしにはまぎれもない暗黒の未来を示すものになって心をえぐった。
何故なら、そこにその末路が目に見える形で存在していたから。
永遠に苦しみ続ける無数の魂が、何よりもはっきりと死というものの具体性を訴え続けていたから。
そしてあたし自身が、あの中にいる死者たちの苦痛を気が狂いかけるまで味わったことがあるから。
怖かった。
震えが止まらない。あんなのは二度とごめんだ。
でも。

「ユーゼス……あんた、それでいいの?」

あたしの悔しさがそれを上回った。

「……質問の意味がよくわからんな、ミオ・サスガ。聞きたいことがあるなら冥土の土産に答えてやってもいいが」
「そのまんまの意味よ。あんたは間違ってる。それでいいのかって言ってんのよっ!」

気持ちが直接、口から飛び出した。
自分の感情を具体的な言葉にする余裕がなかった。
ユーゼスはそれを聞いて、嘲笑った。

「くはははははははははは、ならば間違っているという根拠を聞かせてもらおう。何故だね?」
「あんた……その声が聞こえてないの? みんながこんなにも苦しんでる。あんたのせいでね。
 そんな神様なんて正しいわけがないじゃない!!」

幼稚だな――と、ユーゼスはその貌を歪めた。
それがたまらなくムカつく。

「お前は世界がなんの犠牲もなく回っていると思うのか。
 誰かが笑っているその裏で、誰かが常に苦しんでいると気づかないのか?
 地球の人間が栄えるその裏で、多くの動物がその分だけ殺され続け、多くの植物が焼き払われ、多くの自然が滅ぼされた。
 人間だけではない。どんな生物も食物連鎖からは逃れられない。生きるということは何かを殺して糧とすることだ」
「そうやって言い訳するつもりなの……!」
「言い訳ではない、事実だ。それを受け入れられないお前こそ話にならん」

まるで愚かな子羊を啓蒙してやると言わんばかりに、ユーゼスは傲慢な言葉を並べ続けた。

「そして何かを得るということは何かを犠牲とすることだ。私は全てを失った。何もかもだ。
 だからこそこの力を得ることができた。多くのものを得ようとすれば、その分だけ多くのものを失う。
 私は運命に全てを奪われた。因果律に永遠に囚われた。だから私は運命に、因果律に復讐する権利がある。
 そして私と同じ運命を辿るものがいなくなるよう、新たな秩序を作り上げる。
 ならば世界を司る運命を相手にする力を手に入れるには、世界を犠牲にするのが道理というものだ」
「ふっざけんな!そのためにみんなを犠牲にしていいなんてわけない!」
「それがいいかどうかを決めるのはお前ではないし私でもない……それは力だ。弱いものは滅び、強い力を持つものが栄える」
「違う……!そんなのは絶対に違う!!」

ユーゼスは首を振った。
それはあたしの言葉の否定であり、そしてもうひとつ。
もう無駄だと。話す価値はないと。

「ならばこの状況を力以外でどうにかしてみせろ。強ければ生き、弱ければ死ぬだけだ」

ユーゼスが構えた。来る。
フォルカを吹き飛ばし続け、その分だけ皆の魂を苦しめ続けたあの力が,
あたしを殺しに来る。
逃げろとシロッコさんが叫んだけど、どこへ逃げろというのか。
それにあたしは逃げたくなかった。あいつには負けたくなかった。

「弱さなど何の価値もない。少なくとも私には一片たりとも必要はない!
 私に必要なのは強さだ!力だ!一度決めた道を何があろうと貫き続ける意志だ!」

そんなことをみんなを苦しめ続ける言い訳に使うような奴には、絶対負けたくなんかなかった。


「――――ふざけんなああああああああああああッッッッ!!!!」


自分の機体のありったけの出力で黒い奔流の中に飛び込んだ。
フィールドを纏って突撃するディストーションアタック。
ぶつかり合う瞬間にものすごい衝撃がきた。

「くううっ!」

フィールドを貫通してわずかにダメージがきたけど、それは外部装甲を削っただけ。
ぶつかる瞬間に鉄砲の弾みたいに機体に横回転をかけて、弾かれるようにしてダメージを逃がした。
斜めに弾かれたマシンの体勢を立て直して、そしてそのままユーゼスに突っ込んでやる!

「くらえっ!!」
「む――――」

激突。
あたしの機体のパワーはフォルカの足元にも及ばない。
さっきのユーゼスが撃ってきた一撃だって全然本気じゃない。
それでもまともにぶつかれば、あたしは死んでいただろう。
だからこのままじゃこいつにダメージを与えることなんてできない。
そんなことは解ってる。


おおおおぉぉぉぉおおおおおおおおぉぉおおぉぉぉぉおおおおおおおおおおおお…………


私の目の前でみんなが泣いていた。
こんなのを目の前にして、それをほっといて逃げるなんてできない。
魔装機神の操者は世界のために、みんなのために戦うんだ。
だけど、もうそんなことだって関係ない!

「ユーゼス……!やっぱりあんたは間違ってる!」
「まだ言うか……」

どんなにパワーを上げても、あたしのマシンはあいつのバリアに阻まれたまま、少しも進まない。
やがてそのままどろりとユーゼスの纏う力が私を包み込み始めた。押し潰すつもりだ。
フォルカやシロッコさんが何か叫んでいたけど、それも悪霊の声でよく聞こえない。

「なんであんたはこの声を聞いて平気でいられるのよ!? あんただって元は人間でしょ!?
 みんながこんなに苦しんでるのに、ひどいとか、申し訳ないとか少しでも思わないの!?」
「言ったはずだ。それは弱さだと。そしてそれはもう私が超越し、捨てたものだ」

完全に包まれた。
ぎしぎしときしむ音がする。
この状況はそのまま深海の圧に押し潰されかけた潜水艦だ。

「…………じゃあっ!……あんたは絶対、神様になんてなれない!!」
「なんだと?」

ユーゼスの力が強くなればなるほど、そのために費やされる魂たちの嘆き声も大きくなる。
今のあたしはそれを聞けば聞くほど、ユーゼスへのたとえようもない怒りが湧いてくる。

「弱さを持たない人間なんていないんだよ!みんなみんな弱くて愚かなんだ!あたしもあんたも!」
「私は……それを捨てた!」
「弱さは悪いことなんかじゃない。誰でも弱さがあるから、誰かの弱さをわかってあげられるんだ。
 何も怖くない人間は一生懸命になんてならないし、誰かを心配しない人間は他人に無関心にしかならない!」
「それも、私には必要ないといっている!!」

きしみがさらに大きくなった。
でも怖くない。怒りがそれをぶっちぎれるくらいに上回っているから。


「人間の弱さを捨てて、人間の弱さへの理解も捨てて、そんなんで人間の住む世界を調停する神様になんてなれるもんか!!」


「――――!!」
「はっきり言えるよ。このままじゃあんたは神様になっても他の人間に自分勝手な考えを押し付けて、理不尽に命を奪う。
 人間を愚かだって見下して、今ここで皆の魂を搾り取っているみたいに、苦しませ続けて殺し続ける!!」
「な、ぐ――う、おおおおおっ!」

圧壊。
私のマシンを包んだ紅黒いオーラがぐしゃりと潰れた。
だけどあたしはそこにはいない。
外部装甲をパージして、その勢いで一瞬だけ私を囲む悪霊のオーラをこじ開けて、そして脱出。

「だからあたしは弱さを捨てない!人間のままで、しがみついてでも守るっ!」

少しでも確実にするためにギリギリまで近づく。
それでも一か八か。
想いを強く、強く、強くイメージする。
可能性がどんなに低くたって、ここで絶対にしくじるなんてできない。
ディストーションフィールド最大出力。
全速突撃――――!!


「――――いっけえええええええええええええええええええええええええッッ!!!!」


   ◇   ◇   ◇
その機体はすでにボロボロだった。
このバトルロワイアルの初めから、ずっと戦いの連続を駆け抜けてきた。
虚空の破壊神と呼ばれた宇宙怪獣をも相手に戦う機体が跋扈するこの戦場で、その機体はそれほど秀でた力を持っているわけではなかった。
それでもここまで破壊を免れて生き延びてきた。
装甲は傷つき、関節やモーターの過負荷で動きも若干鈍い。
だが鎧に身を固めて非力を補い、パイロットが知恵を絞り、そしてほんの少しの運に恵まれて。
か弱く、無力で、傷ついて、それでもあがき続けて。
そしてついには神へと挑む。
それはまるで人間のようだ。

――エステバリスカスタム テンカワ機。

奇しくもこの機体の本来の持ち主も、かつてあまりに強大な敵に無謀とも言える戦いを仕掛け続けた。
果たしてこの機体がそんな運命を引き付けているのかは誰もわからないが。
ゼストが巨大な津波のようなオーラを出現させた。
躊躇うことなく突撃するエステバリス。
まともにぶつかればまさしく小石のように砕け散ることは間違いない。
それでも逃げることをしない。
ただ真っ直ぐに前へと全速で。
もはや飲まれる寸前。
砕け散る。跡形もなく。
逃げようとしても間に合わない。


そのときエステバリスが姿を消した。


「――うがああああああああああああああああああああああああっ!!!?」


ユーゼスの絶叫が虚空を裂いた。
ゼストの胸元のあたりで何かが爆発した。
カラータイマーのあたりを押さえて呻く漆黒の超神。
青い血が胸を抑えた手の隙間から猛烈な勢いで噴出した。

――ボソンジャンプ。

一瞬の短距離時空間転移でゼストの攻撃を掻い潜り、バリアのさらに内側の超至近距離へ飛び込んでダメージを与えたのだ。
ミオが備え付けのマニュアルでジャンプ機能を把握していたこと。
エステバリスのフレームがもともと単独ジャンプ用に作成されていた試作機だったこと。
演算ユニットを必要としないほどの短距離ジャンプだったこと。
そしてミオの念と意思の力が転移ナビゲーション能力の代役を果たすことに成功したこと。
これらの要素が揃い、そしてフォルカすらなしえなかった奇跡にも等しい一撃を生んだ。
だがそれは決して奇跡ではない。
条件が揃えば誰だってできることだ。
しかし誰もやらなかった。簡単な話だ。
単独ジャンプで『生存』が可能なのは、先天的なジャンパーの遺伝子を持つ者か後天的に調整を受けた者。
そうでなければ戦艦クラスの高出力フィールドにでも包まれていない限り、ほぼ確実にジャンプに耐え切れず死亡するからだ。
そしてそれはミオも例外ではなかった。
ミオ・サスガはこのために、この一撃のためにまさしく命を捨てた。
彼女とその機体は、まさしく人間そのものだった。
非力でか弱く、傷つき続けてそれでも諦めることなく、常に前を向いて戦い続け、そしてついにはその一撃を神へと届かせたのだ。


「ぐ、あああああああああっ!」


ユーゼスが反射的に力をふるい、それだけでエステバリスはバラバラになった。
おそらくすでにコックピットのミオは生きてはいなかっただろう。
彼女とその機体はその最期すら、実に人間のようだった。
あまりにあっけなく、あっさりと、その終わりは儚いものだった。


【ミオ・サスガ  死亡】


   ◇   ◇   ◇
「ミオ……!!」

フォルカは呆然と呟いた。
マシンはボロボロだが、まだ動くようではある。
だがあれほどまでに満ちていた激しい闘志がどこかに消え失せたようだ。

「フォルカ、大丈夫か!」
「あ――」

シロッコが近づいて声をかけても心ここにあらずといった風情だ。
ミオの死が堪えているのか。
それは一目でわかる。
だがそんなことをしている暇は、残念ながらこちらにはない。

「ダメージは? まだ戦えるのか、どうなんだ!」
「あ、ああ……」

詰問するような口調のシロッコに気圧されながらもフォルカはかろうじてそう答えた。
ならば、次だ――と、シロッコはユーゼスの方向に視線を向ける。
ミオの一撃によるダメージ自体はそう大したものではなかったようだ。
爆発の規模からして、それはシロッコも予測していた。
傷の表面はすぐに悪霊が修復してしまった。もちろん内部まで完全に治すには、まだ至らないだろうが。
だが精神のダメージはかなりのものだったようだ。

「私は……今さら…………!」

どうやらフォルカとどっこいどっこいだな、とシロッコは若干呆れ気味にそんなことを思った。
ぶつぶつと何かを呟いており、こちらに襲い掛かろうという動きは見せない。
これは僥倖だ。これこそが彼女が命を賭けてもたらしてくれた最大の勝機だ。
だがそれには彼の力が不可欠だ。
そう考えて、今度はフォルカのほうに視線を戻す。

「フォルカ、気持ちは解るがここは戦場だ。ならばやるべきことはまず勝つことだ。
 仲間の死を悼むのは後でもできる。それがわからないほどの素人でもあるまい」
「だが……俺は……またっ……!」

どうやら少々メンタルケアが必要なようだ。
時間は惜しいが仕方あるまい。

「君は何を気に病んでいる。私たちはゾフィーの前で皆、覚悟を決めたはずだ」
「それでも俺は死んでほしくなかった!俺は……守るための力が欲しかった。だが、誰も……!」
「……助けられなかった、と言いたいのか。ラミア、イキマ、クォヴレーのように」
「そうだ……俺は……無力だ……ユーゼスのいったとおりだった」

なるほど。そういうことか。
ならばその重石を取り除いてやればいい。

「ミオはあの時こう言ったはずだ。『みんなみんな弱くて愚かなんだ』とね」
「……」
「少なくとも彼女は君を責めるようなことはしないだろう。
 それに気づいていなかったか? 彼女は君が先程の戦いで傷ついた時には、涙を流しながら名前を呼んでいた。
 それが君がユーゼスに及ばなかった無力を責める声だとでも思うかね?」
「それは……」

言葉を並べながら、フォルカに気づかれぬよう、ユーゼスを観察する。
横から襲いかかられでもすれば、フォルカはともかく自分はひとたまりもない。
だがまだ奴の方も立ち直りきれてはいないようだ。

「それにな――私やミオは初めから君に救いの手を差し伸べられることなど期待していない」
「それは……俺が」
「無力だから、ではない。私たちは同志だからだ」
「え――」

こんな言葉はシロッコの趣味ではないが、それが必要ならば使うまでのこと。
そして実際、嘘というわけでもない。まったく柄でもない話だが。
そんな内心を隠して話を続ける。

「君は紛れもなく強い。それは認めよう。私などまともに戦えば足元にも及ぶまい。
 だがその力に私たちが頼りきりになるつもりなら、あの時に君だけをユーゼスの元へ行かせればいいだけの話だ」
「……」

ならば、何故――フォルカが無言でそう問いかけている。
いや、ここまでくれば半ばわかっているのだろう。

「私たちは君の隣で戦うためにここにきたのだ。君の差し伸べた手に引かれて、その後をついていくためではない」
「それが……同志か。だがそれでも、いやだからこそ死んで欲しくはなかったんだ、俺は!」
「傲慢だな」
「だが――!」

まず、あえて突き放すような言葉を投げる。
そして予想通りの反論を待ち構える。

「ならば戦え。その傲慢を貫き通してみせろ。取りこぼしたものを嘆く暇があるのか」
「……!」
「己が無力だろうと関係ない。力では君に遥か及ばぬはずの彼女が、それをたった今見せたはずだ。
 今、自分が成すべきことを果たせ。先刻も私はそういった。それは変わらんよ」
「……………………わかった」

フォルカが頷く。
シロッコは確認のために最後の問いを投げかけた。
では、成すべきこととは何だ――と。

「ユーゼスを倒すことだ」

その答えに満足し、シロッコは己の機体ごとユーゼスへと向き直った。
そしてフォルカの機体がそれにならって向き直り、さらにずいと機体を前へと進める。

「……シロッコ」
「なんだね」
「俺はどう戦えばいい? お前なら俺よりも的確な判断ができそうだ」
「ふむ……」

どうやらフォルカには、シロッコにとって都合のいい方向に意識の変化があったようだ。
少なくとも先程の戦闘よりも冷静になってはいるし、シロッコもあの戦いを見た後なのでフォルカとユーゼスの戦力を正確に把握している。

「では私が後衛で様子を見よう。何かわかったら伝える。それまで無理な攻めは控えてくれ」
「了解だ」

通信が終わったと同時に二機が全速力でユーゼスに向かって飛翔する。

「ぐ――――」

ユーゼスがこちらに気づいた。
迷いと苦しみが明らかに見て取れる。
少なくともプレッシャーは先程までとは比べ物にならない。
ならば。

「オルガキャノン展開!フォルカ、射線を空けろ!」

シロッコがヘルモーズで手に入れた兵器の一つ。
本来はバルマーの指揮官機、エゼキエルタイプの持つ強力な砲撃用装備だ。
コンパクトにまとめられた砲身が変形してロングバレルとなり、そしてエネルギーの充填が完了。

「発射!」

光の奔流が凄まじい勢いで放たれた。
ユーゼスが津波のようなオーラで迎撃。
だがもちろん予想の範囲内だし、本命はあくまでフォルカだ。
すでに覇気は満ち、雷光と化した修羅神が黒い魔王へと狙いを定めていた。

「――轟覇!機神拳ッ!!」

黄金の龍の咆哮。
そして再び戦いの号砲が鳴った。


   ◇   ◇   ◇


――結論から言えば、ユーゼスは倒せる。


シロッコは戦闘を後衛から観察し、そして確信した。
フォルカは先程までの猪突猛進ともいえる攻勢には出ず、一撃離脱を主体とした戦法でほぼ互角に黒い超神と渡り合っていた。
ユーゼスのあの凄まじいパワーは相変わらず圧倒的だ。
だがプレッシャーはそれほどでもない。
奴の思考は戻ることも進むこともできないほど行き詰っている。
あの男はこの殺し合いを始めるその前から、宿敵との決着とやらに拘り続けてきた。
神となって世界を調停するという悲願と同じ、ひょっとすればそれ以上の優先事項となって。
だがそれをクォヴレーは放棄した。
ユーゼスがどれほど待ち望み続けたのかは知らないが、結果としてそれは奴に巨大な絶望を与えることになった。
宿願を叶えることはできなくなった。ならばもう一つの悲願に全てを賭けるしかなくなった。
しかし、それをミオに否定される。
クォヴレーを失った時点で、奴はヒトを捨てなければ前へは進めなかった。
だがそうやって進み続けても、それは間違いだと突きつけられた。
最早、戻れない。だからといって進んでも道が見えない。
実のところ……道はある。ユーゼスが神になるというもう一つの悲願すら捨てて、悪魔として全ての世界を支配しようとする道だ。
今まで奴が築き上げた全てを自身で否定して、その道を選べるのか。
可能性は低いが、もしそうなってしまえば全並行世界が取り返しの付かない事態を迎えることになるだろう。
そしてその場合、覚悟を決めたあの怪物にシロッコやフォルカもあっさりとねじり潰される。
それだけは避けなければならない。

「く……おのれっ!」

ユーゼスがフォルカに雑な攻撃を仕掛け、かわされる。
悪霊の力を使った攻撃は威力は凄まじいが、以前のような迫力と鋭さがない。明らかに精神面での動揺が原因だ。
神速ともいえるフォルカのマシンに対して、それではあまりに不足。
軽々とかわされて、逆にその動きに翻弄される。
そしてやがてガードを崩され、危うくフォルカの手痛い一撃を受けそうになる。
だが――――防御に回ればあのエネルギーがことごとく致命的な瞬間を回避させる。
そしてあの防御を真正面から崩すには、こちらには火力が足りない。
いや、あれを崩すとなれば、まさに世界を砕く一撃でもなければ不可能だ。
フォルカの奥の手――だがその場合、フォルカが力尽き、そしてシロッコだけであの木原マサキに対抗できるか。
そしてフォルカに幾度となく攻撃をかわされ危うい場面を迎えたユーゼスの意識は、次第に防御へと傾き始めている。

――まずい。

そうなれば打つ手はなくなる。
その前に。
だが。

「フォルカ――」
「シロッコ?」

ユーゼスとの間合いがやや離れたところを見計らって、フォルカに声をかけた。
これが最善手だ。ただ一つのリスクを除いては。

「私を信用できるか。命を預けられるか」
「……ああ」

僅かに間をおいて、だがその言葉に迷いはなかった。
そういえば――覚悟があるのか、と彼らに問うたのはシロッコ自身だった。
ならばそれは聞くまでもなく。
そして己自身にも覚悟が求められることになる。
皮肉気に口元をゆがめながら、シロッコは己のプランを実行に移す決意を固めた。

「同時に仕掛けるぞフォルカ。君は突破口を開け」
「シロッコ?……ああ」

後衛で戦況を分析していたシロッコ自身が攻撃に出る。
そのことの意味をフォルカは理解したようだ。
ここが勝負どころだ。

「フォルカ。どんな状況になっても己の成すべきことを果たせ。それを絶対に忘れるな」
「シロッコ……お前?」
「私は私の成すべきことを果たす。ミオもそうだった。だから君にもそうする義務がある」
「それは――――」
「それだけだ……いくぞ!」

シロッコは有無を言わせず会話を打ち切った。
次の瞬間にはゼストへ突撃するべく、全てのバーニアを爆発させるようにしてジ・Oを飛翔させていた。
その轟音がフォルカのシロッコへの問いをかき消し、そしてやむなくヤルダバオトもそれに続く。

「ぐ……おおおおお!」

ユーゼスのオーラが波のように二重、三重の壁となって視界を防いだ。

「フォルカ!!」
「双覇龍!!螺旋となって貫けッ!!」

フォルカの白いマシンがその両腕から巨大な二頭の龍を撃ち放つ。
それがねじれ、互いに絡みつくように一つの巨大な奔流となり、ユーゼスの作り上げたおぞましい壁をあっさりと貫いた。
シロッコの機体がそうやってできた大穴をくぐって、黒い超神へと突貫するべくさらに加速。


「シロッコ!!」

「後は任せろ。あの男は――――――――私が倒す!!!!」



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最終更新:2008年09月11日 14:52