ファイナルバトルロワイアル(1)




ユーゼスはこの計画を立案した時から、この状況を予想していた。
自分の前に立ち塞がる者がいるならば、その乗機はグランゾンかディス・アストラナガンのどちらかだと。
それを半ば承知でこの二機をバトルロワイアルの舞台に放り込んだのには、もちろん理由があった。
まずグランゾンのカバラシステム。
その中に組み込んだ特異点という名の因果の楔がこの舞台を作り上げるのには不可欠だった。
例えば二人のタイムダイバーを、イングラムとクォヴレーを同じ世界に同時に存在させる。
絶対に並び立たない同一人物に等しい者達を同時に存在させるなど、普通では絶対に不可能だ。
他にも、数多の世界でアカシックレコードに選ばれた魂の持ち主たちを集めた世界を維持するには、事象の因果律を可能な限り歪めなければならなかったのだ。
そのための特異点。
普通ではありえないような極小の可能性を故意に誘発するための因果の楔だ。
ほんの僅かな運命の歪みが別の因子を狂わせて、そしてそれがまた別の歪みを生む。
そんな偶然の連鎖が、もしかしたらありえないような数億、数兆分の一の可能性の、さらに数京分の一で起こる現象を発生させるかもしれない。
気が遠くなるような、奇跡に等しい『ありえない』可能性。
それを『偶然』に実現させるのが特異点なのだ。

そしてディス・アストラナガンの心臓。銃神ディスの火。
異次元から負の魂を取り込みエネルギーとし、反無限力とも呼べる力を行使する『番人』の僕だ。
その力の性質上、このバトルロワイアルのために呼び寄せた者達をその怨念に取り込み、殺し合いへと駆り立てるのも目的のひとつではあった。
さらにその力が行使されればされるほど、その力はダイダルゲートに吸収され、ゼストの養分へと変わる。
利用できることなら利用したかった。
何より番人たちとの決着に拘るならば、彼らが万全の準備をもって挑んでくることが望ましい。
ユーゼスはできうるならばイングラムがここまでたどり着くことを望んだのだが、もうそれは叶わない。
また、この世界に召喚した者達も考えなしに構成したわけではない。
グランゾンの特異点がうまく働き、予想通りに上質の魂が揃った。
この良質なサンプルたちならば充分アカシックレコードに至る力を見せてくれるはずだと確信した。
そしてユーゼス自身はその無限の力を利用し、神への階段を登る。
さて、ならば彼らが無限力を引き出すにはどうすればよいのか。

――試練が必要だ。

ユーゼスはそう考えた。
以前の世界でイングラムに見出された者達が、地球圏の騒乱を乗り越えてバルマーを、ガンエデンを、終焉の運命を打ち砕くほどの力を身につけたように。
だからクォヴレーやラミアの記憶を操作した。
レビ・トーラーや木原マサキ、アルジャーノン、DG細胞エトセトラ、エトセトラ。
これらの要素を使って殺し合いを煽ったのも、試練によって彼らが覚醒し、その意思がアカシックレコードをこの世界に降臨させることが狙いだった。
多少の誤差はあったものの、計画はおおむね順調に進んでいった。
ダイダルゲートに取り込まれたはずの魂たちの反逆は全くの予想外だったが、それでも結果的にユーゼスは神の力を手に入れることができた。
そしてイングラムもクォヴレーもこのバトルロワイアルから脱落してもう存在しない。
目的は成就した。
そう、望みは叶った。
そのはずだった。


   ◇   ◇   ◇


その声は黒く重く、まるでざらついた鉄塊のようだった。

「ユーゼス……これから貴様は死ぬわけだが、その前に答えろ」

対峙する白い超神ゼスト。
白銀の体はいまや、漆黒のラインが這うように覆いつくし、銀の部分は半分にも満たない。
そんなユーゼスを見下ろす、後光のような黄金の輪を背負った蒼き魔神。
ネオグランゾンを駆る木原マサキは、あふれ出す憎悪をその声に込めて問う。

「お前は人ならざるモノとなった。そして宇宙の調停者となる、と……そう言ったな」

二柱の神が対峙する。
ただそれだけのことで空気が震えている。
真っ白で空虚な神殿の残骸のような世界、ユートピアワールドはまもなく黙示録の舞台と化す。
神々の戦いを前に何もないはずの世界そのものが怯えているのか、それとも奮え猛っているのか。

「神となって具体的に何を成すつもりだったのか、何のためにこの茶番を仕組んだのか。
 何のために、俺を、よみがえらせたのか――――殺す前に聞いておかなくてはな」
「……貴様のようなサンプルごときに話すことなど……何もない」

ユーゼスの声は暗い。
うっとおしかった。
木原マサキの他人を見下すその態度はもとより、今は誰かと言葉を交わすことすらしたくなかった。

「ふん……どうせ神なんぞになろうとする者は、人間に絶望しておきながら人間に見捨てられたくない脆弱者だろうが。
 この世界は間違っている。正さねばならない。なのに誰も自分の意見を理解してくれない。
だから独りで、人を超える力で世界を変える、とな。
 だがそれだけなら神である必要などどこにもない。悪魔と罵られようが関係ない。
 神と名乗るのは――――お前は他人に自分の正しさを認めてもらいたいからだろう?」
「――――っ」

息を呑む。
誰かが必要だったということを、ユーゼス自身が永い間、気づかなかった心の内をあっさり見抜かれたような気がした。

「まあいい。お前が神ならば俺は冥府の王だ。全ての生者を冥府に誘う者だ。
 ユーゼス。俺はお前を殺し、その後で数多の並行世界を、ありとあらゆる手段を使って滅ぼすぞ。
 神ならば世界を守る存在であるべきだよな? 全力で止めてみろ、その自慢の神の力でな」
「それは……神を名乗る私に対するあてつけか。幼稚な挑発だな、木原マサキ……!」
「少し違う。俺は自棄になってるわけでもなければ、挑発の為に言ってるわけでもない。
 お前に対する復讐のためならば、全ての世界が滅ぼうが知ったことではないと純粋に考えているだけだ。
 だがこれは存外面白いことになりそうだ。俺の冥王計画は、所詮一つの世界の出来事にすぎん。
 あらゆる世界を渡り歩けば……あるいはユーゼス、お前よりも面白い敵がいるかもしれん。クククククククク……」

それは狂気の笑いだった。
そう言い表すのが何よりふさわしい。
マサキを利用したユーゼスへの復讐。ただそれだけのために全てを滅ぼす。
正気の沙汰ではない。
だがこの男は本気だ。
元よりユーゼス自身がそう調整したのだから間違いなく確信できる。
理想のためにユーゼスは全ての他者を利用し、踏みにじる。
だが木原マサキはただ、自身の娯楽のためだけにそれをやってのけた。
そういう下種な輩だからこそバトルロワイアルの駒として、無限力に選ばれた魂を鍛え上げえる試練のための当て馬として、殺し合いに放り込んだのだ。
だがいかなる皮肉か、その当て馬ごときがここまで生き残り、造物主に牙を向くことになった。
そして愚かにもグランゾンの力を手に入れて増長したか。いや、ひょっとしたらすでにヴォルクルスに取り込まれたのかもしれない。

「なるほど……貴様がどうしてその力を手に入れたのかは知らん。だがそういうことなら自分の蒔いた種の始末はせねばなるまいな」
「やってみろよ神様。なにやら腑抜けていたようだが、そうでなくてはここまでお膳立てした意味が無いからな」

黒い高密度のフォトンを纏った翼を広げ、白銀と漆黒の超神が戦闘体制をとった。
もうすでに退路はないと解りきっていた。
だのに一瞬の気の迷いとはいえ、壊れて二度と戻らない過去を振り返ってしまった。
是非も無し。
血を吐きながら走り続ける悲しいマラソンであろうとも、前へ。
止まることは許されない。
そこで止まってしまえば今まで築いてきた屍の山、怨嗟の渦、無限の輪廻を生きた自身の生、その刻を共に生きたイングラムとの戦いすら裏切ることになる。
そして文字通りありとあらゆる全てを失くし、その失くしたものすべてに裁かれるだろう。

「ククククククク……この茶番もようやく終幕か」
「そうだ……最後に残った出来損ないの人形を処分し、私はついに本懐を遂げる。今さら誰にも止められはしない」
「俺を出来損ないと言うのかユーゼス…………いいぞ。これほどまでに誰かを殺したいと思ったことはかつてなかった!」

ざらついた鉄塊のような黒く重い声は熱を帯びて赤き溶岩となる。
その熱は怒りの熱。
冥府の王を乗せた魔神は、神のはばたきにも臆せずその力を振るう。
その背後の空間に発生したワームホールの数は十、二十、三十――――。
白い空間に開いた黒い銃口が超神に向けられている。
そこから放たれるであろう光弾の威力は一発一発がグランゾンのそれを軽く上回る。
無数のワームホール発生現象を計算するカバラプログラム。それを操る木原マサキの頭脳。
グランゾンの製作者エリック・ワンは、人知を超えた者がグランゾンを操れば一日で地球が滅ぶと言った。
木原マサキは人知を超えた怪物じみた特殊能力を持つわけではない。
ゼンガーやトウマのような人間の限界を超える研ぎ澄まされた技も持たない。
シュウやリュウセイのような特別な背景とそれに付随する宿命とも呼べる力もない。
だがその頭脳は紛れもなく人知を超えた天才と呼んで差し支えない力だ。
その力によってバトルロワイアルを生き抜き、ここまでの道程を切り開いてきた。
そして今もそれはシュウの魂とプログラムによるサポートがあるとはいえ数十の短期未来予測、ワームホールの空間座標コントロールを同時に行う離れ業を見せる。
数多の人間の魂を贄として生まれた神の力。
それに対するは人知を超えた人知。
ヒトは知恵の実を食したがゆえに神の楽園から追放された。
力が激突する。
世界は震え続ける。
ラグナロクが、黙示の刻が始まる。

「楽しみだ。実に楽しみだ。貴様を無限の絶望で押し潰して殺してやる瞬間が実に楽しみだ!
 切り札は全て切られ、カードは揃った!賭け金は数多の並行世界の運命!
 これ以上に面白いゲームはあるまい!さあコールだ!
 ここから先は最初から最後まで――――クライマックスだ!!!!」

スタートの号砲は木原マサキの初撃だった。
戦艦の主砲に匹敵する光の渦が、十、二十、三十と連なりユーゼスを襲う。
それは光の雨などというレベルではなく光の濁流、いや津波か。

「む――――」

だがユーゼスは黒いフォトンを放出してそれを防ぐ。
亜光速戦闘にも対応できる超反応とフォトンの桁違いの出力は、防御に徹すればマサキに加えフォルカたちが同時に攻撃しても全て防ぎきれる。
それは先ほどマサキも思い知ったはずだ。
ならばこれだけではありえない。
予想通り、次弾が間髪いれず別方向から飛来する。
これも片手で防ぐ。
横、後方、斜め上空から微妙にタイミングをずらしてビームが来るがしかし、すべてフォトンを纏った腕を振るだけでかき消された。

「無駄だ、こざかしい」

このまま攻撃に移ろうとした矢先、数発のビームを束ねた一撃が出がかりの勢いを潰すように立ち塞がる。

「く――――」

反射的に前進を止めて、フォトンを込めた翼ではたくようにして薙ぎ払った。
防いだことは当然。だがこちらの攻撃を潰された。向こうもそれが狙いだろう。
ワームホールを同時同方向に数発分展開してビームを束ねるようにして攻撃。
やや威力が上がり、それによってユーゼスにとっても無視できぬ威力になる。
攻撃に移ろうとした矢先、動きを止めて防御せざるを得ない。
その一瞬のタイムロス。更なる連続攻撃を放つ時間をマサキに与えるには充分だった。
同じように束ねたビームをさらに五連。
真上、右下方、左真横、正面、右後方――――!
同時ではなく僅かずつタイミングをずらして放たれたそれぞれの砲撃、一撃ずつを否応なく防御するしかない。
だがそれがマサキに次の攻撃準備のための時間を与えることになる。

「グラビトロンカノン!!」

今度は重力弾のオールレンジ攻撃。
広範囲に攻撃するためのMAPWを一点に集中させてきた。
全身にフォトンを張り巡らせ、放出。
これでガードは完璧だ。
一瞬、動きを止める事はできるだろうが、局面を打開するには程遠い。
妙だ、とそこで気がついた。
そんなことはフォルカ達と一緒に戦ったことで解りきっているはず。
マサキには何か別の狙いがあるのではないか。
考える。
ユーゼスはマサキとは都合三度戦った。
ジュデッカで、アースクレイドルでヴァルシオンを駆って、そしてディス・アストラナガンを取り込む前のフォルカやクォヴレーたちを交えたの多対一の戦い。
ジュデッカの時はフォルカという前衛がいたこともあってか遠距離から仕掛けてきただけ。
アースクレイドルではジュデッカ戦である程度こちらの戦力を把握していたのか、最初から一撃離脱で逃げるつもりだったようだ。
三度目。これは圧勝だった。
だがマサキは接近戦を仕掛けてきたはずだ。今回のような遠距離射撃のような戦法はしなかった。
何故か。接近戦でなければダメージを与えても無駄だと分かっていたからだ。
クロスゲートパラダイムシステムによる因果の逆転で、ユーゼス自身に直接干渉する以外の現象はなかった事になる。
グランゾンの武器は重力を操作することで凄まじいパワーを発揮するが、それはこちらも重力に干渉することで相殺できる。
メイン武装の殆どを無力化されてしまうのだから、相性はグランゾンにとって最悪だ。
だがネオグランゾンなら単純なスピードと機体の耐久力、そしてパワーは飛躍的に増大している。
ユーゼスはマサキがそのスペックに頼って接近戦を仕掛けてくるものとばかり考えていた。
そうしない理由があるのか。
ならばそれはなんなのか。
先ほどの敗戦で怖気づいているのか。
考えられることではあるが、それは相手を甘く見すぎている。
そんな油断で敗れることなどあってはならない。笑い話にすらならない。

「そうか――」

気づいてみれば単純な話だ。
ユーゼスは今まで必要以上にガードに徹していた――と、木原マサキからすれば、そう思うのは当然。
自在に再生できるのだから、多少のダメージは無視して攻撃にその力を回せばいい。
だがユーゼスにしてみれば、この形態ではクロスゲートの再生能力は使えない。
取り込んだディス・レヴを使った再生は可能だが、大きなダメージを瞬時に修復できるほどではない。
だから攻撃をガードする割合は自然と高くなる。
当初の予定とは違った形で強引に神の顕現を達成することにより発生した、弱点ともいえる綻び。
それを隠すためにユーゼスは守りに徹し、マサキはその様子に疑問を持っているとすれば。
この戦闘開始からの一連の攻撃は、全てそれを探るためのものだ。
ならば、さらにこの次がある――そこまでユーゼスが思考をめぐらせた、その瞬間。
空間が音を立てて爆ぜ、突風が吹き荒れる。
それはネオグランゾンの背面バーニアの爆発が周囲の空間を強烈に叩いたことによるものだった。
いつの間にかその右手には青銀の輝きを持つ大剣、グランワームソードが握られ、風すら切り裂くような高速で一直線に突撃を敢行する。

「来るか!」
「おおおおおおおッ!!」

激突。
桁違いの加速を上乗せして、ネオグランゾンがすれ違いざまに胴を薙ぎ払う。
それをユーゼスはフォトンを纏った腕で受けきった。
だが前回と同じく、とはいかない。
あの時は重力フィールドを纏った刀身を指先でつまんで見せた。
しかし今回の一撃は上乗せされた加速が違う。機体そのもののパワーが違う。
そしてマサキも急所を狙う一撃、ではなく一撃離脱を目的とした斬撃を放ってきた。
そのスピード、そして威力と捉え難さはまさに桁違いだ。
激突の余波は凄まじい爆音となって白い世界に響き、魔神はそのままユーゼスの後方へと駆け抜ける。
その姿を追って超神が振り返る。
だがそこにはぽっかりと開いたワームホールだけがあった。
すでに敵はあの穴の向こう。

空間転移は完了。

ならばどこに行ったのか。

まずい。

完全に後手。

ワームホールに飛び込んだなら、どこかに現れるはず。

それによって発生する重力の異常を一刻も早く感知しなければ。


奴はそこに――――――――上だ!!


ここまでの思考は刹那。
〇・一秒にも満たない瞬間を、時間が止まったような感覚でユーゼスは意識した。
頭上を見上げればそこには再び弾丸と化した魔神の刃がすでに迫っている。
かろうじてガードは間に合った。
再度、爆発音。
激突の衝撃はまるで空間そのものが爆薬と化し、それに火がついたかのよう。
そして初撃と同く、疾風のようにユーゼスの背後へと切り抜けるネオグランゾンと木原マサキ。
振り返る。だがもはや姿はなく、ただすでに別の亜空へと駆け抜けたトンネルの残骸が消えかけているだけ。
そしてそれは間髪いれず次の一撃が襲来することを意味する。
ワームホールによる空間転移によって、どこから来るのか予測はできず、360°全ての方角からの攻撃を警戒しなければならない。
しかもあちらは旋回やUターンによる減速の必要がない。
空間転移で方向を変えているだけで、機体そのものは常にパワー全開で直進しているにすぎないのだから。
攻撃の方向は読めず、千変万化。
そのスピードは風を越え、威力は強烈無比。
切り返す必要のない無限の連続攻撃は敵が倒れるまで、一切の慈悲なく、容赦なく炸裂し続ける。

右、正面、後方、下方、左、真上、正面、右――――!!

その全てを、全神経を集中させる防御で受け止めながら、ユーゼスは更なる危機感を抱く。
攻撃の威力が徐々に上がっているのだ。
その理由はスピードだ。
大きく重い物質はそれ自体が巨大な力だが、速度も恐るべき力となる。
速度の二乗に比例して破壊力は文字通り加速度的に大きくなるのだ。
切り返す必要のない、ひたすらに駆け抜け続けるネオグランゾンのスピードが上がれば上がるほど。
止める方法は一つ。
このまま加速を続ける攻撃。
ならば防御をしくじる前に真っ向から受け止め、叩き潰す――――!

自分の神経の網を空間に広げるようなイメージで、ユーゼスは僅かな揺らぎも見逃さぬよう己の全てを研ぎ澄ました。
周りを囲む形のない空間がまるで固体になったように感じる。
さらに神経のイメージを拡大する。
ユーゼスの周囲を巨大な氷が覆っていくような感覚の中で、ピシリとその氷がひび割れる違和感を感じた。
つまりそこから奴は仕掛けてくる、その確信とともにイメージを開放。
イメージは消え去り、世界は元の形へ。
氷がひび割れた感覚は左後方、やや上。
全てが僅かなギリギリの時間の中で行われた。
違和感の方向にユーゼスが向き直るのと、そこに現れたワームホールからネオグランゾンが猛烈な勢いで飛び出すのは、ほぼ同時だった。

「とった!」
「――なッ!?」

グランワームソードの斬撃とユーゼスの左腕から放たれたフォトンがぶつかり合った。
幾度目か分からない空間の爆発する音。
勢いが止まった。
ユーゼスの眼前にはついに隙を見せた獲物が、無防備にその姿を晒している。
時間にしてわずか一瞬だったが、それで充分だった。
第一撃を放った左腕に続いて、あとは第二撃を放つだけだ。
黒い十字架を纏った右拳には、すでに黒い光が集い、爆発する瞬間を待ち構えていた。
炸裂すればそれは全てを打ち貫き破壊する、研ぎ澄まされた殺意の爆薬。


「――――――――消し飛べ!!」


   ◇   ◇   ◇


最初の攻撃から全ては狙い通りだった。
ワームスマッシャーの雨でユーゼスを受身に回らせておいて、そこから間断のない連続攻撃で奴の対応を見る。
やはり妙だった。
過去三戦のうち、三戦目をのぞく二戦はあのように丁寧に防御するような相手ではなかった。
その必要がなかったのだ。
圧倒的な再生能力に任せて多少のダメージなど物ともしない、ややもすれば大味な戦い方だった。
三戦目も、力を見せつけて己の優位を誇示しているように見せていたが、それを鑑みて考えれば奇妙だった。
フォルカ達も含めて、ユーゼスは全ての攻撃を受けきってみせたが、思い出してみるとその際に一撃一撃をがっちりと防いでいた。
自分なら、力を見せ付けるためなら、そのようにはしない。
防御すらせず受け止め、次の瞬間に再生し、全ての攻撃は無駄なのだと言い放ってやる。
そう――――再生能力が健在であるならば、だ。
確かにあの黒い光の力は厄介だ。
海を裂き、地を砕く威力だろうと受け止め、それがもし攻撃に転じればそのまま最強の一撃と化すだろう。
だが、もしそれを打ち破ることができれば。
そして奴が再生能力を失っているとしたら。
試す価値はある。
ならば実行だ。
まず動きを止めることには成功した。
ワームスマッシャー単発で封じることはできなかった。
が、アストラルエネルギーを上乗せして威力が上がった分、数発分を束ねた攻撃はユーゼスの気を防御へと向けることに成功した。
そしてここでまた確信したことがあった。
奴がその気になれば、わざわざ受け止めずとも無視して突っ込めば多少のダメージを受けることはあっても、それだけで致命傷にはならないはずだ。
致命傷でなければ再生能力で元通りにすればいい。
それをせず、わざわざしっかりと受け止めた。
つまり奴には再生能力はない。またはあっても使いたくない。
だから必要以上に防御に気を裂いている。
確信に近いものは得た。
次はあの防御を潜り抜けダメージを与えることだ。
確率は低いが、再生能力が健在で、だが奴が出し惜しみしているという可能性もまだ捨てきれない。
だがもしそうだとしたら、それは自分を、木原マサキを舐めているということだ。
奴の性格上、それはないとは言い切れぬ話だ。
ならばやるべきは一つ。
直ちにその思い上がりを跡形もなく打ち砕いてやらねばならない。
だが、どうやってあの防御をかいくぐるか。
並みのスピードでは容易く防がれる。
並みの破壊力でも、いとも簡単にはじかれる。
スピードと破壊力と併せても、工夫のない単発では易々と対応される。
望むべきは、ユーゼスの超反応をかいくぐり――、
無意識に全身に纏っている程度の黒光を突き破り――、
息つく暇もなく反撃すら許さず奴を追い詰める―ー、
スピードと破壊力と連続性を併せ持つ、そんな方法だ。

――ならば、やってやる。

カバラプログラム起動。
短期未来予測、開始。
数秒ごとの未来を演算し、その間に攻撃可能な回数の分だけ、ワームホールの『入り口』と『出口』を形成する座標の位置を自動的に求めるプログラムを即興で作成。
ターゲットへの激突の瞬間に生じる反作用の衝撃を重力制御で緩和。
グランワームソードに空間断裂の力場を纏わせ、斬撃を行うモーションプログラムも入力。
およびターゲットがランダムに動いた場合、空間座標軸の誤差修正も即座に行うよう入力する。
敵がどのようにかわし、防ごうとその動きに対応し、次の攻撃へ即座に修正を行い、そして正確に連続攻撃を実行するように。
本来ならこのようなことをせずとも、ネオグランゾンの全開スピードとフルパワーを駆使すれば、あのユーゼス相手でも真っ向から切り結ぶことも可能なはずだ。
だがパイロットの能力はあくまで人間。
亜光速に至る戦闘スピードのレベルには、まともにやってついていけるはずもない。
だがそうでなくては、あの牙城は崩せない。
不可能を可能にしなくてはならない。
そして人間はその知恵でもって不可能と呼ばれた事柄を実現してきたのだ。
ならばかつて次元連結システムで補ったように、このカバラプログラムでそれをやってやるだけだ。
グラビトロンカノンによる足止めで稼いだ時間のうちに全ての作業は完了した。
プログラム入力完了。
数秒ごとの未来予測によるデータを読み込み、攻撃を行いながら次の数秒の攻撃に使用するデータを更新。
これによって理論上は無限の亜光速攻撃が可能になる。
圧倒的な高速演算を可能にする、まさに人知を超えた戦闘用端末とそれを使いこなす天才の頭脳、その二つを魔術的要素でスムーズに接続するシュウの魂。
全てが揃って初めて可能な、魔技とも呼べる離れ業だ。


『常に未来予測を行いながら、その予測によって計算した攻撃パターンを自動的に先行入力し続ける』

無限亜光速重力突撃――――コード『インフィニティG−MAX』起動<<レディ>>!

ワームホールの漆黒の闇、白い世界が交互に入れ替わる。
だがマサキ自身はあまりの高速でそれを知覚できない。
攻撃を半自動で行っているのはネオグランゾンとカバラプログラム。
斬撃の際、緩和しきれない強烈な衝撃がマサキの身体に響く。
だがなにより負担が大きいのは、シュウの魂を介してプログラムと直結したマサキ自身の魂だった。
ズグン――と身体の奥底が揺さぶられ、ひび割れる感覚が襲い掛かった。
たとえようもなく奇妙でおぞましい悪寒を、血が滲み出るほど歯を食いしばって耐えた。
この程度がどうしたというのだ。
全身の血液はとっくに怒りで沸騰し、頭脳と心臓だけがそこに氷を突っ込んだように冷え切っている。
ユーゼスを倒す。そして己を証明する。この程度の苦痛は有象無象のクズどもを踏みにじるように噛み潰す。
やがて見えなかったはずの超高速の世界を、光と闇が交互に駆け抜けていくように見える光景で知覚した。
感覚が馴染んだか――そう思った。
超神が一瞬だけ視界に写り、そして消え、また僅かに写る。
高速で走行する自動車の中から外の風景を見るのに似ている。

――突然、凄まじい衝撃。眼前にユーゼスを捕らえた光景のまま、マサキの視界は停止した。

ゼストが拳を振り上げた――――動かない。

その拳には黒く輝き、炸裂を待つ光を纏っていた――――動けない。

受ければ自分に確実な死を齎すそれが突き出される――――感覚だけがそれを認識している。


「――――――――消し飛べ!!」


死ぬ、と瞬間的に理解した。
そして、すぐ後。
ユーゼスのその言葉が憎悪を爆発させた。
認めんぞ。
俺は認めない。
動け。
知覚したのなら動いてみせろ。
脳髄に呪いの鉄杭を突き刺してでも動かしてみせろ。
奴は目の前だ。
俺がここまで来たのは、奴を極大の絶望とともに冥府へ誘うためだ。
動け。
動いてみせろ。
それでもこの俺の身体か!
ここで負けたら俺は――――『存在する意味が無い』んだよッ!!




「動けええええええええええええええええええええ!!!!」




   ◇   ◇   ◇


「な……!!」


ゼストの、破壊の黒光を纏った右腕がネオグランゾンにむけて突き出されていた。
距離は至近。届かないということはありえない。
だがそれは爆発することなく、マサキがダメージを負うこともなかった。
いや、攻撃を放った右腕の先が、そのあるべき空間に存在していなかった。
ユーゼスが必殺の一撃を放った右腕の軌道上とマサキの間に突如としてワームホールが形成されたのだ。
そして全力を込めたユーゼスの右腕はその穴へ突き出す形になり、黒光の破壊力は亜空の彼方へと放出されたというわけだ。
誰の仕業か、そんなことは分かりきっている。
マサキが一瞬でカバラプログラムに働きかけ、盾代わりのワームホールを形成したということだ。
そしてそれは文字通り、溶けるように消える。
震え続ける白い世界。
後に残ったは魔神と超神。
ユーゼスの身体が攻撃を放った勢いのままに前方へと流れていた。
ゼストの左腕の一撃で弾かれたネオグランゾンとすれ違うように。
背中合わせだ。
まるで西部劇の決闘のようで、その決着は振り向きざまの一瞬と相場が決まっている。
百分の一秒か、あるいは千分の一だったか。
どちらが先に仕掛けたか。
そんなことはおそらく誰にも分からない。
それほどに同時。それほどに刹那。
独楽のように、そして回転軸から弾き出すように放たれた蒼銀の重力剣。
舞うように、だが次元すら切り裂くように黒翼が閃いた。
閃光と閃光が交差する。
この局面――僅かにマサキが勝った。
掠めただけで装甲を削る黒い翼をギリギリで掻い潜り、斜め下方、ゼストの右わき腹からその真上へと。
勢いよく肩口を駆け抜けた、その斬撃がついに届いた。
青い血の飛沫が飛ぶ。
その眼で見ても信じられぬと両者が思った。
ゼストの貌が苦痛と驚愕に満ちて、そして自らの傷口をその見開いた眼が凝視していた。
マサキの方も無我夢中で放った一撃だ。
このような結果は予測も期待もしていなかった。
だが、それはただ闇雲に放った一撃ではなかったのだ。

「がッ…………!はあっぁ……げ……ああッ……!」

脳髄の奥に熱した釘が叩き込まれた。
全身の血は毒に変わって痺れと吐き気をもたらす。
心臓は氷をぶち込まれて、臓腑の震えが止まらない。
それが今の一撃のために、木原マサキの支払った代償だった。
マサキ自身に魔術の素養はない。
ゆえにカバラプログラムとはシュウの魂のエネルギーを媒介にしてコネクトしている。
これにより邪神の契約者でもないマサキがネオグランゾンの力を行使できるのだ。
だがそれでは間に合わないので、マサキ自身の瞬間的な思念が直接プログラムに命令を下し、ワームホールを一瞬で形成した。
そしてそのまま剣に重力フィールドを纏わせ、機体の全パワーを叩き込んで最速の斬撃を繰り出した。
勿論それだけですむはずもなく、今のマサキの全身を襲っている苦痛は、その力の代償だった。
しかし今のはマサキの完全な意志がもたらした結果ではない。
自身はただ無我夢中だっただけに過ぎない。

これは――――シュウの余計な介入か。

「ふん……くそッ……!気に入らんが……!いいさ、奴を倒せるのならこの際なんだろうとな……ッ!?」

息を荒げ、悪態をつきながらも、ようやく顔を上げたマサキの表情が凍りつく。
その視線の先にはゼストがいた。
動かず、ただ青い血が流れ出る傷口を見つめていた。
マサキが戦慄したのはその眼だった。
その視線を向けられただけで殺されると、そう思えた。

「…………そうだ……それでいい」

マサキは知らない。
ユーゼスの絶望。
夢に裏切られた絶望。
現実に裏切られた絶望。
運命にすら裏切られた絶望。
その果てに繋がれた永遠の輪廻の牢獄。
そこから抜け出るために全てを捨てた。
その全てを捨ててまで追い続けたもののために、結局は新たに得られたはずのものすら切り捨ててきたと思い知らされた。
その眼の中には底なしの虚無と絶望があった。

「例え運命が巨大な絶望を運んでこようとも――」

ユーゼスの重い声が響く。
まるで世界の全てが固唾を呑んで聞き入っているかのように、その声だけがやけに響く。

「例えどんなに強大な敵が立ち塞がることがあろうとも――」

胸の傷が塞がっていく。
それに比例してゼストのボディの白銀の部分が黒いラインに徐々に覆われていく。
周囲にぼんやりと赤黒い何かが見える。
泣いている。呻いている。蠢いている。
ディスの心臓によって集められた異世界の負の情念。そのエネルギーで傷を修復している。
それはもはや神と呼ぶよりは悪魔と言った方がふさわしい。


「ヒトは――――抗わねばならないのだ!!」


ゼストが腕を振り上げ、翼を広げた。
それだけで烈風の如き衝撃波が空間を叩く。

「回れ……!インフィニティシリンダー!」

胸のカラータイマーから、物理法則を無視してマサキも見知った黒い機体の上半身が、ずるりと這い出るように姿を現す。
さらにその機体の胸部が展開し、そして黒い光が生まれた。
それはユーゼスを包むようにして、そして無視できぬ圧倒的な存在感を放って、どんどん巨大化していく。




――おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお………


地獄のそこから響く声のような音。
いや、あれは地獄の亡者の声そのものだ。
恨み、憎み、妬み、悲しみ、その果てに因果律に選ばれなかった亡者たちの声。
その声が大きくなるのに比例してゼストを包む光もその大きさを増していく。

「諦めることは許されない!止まることは許されない!何も残らなかったならば、そこからはもう失いようもあるまい!」
「…………ッ!!」

ネオグランゾンの攻撃が放たれた。
ブラックホールクラスター。
天も地も、ヒトもモノも、光すらも飲み込む圧倒的な重力砲がゼストへと襲い掛かる。

「無駄だ」

激突。
二つの黒い太陽がぶつかり合い、その境界で生じる漆黒の稲光が爆ぜた。
振動。
その衝撃は空間すら容易く歪ませ、白い世界の揺らぎが一際大きくなる。
消失。
臨界点を越えて爆裂する黒い太陽。
だが消えたのは一つだけだった。
その身の半ば以上を漆黒に染めた超神は、巨大なもう一つの黒陽とともに変わらず、傲然とただ存在していた。

「馬鹿な……!」
「この程度ではこの力は破れん。このままこれを放てばどうなるか、想像はつくな……?」
「貴様………!」
「さあ、どうする木原マサキ。逃げ場は無いぞ。諦めてこのまま消滅するか。
 私にいいように操られ、その命すら奪われ因果地平の彼方に消えるだけか。
 ――――どうするのだ、木原マサキ……!」

――戦え。
――運命に反逆しろ。
――絶望に抗い続けろ。




「――――舐ぁめるなぁぁああああぁぁぁぁああぁぁあああああ!!!!」




怒りの咆哮。
そしてネオグランゾンの胸部装甲が開放された。
そこからあふれ出す極白の光はワームスマッシャーでもグラビトロンカノンでもなく、もちろんブラックホールクラスターでもない。
太陽の数百倍を越える巨大な恒星、その重力崩壊に匹敵するエネルギーを生む原理で生じる力をそのまま叩き込む。
その名は縮退砲。

「そうだ……それでいいのだ!」

ゼストを包む黒い太陽はすでに周囲の空間を歪ませ、重力崩壊寸前となっている。
それほどのエネルギーと質量があの中に込められているのだ。
恒星はその一生を終える際、銀河の果てにすらその光が届くほどの爆発を起こして消滅する。
あまりに巨大であまりに膨大なエネルギーは、そのものの存在をそのままとどめておくことすら許されない。
開放されたときには、まさに全てが吹き飛ぶ。
だがそれは新たな星を生み、そして新たな宇宙の一つが誕生する礎となるのだ。
これこそが超新星爆発。
ゼストとなったユーゼスは全てを失い、そしてだからこそ新しく全てを手に入れる。
全ての運命と因果律への復讐を果たす。
そして今、二つの超新星が激突する!



「行け……!古き因果に滅びを!新たなる始まりを!これが――――コスモノヴァ!!!!」

「縮退砲――――――――消えろぉぉおおぉぉおおぉぉおおぉおおおお!!!!」



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最終更新:2008年09月11日 14:34